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榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

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人財版 令和の虎 主宰 | ちいかわとエヴァ好き | SNS総フォロワー50万 | SNSマーケティング商社 株式会社EMOLVA CEO | 創業12年目・中小、大手から官公庁案件まで1,000社の支援実績 | 東京理科大学大学院→サイバーエージェントでエンジニア→起業 | JC、韓国青商所属 | 静岡県浜松市出身

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1ヶ月以上かけてようやく完成 『ChatGPTの能力を最大限に引き出す最強プロンプト467選』 ・マーケティング ・コーディング ・SNS企画、投稿 ・ライフスタイル など様々な分野で活用できる [ ]の中を変えたら使えるテンプレ構文も多数 読むだけでも超勉強になる RT or 返信で配布 ※フォロワー優先

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【これでChatGPTを全て理解できる】 初心者から上級者まで必見 リリースから今までの重要情報を全て集約した 『ChatGPT完全攻略マニュアル』 ・拡張機能 ・必須用語 ・プロンプト ・プラグイン ・必読サイト ・ChatGPT基礎 重要アプデがあれば随時更新 RT+コメントで配布 ※フォロワー優先

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【Instagram運用+投稿をChatGPTで完全自動化】 Instagram投稿をAIで自動生成・投稿が出来たら最高じゃないですか? 実はそれが可能です! このマニュアルさえ見ればノーコードで誰でもできます なんと画像まで生成で! SNS運用者必見 希望者にはRT or コメントで配布 ※フォロワー優先

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【 Youtube動画生成をChatGPT×AIで自動化】 最もマネタイズしやすいYoutube運営をAI×ChatGPTで自動化するマニュアルが完成 今や動画もAIを使えば簡単に自動生成できる アフィやアドセンスによるマネタイズも可能 SNS運用者や副業したい人にも必見 希望者にはRT or コメントで配布 ※フォロワー優先

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【プレゼント企画🎉】 SNS運用担当者、マーケターは必見 Instagramの ・参考になる企業アカウントまとめ77選 ・業界別:フォロワー・エンゲージ数の平均値と中央値 ・業界別:フォロワー数トップ5 をまとめた資料を作成 あまり教えたくないですがRT or 返信でお渡しします! ※フォロワー限定

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【これはただの炎上ではない】と私は思う。 しぐれういさんとmezzo pianoのコラボが、発表から2日で中止になりました。 「しぐれういさんが炎上したから中止になった」で理解すると、この騒動は本質を見誤ります。 動画も作成しましたので、テキスト・動画お好みでご覧ください。 まず、事実を整理します。 コラボの発表は2026年9月15日。 描き下ろしイラストのグッズ20種類以上と、10月の名古屋PARCO・SHIBUYA109渋谷店・心斎橋PARCOでのPOPUP SHOPが予定されていました。 中止の発表は9月17日。 mezzo pianoは、ナルミヤ・インターナショナルのブランドです。 公式のコンセプトは「女の子が誰よりも可愛くなれる、ロマンティック&スウィートなテイストのブランド」。 公式通販サイトでの対象は0〜9歳、サイズは50〜140cmです。 つまり、昔女児向けだったブランドではありません。 今も実際の子どもが顧客です。 批判の中心にあったのは、2023年公開の『粛聖!! ロリ神レクイエム☆』でした。 ここを雑に説明してはいけません。 この曲は、小児性愛を肯定する楽曲ではありません。 しぐれういさんの9歳の姿をモチーフにしたキャラクターが、いわゆるロリコンとされる大人たちを罵倒し、粛清する。 ブラックジョークとして作られた楽曲です。 MVは1億再生を超えています。 だから「小児性愛を推奨しているブランドコラボだ」という説明は、作品の内容として正確ではありません。 では、肯定していないのだから何も問題はないのか。 私は、そこも違うと思います。 この曲は小児性愛者を揶揄する作品です。 ただ同時に、「9歳の女児」「ロリコン」という、子どもの性的消費と隣接するモチーフを、意図的にブラックジョークとして使った作品でもあります。 そして今回の相手は、架空の女児キャラクターを扱うブランドではありません。 現実の0歳から9歳が服を着るブランドです。 ここに批判側は違和感を覚えました。 問われたのは「しぐれういさんが悪い人なのか」ではありません。 成人向けインターネット文化の中でブラックジョークとして成立していた文脈を、実際の子どもを顧客に持つブランドへ接続していいのか。 この問いには、議論する価値があると思います。 一方で、擁護側の主張にも重要な部分があります。 しぐれういさんの活動のすべてがあの曲ではありません。 本業はイラストレーターで、mezzo pianoの世界観との親和性を感じた人がいるのも理解できます。 そして、一つの作品にセンシティブな表現があるからといって、そのクリエイターは今後、子どもに関わる企業と一切仕事をしてはいけないのか。 ホラーを描いた漫画家。 性的な表現を含む小説を書いた作家。 暴力的な映画を撮った監督。 その人たちは、その後ファミリー向けの仕事に関わってはいけないのか。 そんな単純な話ではありません。 作品と作者は、完全には同一ではない。 だから「絶対に問題ない」も「絶対にあり得ない」も、どちらも乱暴だと思います。 企業コラボで問うべきなのは、この人は善人か悪人かではありません。 この人がこれまで作ってきたイメージと、自社ブランドが顧客に約束してきたイメージを接続したとき、どんな意味が生まれるのか。 それを考えることです。 そして、脅迫の話は完全に分けなければいけません。 中止の発表で、mezzo piano側は、さまざまな意見を受けたことと、店舗運営をはじめとする関係者の安全に関わる内容もあったことを理由に挙げています。 しぐれういさん本人は、様々な意見をいただいたことと、自身を含む関係者への暴力行為を示唆する脅迫があり、安全を考慮して中止になったと説明しています。 コラボが適切だったかは批評です。 賛成しても反対してもいい。議論すればいい。 関係者に暴力を示唆する。 これは全く別です。 どれだけ反対していても、脅迫が正当化される理由にはなりません。 そして、今回一番失われたものは何かです。 企業が「批判を検討した結果、ブランドとの整合性から中止した」と説明したのであれば、その判断自体を議論できました。 しかし実際に示された理由は、安全でした。 批判側には「実際の子どもが顧客のブランドだからこそ慎重であるべきだ」という、議論可能な問題提起があった。 擁護側には「一作品でクリエイター全体を規定するのは乱暴だ」という反論があった。 本来なら、この二つをぶつければよかった。 脅迫が入った瞬間、議論の中心が表現とブランドの相性から関係者の安全へ移りました。 結果として、このコラボは本当に不適切だったのか、という問いには答えが出ないまま終わっています。 これは批判した側にとっても最悪の結末だと思います。 企業側にも、考えるべきことが一つあります。 今回の反応は、本当に予測不可能だったのでしょうか。 しぐれういさんにとってあの曲は、無名の過去作品ではありません。 1億再生です。 mezzo pianoも、今まさに0歳から9歳を顧客に持つブランドです。 炎上する可能性があるからコラボするな、と言いたいわけではありません。 それでは表現活動が萎縮します。 そうではなく、この二つを組み合わせたときにどういう議論が起こり得るのかを想定する。 そのうえで「それでもこのコラボにはこういう意味があります」と説明できる状態にしておく。 それが必要だったと思います。 今の企業コラボは、絵柄が合うから、ファンが多いから、だけでは成立しません。 クリエイターが持つ文脈と、ブランドが持つ文脈。 その二つまで一緒にコラボするからです。 『粛聖!! ロリ神レクイエム☆』は何を描いた作品なのか。 女児向けブランドは誰のためのものなのか。 作者と作品をどこまで結びつけるべきなのか。 企業はクリエイターの過去作品をどこまで考慮すべきなのか。 そして、批判と脅迫の境界線はどこにあるのか。 この騒動には、全部詰まっていると思います。 コラボに違和感を覚えるのも自由です。 問題ないと思うのも自由です。 ただ、その意見を暴力で通そうとした瞬間、それはもう批評ではありません。 あなたは、このコラボは企業が説明を尽くせば成立したと思いますか。 それとも、組み合わせ自体が無理だったと思いますか。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

