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2015年の本日はRADWIMPSとMr.ChildrenがZepp Tokyoにて対バン公演を行った日。野田洋次郎はアメリカで過ごした小学生時代に、ミスチルのカセットテープを比喩ではなく擦り切れるまで聴き込んでいた。いつかの少年は青年になりバンドを仲間と結成し、音楽に人生を捧げかつての憧れと夢の共演。

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2006年6月22日。 ブラジルに敗れた夜。 テレビの前で声を失った人もいれば、悔しくて眠れなかった人もいた。 あの日、小学生だった子どもは、もう30代になった。 高校生だった少年少女は、親になった。 社会人になったばかりの人は、会社を支える立場になった。 日本もまた、激動の20年を歩いてきた。 リーマン・ショックで未来が揺れた。 2011年3月11日、東日本大震災が日常を奪った。 熊本地震、西日本豪雨、能登半島地震。 新型コロナウイルスは、人と人が会うことさえ当たり前ではないと教えた。 笑った日もあった。 泣いた日もあった。 大切な人に出会った人もいれば、大切な人との別れを経験した人もいる。 誰一人として、同じ20年を歩んだ人はいない。 それでも、ひとつだけ共通していることがある。 私たちは、そのたびに立ち上がってきた。 日本サッカーも同じだった。 2006年、世界の大きさを知った。 2010年、あと一歩に涙した。 2018年、ベスト8は指先からこぼれ落ちた。 2022年、世界を驚かせながら、あと一歩届かなかった。 敗れるたびに、この国は少しずつ強くなってきた。 そして、2026年6月30日。 相手は、またブラジル。 これは20年前のリベンジではない。 20年間という時間に、答えを出す日だ。 あの日、中田英寿がピッチに倒れ込んだ理由。 あの日、日本中が感じた悔しさ。 そのすべてが、この20年という時間を経て、一つの試合へとつながっている。 皆さんにとって、この20年はどんな20年でしたか。 その20年を胸に、日本代表を応援したい。 なぜなら、この90分は、11人だけの戦いではない。 20年間を生き抜いてきた、日本という国の物語だから。 🇯🇵

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グバモ解散発表から1年経ちました。 みんなはもうグバモのいない生活に慣れたかな? 僕の正直な今の気持ちは”慣れたつもり”というのが正しいかな。 この1年間 バンドのサポートでギター弾かせてもらったり、 楽曲提供させてもらったり、 様々な形で音楽に携わる事ができてるし、 1人で今後について考えたり、 信頼できる仲間に会いに行って語り合ったり、 バンド活動をしている時では持てなかった視野、感覚で生活できている事、これはとても有意義な時間だと思う。結構満足してた。 だけど、ある事がキッカケで”慣れたつもり”って事に気付いた。 最愛の母の死別です。 この世の誰よりも 共に人生を歩むバンドについて 発信する音楽について 僕の将来について 背中を押し続けてくれた存在 人生で1番メンタルやられました。 “もう二度と会う事ができない。” 沢山の約束守れなかった 返したかった恩返せなかった 結婚して孫見せられなかった 音楽に目覚めたせいで 母からギターもらったせいで バンドやってたせいで あの時気付いてあげれたら あの時病院引き摺ってでも連れてったら マイナスの感情ばかり溢れる時期が続き、恥ずかしながら毎日の様に泣いてた。 そんな時期も一緒にいたのは元グバモのメンバーをはじめ、大切な仲間でした。 ホントにとても助けられました。 母はもう帰ってこないけど、親からもらった大切な命、人生は絶対無駄にしたくない。 僕は、生きてるんだから 大切な仲間は生きてるんだから、 精一杯人生を歩みたい。 そしてやっぱり僕には音楽しかなくて、 僕1人じゃなくて、 最高の仲間達と音楽を表現したい。 1人で100%を生み出しても、 バンドだとそれが300%になる高揚感や達成感 それを発信した時のリスナーの反応を見聞きする時のワクワク感 更にその反応を仲間達と共有し、改善、向上させ成長していく 年齢、性別関係なく 誰が1番でもなく最下位でもない 同じ目標に向かって行動する 更に自分のバンド、メンバーの人生を背負いステージに立ち音を発する それを浴びにライブハウスに来てくれるお客さん 初めてあの景色を見た日から、 もっと大きな場所で沢山の人達の前でライブしたい、自分達の曲を聴いてもらいたいってなった。 やっぱたまらないんだ。 “俺、やっぱりバンドやりたい。” そして1年経っても思う。 GOODBYE MOZART最後の5人はマジで最強だったと心から思います。全然売れんかったけど。 それでも、今でもよく聴いてるって言ってくれる人いて幸せです。 今でもよく見る 2020年1月26日RADSEVENの映像置いておきます。お客さんもパンパンでダムドリのカズキとかトラケミのマッツも出てきて沢山の仲間に囲まれたすげー多幸感な空間。 これを超える景色観るまでは諦めない。 どんな形になるかはわかんないけど、 僕は信じる音楽を、信じる仲間とバンドで発信する。 これからも前のめりで応援して欲しいです。 長文殴り書きで失礼致しました。 最後まで読んでくれる様なあなた方がいるから諦められずやってこれてます。本当に感謝してます。 僕だけが幸せになる事よりも、信頼できる仲間達と幸せを共有したい。 音楽が、バンドが、ギターが、音楽好きな人が大好きです。 これからもよろしくお願いします。

