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2020年の本日より King Gnu の常田大希が出演した「サッポロ生ビール黒ラベル」のCMが放映された。架空の大人エレベーターに乗り込んだ妻夫木聡が、人生観に対する独自の考えをインタビューする内容。27歳大人代表として飾らない等身大の言葉で、時代や格好よさ、一番大切なものについて語っている。

115,892 Aufrufe • vor 2 Monaten •via X (Twitter)

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田村智子です。 新宿では大山とも子さんは実績があまりに豊かなので、大丈夫だということが流されているんですね。 でも、みなさん、大丈夫かどうかで投票先を変えるってことはおかしいですよね。 自分の願いと一番マッチしている候補者は誰なのか、この人を都議会に押し上げたい、それが大切な選挙の1票です。 ぜひ、その願いを大山とも子さんに必ず託していただきたいと思います。 そして、意図的に大丈夫と流す人たちがいる。 私はこれは選挙に対する妨害だと思います。 あなたの本当に託したい相手ではない。こっちの人に託してください、こっちの人は大丈夫。これは本当に選挙の大切な部分を、私は汚すやり方だと思います。 そんな風に言ってきた方には選挙ってそうじゃないよ。一番、自分の思いがかなう人に託すのが選挙だよ。 それが一番政治動かす力になるよと、そういう人に言ってほしいと思うんです。 みなさん、ぜひ、選挙に大丈夫なんてないんです。そして、日本共産党にどれだけ都民の皆さんの声が集まるか。支持が集まるか。これが続く、参議院選挙でも大きな力になっていきます。 大山とも子さんにどんどん支持を広げて、必ず必ず勝ちとらせてください。 よろしくお願いします。

大山とも子東京都議会議員(新宿区)

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「グエー死んだンゴ」ってさ、ネットだと軽いノリの断末魔ギャグみたいに見えるんだけど、現実でそれが最後の言葉になった瞬間、笑いってやつが急に重たくなるのよね。笑っていいのか、泣いていいのか、手が止まる。で、止まったところに気づく。「この言葉、ふざけてるんじゃなくて、ふざけるしかなかったんだ」って。 映像の中のお父さんが言う「なんでうちの子が」 これね、親の口から出る言葉として一番まっとうで、一番残酷。答えが出ないから。病気は抽選会じゃないのに、当たった側だけが人生ごと持っていかれる。 しかも類上皮肉腫みたいな希少がんって、名前すら知られてない、、、だから余計に「うちの子が」になるんじゃないかな? で、この話の刺さるところは、息子さんが亡くなったあとに物語が動き出すところです。 予約投稿って、便利な機能だと思う。 だけどあれが今回は時間差の手紙になった。本人はもういないのに、言葉だけが世界に届く。 まるで、遅れて届いた花束に、棘が混じってるみたいなもんだ。 嬉しい。 ありがたい。 でも痛い。 痛いけど、花なのよね。 しかも、普段SNSを見ないお父さんが、葬儀が終わってから息子の人生の続きをスマホで知るわけだよ。 これ、「生きてる時に言えなかったことが、死んだあとに通知で届く」っていう奇跡でもある。 親子って近いようで、いちばん遠い時がある。 照れくさくて、忙しくて、まあそのうちでいいかって先送りして、気づいたら電池切れ、、、 お父さんが「ありがとうって言えなかった」って話、あれは胸に来る。時計の電池より先に、言葉の電池が切れちゃったんだよね、、、 でもさ、希望もあるんだよ。 この件がすごくバズったって事実には、アルゴリズムが悲しみを燃料にして回してる感じは確かにある。 命の尊さでバズらせるな!って声もあるけど、あの投稿が、希少がんの存在を人に知らせたり、寄付が集まったり、「一人じゃなかった」を可視化したのも事実じゃない? つまりSNSってのは、包丁なんだよ。 料理にもなるし、怪我もする。使う側の手つきが問われる💡 息子さんが、病気に「デカすぎ」ってあだ名をつけて、検査のことまで面白い面白くないで語ってた。 これね、強がりってより礼儀なんだよ。 周りを暗くさせないための礼儀。 自分の恐怖を、自分で笑いに変換して、他人の心の負担を軽くする。 芸人みたいなことを、死にかけの若者が病室でやってた。そりゃ人を引き寄せるって言われるよ。笑いは才能だけど、笑いの裏にある痛みは、本人しか背負えない。 「グエー死んだンゴ」をただのネタにしちゃいけない。 あれは、令和に投下された遺言の形式なんだよ。ふざけた形でしか出せない本音がある。 そして、見てる側も、拡散する側も、たまには一拍おいて、リポストの指が動く前に、線香一本分くらいの間を心に置くのもいいんじゃないかしら? 笑っていい。 でも敬意を忘れない。 最後に、親も子も、言葉をケチるなと言いたい。 照れくさいありがとうってのは、もったいぶるほど高くつく。これ、言ったら減るんじゃない。言わないと、気がつくと残高ゼロになる。 息子さんが最後に残したのは、バズでも名言でもなくて、「人間ってやつは、弱い時ほど誰かを笑わせようとする」っていう、静かな証明だったんじゃないかな?

クレア

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