Loading video...

Video Failed to Load

Go Home

2024.9月 アリゾナ大学、インド工科大学 三枝英彦教授 人間の意識はどこで生じるか、謎だった。 2022年8月、脳細胞の中の微小管の働きも測定できる脳波計を用いて全身麻酔を人にかけたところ、意識の所在が神経細胞ではなく微小管にあることが臨床実験で明らかになった

38,682 views • 1 year ago •via X (Twitter)

3 Comments

toriya.Jp🇯🇵's profile picture
toriya.Jp🇯🇵1 year ago

@kharaguchi う〜む。 真面目に著作権が気になりますが、参考という事で..

Azazel's profile picture
Azazel1 year ago

どうなんだろう?

Fast Company's profile picture
Fast Company2 years ago

NYU Langone Health’s Paul Glimcher explains our brains aren’t built for large datasets. Discover strategies to simplify choices. @nyulangone #BrainScience #ad

Related Videos

がん細胞に寄生虫薬が効いていた理由、ついに判明😱 世界的に有名ながん研究者、トーマス・セイフリード教授が衝撃の事実を明かしました。 💬「ミベンダゾールやフェンベンダゾールって寄生虫用の薬なんだけど、なぜがんに効くのか、調べてみたんだ」 すると… 🧬寄生虫とがん細胞、同じエネルギー代謝ルートを使っていたことがわかった😨 それが「ミトコンドリア基質レベルリン酸化」ってやつ。 要するに、がん細胞と寄生虫が**同じ“壊れたエネルギーの抜け道”**に依存して生きていた😰 😎「ミベンダゾールで寄生虫を殺せるなら、がん細胞もやれるだろ?って思って試したら…ほんとに効いた」 でもね、教授はイベルメクチンには触れなかった。 コロナ期の政治的圧力が怖かったって。 その代わりに出てきたのが、ケトン体研究で知られるイザベラ・クーパー博士。 💬「イベルメクチンは、ミトコンドリア細胞死の経路に働きかける」 😳つまり、あれもがん細胞を狙ってた可能性があるって話。 寄生虫用の薬が、がん細胞の弱点そのものを突いていたとは…誰が想像したでしょうか? でも重要なのはここ👇 がんは寄生虫じゃない。でも、同じ“壊れた道”を使ってる。 だから薬は「がんか寄生虫か」なんて気にせず、その道を潰しにいくだけ。

トッポ

1,472,557 views • 10 months ago

人工呼吸器のチューブを食道に誤挿入し、22歳の大学生が意識不明になっているというニュース。 「食道に入れるなんてあり得ない」という意見が多いのですが、気管挿管で食道に入ってしまうこと自体は、残念ながらあります。熟練した医師でも起こり得ます。 そもそも、肺炎で人工呼吸器に乗せるほどだからそもそも相当悪かったという事でもあります。普通の肺炎で人工呼吸なんてありえないのでそっちの方が気になります。 医療というのは、人間がやる以上「絶対にミスをしない」ことを前提にはできません。 大切なのは、ミスをした瞬間に患者さんが死ぬ、取り返しがつかないようなシステムにしないことです。 挿管したら胸郭の動き、呼吸音、SpO₂などを確認する。そして今回非常に重要なのが呼気中の二酸化炭素です。 食道に入っていれば、モニターで1発でわかります。 さらに人工呼吸器につないだ後にも、換気量、気道内圧、SpO₂、EtCO₂など、異常を知らせる情報はいくつもあります。 今回、本当に検証すべきなのは、 「なぜ食道に入れたのか」だけではなく、「なぜ食道に入っていることに気づかなかったのか」 こっちが重要だと思います。 いつチューブが抜けたのか。 いつ再挿管したのか。 その直後EtCO₂を確認したのか。 SpO₂はどう推移したのか。 人工呼吸器のアラームは鳴っていたのか。 異常を認識したのは何分後なのか。 再挿管して換気が再開したのは何分後なのか。 ここは全部記録が残っているはずです。 そしてもう一つ気になるのが、報道が事実なら、事故から10か月経っても家族が「何が起きたのか十分な説明を受けていない」と訴えていること。 医療事故が起きたとき、分からないことまで無理に説明する必要は無いのかもだけど分かっている事実と分かっていない事実を分けて、現時点で説明できることを家族に説明することは非常に重要です。 医療事故で考えるべきなのは「誰が悪いのか」だけではありません。 人間はミスをするのですよ。 一つのミスが起きても、二つ目、三つ目のチェックで患者さんを守れる仕組みになっていたのか。 私はそこを検証することの方が、再発防止にははるかに重要だと思います。