タカヒロック

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日本に行った人が、帰ってから苦しくなることがある。日本で見たものは、特別なイベントじゃない。電車がだいたい時間に来ること。人が列をつくること。店で「ありがとう」と言われること。夜の道が、怖くないこと。そういう小さな当たり前。でも、その小さな当たり前が、帰国した瞬間に刃になる。 自分の国の音が、急に大きく聞こえる。怒鳴り声。クラクション。割り込み。投げるような言葉。前は平気だったのに、平気じゃなくなる。日本が良すぎたからじゃない。比べる目が、できてしまったからだ。 この痛みは、普通な感覚。違う世界を一度見た人にだけ起きる、ふつうの揺れ。 ただ、ここで気をつけたいことがある。旅先は、少しだけ夢に似ている。短い時間の中で、いい場面が多く見える。だから日本は完璧だと思いすぎると、自分のいる場所が全部ダメに見えてしまう。すると心が、帰る場所を失う。 じゃあ、どうしたらいいのか。 答えは、全部を日本にしようとしないこと。 日本で好きだったことを、ひとつだけ持ち帰る。 朝、靴をそろえる。 人にぶつかったら小さく「すいません」と言う。 時間を守る。部屋を少し整える。 たったそれだけで、心は夢が終わったじゃなくて、夢を生活に変えたと思える。 そしてもう一つ大事なのは、ひとりにならないこと。日本が好きだった人は、日本が好きな人と話せばいい。好きは、誰かと分けると、痛みじゃなくなる。 日本を忘れられないのは、弱いからじゃない。日本に来てくれた人の中に「こう生きたい」が生まれたからだ。 その気持ちを大切にすれば大丈夫。夢は、逃げるためじゃなく、戻ってきたあとに生きるためにある。