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「鬱気味」「パワハラ」「メンタルが...」 今の若者がしばしば口にするが、これらを気のせいと片付けられる時代はもうなくなってしまった。 最悪それらを理由に簡単に退職代行業者に依頼し、引き継ぎもせず仕事を投げ出す者さえいる。 しかし明確にしておきたい。 「鬱気味になった」と平気で口にする若者は、ビジネスパーソンとして失格であり、経営者を目指す身としては論外だ。 なぜなら、メンタルの弱さを自ら証明しているようなものであり、ただの弱音に過ぎないからだ。 また、それを乗り越えたと言う者でさえ、その多くは時間経過による一時的な回復を克服と勘違いしているか、別の事への現実逃避を解決としている。本質的な課題と向き合うことすらしていない。 正直、アホかと思う。 若手のビジネスパーソンや経営者に求められるのは、困難に立ち向かう強さだ。精神的な弱さは、キャリアにおいて致命的な欠陥となる。なぜなら、ビジネスの世界で困難な状況を避けて通ることなど出来ないからだ。 そして、困難に打ち勝てる者のみが、最終的に生き残り、成功する。 極論、ビジネスをする上でメンタルとかどうでもいい。そんな事は気合いで何とかしろよ... と思う。 念のため付け加えておくが、これは鬱病に対する否定でも軽視でもない。安易な逃げ道として精神的な弱さを口にすることへの警鐘だ。 私が求めているのは、仕事に真摯に向き合い、困難を乗り越える強さ。それだけのことだ。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

4,539,987 просмотров • 1 год назад

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言い訳、責任転嫁、他責思考の若手やビジネスマンが多過ぎる。トラブルが起きても誰も責任を取ろうとしない。 そして、すぐに言い訳。 アホかと思う。 失敗への指摘に反論するな。黙れ。 自分の過失はすぐに認めてくれ。 言い訳を論破する時間が本当に無駄だ。 もちろん全ての若者がそうだとは言わない。 しかし、アドバイスや指摘に対して素直に受け止められない者が目立つのは事実だ。 言い訳を重ね、論点をずらす。 「僕が思うに◯◯だったのですが」「私は◯◯だと考えていたのですが」 言い訳に使われる典型的な言葉だ。 弊社では仕事中にこれらの言葉を口にすることを禁止している。 この言葉を口癖に持つ者が年々増えていると感じるからだ。 あなたの気持ちはどうでも良い。 ビジネスにおいて個人の感情は二の次だ。 基準は『クライアントの満足度と結果』のみである。 「僕が思うに」という言葉は、 「相手の認識が間違っている」と同義であるということを理解しているだろうか? 失敗の原因を他者に転換している。 つまり "他責" だ。 以下ありがちな言い訳: ・クライアント担当者の認識がズレていたから 「否」 あなたのクライアントとのコミュニケーション不足が原因。詳細な条件の擦り合わせや、その確認など徹底すべき。 ・業務委託者がスケジュールを守らなかったから 「否」 あなたのマイクロマネジメントの欠如が原因。日々の進捗管理や適切なリマインドなどを強化すべき。 ・プロジェクトメンバーがケアレスミスを起こしたから 「否」 あなたがミスが起きないフローを構築していなかった事が原因。チェックリストの整備やダブルチェック体制の構築などを行うべき。 もちろん上記には理不尽な理由もあるかもしれない。 ただ、ビジネスで重要なのは、結果だけだ。 表面的な原因がどこにあろうと関係ない。プロジェクトで発生したトラブルの責任は、ディレクションをしている自分に全てあると考えるべきだ。 徹底的に自責の姿勢を持て。 なぜなら、自責の姿勢を取ることで、必然的に改善策を生み出そうと動き出す。その結果、プロジェクト自体が洗練され、トラブルが減り、その改善策が自分自身のノウハウとなり、さらにそれが蓄積され知見となる。 他責思考の者ほど同じ過ちを繰り返す。 そしてその過ちをまた他責にするという負のスパイラルだ。 私は、「他責」=「無成長」であるとも考えている。 肝に銘じてほしい。他責に逃げても、何も生まれない。 『成長したければ、自責せよ。』 そんなメンバーと私は仕事がしたい。 動画の学生は、指摘された事が正しければ認め、次の議論に進むという流れであった。その結果、とても建設的で良い会話ができる。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