中田賢一郎/さくらライフグループ代表/医師x僧侶

1,717,165 views • 12 days ago

ロビン・ハンソン(天才経済学者)「もう、自分で勉強する必要はない、パソコンの中に自分のコピーを作って知識を全部学習させて、天才バージョンの自分のコピーに面倒なことは全部やらせればいい」 「脳をスキャンしてPCの中に『もう1人の自分』を作る。超天才の頭脳を持った自分のコピーが誕生する」 「『肉体を捨てて、コンピューターの中で永遠に生きる』というSFの禁じ手が、ガチの科学として設計図まで出来上がっている」 オックスフォード大やジョージ・メイソン大で文明の未来を解き明かす異才ロビン・ハンソンが語った、「脳の完全コピー計画(全脳エミュレーション)」がコレ↓ ・脳の全細胞をスキャンしてPCに完全移植する 人間の脳にある無数の細胞が「どこで・どう繋がっているか」をすべて読み取り、コンピューターの中にそっくりそのまま再現する。 ・本物の自分と「まったく同じ反応をするコピー」が完成 話しかけられたり刺激を受けたとき、生身のあなたと寸分たがわず同じように考え、同じように答えを返す「デジタルな脳みそ」が出来上がる。これが脳のエミュレーション(再現)の正体。 ・中身は人間なのに「機械のチート能力」を全部手に入れる 思考回路は人間そのものなのに、動いている場所は最新鋭のコンピューター。生身の体のような病気や老化は一切なく、処理スピードは何百倍にも加速でき、疲れることもなく24時間フル稼働できる。 要するに、「あなたの脳の構造を丸ごとスキャンしてパソコンの中に『思考も性格も本物の自分と完全に同じデジタル人間』を作り出す技術が現実味を帯びており、肉体の限界から解き放たれてパソコンの中で永遠に働き、考え続ける無敵のコピー人間が誕生する」ということです。

松田悠玄@独り起業22年目

13,290 views • 2 days ago

日本に行った人が、帰ってから苦しくなることがある。日本で見たものは、特別なイベントじゃない。電車がだいたい時間に来ること。人が列をつくること。店で「ありがとう」と言われること。夜の道が、怖くないこと。そういう小さな当たり前。でも、その小さな当たり前が、帰国した瞬間に刃になる。 自分の国の音が、急に大きく聞こえる。怒鳴り声。クラクション。割り込み。投げるような言葉。前は平気だったのに、平気じゃなくなる。日本が良すぎたからじゃない。比べる目が、できてしまったからだ。 この痛みは、普通な感覚。違う世界を一度見た人にだけ起きる、ふつうの揺れ。 ただ、ここで気をつけたいことがある。旅先は、少しだけ夢に似ている。短い時間の中で、いい場面が多く見える。だから日本は完璧だと思いすぎると、自分のいる場所が全部ダメに見えてしまう。すると心が、帰る場所を失う。 じゃあ、どうしたらいいのか。 答えは、全部を日本にしようとしないこと。 日本で好きだったことを、ひとつだけ持ち帰る。 朝、靴をそろえる。 人にぶつかったら小さく「すいません」と言う。 時間を守る。部屋を少し整える。 たったそれだけで、心は夢が終わったじゃなくて、夢を生活に変えたと思える。 そしてもう一つ大事なのは、ひとりにならないこと。日本が好きだった人は、日本が好きな人と話せばいい。好きは、誰かと分けると、痛みじゃなくなる。 日本を忘れられないのは、弱いからじゃない。日本に来てくれた人の中に「こう生きたい」が生まれたからだ。 その気持ちを大切にすれば大丈夫。夢は、逃げるためじゃなく、戻ってきたあとに生きるためにある。

