Loading video...

Video Failed to Load

Go Home

2002年6月14日 「今日の部活は日本代表を応援しましょう」が本当に存在した夕方 隣の校舎から「誰決めた?森島?」と聞いてくる先輩 中田のヘディングに歓喜する教室 ふわふわワクワクした気持ちで下校した、日本でW杯が行われていたという今では信じられない非日常が20年以上前にありました

845,444 views • 1 year ago •via X (Twitter)

10 Comments

まにっしゅ's profile picture
まにっしゅ1 year ago

自身の所属するチームのホームスタジアムでワールドカップでゴールを決める。 世の中にどれだけ、同じことができた人がいるんだろう。

こつぶライダー's profile picture
こつぶライダー1 year ago

今改めて見ると、市川大祐のステップからのクロスがキレイ過ぎる✨

KURO's profile picture
KURO1 year ago

仕事をとっとと切り上げて、みんなで会社の食堂で応援したなぁ。 W杯のゴールがどれだけ凄いんだ❓ と当時の上司に聞かれ、 新人が大型契約を取ってくるくらい凄い❗️ と答えたら、 それはとんでもないことだ‼️ と理解してくれた上司との件を思い出す。

ハムス太パパ's profile picture
ハムス太パパ1 year ago

この時は日本全体でワールドカップの熱を感じていた もうこの熱狂はないと思う

RYO's profile picture
RYO1 year ago

大学で見てたなあ。 成長し続ける日本代表に未来が明るく、黄金世代が全盛期を迎える2006年大会に向けては希望しかなかった。 …なんでジーコを監督に選んだんだ。

決明子's profile picture
決明子1 year ago

長野冬季オリンピックもジャンプ団体の金メダルを授業中にテレビで見てましたね

wuuu's profile picture
wuuu1 year ago

ただ来年も、時差考えれば日本時間の平日午前に試合組まれる可能性は十分ある。 学校や会社で同様の光景が見られるかもね。

山田由紀成's profile picture
山田由紀成1 year ago

その7年ほど前の7月、野茂英雄が日本人として初のメジャーリーグオールスターに出た日、今日の授業内容はこれだと言って、それをテレビで見てました(^o^) そんな教師の下で育ったおかげで、WBCやワールドカップの際は、店内のBGMを店長に無許可でそれに切り替えたバイトでしたw

ジャムを持参's profile picture
ジャムを持参1 year ago

こういう時くらい全てをストップさせて全力応援したいですね!

snsK2's profile picture
snsK21 year ago

所属クラブのホームスタジアムで行なわれるW杯でゴールとか神様からのプレゼントとしかおもえん

Related Videos

9月29日は、日中国交正常化の日です。 1972年の今日、田中角栄首相が周恩来首相と、日中共同声明に署名をしました。 戦争状態に一区切りがついたということになります。 あれから54年経ちましたが、今、どうなっているでしょうか。 昨年の11月には、高市首相はこの台湾有事について問われて、「これは存立危機事態になり得る」というようなことを答えてしまいました。 中国はこれに激怒し、撤回を求めましたが、首相は応じず、結局、日中の関係は、国交正常化以来最悪となっています。 経済面でも、大きな影響が出ているわけです。 1年前にこの日を取り上げた時には、こんなことになるとは思いもしませんでした。 一方で、習近平主席は今月の24日にワシントンを訪れて、米中首脳会談を行いました。 ここで一定の成果があったというふうに言われています。 日本は、中国に強く出て対話の窓口を失い、一方で、米中は関係を強めたと。 はしごが外された形ではないでしょうか。 本当に今必要なのは、この有事を煽ることではなく、対話のテーブルにつくことだというふうに強く思います。 とにかく、首相はこの発言を撤回したうえで辞任していただきたいと、そのように思います。 #なんてったって平和

海保とくま

11,165 views • 3 days ago

【失格処分を受けた直後、涙を堪えながらインタビューに答えるウクライナのスケルトン代表、ヘラスケビッチ選手】 記者: 今、どんな心境ですか? ヘラスケビッチ: 私たちはこのオリンピックに向けて、非常に長い道のりを歩んできました。しかし、今日という日は私にとって非常に象徴的な日でもあります。4年前、私は「No War in Ukraine(ウクライナに平和を)」というメッセージのカードを掲げました。そのメッセージは今もなお、意味を持ち続けていると信じています。 今日、私たちは尊厳のために代償を払いました。私は何のルールも破っていないと確信していますし、ウクライナの利益、そして亡くなったアスリートたちの記憶を守るために行動したと思っています。彼らにはその資格があるからです。残念ながらIOC(国際オリンピック委員会)の考えは違ったようですが、その理由については今後精査していくつもりです。 記者: 自分のしたことを後悔していますか?多くのアスリートにとって、オリンピック出場は最大の目標であり、夢ですが、このような形で終わってしまったことに悔いはありませんか? ヘラスケビッチ: もちろん、残念な気持ちはあります。このようなスキャンダルは望んでいませんでした。私はこのスポーツの祭典の一部になりたかった。今日、その機会が奪われてしまいました。多くの友好的な関係を築いているアスリートたちと共に、このオリンピックの雰囲気の中にいたかったです。 トレーニングでは素晴らしい結果が出ていました。IOCの公式サイトに掲載されていた議事録を見ればわかる通り、私たちはメダルを争える位置にいたのです。 しかし、後悔しているかと聞かれれば、4年前と同じく、後悔はしていません。メダルよりもずっと大切なものがあります。今日、私は自分が信じているもののために立ち上がったのです。

