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【バンドマンの“つながる”支援 音楽でファンを被災地に】 結成30周年を迎えたロックバンド「#BRAHMAN」 ボーカルのTOSHI-LOWさんはバンドマンとしての顔のほか、復興支援を行うNPO団体「幡ヶ谷再生大学【復興再生部】」の代表も務めています 先月に金沢市で行われたライブの翌日には、輪島市でビーチクリーンのボランティア活動を行っていました ▼東日本大震災の時、支援物資を届けたことが活動のきっかけに― TOSHI-LOWさん 「自分の地元・茨城も被災地というか、“隠れ被災地”みたいになって、自分で動いた時に当事者というか近くになってみないとわからないなと」 「自分の大きさ・本質みたいなものが自分でも透けて見える。だってかっこつけたって何したって通用しないし」 ▼TOSHI-LOWさんの活動に共感する“音楽ファン” 熊本地震や西日本豪雨など、自然災害のたび支援活動を行い、13年で1万人以上が参加 参加者の多くはライブにも訪れている“ファン”です 訪れた先に「自主練」と呼ばれる支部を作り、被災地とつながり続けることも特徴の一つ TOSHI-LOWさん 「自分たちができることって、場を作ることだと常々思ってる。同じ釜の飯を食う仲間の意識があったほうが、張り合いも出るし、楽しくなる」 活動を行った輪島市では、多くの人が「故郷に残る」か「離れて新しい場所で生活を再建するか」選択を迫られています ▼いま求められるのは、息の長い“つながり続ける支援” TOSHI-LOWさん 「大変な目にあった人たちが一番言うのが『また来てね』なんですよ」 「自分たちもそれが“また来ていいんだ”ってなって、それが1個のつながり」 「(被災した人が)“いまこうなってしまっている街のグチャグチャが悲しいんじゃない”“それを忘れられることが一番悲しい”」 「“自分たちの存在がもうなかったように思われる”と」 ▼“再訪”の被災地で― 能登島で民宿「山水荘」を営む石田さん 今年1月に子どもたちへ支援物資を届けに来ていたTOSHI-LOWさんと出会いました 石田さんの民宿では7月末から観光客の受け入れができるようになりましたが、島の宿泊施設26軒中17軒が夏の観光シーズンに再開ができませんでした 民宿「山水荘」石田直人さん 「みんながみんな(営業を)まだやらなかったら、地域として終わってしまう」 「人も減るし観光客も来なくなったら、地域が死んでしまうので、僕らはそれを絶やさないように頑張っていこうと思います」 TOSHI-LOWさん 「俺たちみたいに街を回る旅人みたいな職業の中でも出来ることもある」 「ライブに来たその足で、ちょっと参加できることがあってもいい」 「観光とかもそうじゃないですか、やっぱり足を運ぶとか。全部“たまたま”でいいと思う」 「たまたま近くにいたんで、たまたま大変だと思うんで、“大丈夫ですか?”っていったら、大変なら“じゃあ手伝います”みたいに」 「ちょっと手を出してみるというか、それぐらいでいいと思うんですよね」 BRAHMAN / OAU 幡ヶ谷再生大学[復興再生部] 幡ヶ谷再生大学 石川自主練
報道ステーション+サタステ590,413 次观看 • 1 年前







