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ぼと子

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私が見た光について。渋谷すばる独立後の全セトリ→🔗URL

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こういう「ファンじゃないとボケてるかどうかすらわからない」案件観ると、 『めざましテレビ』で 「暑い夏を乗り越えるために、わたくしは毎日シイタケを食べております。オススメです‼️」とコメントしていたことを想い出す #渋谷すばる_Su

こういう「ファンじゃないとボケてるかどうかすらわからない」案件観ると、 『めざましテレビ』で 「暑い夏を乗り越えるために、わたくしは毎日シイタケを食べております。オススメです‼️」とコメントしていたことを想い出す #渋谷すばる_Su

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#渋谷すばる 渋谷さんが今こんな風にテレビに出たり活発に活動していること、「全ては無駄じゃなかった」と強い意志に基づいて言葉にすること、その背景には到底語り尽くせない程の出来事と感情があった。 信じられないくらい遠回りをしたし、その過程で彼はたくさん傷つけ、たくさん傷つけられた。 グループを裏切ったと責められること、 そこに負い目を感じるからこそ、自らを檻の中に閉じ込めるようになっていったこと。 辞めたからには自作曲を歌わないとグループのファンを傷つけると思い、提供曲を歌うことを自らに許さなかったことや 実際に単身LAに渡り創作活動をしていたのに、コロナのせいで途中で引き上げざるを得ず、「なんの結果も出せなかったから」という理由で 「海外に拠点を移すなんて嘘をついた」と叩かれても黙っていたこと その後コロナ禍で思うように活動ができず、ファンとどんどん心の距離が離れていったこと、あらゆる悪意と敵意を浴びて明らかに荒んでいったこと 活動を再開した時に目の当たりにした現実。 そこから逃げずに闘う道を選んだこと。 そして表に出していないであろう、計り知れない様々な出来事。 その度に彼は傷口からダラダラ真っ赤な血を流し のたうち回って、その姿をファンに晒したり、頑なに晒さなかったりした。 痛々しかったし、苦しかったし、切なかった。 見ていられなかったし、目が離せなかった。 潔かったし、たくましかったし、かっこよかった。 辛かった。悲しかった。世界一大好きだと何度も思った。 この世界に感情の種類がいくつあるか知らないけれど、 喜怒哀楽では到底収まりきらないあらゆる感情を、この5年の間、彼に対して強烈に抱き続けた。 とにかく、どんなに情けない姿を晒すことになろうと、彼は一切取り繕うことも逃げることもしなかった。 今 表に見えるものは、そんな日々の果てに辿り着いたほんの一部。ほんの表層。 彼は変わらず顔がよく、バラエティへの勘が鋭く、やっぱり少しおかしい。 そして、いい歌を歌う。 思っていた以上に当時とのギャップを感じさせないその立ち居振る舞いに、キャリアの長さを思い知らされたりする。 それでもお昼の地上波生放送で歌った後、こんな飾らない真摯な表情を見せるに至ったのは、 不安の中で自らを鼓舞した1年間 絶望の中でもがき苦しんだ2年間 現実の中で闘い続けた2年間 この5年の月日があったからに違いなくて 独立して、必死で「自分だけの表現」を探し格闘する中で見つけ出した、一旦の答え “ファンの喜ぶことがしたいと思った” “求められるものに応えてみたいと思った” “歌うことが好きだと思った” あまりに朴訥であまりにシンプルな答え その、象徴みたいな顔だなと思う。 私は渋谷さんのファンだけど ファンが喜ぶってなんだろうねって思う。 ファンなんて本当に勝手だから 勝手に好きになって勝手に理想を作り上げて 勝手にその理想からズレたと怒って勝手に失望して 勝手に離れていく そんなどうしようもない生き物だから “ファンが喜ぶことがしたいと思った” その勿体無い言葉を素直に受け取っていいか、ちょっと逡巡してしまう。 こっちなんて見なくていいから好きなことをやってよって思うけど でも、わかる 渋谷さんは人が好きだし、人に愛されるのが好きだし、人を喜ばせるのが好きな人だから だからこそ、それが叶わなくて、この5年、ボロボロに傷ついたのだということ。 複雑に入り組んだものを一枚一枚剥がしていくと、案外結構、シンプルなものだ。 未だに時折、「だったらやめなきゃよかったのに」といった趣旨の言葉を見かける。 私はそれを見て、あのままではここには辿り着いていなかったよと思う。 あまりにも長く険しく入り組んだ迷路の果てに、ようやく辿り着いた道だから 本当に下手くそすぎる だからこそ、過ぎた道を振り返れば、渋谷すばるにしか歩めない形になっているなと思う 見たことのない歪な形をした、ぶっとい獣道 この先何処へ行くのか想像もつかない。 進んだ先は断崖絶壁かもしれないねと思う。 未来にはなんの責任も持てないけれど、 私は今の渋谷すばるが過去のどの瞬間よりも圧倒的に好きだ。断然、好きだ。 歌い終わったこの顔を見て それだけは確かだなと、そう思った。