3,666,835 просмотров • 1 год назад

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このアニメ化は、現時点では肯定できません。 『みいちゃんと山田さん』が、2027年にアニメ化されます。 ただし、「題材が重いからアニメにするな」と言いたいわけではありません。 動画も作成しましたので、テキスト・動画お好みでご覧ください。 むしろ、貧困や搾取、社会からこぼれ落ちてしまう人を描く作品は必要である。 では、なぜ漫画として読んできた私が、アニメ化には強い不安を覚えるのか。 今回は、そこを本気で考える。 『みいちゃんと山田さん』の舞台は、2012年の新宿。 夜の街でキャバクラ嬢として働く山田さんが、 何をやっても少しうまくできない新人・みいちゃんと出会う物語である。 みいちゃんは、漢字や空気を読むことが苦手で、周囲から馬鹿にされ、 「可哀想」という言葉で一方的に分類されていく。 そして、この作品が残酷なのは、 みいちゃんを苦しめる明確な悪役が一人いるわけではないことである。 本人の特性。家庭環境。教育。貧困。 夜の街の仕組み。 善意のように見える無理解。 それらが少しずつ重なり、みいちゃんを逃げ場のない場所へ追い込んでいく。 つまり本作が描いているのは、一人の悪人による悲劇ではない。 社会全体が、弱い立場の人を少しずつ消費していく構造である。 だから私は、この漫画を単なる「かわいそうな女の子の物語」として 読むべきではないと思っている。 むしろ問われているのは、みいちゃんではなく、彼女を見ている私たちである。 助けたいと言いながら、どこかで見下していないか。 事情を理解したつもりになって、「かわいそうな人」と勝手に決めつけていないか。 衝撃的な人生を、どこか娯楽として消費していないか。 『みいちゃんと山田さん』は、みいちゃんを描いた作品であると同時に、 彼女を見ている私たち自身を描いた作品でもある。 漫画として高く評価されている理由も、そこにあると思っている。 ここで必ず出てくるのが、「漫画ならよくて、アニメはダメなのか」という意見だ。 私は、この疑問はもっともだと思う。 そして結論から言えば、漫画にも同じ危うさはある。 漫画だから安全ということではない。 実際、この作品を「かわいそうな女の子の漫画」とだけ受け取る人もいるし、 刺激的な場面だけを切り抜いて消費する人もいる。 だから、「漫画だから許される」という話ではない。 ただ、それでも私は、アニメになると問題の質が変わると思っている。 その理由は、漫画とアニメでは、受け手と作品との距離が違うからである。 漫画は、自分の意思でページをめくる。 読む速度も、自分で決められる。 苦しくなれば、本を閉じることもできる。 つまり読者は、作品との距離を自分で調整できるメディアである。 一方、アニメは違う。 映像が動く。声が付く。音楽が流れる。 沈黙にも演出が加わる。 つまり、制作側の解釈が、視聴者へより直接的に伝わるメディアである。 この違いは、とても大きい。 そして、この作品で最も難しいのが、みいちゃんという存在である。 例えば、みいちゃんの話し方一つとってもそうだ。 少し幼く演じれば、「現実の人を誇張している」と受け取る人がいるかもしれない。 逆に演技を抑えすぎれば、「原作が持つ危うさが伝わらない」と感じる人もいるだろう。 どちらを選んでも、現実に生きている誰かと重なってしまう可能性がある。 だから私は、「声優が大変」というよりも、 「脚本・演出・音響・監修を含めた制作全体が、 とてつもない責任を背負う作品」だと思っている。 そして、私が一番危惧していることがある。 それは、みいちゃんが、もう一度消費されてしまうことである。 本来、この作品が描いているのは、 社会が弱い立場の人を少しずつ消費してしまう構造だった。 なのにアニメ化された瞬間、 「問題作」「放送できるのか」「ヤバい」といった 刺激的な話題ばかりが広がってしまえば、 それは私たち自身が、みいちゃんを見世物として消費していることになる。 私は、それが一番悲しい。 もちろん、アニメ化には大きな意義もある。 漫画を読まない人にも、この社会の現実を届けられる。 「本人の努力不足」で片づけられがちな問題を、 社会全体の問題として考えるきっかけになるかもしれない。 だから私は、「アニメ化するべきではない」と言いたいわけではない。 むしろ、この難しい題材だからこそ、成功すれば、 とてつもなく価値のある作品になると思っている。 実際、製作委員会も、寄せられた意見や懸念を真摯に受け止めた上で、 専門家の助言を得ながら、適切なレーティングや注意喚起を設け、 慎重に制作を進めると発表している。 この声明が出たこと自体、これが普通のアニメ化ではないことを物語っている。 だから私は、現時点では手放しで「アニメ化おめでとう」とは言えない。 『みいちゃんと山田さん』のアニメ化は、 社会から見えにくい人を照らす作品になるのか。 それとも、その人たちを再び消費する作品になってしまうのか。 私は、その危うい境界線に立っている作品だと思っている。 あなたは、『みいちゃんと山田さん』のアニメ化について、どう考えますか。 ぜひコメントで教えてください。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

