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1990年、MTVの『Whole Lotta Zep』特番で突如放映された1977年シアトルのライブ。当時はブートでも流通していなかったので全世界のマニアの度肝を抜いた。『永遠の歌』『ドラムソロ』『アキレス最後の戦い』の断片映像だけだが、未だにこれを超えるクオリティの音質・画質の映像は出ていない。

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相米慎二「『ションベン・ライダー』('82⇩)というバカな映画が残したことは、一つには、50年代以降映画がお客さんから最も遠いメディアとして世の中の片側に追いやられる中で忘れてきたこと、映画本来の暗闇と対面することの中から受け取る方法の一番大きなものとしてあったキャメラというものに対する、自分なりの新しい模索をそこから始めなければならかった、ということ」 「『セーラー服と機関銃』(81)という成功の形と全然縁もゆかりもない、むしろ成功を自分が捨てる事で、役者の魅力とかホンの魅力とか当然映画を面白くみせるための要素はたくさんあるわけですけども、映画本来の持っている最も身近にあるキャメラというものをもういっぺんつかみなおしてみたいというのが、あの映画をやる気になった一番の理由なんです。それは例えば、映画が人の周りから遠くなった理由を世の中の人は色々語ります。テレビがあり、あるいは娯楽の多様性とかもう様々な分野から、映画の客が減少していったことを語ることはできるはずですけれども、作り手としての、僕達がお客さんを映画から最も離した要素の一番大きいものは、それは多分キャメラだという風に僕は思ったんです。それはテレビというメディアで育った世代が、一つには映画を観る努カ――映画を観るには多分テレビを観るような安直さでは多分映画を観ることは出来ないということに、ある一本でも二本でも映画を観た人なら気付く筈なんです。その映画を本当に面白く観るためには、ある映画の本数と、映画が持っているリズムと、映画が発散する空気をつかむ方法を自分がつかまなければ、映画というものはただ流れてゆくだけのもので、本当につまらないものだと思うんです」 -『甦る相米慎二』木村建哉・中村秀之・藤井仁子編著、インスクリプト、2011、370-371p

nave

26,575 views • 1 month ago

【ただの動画】 ファン撮影の星街すいせいライブ映像に酷評 バーチャルYouTuber(VTuber)として活動する歌手・星街すいせいのアリーナツアーを、客席から撮った動画がSNSで拡散した。 歌唱力や映像の粗さを酷評するコメントが相次いだ。 擁護する声も上がり、双方の意見が対立した。 ■投稿の経緯 9月8日、一般ユーザーがアリーナツアー「Once Upon a Stellar」で撮った『ビビデバ』のファン動画を投稿した。 「これがVTuber界のトップを走るアーティストのライブです」との言葉を添えていた。 撮影が許可されていたのは、この曲と『ソワレ』の2曲のみだった。 ■酷評の声 一般ユーザーの間で、映像のクオリティや歌唱力を酷評する声が相次いだ。 手持ち撮影による画質の粗さも指摘の対象になった。 ■擁護の声 擁護する側は、スマートフォン撮影には画質の限界があると反論した。 「アニメも映画もただの映像だ」と切り返す声も上がった。 投稿者はその後、公演2日目冒頭の映像が公式YouTubeで無料配信されていると付け加えた。 ■ネットの反応 「ただの動画で草」 「ヘタクソすぎて草」 「これにたけー金払ってるの滑稽すぎるよなー本当に」 手持ち撮影の映像を酷評するべきか、擁護するべきか、あなたはどちら派ですか?

VTuber切り抜きまとめ

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『超かぐや姫!』、ガチ批評します。 「ドパガキ向けの浅い映画」という声が、SNSで飛び交っています。 結論から言います。 その批判、半分は正しい。 でも半分は、この作品の本質を見ていない。 ドパガキとは何か。 短い刺激、派手な映像、強い音楽、速いテンポ。 そういうドーパミン的快楽に強く反応する層を揶揄するネットスラングです。 正直に言う。 『超かぐや姫!』は、そう言われる理由がある。 映像は派手。テンポは速い。感情が整理される前に、次の刺激が飛んでくる。観ていて疲れる人がいるのは当然だ。「浅い」と感じる人の気持ちも、かなり分かる。 ただ。 観終わったあと、ずっと頭から離れなかった。 これが、この作品の厄介なところだ。 この映画が本当にやっていることは、 「派手な映像を見せること」 ではない。 現代人の感情そのものを、映画にすることだ。 承認欲求。孤独。ライブ配信。SNS。 「見られたい」という欲望。 感情が落ち着く前に、 次の感情が押し寄せてくる。 ずっと感情が暴走している映画。 それが『超かぐや姫!』だ。 だから「中身がない」と感じる人がいる。 これは分かる。 物語の積み上げは粗い。 キャラクターの感情変化も、 丁寧に説明されるタイプではない。 でも、この作品は最初から「綺麗な物語」を 作ろうとしていない。 感情が整理できないまま、 ぐちゃぐちゃのまま、爆発してしまう。 その不安定さ自体を描いている。 この作品の「速さ」が特に面白い。 展開、感情、映像、音楽。全部が速い。 まるで、ショート動画を延々と浴び続けている感覚だ。 でも考えてみれば、 今の私たちはそういう時代を生きている。 次から次へ情報が流れてくる。 感情を整理する前に、また次の刺激が来る。 『超かぐや姫!』は、その現代の疲労感を、 かなり正直に映している。 手放しで名作とは言わない。 脚本は粗い。 説明不足な部分も多い。人を選ぶ作品だ。 ただ、ここまで「今の時代」を映しているアニメ映画は珍しい。 そしてこれだけ賛否が噴き出している時点で、普通の作品ではない。 歪だけど、熱量がある。 私はこういう作品が好きだ。 あなたは『超かぐや姫!』をどう感じましたか? ドパガキ向けの浅い映画だったのか。 それとも、 今の時代を映した尖った作品だったのか。 コメントで本音を聞かせてください。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