#渋谷すばる 渋谷さんが今こんな風にテレビに出たり活発に活動していること、「全ては無駄じゃなかった」と強い意志に基づいて言葉にすること、その背景には到底語り尽くせない程の出来事と感情があった。 信じられないくらい遠回りをしたし、その過程で彼はたくさん傷つけ、たくさん傷つけられた。 グループを裏切ったと責められること、 そこに負い目を感じるからこそ、自らを檻の中に閉じ込めるようになっていったこと。 辞めたからには自作曲を歌わないとグループのファンを傷つけると思い、提供曲を歌うことを自らに許さなかったことや 実際に単身LAに渡り創作活動をしていたのに、コロナのせいで途中で引き上げざるを得ず、「なんの結果も出せなかったから」という理由で 「海外に拠点を移すなんて嘘をついた」と叩かれても黙っていたこと その後コロナ禍で思うように活動ができず、ファンとどんどん心の距離が離れていったこと、あらゆる悪意と敵意を浴びて明らかに荒んでいったこと 活動を再開した時に目の当たりにした現実。 そこから逃げずに闘う道を選んだこと。 そして表に出していないであろう、計り知れない様々な出来事。 その度に彼は傷口からダラダラ真っ赤な血を流し のたうち回って、その姿をファンに晒したり、頑なに晒さなかったりした。 痛々しかったし、苦しかったし、切なかった。 見ていられなかったし、目が離せなかった。 潔かったし、たくましかったし、かっこよかった。 辛かった。悲しかった。世界一大好きだと何度も思った。 この世界に感情の種類がいくつあるか知らないけれど、 喜怒哀楽では到底収まりきらないあらゆる感情を、この5年の間、彼に対して強烈に抱き続けた。 とにかく、どんなに情けない姿を晒すことになろうと、彼は一切取り繕うことも逃げることもしなかった。 今 表に見えるものは、そんな日々の果てに辿り着いたほんの一部。ほんの表層。 彼は変わらず顔がよく、バラエティへの勘が鋭く、やっぱり少しおかしい。 そして、いい歌を歌う。 思っていた以上に当時とのギャップを感じさせないその立ち居振る舞いに、キャリアの長さを思い知らされたりする。 それでもお昼の地上波生放送で歌った後、こんな飾らない真摯な表情を見せるに至ったのは、 不安の中で自らを鼓舞した1年間 絶望の中でもがき苦しんだ2年間 現実の中で闘い続けた2年間 この5年の月日があったからに違いなくて 独立して、必死で「自分だけの表現」を探し格闘する中で見つけ出した、一旦の答え “ファンの喜ぶことがしたいと思った” “求められるものに応えてみたいと思った” “歌うことが好きだと思った” あまりに朴訥であまりにシンプルな答え その、象徴みたいな顔だなと思う。 私は渋谷さんのファンだけど ファンが喜ぶってなんだろうねって思う。 ファンなんて本当に勝手だから 勝手に好きになって勝手に理想を作り上げて 勝手にその理想からズレたと怒って勝手に失望して 勝手に離れていく そんなどうしようもない生き物だから “ファンが喜ぶことがしたいと思った” その勿体無い言葉を素直に受け取っていいか、ちょっと逡巡してしまう。 こっちなんて見なくていいから好きなことをやってよって思うけど でも、わかる 渋谷さんは人が好きだし、人に愛されるのが好きだし、人を喜ばせるのが好きな人だから だからこそ、それが叶わなくて、この5年、ボロボロに傷ついたのだということ。 複雑に入り組んだものを一枚一枚剥がしていくと、案外結構、シンプルなものだ。 未だに時折、「だったらやめなきゃよかったのに」といった趣旨の言葉を見かける。 私はそれを見て、あのままではここには辿り着いていなかったよと思う。 あまりにも長く険しく入り組んだ迷路の果てに、ようやく辿り着いた道だから 本当に下手くそすぎる だからこそ、過ぎた道を振り返れば、渋谷すばるにしか歩めない形になっているなと思う 見たことのない歪な形をした、ぶっとい獣道 この先何処へ行くのか想像もつかない。 進んだ先は断崖絶壁かもしれないねと思う。 未来にはなんの責任も持てないけれど、 私は今の渋谷すばるが過去のどの瞬間よりも圧倒的に好きだ。断然、好きだ。 歌い終わったこの顔を見て それだけは確かだなと、そう思った。

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