333,434 просмотров • 2 месяцев назад

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今回の「くら寿司×ちいかわ問題」。 私はこれを、「一部の悪い従業員が景品を盗んで転売した問題」だけで終わらせるべきではないと思っています。 壊れたのは、景品だけではないからです。 動画も作成しましたので、テキスト・動画お好みでご覧ください。 「このゲームは公平に行われている」という、客と店との信頼そのものが壊れた。 まず、何が起きたのか。 くら寿司は2026年8月21日から、『ちいかわ』とのコラボキャンペーンを開催した。今回で4回目のコラボである。 目玉の一つが「ビッくらポン!」。 食べ終えた皿を5枚入れるとゲームに挑戦でき、当たれば『ちいかわ』の限定景品がもらえる。 フィギュア、缶バッジ、アクリルマグネット。さらに、会計ごとにもらえる先着グッズもあった。 ところがキャンペーン開始後、SNSでは「何度当たってもフィギュアが出ない」「大量のフィギュアがフリマサイトに出品されている」と、不正を疑う声が出始めた。 ただし、ここは注意してほしい。 「フィギュアが出なかった」という投稿だけでは、不正の証拠にはならない。 ビッくらポン!は、そもそもランダムである。 何度やっても目当ての商品が出ないこと自体は、普通に起こり得る。 しかし、くら寿司は9月2日、指摘を受けて正式に調査を開始。 その3日後の9月5日、従業員による不正行為が判明したとして、翌6日から『ちいかわ』コラボを全面中止すると発表した。 その後の取材で、1つの店舗で従業員による景品の横領が確認されたと報じられている。 非売品だったコラボの「のぼり旗」まで、フリマサイトに出品されていた。 現在、くら寿司は警察に相談し、メルカリとも連携して対応を進めている。 ここまでが、現時点で確認できる事実である。 では、今回の本当の問題は何なのか。 私は、大きく3つあると思っている。 一つ目。 これは「景品が盗まれた問題」であると同時に、「確率を信用できなくなった問題」である。 ビッくらポン!には、当然ハズレがある。 何度やってもフィギュアが出ないかもしれない。 だが私たちは、「景品が正しく補充されている」という前提があるから、その結果を受け入れられる。 ところが、もし景品の一部が事前に抜き取られていた可能性を疑わなければならなくなったら、どうだろう。 「今日運が悪かっただけなのか」 「そもそも欲しい景品が中にあったのか」 客には、確かめる方法がない。 ビッくらポン!は、外れがあるから成立する。 だが、その外れが本当に偶然だったのかを疑われた瞬間、ゲームはゲームではなくなる。 もちろん、現在確認されている不正は1店舗。 全店舗を疑うのは明確に間違っているし、大多数の従業員はルールを守って働いていたはずである。 それでも、一部の不正でシステム全体への信頼が崩れる。これが怖い。 二つ目。 私は今回、「ここまで人気になるとは思わなかった」では済まされないとも思っている。 なぜなら、今回が初コラボではないからだ。4回目である。 2024年3月のコラボでは、くら寿司の既存店売上高が前年同月比で23%増えたとロイターは報じている。 今回も、景品を扱う店舗のテーブルは、9月の大半がほぼ予約で埋まるほどの反響だった。 『ちいかわ』の限定グッズに、とてつもない需要が発生する。これは十分予測できたはずである。 ただ、ここでくら寿司を一方的に責めるのも違う。 今回、通常より厳しい管理が行われていたという従業員証言もある。 鍵付き倉庫。限られた人しか鍵を扱えない運用。複数人による開封や補充。 何も対策していなかったわけではない。それでも突破された。 だとすれば今後必要なのは、「もっと従業員を疑え」ではない。 一人の不正が起きても、キャンペーン全体の公平性が揺らがない仕組みに変えることである。 在庫と提供数を細かく照合する。誰がいつ補充したのか記録する。異常な在庫変動を早期に検知する。 人の善意だけに依存しない仕組みだ。 そして三つ目。 私はこれが、一番大きな問題かもしれないと思っている。 そもそも現代のキャラクターコラボは、「おまけ」と呼べるところを超え始めていないだろうか。 寿司を食べたいからくら寿司へ行き、たまたま『ちいかわ』が付いてくる人もいる。 だが逆に、『ちいかわ』が欲しいから、くら寿司へ行く人も大量にいる。 一部の客にとっては、寿司が商品でちいかわがオマケなのではない。 ちいかわを手に入れるために、寿司が参加条件になっている。 ここが、昔の「おまけ」と全然違う。 限定。ランダム。数量限定。期間限定。 そしてフリマサイトには、高額な二次流通市場がある。 これだけ条件が重なると、景品そのものに非常に大きな金銭的価値が生まれる。 すると、客には「もっと回したい」という動機が生まれる。 転売目的の人には「大量に確保したい」という動機が生まれる。 そして景品に直接アクセスできる人間にまで、不正をする経済的な誘惑が生まれる。 もちろん、悪いのは不正をした本人である。ここをぼかしてはいけない。 だが、「悪い人間がいたから仕方ない」で終わったら、また同じことが起きる。 人間が欲しくなる仕組みを企業側が意図的に作っている以上、 その欲望が暴走した時まで想定して設計する責任も、企業側にはあると思う。 今回、くら寿司はキャンペーンを全面中止し、9月6日と7日の2日間、全品10%引きを実施した。 すでに予約していた人や、中止を知らずに来店する人に対し、緊急でできる対応として実施したと説明されている。 私は、この対応自体を批判するつもりはない。 突然の事態で、すぐにできることをやったという事情は理解できる。 ただ、「ちいかわを目的に、すでに何度も食事をしていた人」からすれば、 10%安く寿司を食べられることと、失った信頼は、まったく別の話である。 法律上も興味深い問題がある。 弁護士の解説では、ビッくらポン!はあくまで寿司に付随する景品で、 注文した寿司が提供されていれば、景品が希望通り出なかったことだけで返金を求めるのは難しい可能性があるとされている。 だが私は、「法律上返金しなくていい」と「客が納得できる」は別問題だと思う。 ビジネスは、契約だけで成立しているわけではない。信頼で成立している。 そして今回、その信頼に一番深い傷がついた。 最後に。 私は今回の問題を、「ちいかわ人気が異常だから起きた」とも、「ちいかわファンの民度の問題」とも思わない。 まして、すべてのくら寿司従業員を疑うべきでもない。 むしろ逆だ。 『ちいかわ』ほど巨大になったIPを、限定性とランダム性の強い仕組みに乗せるなら、 これまで以上に強固な公平性が必要になった。私は、そういう問題だと思う。 欲しいから何度も挑戦する。ハズレて悔しがる。当たって喜ぶ。 それ自体は、娯楽として何も悪くない。 だが、その遊びが成立するためには、一つだけ絶対に守らなければいけないものがある。 「みんな同じ条件で挑戦している」という信頼だ。 景品がなくなったこと以上に、今回くら寿司が取り戻さなければならないのは、その信頼なのではないだろうか。 あなたは、この問題をどう受け止めましたか。 コメントで教えてください。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

147,772 просмотров • 1 месяц назад

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『みいちゃんと山田さん』完結。それでも私はアニメ化には反対です 『みいちゃんと山田さん』が、単行本第7巻をもって完結しました。全部読んだうえで、やはりアニメ化には反対です。 先に言っておくと、この漫画を低く見ているからではありません。むしろ逆です。 動画も作成しましたので、テキスト・動画お好みでご覧ください。 ※この先、結末まで含むネタバレがあります。 舞台は2012年の新宿・歌舞伎町。キャバクラの新人キャスト みいちゃんと、先輩の山田さんの12か月が描かれます。 みいちゃんは漢字も空気も読めない。ただ、作中に診断名は出てきません。全国手をつなぐ育成会連合会は意見書で「軽度知的障害や境界知能を示唆するような設定」と書いています。 この漫画の一番優れているところは、みいちゃんが可哀想で終わらないことだと思います。 問われているのは、みいちゃんではなく、みいちゃんを取り巻く社会のほうです。 金を奪う人。暴力を振るう人。身体を消費する人。支援につながらない環境。そして「本人にも問題があるよね」の一言で全部を処理してしまう私たち。 一人の悪人を指させば話は簡単になります。でも、そうはなっていない。小さな搾取と、小さな見下しと、小さな放置が積み上がって、一人の人間が追い詰められ、命を落とす。 読者に嫌な問いを残す、力のある作品です。 ただ、ここからが反対の理由です。 この作品の最大の長所と最大の危険性は、同じ場所にあります。 みいちゃんが、見てしまいたくなる人物だということ。 また失敗する。また騙される。また酷い目に遭う。読者は心配しながら、次のページをめくってしまう。 社会による搾取を描いた作品が、搾取されていく過程そのもので読者を引きつけている。 「みいちゃんを消費する社会は酷い」と思いながら、みいちゃんが次にどうなるのかを読み続けている。 作品が批判している構造に、読者が参加してしまう。ここがこの漫画の矛盾であり、批評性でもあると思います。 そして、その構造は漫画だから成立していました。 漫画に声はありません。読む速さは読者が決められる。苦しくなればページを閉じられる。距離を握っているのは読者です。 アニメになると、その距離は制作側へ移ります。 声がつく。動きがつく。間がつく。泣き方も喋り方も決まる。みいちゃんとはこういう人です、という像が外から確定されます。 幼く演じれば幼児化して見える。特徴を強く演じれば、ものまねとして消費される。抑えれば原作が変わる。 さらに、一場面が切り抜かれてSNSへ流れたとき、何が起きるか。 想像で言っているのではありません。 アニメ化発表後、3つの当事者団体が続けて意見書を出しています。 全国手をつなぐ育成会連合会は8月19日、「みいちゃん」という呼び名が知的障害や発達特性のある女性を揶揄する言葉として使われはじめている、と指摘しました。 全国「精神病」者集団は8月21日、最終話で山田さんも心身を消耗させた末に死亡する結末が描かれているとしたうえで、障害者本人だけでなく周囲で関わる人も不幸に巻き込まれるという既存のステレオタイプを補強する物語として受け取られかねない、と書いています。 日本自閉症協会は9月9日、弱い立場の人の不幸を娯楽化する、と表明しました。最終巻が発売された、まさにその日です。 作品の中の名前が、現実で誰かを傷つける言葉に変わってしまった。作品なんだから自由でしょう、で終わらせることは私にはできません。 製作委員会も、何もしていないわけではありません。 アニメ化発表の翌日に声明を出し、専門家から助言を得ながら、適切なレーティングや注意喚起を設け、偏見や誤解を助長しないよう慎重に制作する、と表明しています。 この姿勢は評価します。ただ、足りない。 挙がった3つは、どれも作品の外側に置く装置です。 声の作り方。カメラがどこを見るか。暴力をどこまで見せるか。失敗を笑えるテンポで演出するか。宣伝で何を切り取るか。 意味を決めるのは、全部内側です。注意書きでは届きません。 必要なのは、専門家に聞いたという印ではないと思います。 当事者や支援に携わる人が、企画・脚本・演出・宣伝の段階から入り、危険だと言ったときに本当に作品を変えられる権限を持っているか。そこまで要る作品です。 みいちゃんを忘れないための物語が、みいちゃんの不幸をより広く消費するための商品になってはいけない。 優れた漫画だからアニメにすべきだ、とは思いません。むしろ逆です。自分の速度で読み、自分で距離を取れる表現だったからこそ、成立していた。 原作は高く評価します。現状のままのアニメ化には反対します。この二つは矛盾しません。 あなたは、この作品をアニメにすべきだと思いますか。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