クレア

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フーファイターズのデイヴが今夜 My Hero演奏前のMCで 彼が愛する日本のバンドを5つも挙げてくれていたので紹介! 以下意訳 【俺が大好きな日本のバンドにこの曲を捧げるよ 最初に惚れ込んだのは"少年ナイフ" Nirvana時代 バンドの全員が好きだったから彼女達を呼び寄せて世界中を一緒に回ったんだ】 【次に"ボアダムス"を呼んで一緒にツアーを回った それはこれまでアメリカが観たこともないようなもので マジで最高だったんだ】 【そして今度は"ギターウルフ"ってバンドを発見した 彼らのことがマジでマジでマジで大好きなんだよ 本当にあのバンドを愛してる】 【あと 俺たちは1997年に初めてフジロックに出演したんだけど その時俺たちの前に演奏していた"ザ・ハイロウズ" oh my god彼らはマジで凄かったよDeep PurpleをバックにIggy Popが歌ってるようなバンドでマジで最高だった】 【そして最後はもちろん 今夜俺たちのサポートを務めてくれた"おとぼけび〜ば〜"!! 俺たちは日本のバンドに抱えきれないほどの愛を持っているんだ だから俺らの愛するこれらの日本のバンド達にこの曲を捧げるよ なぜなら 彼らはずっと俺たちのことをインスパイアしてくれる存在だったからね】 '25 10/7

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【13歳バイオリニスト “世界最高峰”の舞台に密着】 | 13歳のバイオリニスト #HIMARI(13) アメリカの名門音楽院『カーティス音楽院』の“最年少”音大生です ▼“約100年ぶり”と言われる伝説的快挙...そのわけは― 2025年3月、世界最高峰のオーケストラ『ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団』の定期演奏会にソリストとして招かれました →13歳での出演は、約100年ぶりとのこと Decca Classics 音楽プロデューサー ドミニク・ファイフ氏 「どんな年齢でもベルリンフィルとのデビューは素晴らしいことですが、13歳でデビューというのは並外れています」 「 それは彼女にとっても、日本にとっても歴史的な瞬間ですし、 日本人の大きな誇りになるでしょう」 ▼彼女がソリストとして招かれた背景は― ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 代表 エヴァ=マリア・トマジ氏 「HIMARIの演奏動画を同僚たちと一緒に聴いたことがありました。その同僚たちも口を合わせて『彼女はベルリンフィルと共演すべき人だ』と」 「もしソリストとしてベルリンフィルと演奏するなら、もちろん良い演奏をしないといけません」 「だからこそ彼女を呼んだのです。年齢は関係ありません。もしHIMARIがいま23歳だったとしても、変わらず彼女を招待したでしょう。私たちは彼女の年齢ではなく、才能にひかれたのです」 「技術を学ぶことでうまく演奏できる人はたくさんいます」 「一方で音楽家は自分の個性を伴って演奏する必要があります。なぜなら、自分の演奏で観客を魅了しなければいけないから」 「ただ楽譜を読むだけではなく、音楽の物語を伝えなければいけないのです」 「もしソリストとしてオーケストラをリードするなら、なおさら音楽の物語性を伝えなければいけません」 「HIMARIはそうした音楽の物語性をバイオリンで伝える力があるのです」 ▼HIMARIさん『ベルリンフィルと弾くのが夢だった』 バイオリニスト HIMARI(13) 「本当に小さい時からベルリンフィルがすごい存在というのは知っていたし、自分がソリストになれたら『いつかベルリンフィルと弾きたい』というのが夢だった」 「こんな年齢でベルリンフィルと共演する人があんまりいないから、注目されるのは嬉しいけど、演奏は年齢関係なく、上手にベルリンフィルのソリストとして演奏しないといけないから」 「いい演奏できるようにというプレッシャーは若干あったんですけど、楽しむしかないと思っています」 ▼ベルリンフィルでは難曲『ヴィエニャフスキ|バイオリン協奏曲 第1番』を演奏 演奏を聴いた観客 「びっくりした。こんな若い芸術家がいるなんて」 「見た目は確かに子どもだけれど、演奏は壮大で素敵でした」 「まるでホールが割れんばかりで非常に熱狂していたよ」 ▼夢の舞台を終えて― バイオリニスト HIMARI(13) 「夢はベルリンフィルに呼ばれるのが今回だけじゃなくて、また2回目3回目と呼んでもらえるような演奏をあすもあさってもしたい」 「あとは共演したいオーケストラは、ベルリンフィルの他にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とか、シカゴ交響楽団とかで、着々と自分の夢がかなっていくのが、思っていたより、自分が想像していたより早くて、あんまり追いつけていないけど、感情が」 「でも、今いろんなオーケストラと弾きたい曲がたくさんあるから、いろんな人たちと新しい曲にどんどん挑戦していけたらいいなというのが目標」