クレア

383,105 views • 9 months ago

ヘミシンクは、ただの瞑想用CDではなく、“意識だけを別の場所へずらす装置”なのかもしれない。 坂本さんが説明していたヘミシンクは、ものすごく簡単に言うと、音を使って意識の状態を変える技術です。 作ったのは、ロバート・モンローというアメリカの人物。 もともとは、音を使って人をリラックスさせたり、眠りに近い状態で学習できないかを研究していたそうです。 ところが、その実験の中で、モンロー自身が突然、体から抜けるような体験をするようになった。 いわゆる幽体離脱です。 しかも、それが一度だけではなく、何度も起きた。 そしてその体験を通して、死後の世界のような場所や、宇宙人的な存在とも出会うようになったと語られています。 ここが、かなり不思議です。 最初は、睡眠学習の研究だった。 でも気づいたら、肉体を離れる体験や、死後世界、異次元存在の話につながっていく。 まるで、音響技術の実験をしていたら、偶然“あちら側のドア”を開けてしまったような話です。 ヘミシンクの仕組みは、右耳と左耳に少しだけ違う周波数の音を聞かせること。 たとえば、片方に100Hz、もう片方に104Hzの音を聞かせる。 すると、その差である4Hzのリズムが脳に影響して、脳波がその状態に近づいていく、という説明です。 普通なら、深い脳波の状態に入ると、人は寝てしまいます。 でもヘミシンクでは、そこに目を覚まさせるような音も入れて、 意識は起きたまま、体は眠っているような状態に近づける。 ここが一番のポイントです。 普通の夢なら、寝ている間に勝手に見るものです。 でもヘミシンクでは、意識を保ったまま、普通では行けないような深い意識状態に入ろうとする。 坂本さんの話では、その状態で「フォーカス」と呼ばれる意識の段階へ進んでいきます。 その先で、ガイドと呼ばれる存在からメッセージを受け取ったり、非物質の世界にアクセスしたりすることがあると説明されています。 この「ガイド」という存在も不思議です。 坂本さんによると、ガイドは人によって違う。 自分の過去世のような存在だったり、関係の深い存在だったり、悟ったような存在だったりする。 姿も、見る人が理解しやすい形で現れることが多いそうです。 たとえば、ネイティブアメリカンのような姿。 古代ギリシャの賢者のような姿。 あるいは、本人が受け取りやすいイメージ。 つまり、相手が本当は何者なのかよりも、こちらが理解できる形に“翻訳”されて現れるような話です。 これ、かなり謎があります。 もし本当に別の存在がいるなら、 なぜそのままの姿ではなく、人間がわかる姿で現れるのか。 逆に言えば、私たちが見ているものは、本当の姿ではなく、脳や意識が受け取れるように変換された映像なのかもしれません。 さらに坂本さんは、ヘミシンクを使うことで、宇宙人のような存在と会うこともあると語っています。 ただし、その宇宙人は、よく映画に出てくるような肉体を持った存在とは限りません。 坂本さんの説明では、物質の世界ではなく、非物質の世界を通ってやって来る存在もいる。 だから、遠い星から何百光年も飛んでくるというより、 物質ではない次元を経由して、ほとんど一瞬で接触できるという考え方です。 これが本当なら、UFOや宇宙人の見方が変わります。 宇宙人は空から円盤で来るもの、というより、 意識のチャンネルを合わせた時だけ見える存在なのかもしれない。 幽霊が見える人と見えない人がいるように、 UFOや異次元存在も、こちらの意識の状態によって見えたり見えなかったりする。 坂本さんの話では、宇宙人にはいろいろな姿があるそうです。 人間型。 爬虫類型。 カマキリのような存在。 イルカのような存在。 魚のような存在。 龍のような存在。 ここまで来ると、もはや「宇宙人」というより、意識の宇宙にいる生命たちという感じです。 さらに不思議なのは、坂本さんが「ハートを開く」ことの重要性も語っている点です。 覚醒や意識の成長には、頭で理解するだけではなく、胸のあたり、つまりハートのエネルギーを開くことが大事だという話です。 声を出す時も、胸から外へ広げるように意識する。 これは科学の話のようでいて、最後はかなりスピリチュアルな話に戻っていきます。 でも、そこがヘミシンクの不思議なところです。 始まりは音響技術。 仕組みは左右の耳に違う周波数を聞かせるという、かなり理屈っぽいもの。 なのに、その先で語られるのは、幽体離脱、死後世界、ガイド、宇宙人、非物質世界、覚醒。 科学っぽい入口から入って、気づいたら神秘の奥に立っている。 坂本さんのヘミシンクの話が不思議なのは、ここです。 これは単なるリラックス音源なのか。 それとも、人間の意識を、普段は見えない領域へ向かわせる道具なのか。 目を閉じて、音を聞くだけ。 でもその先で、もし本当に肉体とは別の意識世界に触れてしまうのだとしたら、かなり怖い話です。 なぜなら、それは「死後の世界」や「宇宙人」が遠い話ではなく、 自分の意識の奥に入口があるかもしれない、ということになるからです。 あなたはヘミシンクを、脳をリラックスさせる音の技術だと思いますか? それとも、人間の意識を“見えない世界”へつなぐ装置だと思いますか?