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「とりあえず起業」「起業で一発当てたい」 近年よく耳にするが、アホかと思う。 「簡単に起業ができる時代」。その言葉に踊らされ、安易に起業に飛び込む若者に私は言葉を失う。 起業の本来の意味を理解しているのだろうか。特に若者の間では、「起業家」というキャリアが一種のトレンドとなっている。反吐が出そうになる動向だ。 あなたに起業は本当に必要か? 起業は目的ではなく手段だ。 重要なのは、自分が成し遂げたい事、社会に提供したい価値である。その目的達成のために、起業が最適解なら意義がある。同目的が就職で達成可能なら起業は不要だ。 就職にはメリットも多い。 有能な先輩からの学びや企業ノウハウの吸収、コミュニケーション能力の向上が期待できる。加えて、安定した収入と福利厚生も保証される。自身のスキルアップと人脈形成にも役立つだろう。 一方、起業には資金調達、人材確保、規則や税務対応など多くの障壁がある。目的実現のために、これらと向き合う覚悟が必要だ。場合によっては、企業に属する方がはるかに達成しやすいケースも多いのだ。 それにもかかわらず、「とりあえず起業家になりたい」「有名になりたい」という浅はかな動機で起業を目指す者が後を絶たない。言語道断、アホか。 「目的なき起業」は表面的には成功しても、最終的には金のみを追求する資本主義の豚に成り下がり、社会に真の価値をもたらすことはないだろう。 起業は、自己実現のための手段であって、名声や地位を得るための近道ではない。本末転倒も甚だしい。 また、安易な起業は、事業が軌道に乗らず、時間と労力を無駄にする。目的達成への近道のための起業が、足枷になり遠回りしてしまっては本末転倒だ。 重要なのは、自分の達成したい目標を追求しつつ、それを社会のニーズに結びつけることだ。そうすれば、事業の成功と共に、自ずと収入も伴うはずだ。ただし、金銭的利益は主目的であってはならない。 起業と就職は適材適所である。 最適解であるキャリアを選ぶために行う事は、自分自身の強みや目的を明確するための徹底した自己分析だ。 起業は、自分のビジョンを実現するための手段であり、社会に新しい価値を提供する機会でもある。 一方、就職は安定性とサポートを提供してくれる。企業の資源を活用しながら、自分のスキルを磨き、キャリアを築いていくことができる。 最適解は人により異なる。 安易な動機での決断ではなく、十分な自己分析と覚悟を持って、自分の信じる道に進むことが、成功へと近づく。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

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実写版『薬屋のひとりごと』。 芦田愛菜さんが猫猫を演じることに、注目が集まっています。 でも私は、この実写化で一番難しいのは、猫猫ではないと思っています。 動画も作成しましたので、テキスト・動画お好みでご覧ください。 ズバリ、壬氏である。 これは、かなり難しいと思う。 なぜなら壬氏は、 「イケメン俳優を連れてくれば成立する人物」ではないからだ。 まず壬氏について、原作やアニメを観ている人なら分かると思う。 とにかく美しい。 ただのイケメンではない。 周囲の人間が思わず見惚れてしまうほどの、 人間離れした美貌を持つ人物として描かれている。 しかも、その美しさ自体が物語の中で意味を持っている。 ここが実写化最大の難関である。 漫画やアニメなら、作画によって「この世のものとは思えない美貌」を作れる。 キラキラした演出を加えることもできる。 周囲の人物が壬氏を見て頬を染めれば、 視聴者も「とんでもなく美しい人物なんだ」と自然に受け入れられる。 だが実写では、現実の人間が演じる。 どれだけ美しい俳優でも、視聴者にはそれぞれ好みがある。 つまり、作品側が「絶世の美男子です」と設定しても、 映像だけで全員を納得させるのは、ものすごく難しい。 一つ目の壁が、これだ。 そして二つ目。 壬氏は、美しいだけではない。 表向きは余裕があり、人当たりもよく、猫猫をからかうこともある。 だが物語が進むと、それだけではない顔が見えてくる。 立場ゆえの重さ。 猫猫への執着。 思い通りにならないことへの感情。 時には、子どものような一面まで見せる。 つまり、「完璧な美男子」を演じるだけでは壬氏にならない。 美しい。余裕がある。だが、猫猫の前では崩れる。 この落差が壬氏の魅力である。 ここを少しでも間違えると、ただのナルシストにも見える。 逆にコミカルに寄せすぎると、壬氏が背負っている重さが消えてしまう。 三つ目が、猫猫との関係である。 ここも、めちゃくちゃ難しい。 壬氏は猫猫へ強い興味を持っている。 ところが猫猫は、壬氏の美貌にほとんどなびかない。 むしろ面倒くさそうに扱うことすらある。 この温度差が、二人の面白さだ。 だから壬氏役の俳優には、 「視聴者から見れば圧倒的に魅力的なのに、猫猫には刺さらない」 という状態を成立させる必要がある。 これは、かなり特殊な演技である。 単純な恋愛ドラマなら、二人が美男美女で、徐々に惹かれ合えば成立する。 だが『薬屋のひとりごと』は違う。 壬氏がどれだけ美しくても、猫猫の興味は毒や薬へ向いている。 このズレを実写で面白く見せられるか。 私は、かなり重要だと思っている。 そして今回、面白い情報が一つある。 壬氏役は、まだ正式発表されていない。 だが、もう決まっている。 原作者の日向夏さんが撮影現場を見学した際、 壬氏役の俳優と実際に会ったことを明かしている。 あまりの完成度に、一緒に来ていた姪御さんの目が肥えてしまうと、 その目を覆ったほどだという。 日向夏さんは、その俳優を「リアル壬氏」とコメントしている。 これは、期待してしまう。 少なくとも原作者が実際に対面して、「壬氏らしい」と感じる人物が選ばれている。 さらに今回の実写版は、 衣装やヘアメイク、セットにもかなり力を入れていることが明らかになっている。 つまり、壬氏の美貌を俳優一人だけで成立させようとしているわけではない。 衣装。髪型。照明。美術。カメラ。VFX。 そうした映像全体で「壬氏」という存在を作るはずである。 私は、ここが成功の鍵だと思う。 実写版『薬屋のひとりごと』で本当に見たいのは、 「誰が壬氏を演じるのか」だけではない。 「現実の人間で、どうやって人間離れした壬氏を成立させるのか」。 ここである。 芦田愛菜さんの猫猫も、当然楽しみだ。 だが、実写化の難易度だけで言えば、私は壬氏の方が上だと思っている。 そして原作者からすでに「リアル壬氏」と言われている、未発表キャスト。 一体、誰なのか。 発表された瞬間、間違いなく大きな話題になる。 あなたは、壬氏役が誰だと予想しますか。 コメントで教えてください。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