Igor Ievtushuk🇺🇦イーゴル・イェブトゥシュク

173,994 views • 7 months ago

【生出演】森保監督に聞く 日本に“ヒーロー”のような選手は生まれる? | ▼敗退後のいま海外チームの試合を見て感じること サッカー日本代表 森保一 監督 「見る立場になりたくなかったです。本当に悔しいですね。もっと勝って国民の皆さんの活力になりたかった。勝って皆さんに日本人の誇りと自信を持ってもらって、これからの勇気につなげてもらうことを、あと4試合やりたかったんですけど、本当に残念です」 内田篤人さん 「カタールW杯後に感じたことと、今大会ブラジル戦後に感じたこと、同じなのか違うのか、どんなことを感じているのか教えてもらいたいです」 サッカー日本代表 森保一 監督 「さらに世界に近づいたなという感じはしています。ただ、自分の感覚ではW杯は前回・今回とも同じ」 「2050年までに日本サッカーは世界一になると掲げている。私自身は歴史の一部で、過去と今をつないで今の最大値を発揮して、できれば今“世界一”を取りたかったですけど。でも未来に世界一になるために、今のレベルアップに貢献するということでずっと仕事をしてきているので、あまり変わりがない」 (Q8年間ともに歩んだ日本代表はどこが一番変わった?) 「変わったところは、やはり選手のメンタリティー」 「どんな相手とも同じ目線で、戦った中で『勝ったか負けたか』、『何ができたかできなかったか』というのを考えられる」 「みんな理想は持っていますけれど、目の前の現実に全力を尽くして、そこを乗り越えていく、レベルアップしていくという今の全力と未来に向けてのチャレンジが同時に入った戦いをどんな相手ともできるというところはすごく変わったかなとは思います」 「今まではどちらかというと受け身の守るカウンター。今も基本的には『いい守備からいい攻撃に』とコンセプトは変わってないんですけど、でも自分たちもコントロールして戦うという、そのメンタリティーも絶対的に変わったかなと思います」 ▼日本に“ヒーロー”のような選手は… 内田篤人さん 「2014年W杯の後、僕が感じていたこと。日本にもヒーローのような選手が出てきてほしいと思っていました。ヒーローはどうやったら日本にも出てくるのか、育成できるのか。森保監督の考えを知りたいです」 サッカー日本代表 森保一 監督 「育成できるんですかね?私自身は何かプレーモデルを作ると金太郎飴みたいに同じ選手ばかりしか出てこないみたいなことを言われる」 「スペインのように他の国もプレーモデルがあった上で、そこで一番レベルが高い選手と、そこから突出した選手が生まれてくることがあるのかなと」 「一つ言えるのは、型にはめすぎずに、その選手の個性はしっかりと見てあげるというところは大切かなと思います」 (Q8年間やり切った?やり残しはある?) 「やりきってエンプティではないですけど、日々本当にやりきりながらここで終わってもいいと思う気持ちでずっと続けてきているので、そこはやり切ったということかなと思います」 「ただ、結果としてはもっと上にいきたかった、いけたという思いがあるので、その結果についてはやり残したかなという気持ちではあります」 (Q今後サッカー界にどう関わっていきたい?) 「常に日本代表の進化を応援していただきたいなと思っていますし、私自身については監督をやらせていただいてますけど、いち日本代表のサポーター」 「日本代表が世界一になるために、本当にどの立場でも貢献したいなと思ってきたので、そのスタンスでこれからも日本代表を応援していきたい。日本のサッカーの発展に貢献したい」

報道ステーション+サタステ

25,607 views • 3 months ago

日本に行った人が、帰ってから苦しくなることがある。日本で見たものは、特別なイベントじゃない。電車がだいたい時間に来ること。人が列をつくること。店で「ありがとう」と言われること。夜の道が、怖くないこと。そういう小さな当たり前。でも、その小さな当たり前が、帰国した瞬間に刃になる。 自分の国の音が、急に大きく聞こえる。怒鳴り声。クラクション。割り込み。投げるような言葉。前は平気だったのに、平気じゃなくなる。日本が良すぎたからじゃない。比べる目が、できてしまったからだ。 この痛みは、普通な感覚。違う世界を一度見た人にだけ起きる、ふつうの揺れ。 ただ、ここで気をつけたいことがある。旅先は、少しだけ夢に似ている。短い時間の中で、いい場面が多く見える。だから日本は完璧だと思いすぎると、自分のいる場所が全部ダメに見えてしまう。すると心が、帰る場所を失う。 じゃあ、どうしたらいいのか。 答えは、全部を日本にしようとしないこと。 日本で好きだったことを、ひとつだけ持ち帰る。 朝、靴をそろえる。 人にぶつかったら小さく「すいません」と言う。 時間を守る。部屋を少し整える。 たったそれだけで、心は夢が終わったじゃなくて、夢を生活に変えたと思える。 そしてもう一つ大事なのは、ひとりにならないこと。日本が好きだった人は、日本が好きな人と話せばいい。好きは、誰かと分けると、痛みじゃなくなる。 日本を忘れられないのは、弱いからじゃない。日本に来てくれた人の中に「こう生きたい」が生まれたからだ。 その気持ちを大切にすれば大丈夫。夢は、逃げるためじゃなく、戻ってきたあとに生きるためにある。

クレア

383,105 views • 8 months ago