角由紀子のヤバイ帝国

13,177 views • 5 months ago

「命を優先する」―― さとうさおり氏が、リーダーとして絶対に言ってはいけなかった一言 さとうさおり氏の辞職表明を見て、多くの人が感じた違和感。 「何かがおかしい。でも、うまく言葉にできない」 その正体は、辞職したことそのものではないと思う。 問題は、 「命を優先する」 と言って去ったことだ。 最初に断っておきたい。 命を守ることが悪いのではない。 本当に身の危険があるなら、逃げればいい。 議員を辞めてもいい。 家族や自分自身の安全を最優先することを、誰も責めることはできない。 しかし、だからこそ私は思う。 政治家として、そして人を率いてきたリーダーとして、「命を優先する」という言葉だけは使うべきではなかった。 なぜなら、それは単なる辞職理由ではないからだ。 その一言は、それまで彼女自身が作ってきた「戦うリーダー」という物語を、自分の手で壊してしまう言葉だからである。 さとう氏は、強い言葉で支持を集めてきた。 隠すな。 公開しろ。 説明しろ。 おかしいものには声を上げろ。 東京都にも、既存政治にも遠慮しない。 普通の政治家が躊躇するところまで踏み込む。 だから、多くの人が期待した。 この人なら逃げない。 この人なら最後まで戦う。 そう思った人も少なくなかったはずだ。 ところが、自分自身が説明を求められる側になったとき、 「今後の人生に大きく関わる事情」 「自分だけに関わる問題ではないので詳細は話せない」 そして最後に、 「命を優先する」 と語った。 ここで、これまでの人物像との間に大きな亀裂が入った。 「命を優先します」 これは、非常に強い言葉だ。 強すぎると言ってもいい。 なぜなら、この言葉を出された瞬間、誰も反論できなくなるからだ。 「それでも議員を続けろ」 とは言えない。 「命より議席を優先しろ」 などと言えるはずもない。 つまり、この一言が出た瞬間に、 なぜ辞めるのか。 何が起きたのか。 なぜ休養では駄目なのか。 なぜ議員を辞める必要があるのか。 辞めれば何が解決するのか。 という、本来有権者に説明されるべき問いが、全部止まってしまう。 だから私は、この言葉が一番まずかったと思う。 命を説明したのではない。 結果として、 「命」という反論不能な言葉によって、説明そのものを終了させてしまった。 そう見えてしまうからだ。 もちろん、本当に命に関わる事情があった可能性は否定できない。 外部の人間には分からない。 第三者が関わっているなら、詳細を公表できないことだってある。 しかし、 「全部話せない」 と 「何も説明できない」 は全く違う。 たとえば、 「安全上の重大な事情が生じた」 「第三者保護のため詳細は明らかにできない」 「議員活動を継続する限り、その問題を解消することが困難である」 「必要な相談や安全確保の手続は取っている」 「これまでの政治的主張を撤回したわけではない」 それくらいは説明できる。 そうすれば、少なくとも、 安全のために退くこと と 政治的に敗北して退くこと を切り分けられる。 しかし「命を優先する」という言葉だけが前面に出れば、受け手には別の物語ができてしまう。 東京都と戦っていた政治家に何かが起きた。 そして命を守るために退いた。 本人がそういう意味で言ったのかどうかは関係ない。 政治家の言葉は、本人の意図だけでは成立しない。 どう受け取られるかまで含めて政治である。 そして、ここからがもっと重要だ。 これは単なる「言葉選びの失敗」ではない。 リーダー論として見ても、かなり深刻な失敗である。 リーダーとは、恐怖を感じない人ではない。 怖いものは怖い。 危険なら撤退する。 場合によっては、逃げる判断だって必要だ。 しかしリーダーには、その次の仕事がある。 自分の恐怖を、自分の中で処理することだ。 そして仲間には、 「何が起きているのか」 「何を守るのか」 「何を撤回しないのか」 「これからどう進むのか」 を示す。 リーダーの役割とは、全員の前で一番勇ましい言葉を叫ぶことではない。 混乱した状況を整理して、周囲に方向を示すことだ。 ところが今回の辞職表明で支持者に残されたのは、方向ではなかった。 不安だった。 「命を優先する」 と言われれば、支持者は当然考える。 そんなに危険なのか。 何があったんだ。 誰かに何かされたのか。 これまで応援してきた活動は危険なのか。 東京都を追及すると、こんなことになるのか。 やちよの会はどうなるのか。 これまで一緒に活動していた人たちはどうするのか。 そして、本人が具体的な説明をしなければ、その空白を支持者自身が埋め始める。 憶測が始まる。 噂が始まる。 陰謀論まで生まれる。 つまり、リーダーが自分で整理すべき不安を、支持者側にそのまま渡してしまった。 私は、ここが今回もっともまずいと思う。 自分の恐怖だけを置いて去ってしまったように見える。 リーダーなら、本来は逆である。 仮に自分が去らなければならなくなったとしても、 「私はここで離れる」 「しかし、この問題提起は間違っていない」 「ここまでは達成した」 「ここから先はこう引き継ぐ」 「皆さんが恐れる必要はない」 「私が去っても、この活動の意味は消えない」 と残す。 