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『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は、 友情の美しさを描いた作品ではありません。 友情の怖さを描いた作品です。 この動画には、大きなネタバレを含みます。 動画も作成しましたので、テキスト・動画お好みでご覧ください。 二人の関係を見て、「友達のためにここまでできるなんて」と感じた人もいると思う。 実際、ヒトハとフタバの絆は、この作品の重要なテーマとして描かれている。 だが私は、あの関係を単純に美しい友情と呼ぶことに、抵抗がある。 なぜならヒトハは、フタバを救うために、フタバ自身の意思を越えてしまったからだ。 物語の発端は、海での事故である。 ヒトハとフタバが乗っていた船が、海で遊んでいたセイレーンたちの影響で転覆し、 フタバが瀕死の状態になる。 そこでヒトハは、「人魚の肉を食べれば永遠の命を得られる」という情報を頼りに、 人魚を殺し、その肉をフタバに食べさせる。 結果として、フタバは助かった。 ここだけ見れば、「親友を救った」という話である。 だが、その後のフタバの反応が重要だ。 フタバは、ヒトハのしたことを素直に喜んでいない。 なぜなら、自分を救うために別の命が犠牲になったからである。 つまりヒトハは、フタバを救った。 だが同時に、「人魚を殺してまで生きたいのか」という選択を、 フタバ自身にさせなかった。 ここに、この友情の危うさがある。 大切だから救いたい。これは間違いなく愛情である。 だが、大切だからこそ相手の意思を無視してもいいのか。これは別の問題だ。 現実でもそうである。 「あなたのためを思って」 「絶対にこっちの方が幸せだから」 「私があなたを守るから」 善意から出た言葉でも、相手の意思を無視した瞬間、それは支配へ変わることがある。 ヒトハの行動も、まさにその境界線に立っている。 さらに強烈なのが、その後だ。 永遠の命を得てしまったフタバに対し、ヒトハ自身も人魚の肉を食べる。 二人で永遠に生きることを選ぶ。 ここだけ見れば、とても美しい。 「一人にはしない」「ずっと一緒にいる」。 友情の極致にも見える。 だが逆から考えると、ものすごく怖い。 永遠である。10年でも、100年でもない。終わりがない。 しかも、その永遠は人魚の命を犠牲にして手に入れたものだ。 だから二人が一緒にいる限り、自分たちが犯した罪から完全に逃れることもできない。 永遠の友情が、そのまま永遠の罪にもなっている。 そして私は、ここでハチワレとちいかわの友情との対比が効いてくると思っている。 ちいかわとハチワレも、お互いをものすごく大切にしている。 危険になれば助ける。一緒に喜ぶ。一緒に怖がる。 だが基本的には、相手を自分のものにはしない。 相手が何を感じているのかを、知ろうとする。 一方、ヒトハはフタバを失うことに耐えられず、 「生かす」という決断を自分一人で下してしまった。 同じ「友達を大切にする」でも、決定的な違いがある。 相手のために何かをすることと、相手の人生を代わりに決めることは違う。 『人魚の島のひみつ』は、その境界線を、ものすごく残酷な形で見せている。 だから私は、ヒトハを悪人だとは思わない。 むしろ、気持ちは理解できる。 目の前で一番大切な友達が死にそうになっている。 助けられる方法を知ってしまった。 そこで冷静に倫理を考えられる人が、どれだけいるだろうか。 だからこそ怖い。 悪意ではなく、愛情が悲劇を生んでいるからだ。 そして最後には、二人は誰もいない島で一緒に暮らそうとする。 二人だけなら幸せになれる。そう見える。 だが、その島にはセイレーンが近づいてくる。 友情によって命を救ったはずなのに、 その友情が生み出した罪から、永遠に逃げられない。 私は、このラストを「友情の勝利」とは到底思えない。 むしろ問いかけられているのは、 「大切な人のためなら、どこまでしていいのか」。 そして、 「相手を失いたくないという気持ちは、本当にすべて愛情と呼べるのか」。 なのではないだろうか。 ヒトハとフタバは、間違いなく大切な友達同士である。 だからこそ、その友情は美しくて、同時にものすごく怖い。 『人魚の島のひみつ』は、「友情は素晴らしい」で終わる作品ではない。 友情ですら、一線を越えれば誰かを傷つける。 その危うさまで描いたからこそ、この物語はここまで後味が残るのだと思う。 あなたなら、大切な友達を救うために、ヒトハと同じ選択をしますか。 コメントで教えてください。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

