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日本人の魂に真実の灯火を|学校では教えてもらえない本当の歴史やメディアが伝えない日本社会のことなどを発信|愛國日本🇯🇵|日本の未来を守りたい🇯🇵| 鍵垢NG |本出しました▼

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日本がアジアを侵略したのなんだのと大騒ぎして裁判したわけだけど、数世紀にわたって続いていた白人たちによるアジア侵略と植民地支配についてはなぜ問題にしないの?

日本がアジアを侵略したのなんだのと大騒ぎして裁判したわけだけど、数世紀にわたって続いていた白人たちによるアジア侵略と植民地支配についてはなぜ問題にしないの?

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東京裁判。 あれって「裁判」って名前がついてるけど戦勝国側からの報復劇、いわば一方的なリンチだよね? 後からつくられた法律では、その前に起きた犯罪は裁けないことになってるのに、“終わった後に、新たに罪をつくって、裁いている”んだよ。 ってことは、法の原則に大きく違反しているし、そもそもあの裁判は無効だよね?

東京裁判。 あれって「裁判」って名前がついてるけど戦勝国側からの報復劇、いわば一方的なリンチだよね? 後からつくられた法律では、その前に起きた犯罪は裁けないことになってるのに、“終わった後に、新たに罪をつくって、裁いている”んだよ。 ってことは、法の原則に大きく違反しているし、そもそもあの裁判は無効だよね?

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南京大虐殺などといって、中国共産党は史料の裏付けがまったくない嘘の出来事を垂れ流す一方で、 通州事件において、中国保安隊が日本の民間人を大虐殺した話には一切触れようとしない。 写真などの記録も残っているのに、だ。 ▼ ▼ 【通州事件】昭和12年(1937年)7月29日。中国の通州において冀東(きとう)防共自治政府の保安隊らが、日本軍の通州守備隊・通州特務機関及び日本人居留民を襲撃、惨殺した事件。 1937年8月5日の陸軍省調査では、死者184名(男93名、女57名、損傷がひどく性別不明の遺体34)、生存者は134名、その内訳は「内地人」77名と「半島人」57名であった。 その翌日8月6日付の朝日新聞報道では、死者184名、生存者は内地人77名と半島人135名という数字が報じられている。 性別もわからないほどのひどい損傷。 局部には竹や箒の柄が刺さっていた。 ▼ ▼ 1938年11月。当時、中国を取材していたアメリカ人ジャーナリスト、フレデリック・ヴィンセント・ウィリアムズ(Frederick Vincent Williams)は、Behind the News in Chinaを刊行し以下のように報道した。 日本人は友人であるかのように警護者のフリをしていた支那兵による通州の日本人男女、こども等の虐殺は、古代から現代までを見渡して最悪の集団屠殺として歴史に記録されるだろう。 それは1937年7月29日の明け方から始まった。 そして一日中続いた。 日本人の男性、女性、こどもたちは野獣のような支那兵によって追い詰められていった。 家から連れ出され、女子供はこの兵隊の暴漢どもに暴行を受けた。それから男たちと共にゆっくりと拷問にかけられた。 ひどいことには手足を切断され、彼等の同国人が彼等を発見したときには、ほとんどの場合、男女の区別もつかなかった。 多くの場合、死んだ犠牲者は池の中に投げ込まれていた。水は彼等の血で赤く染まっていた。 何時間も女子供の悲鳴が家々から聞こえた。 支那兵が強姦し、拷問をかけていたのだ。 — Frederick Williams、Behind the News in China, New York: Nelson Hughes Company, 1938, P.22. … 口に出すのも恐ろしいほど残虐非道の限りを尽くされたこの事件であるのに、あろうことか彼らは、通州事件の写真を「南京事件の証拠」として悪用し、歴史の偽造さえしているありさまだ。 嘘を嘘で塗り重ねても罪が消えることはない。 世界の人々に歴史の真実が届きますように。愛國の
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南京大虐殺などといって、中国共産党は史料の裏付けがまったくない嘘の出来事を垂れ流す一方で、 通州事件において、中国保安隊が日本の民間人を大虐殺した話には一切触れようとしない。 写真などの記録も残っているのに、だ。 ▼ ▼ 【通州事件】昭和12年(1937年)7月29日。中国の通州において冀東(きとう)防共自治政府の保安隊らが、日本軍の通州守備隊・通州特務機関及び日本人居留民を襲撃、惨殺した事件。 1937年8月5日の陸軍省調査では、死者184名(男93名、女57名、損傷がひどく性別不明の遺体34)、生存者は134名、その内訳は「内地人」77名と「半島人」57名であった。 その翌日8月6日付の朝日新聞報道では、死者184名、生存者は内地人77名と半島人135名という数字が報じられている。 性別もわからないほどのひどい損傷。 局部には竹や箒の柄が刺さっていた。 ▼ ▼ 1938年11月。当時、中国を取材していたアメリカ人ジャーナリスト、フレデリック・ヴィンセント・ウィリアムズ(Frederick Vincent Williams)は、Behind the News in Chinaを刊行し以下のように報道した。 日本人は友人であるかのように警護者のフリをしていた支那兵による通州の日本人男女、こども等の虐殺は、古代から現代までを見渡して最悪の集団屠殺として歴史に記録されるだろう。 それは1937年7月29日の明け方から始まった。 そして一日中続いた。 日本人の男性、女性、こどもたちは野獣のような支那兵によって追い詰められていった。 家から連れ出され、女子供はこの兵隊の暴漢どもに暴行を受けた。それから男たちと共にゆっくりと拷問にかけられた。 ひどいことには手足を切断され、彼等の同国人が彼等を発見したときには、ほとんどの場合、男女の区別もつかなかった。 多くの場合、死んだ犠牲者は池の中に投げ込まれていた。水は彼等の血で赤く染まっていた。 何時間も女子供の悲鳴が家々から聞こえた。 支那兵が強姦し、拷問をかけていたのだ。 — Frederick Williams、Behind the News in China, New York: Nelson Hughes Company, 1938, P.22. … 口に出すのも恐ろしいほど残虐非道の限りを尽くされたこの事件であるのに、あろうことか彼らは、通州事件の写真を「南京事件の証拠」として悪用し、歴史の偽造さえしているありさまだ。 嘘を嘘で塗り重ねても罪が消えることはない。 世界の人々に歴史の真実が届きますように。愛國の

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