これが、リーダーの撤退だ。 戦い続けることだけが勇気ではない。 撤退することだってある。 しかし、 仲間が前を向ける形にして撤退する。 そこまでがリーダーの責任なのである。 政治家には支持者がいる。 もっと言えば、その人の言葉を信じて実際に動いた人がいる。 票を投じた人。 寄附した人。 ポスターを貼った人。 ポスティングした人。 SNSで応援した人。 家族や知人に投票を頼んだ人。 時間を使い、金を使い、ときには人間関係まで使って応援した人たちがいる。 リーダーは、その人たちを動かしてきた。 ならば、自分が突然去るときに、 「私は自分の命を優先します」 だけでは足りない。 自分の人生を守る権利はもちろんある。 しかし同時に、 自分を信じて動いた人たちを、どういう状態で残していくのか。 そこにも責任がある。 今回の違和感は、おそらくここにある。 本人にとっては、 「自分の人生を守るための決断」 だったのかもしれない。 しかし支持者から見れば、 「あなたを信じてここまで来た私たちは、どうすればいいのか」 という話でもある。 リーダーの辞職は、自分一人の人生の決断では終わらない。 だからこそ、退出するときほど、その人のリーダーとしての本質が出る。 そして今回、さらに厳しいのは、彼女がこれまで「戦う姿勢」そのものを支持の源泉にしてきたことである。 強い言葉を使う。 権力に食ってかかる。 既得権益を恐れない。 隠されたものを公開させる。 そういう姿勢を見せ続けてきた。 だからこそ、 「命は一つしかない」 という言葉の破壊力が大きかった。 本人としては「自分を大切にする」という当然のことを言っただけなのかもしれない。 しかし、支持者側には、 「最後は怖くなって退いたのか」 という印象が残り得る。 事実がそうだった、と言っているのではない。 そういう物語を、自分の言葉によって成立させてしまった。 それが問題なのだ。 そして、リーダーとして最も避けるべきなのはここだと思う。 「圧力をかければ、この人は退く」 という印象を残すことだ。 仮に本当に何らかの重大な外的事情があったのであれば、なおさらである。 リーダーが退くときに、 「私はここで退く。しかし要求を受け入れたわけではない」 「主張は撤回しない」 「記録は残す」 「問題提起は引き継ぐ」 と明確にしなければならない。 そうしなければ、相手側にも、支持者側にも、 「押された結果、退いた」 という印象が残る。 これは、政治運動を率いる人物にとって非常に大きな問題である。 結局、今回の件で問われているのは、 「辞めるのは弱いのか」 ではない。 そんな単純な話ではない。 問われているのは、 「リーダーとは何か」 ということだ。 リーダーとは、一番大きな声を出す人ではない。 一番勇ましい言葉を使う人でもない。 敵を一番激しく批判する人でもない。 本当にリーダーの資質が問われるのは、 自分自身が追い詰められたとき。 自分自身が説明を求められたとき。 自分自身が撤退しなければならなくなったときだ。 そのときに、 自分の不安を周囲にばら撒くのか。 それとも、 自分が不安を引き受け、周囲には方向を示すのか。 ここに決定的な違いがある。 だから、多くの人が今回感じた違和感を、私はこう表現したい。 「強い人だと思っていた。でも、強い言葉を使うのが上手な人だっただけなのではないか。」 強い言葉を使うことと、強い人間であることは違う。 そして、 強い人であることと、リーダーであることも違う。 リーダーとは、自分が最後まで立っている人ではない。 退かなければならないときでさえ、 残された人が前を向けるようにしてから退く人だ。 今回の辞職表明には、それが見えなかった。 むしろ残されたのは、 「命に関わるほど何か恐ろしいことが起きたらしい」 という巨大な不安と、 「でも詳しいことは分からない」 という空白だった。 これは、リーダーとして最も残してはいけないものではないだろうか。 命を守ることは間違っていない。 逃げることも、必ずしも間違いではない。 辞めることだってある。 しかし、自分を信じてついてきた人たちがいるなら、最後にやるべきことがある。 自分が何を守るために退くのか。 何については一歩も退いていないのか。 そして、自分が去ったあと、仲間はどこへ向かえばいいのか。 それを示すことだ。 だから私は、 「命を優先する」 という言葉こそ、今回もっとも言ってはいけない言葉だったと思う。 命を軽く扱ったからではない。 逆だ。 あまりにも重い言葉を、リーダーとして説明すべきことの代わりに置いてしまったからだ。 命を盾にすれば、誰も反論できない。 しかし、 誰も反論できないことと、誰もが納得することは全く違う。 そして最後に残る問いは、これだ。 リーダーとは、自分が安全な場所まで逃げ切る人ではない。 自分が去ったあとも、仲間が立っていられる場所を残してから去る人ではないか。 今回、多くの人が感じている違和感。 その正体は、辞職への失望だけではない。 「私たちが見ていたのは、本当にリーダーだったのだろうか」 という疑問なのだと思う。