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『株式会社ちいかわ』として、会社組織を作るなら 「令和の虎」榊󠄀原清一が、7役職に最適な人財を配置しました。 結果は、適材適所の組織。しかし、構造的な欠陥が一つだけ残った。役職と人事の一覧は文末にまとめました。 1.代表取締役社長(CEO) ラッコさん 組織のトップには、実力に裏打ちされた「象徴」としてのカリスマが必要である。ラッコさんは「上位ランカー」として全住民の尊敬と憧れを集める存在であり、その背中で組織を牽引する力を持つ。厳しい討伐任務をこなしながら、後進のちいかわさんやハチワレさんを時には厳しく、時には温かく指導する。この「圧倒的パフォーマンス」と「教育的視点」を兼ね備えたリーダーシップは、弱肉強食のビジネス界を生き抜く社長として申し分ない。 2.最高執行責任者(COO) ハチワレさん ビジョンを具体的な実務に落とし込み、組織内外を繋ぐCOO、いわば「翻訳者」としての能力が極めて高い。ハチワレさんは、言葉が少ないちいかわさんの意図を汲み取り言語化する卓越したコミュニケーション能力を持つ。「草むしり検定」の勉強を主導するほど、目標設定と実行支援のプロでもある。社長ラッコさんの掲げる高い目標を、現場が理解できるレベルまで咀嚼して実行に移す、実務の要となる。 3.営業本部長(CSO) シーサーさん 営業には、顧客との信頼関係を築くコミュニケーション能力と、結果を出すためのコミットメントが求められる。シーサーさんはラーメン屋「郎」で接客を経験し、客からの評判も非常に高い。「スーパーアルバイター」という高難度資格を取得し、鎧さんを「お師匠」と慕いながらお酒の資格まで勉強する努力家。この「対人スキル」と「学習意欲」を兼ね備えた叩き上げ型セールスは、顧客深耕によって組織に売上をもたらす存在になる。 4.経理・財務部長(CFO) カニちゃん 経理・財務には、数字を厳格に管理する几帳面さと、組織の資金を守る責任感が求められる。カニちゃんは古本屋を営んでおり、本の仕入れ・販売・在庫管理を一人でこなす商売人。自分が読み終わった本を売って次の本の購入資金に充てており、資金の循環を理解している。普段は穏やかながら、わがままなモモンガさんの世話まで焼くほどの面倒見の良さがある。この「数字への几帳面さ」と「資金管理能力」を兼ね備えた人財は、組織のお金を守る最後の砦として機能する。 5.技術・開発部長(CTO) ポシェットの鎧さん 独自の技術力(クリエイティビティ)で他社との差別化を図る技術責任者である。ポシェットの鎧さんは、パジャマやポシェットを自ら手作りし、バザーでは飛ぶように売れて完売するほど、市場(ちいかわさん達)に熱狂的に受け入れられている。試作品をちいかわさん達に渡して感想を聞き、改善を重ねる姿勢も持つ。職人気質でありながら、ユーザーの喜びを第一に考える視点を兼ね備えた人財は、R&D(研究開発)部門のトップとして組織の競争力の源泉となる。 6.人事・総務部長(CHRO) ちいかわさん 組織のチームワークと、メンタルヘルスケアを担う潤滑油である。ちいかわさんは非常に感受性が高く、他者の小さな変化や異変に誰よりも早く気づくことができる。穴に落ちたハチワレさんを救出する際、恐怖に震えながらも穴に降りて、二人のお揃いのさすまたを取りに行くほどの深い共感性を持つ。「放っておけない」性質を持っており、多種多様な個性が集まる職場で、社員の孤独や不満を早期に察知し、組織のチームワークを守る存在になる。 7.監査役 くりまんじゅうさん 監査役には、コンプライアンスの遵守と、組織のルールを正しく運用するための監視能力が求められる。くりまんじゅうさんは、難関資格「お酒の資格」の保持者で、自らもルールを遵守する立場である。資格を不携帯で飲酒したことが発覚し、額に「禁」のスタンプを押されて禁酒命令を受けるという、コンプライアンスの厳しさを身をもって知る人物。ちいかわさんをいじめるうさぎさんを鮭とばで叩くほど、不適切な行動を見逃さない芯の強さもある。この「ルール遵守の意識」と「不適切な行動を見逃さない目」を兼ね備えた人財は、ガバナンスの番人として最適である。 総評 『ちいかわ』で7役職が揃い、適材適所の組織が完成した。 しかし、一つだけ大きな問題がある。「業務中のコミュニケーション」である。社長は寡黙、経理は無言、人事は「ワッ……」「アッ……」、監査役は「ハァーッ」。会議室で行われている議論の内容を、ハチワレ副社長以外の誰も翻訳できない。 ハチワレ副社長が1日不在になれば、組織全体が機能停止に陥る構造である。 ●人事配置詳細 1.代表取締役社長(CEO):ラッコさん 2.最高執行責任者(COO):ハチワレさん 3.営業本部長(CSO):シーサーさん 4.経理・財務部長(CFO):カニちゃん 5.技術・開発部長(CTO):ポシェットの鎧さん 6.人事・総務部長(CHRO):ちいかわさん 7.監査役:くりまんじゅうさん

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

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【ちいかわのハチワレが声で炎上】 田中誠人さんの声変わりが話題になりました。 しかし「声が低くなっただけ」で理解すると、この話の本質を見誤ります。 動画も作成しましたので、テキスト・動画お好みでご覧ください。 まず、事実を整理します。 アニメ『ちいかわ』が始まったのは2022年。 ハチワレ役に起用された田中誠人さんは、当時11歳でした。 当然ですが、11歳の子が何年も同じ声でいることはできません。 身体が成長すれば、声も変わる。 2025年2月4日放送の第241話「柿の種わさび」で、その変化が一気に注目されます。 Xでは「声変わり」がトレンド1位になりました。 反応は一枚岩ではありません。 成長を感じて嬉しいという声がある一方で、以前の声の方がハチワレらしかったと戸惑う声もあった。 一部には、配役そのものを見直すべきだという意見まで出ました。 ここは難しい問題だと思います。 以前の声が好きだったと感じること自体は、自由です。 でも、声変わりは本人が選んだ演技ではありません。 人間として成長した結果です。 だから戻してほしいと言われても、戻すことはできない。 キャラクターは歳を取らない。 でも演じている人間は歳を取る。 子役を長期アニメのメインキャラクターに起用したことで、いつか必ず向き合うことになる問題が表面化しました。 それでも『ちいかわ』は、田中さんをハチワレ役として起用し続けました。 田中さん自身も、声の高さだけに頼らず、演技でハチワレらしさを作り続けています。 そして2026年9月22日に放送された第380話「パラレルワールド⑥」。 ここで、とんでもなく面白いことが起こりました。 パラレルワールドの影響で、ハチワレの姿がどんどん変わっていく。 身体が大きくなり、毛もフサフサになり、普段とは違う力強い存在へ変貌する。 田中さんは、それに合わせて声色を変えています。 普段のハチワレ。 変わっていくハチワレ。 そして「強くなったハチワレ」。 エンドクレジットには「ハチワレ」「ハチワレ?」「強くなったハチワレ」という三つの表記が並び、すべて田中誠人さんの名前が入っています。 1人3役です。 ここが、めちゃくちゃ面白いと思いました。 以前は、声が低くなってしまったと受け取られていた。 でも今回は、声が低くなったからこそできる表現になっています。 もちろん、制作側がこの展開のために声変わりを待っていた、という話ではありません。 そういう公式発表はありませんし、声変わりが伏線だったと事実として言うのは間違いです。 むしろ偶然です。 でも、その偶然がものすごく面白い。 2022年、11歳の田中さんがハチワレを演じ始める。 演じ続ける。 成長する。 声が低くなる。 大きな話題になる。 それでも交代せず、演じ続ける。 そして16歳になった現在。 今度は広がった声域を使って、変化したハチワレを演じ分ける。 もし声が変わったときに、以前のハチワレと違うからという理由だけで配役を変えていたら、今回の演技は生まれていません。 ここに、長期作品で同じ演者がキャラクターを演じ続ける面白さがあると思います。 そもそも声優は、同じ声を出し続ける仕事ではないはずです。 キャラクターを演じる仕事です。 田中さんの声の高さは変わった。 でも、ちいかわへ話しかけるときの優しさ、ちょっと得意げになるときの無邪気さ、怖がったり喜んだりするときの感情。 そういう部分まで全部なくなったわけではありません。 むしろ田中さん自身の成長によって、表現できるハチワレが増えた。 ここは分けて考える必要があります。 以前の声が好きだった、という好みは自由です。 好みに間違いはありません。 でも、だから交代させるべきだ、という判断は間違っていました。 第380話が、それを示しています。 あのとき配役を変えていたら、1人3役は存在しません。 声が変わったことを劣化と決めつけた人は、劣化ではなく拡張だったという事実を、1年7か月後に見せられたことになります。 人間が演じている以上、声優も変化する。 そして変化したからこそ、できる芝居もある。 第380話は、そのことを偶然にも証明するような回になりました。 声が変わってしまったと言われていた時期から、約1年7か月。 今度はその声を使って、「強くなったハチワレ」を演じる。 声変わりが伏線だったわけではない。 でも、11歳から同じキャラクターを演じ続けた人の成長が、結果的に作品の演出と重なった。 批判された変化が、いつか武器になる。 あなたは、長く演じてきた人の声が変わったとき、作品はどうするべきだと思いますか?