89,698 views • 4 months ago

2011年3月11日。 日本中が混乱していたあの日、好井さんは東京・高円寺に住んでいました。地震の直後、都内でも電話はつながりにくくなり、多くの人が家族や友人と連絡を取れず、不安な時間を過ごしていました。 ただ、好井さんの住んでいた高円寺・野方周辺では、ネット環境は普通に使えたそうです。電話は難しくても、TwitterやYouTubeは見られる。だからこそ、好井さんはテレビをつけながら、ネットでも情報を追い続けていました。 そんな中、Twitter上に奇妙な映像が流れてきます。 場所は、新宿三丁目。 伊勢丹付近の上空。 そこに、UFOらしき白い光が大量に現れているという映像でした。 ひとつやふたつではありません。 空にいくつもの白い光が浮かび、ビカビカと点滅している。 まるで何かが上空に集まっているように見える。 好井さんは、その映像をリアルタイムで見ていたといいます。 「UFOじゃん」 「何これ」 「すごい」 当時のTwitter上でも、同じように驚く声が流れていた。好井さんはその映像をあとで見返せるように、お気に入りにも入れていたそうです。 ところが、不気味なのはここからです。 翌日、その映像が消えていた。 一つだけではありません。 見ていたはずの映像が、まとめて消えていた。 さらに、数日後、あるいは一週間後くらいに、似た映像や同じ話題が再び出てくることがあったそうです。けれど、それもまた、いつの間にか消えていく。 好井さんは、この話を自分だけの記憶違いだとは思っていません。 なぜなら、同じ映像を見たという人が、少なく見積もっても10人以上いるからです。周囲に話すと「ああ、あれあったよね」「見た見た」と反応する人がいる。つまり、完全に一人だけの思い込みではない。 ここが怖いところです。 誰かが見た。 複数の人が覚えている。 当時ネットにも流れていた。 でも、今探しても出てこない。 まるで、存在したはずの記録だけが、きれいに抜き取られているようなのです。 もちろん、震災当日は日本中が大混乱していました。空を飛ぶヘリ、報道機関の動き、緊急対応の機体、あるいは光の反射や見間違いだった可能性もあります。 ただ、好井さんが引っかかっているのは、そこではありません。 「それが何だったのか」よりも、むしろ「なぜ映像が消えたのか」です。 福島原発付近に現れたUFOらしき映像は、今でもネット上で見つかる。ところが、新宿三丁目、伊勢丹上空の映像だけは、なぜか見つからない。 もし本当にただの見間違いなら、残っていてもよさそうなものです。 もしただのヘリや気球なら、「これはヘリでした」「これは反射でした」と検証されて終わるはずです。 でも、そうではない。 目撃談だけが残り、映像は消えている。 番組内では、その場で検索をかける場面もありました。すると、2011年5月8日に新宿上空で白い光が複数浮かぶ映像は見つかりました。しかし、好井さんが見たという3月11日の映像そのものは出てこない。 5月8日の映像には、白い光がいくつも映っていました。 ドローンとは思えないような、空中に浮かぶ点の群れ。 それに近いものを、好井さんは3月11日に見たというのです。しかも、もっと数が多かった。最初に目撃された時は、100機くらいいたのではないか、とも語っています。 もしこれが本当なら、かなり奇妙です。 日本中が地震で混乱していた日に、東京の中心部で大量の光が目撃されていた。 しかも、その映像は当時ネットに出回っていた。 それなのに、今はなぜか確認できない。 これは単なるネット上の削除やリンク切れなのか。 震災直後の情報混乱による記憶の混線なのか。 それとも、何か見られてはいけないものが映っていたのか。 好井さん自身も、この話を大げさな都市伝説としてではなく、「自分は確かに見た」という実感で語っています。UFOの話を普段から大量にするタイプではないからこそ、この話には妙な生々しさがあります。 しかも怖いのは、UFOそのものよりも、その後です。 空に現れた謎の光。 それを見た人たち。 保存されたはずの映像。 そして、消えていく記録。 現代では、何かが起きれば必ずスマホで撮られ、ネットに残ると思いがちです。けれど、本当に残ってほしいものほど、なぜか見つからないことがある。 3.11の日、新宿三丁目の空に浮かんでいたという大量の白い光。 あれは本当にUFOだったのか。 それとも、震災の混乱の中で多くの人が同時に見た、ただの錯覚だったのか。 では、確かに存在したはずの映像は、いったい誰が、なぜ消したのでしょうか?

角由紀子のヤバイ帝国

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