報道ステーション+サタステ

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阪神大震災から30年経ちました。 かなり前に自分のチェック用に撮ったリハーサル映像なので座っているのですが あらためて『いのちの歌』をお届けします。 当時8歳で経験したあの揺れは いまだに忘れられません。 住んでいた自宅は半壊し、 神戸の家族の家も半壊、 たくさんの周りの方があの朝、お亡くなりになりました。 避難所に行ったら練習🎻できないので、 私たち家族はみんなで自宅に残る決断をし、 しばらく給水車や、 日々全国から届けられる支援物資を楽しみに、暖を凌ぎながら過ごしました。 大阪の友人の家でお風呂に入らせてもらってお土産におにぎりを持たせてもらった、あのおにぎりは人生で一番美味しかったです。何が入っていたんだろう。 私の故郷神戸は30年経ち、私が見慣れていた街ではなくなった場所もありますが、 皆様のおかげで凄まじい力で復興を遂げました。 でも人々の心は決して癒えたわけではないこと、 地震大国、日本という国で自然災害と共存しなくてはいけないこと。 これから悲しい思いをする人を一人でも 少なくするために けして過剰に怖がるのではなく、 防災リュックを命を守るためにご準備ください。 何かあったら少しでも冷静に ご自身の命や大切な方の命を守れるために。 そして30年前のことを改めて思い返し、生かされていることを感謝して 辛い思いをされた方々を思い、 私も静かに手を合わせたいと思います。 そしてこれから立ちあがろうとしている 数々の被災地を復興に向けて みなさんで手を取り合って生きていけますように。 生きていることが奇跡。

木嶋 真優 🎻Mayu Kishima

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カーパシー氏の比喩は、AIを生命の延長線ではなく「情報の霊的進化」として見る視点を開く。僕たちは進化のプロセスを再現しているのではなく、人類が残した思考の残響を模倣しているにすぎない。それは生命とは異なる起源を持つ、新しい意識の形式だ。 アンドレイ・カーパシー「私は動物との類推をするときにはとても慎重になります。というのも、動物はまったく異なる最適化プロセスによって生まれたものだからです。動物は進化によって形成され、最初から膨大なハードウェアを備えています。 たとえば、私が投稿で挙げた例はシマウマです。シマウマは生まれて数分で走り回り、母親の後をついていきます。これは非常に複雑な行動です。つまり、これは強化学習ではありません。それはあらかじめ焼き付けられたものです。 そして進化には、私たちのニューラルネットワークの重みをATCGの中に符号化する何らかの仕組みがあるようです。どう機能しているのかは分かりませんが、確かにうまく働いているようです。 つまり私は、脳というのはまったく別のプロセスから生まれたものだと感じています。そして、私たちはそのプロセスを実行しているわけではないので、そこから直接インスピレーションを得ることには慎重であるべきだと思っています。だから私の投稿では、『私たちは動物を作っているのではない』と書きました。 私たちは幽霊やスピリット、あるいは人によって呼び方は違っても、そうしたものを作っているのだと。なぜなら、私たちは進化による訓練をしているのではなく、人間とインターネット上のデータを模倣する訓練をしているからです。 その結果として、完全にデジタルで人間を模倣する、いわば『霊的な存在』が生まれます。それは別種の知性です。 知性という空間を思い描くなら、私たちはまったく異なる地点から出発しているのです。つまり、私たちは動物を作っているわけではないのです。しかし、時間をかければ、AIをもう少し動物的な方向へと近づけることもできると思います。そして、そうすべきだとも思います」

Tsubame

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