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

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『映画ちいかわ』が、とんでもない領域に入りました さらにこの動画を撮っているあいだに、順位がもう一つ上がりました。 単純に「ちいかわが人気だから」だけでは、この数字は説明しきれないと思います。 動画も作成しましたので、テキスト・動画お好みでご覧ください。 ※この先、結末まで含む大きなネタバレがあります。 まず数字を整理します。 『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は7月24日公開。 9月24日の発表では、公開62日間で観客動員1133万人、興行収入165.2億円。 日本の歴代興行収入ランキング15位でした。 その4日後、9月28日の発表。 公開66日間で1155万人、168.5億円。 『THE FIRST SLAM DUNK』の166.7億円を上回り、歴代14位。 動画を撮っているあいだに、抜いていました。 2026年公開作品の興収でも1位です。 伸び方そのものが異常です。 公開3日間で22.4億円、動員150万人。 38日間で849万人、122億円。 2か月を超えてなお、止まっていません。 なぜここまで売れたのか。 私は5つあると思います。 一つ目。 映画になる前から、『ちいかわ』というIPそのものが、とてつもなく強かった。 Xで始まった漫画から、テレビアニメ、グッズ、企業コラボへと広がってきました。 「日本キャラクター大賞」では2026年に3年連続でグランプリを受賞し、最多受賞で史上初の殿堂入りを果たしています。 つまり今回、突然バズって168億円売れたわけではありません。 何年もかけて、とんでもなく大きな観客の母体を作ってきた。 これは大前提です。 でも、本当に重要なのは二つ目だと思っています。 初映画化で「セイレーン編」を選んだこと。 これがめちゃくちゃ強かった。 映画化されたこの長編は、かわいいだけではありません。 むしろ、かなり重い。 人魚と遊んでいたセイレーンが、釣りをしていたフタバに当たってしまう。 瀕死のフタバを助けるため、ヒトハは人魚を殺し、その肉を食べさせる。 フタバは助かった。 その代わりに、一つの命が失われた。 そして仲間を殺されたセイレーンが、犯人を捜して島民を襲っていく。 順番が重要です。 連鎖の最初の一撃を放ったのは、セイレーン自身。 しかもセイレーンは、それを知らないまま、奪われた側として怒っている。 最初の加害者が、最後まで自分を被害者だと信じている。 そういう構造です。 セイレーンは恐ろしい。 でも、無関係の島民を連れ去る理由にはならない。 ヒトハは人魚を殺した。 でも、目的は大切なフタバを救うことだった。 誰が被害者で、誰が加害者なのか。 簡単には答えが出ません。 こんな話を、ちいかわ、ハチワレ、うさぎたちの映画でやっている。 ここが大きかったと思います。 子どもは冒険映画として楽しめる。 キャラクターが好きな人も楽しめる。 でも大人が観ると、自分だったらどうするか、という問いまで残る。 一回観て終わる映画ではなく、観たあと誰かと話したくなる映画になっています。 三つ目。 原作者のナガノさんが、制作へかなり深く関わっています。 公式クレジットは原作だけではなく、脚本もナガノさん。 本人のインタビューでは、作画やコンテなど、かなり細かい部分まで確認したと語っています。 たとえば、ちいかわとハチワレがチラシを見る場面。 ちいかわが横から手を出したときに、グイっと奪い取るような仕草にならないようにしてほしい、と伝えたそうです。 作画への要望は主に表情で、眉毛の角度、口の開き。 そこまで見ています。 これは、ものすごく重要だと思います。 キャラクターIPの映画は、規模が大きくなるほど「映画だから派手にしよう」「初見にも分かりやすくしよう」と、元のキャラクターから少しずつ離れる危険があります。 『映画ちいかわ』は逆です。 168億円規模になっても、ちいかわがそんな動きをするのか、という小さな部分を守っている。 ナガノさんは、悔いがないようにしたかったので、出来ることは全部やらせていただきました、と語っています。 だからスケールアップしても、ちゃんと『ちいかわ』なんだと思います。 四つ目。 もう一度映画館へ行く理由を、作り続けています。 入場者特典は、すでに第6弾まで。 9月5日からは4DX上映が始まり、同時に第4弾として島二郎・セイレーン・ヒトハ・フタバのチャームミニフィギュアがランダムで配布されました。 10月10日からは第6弾のチャームミニフィギュアが始まります。 もちろん、特典があるから168億円売れた、と断定するのは間違いです。 特典だけで1155万人を動員できるなら、どんな映画でも大ヒットできます。 でも、もう一度観たい作品の力と、もう一度映画館へ行く理由。 この二つが噛み合った。 ここが強かったと思います。 そして最後。 私はこれが一番大きいと思っています。 『ちいかわ』が、子ども向けキャラクターという枠に収まっていないことです。 『ちいかわ』の世界は、よく考えると結構厳しい。 働かないと生きていけない。 資格試験がある。 仕事には危険がある。 突然、理不尽な目に遭う。 努力しても必ず報われるわけではない。 でも、ご飯がおいしい。 友達がいる。 困ったときには誰かが助けてくれる。 明日もなんとか生きていく。 かなり、私たちの生活に近い。 ちいかわは、圧倒的に強いヒーローではありません。 怖ければ泣く。 失敗する。 逃げる。 それでも、もう一回やってみる。 だから子どもが観てもかわいい。 大人が観ると、なぜか自分の話に見えてくる。 ここが『ちいかわ』の異常な強さだと思います。 そのうえで映画は、友情、命、罪、善意、加害と被害まで考えさせる物語を持ってきた。 強大なIPがあった。 何度も映画館へ足を運ぶ仕掛けもあった。 でも、その中心に、ちゃんと映画として語りたくなる物語があった。 その全部が噛み合った結果が、168.5億円です。 もはや、ちいかわの映画が大ヒットした、という段階ではありません。 動画を1本撮っているあいだに順位が変わる。 日本映画史の中で、『ちいかわ』がどこまで上へ行くのか。 そういう領域に入っています。 あなたは、この数字を作った一番の理由はどれだと思いますか。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

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