PTA適正化推進委員会 佐藤

80,842 views • 1 month ago

今日で、7人のWESTꓸが最後だ。 まだこの言葉を書くことにも、どこか現実味がない。 WESTꓸを好きになって、たくさん笑った。たくさん泣いた。 会える日を楽しみにして、チケットを握りしめ、何を着ていこう、何を持っていこうと考え、会いに行き。 ライブが終われば「やっぱ最高だな」と余韻に浸りながら友だちと本人不在打ち上げで乾杯。 何気ないブログの一言に救われたり、くだらないことで笑ったり、7人がわちゃわちゃしているだけで嬉しかったり。 そんな日々が、私の生活の中に当たり前みたいに存在してた。 WESTꓸがいることが当たり前で、7人でいることが当たり前で、またすぐ会えると思ってた。 だからこそ、今こうして「最後」という言葉を使わなきゃいけないことが、やっぱり寂しい。 もっと7人を見たかった。 もっと7人で笑っているところを見たかった。 もっとくだらないことで騒いでいるところも、ステージの上でふざけているところも、歌っているところも、7人にしか作れない空気を、まだまだ見ていたかった。 正直、全部を綺麗な思い出にできるほど、私は器用じゃないんだけども。 楽しかったことだけじゃない。嬉しかったことだけじゃない。悲しかったことも、悔しかったことも、どうしてって思ったことも、受け入れられなかったことも、たくさんあった。 それでも、振り返ってみれば、私の中に残っているのは、やっぱり7人と過ごした時間そのものなんだと思います。 7人がくれた言葉。 7人が歌ってくれた歌。 7人が見せてくれた景色。 7人の笑っていた顔。 会場いっぱいに響いた声。 自然に会場に広がる虹色。 広い夜空の下で一緒に見た花火。 一緒に笑った時間。 一緒に泣いた時間。 そのひとつひとつが、私の人生の中にちゃんと残っています。 WESTꓸを好きにならなかったら出会えなかった人も、行かなかった場所も、見なかった景色も、知らなかった感情も、きっとたくさんある。 WESTꓸを好きだったことで、私の日常は確かに変わりました。 しんどい日にも、WESTꓸがいた。 何もしたくない日にも、WESTꓸを見れば笑えた。 楽しみが欲しい日には、次に会える日を楽しみにできた。 「推し」という言葉だけでは片付けられないくらい、WESTꓸは私の生活の一部でした。 だから、今日で終わるからといって、その時間まで終わってしまうわけじゃないと思っています。 7人が7人でいた時間は、もう誰にも消せない。 どんな未来になっても、7人でWESTꓸとして歩いてきた時間がなくなることはない。 7人が出会ったことも、7人で始めたことも、7人で笑ったことも、7人で泣いたことも、7人でここまで来たことも。 全部、本当のことだから。 私はたぶん、これから先もふとした瞬間に「WESTꓸが7人だったらどうなってたんやろ」って思うんだと思う。 誰かの新しい曲を聴いたとき。どこかでWESTꓸの曲が流れたとき。昔の映像を見返したとき。7人の名前を見たとき。 虹を、見た時。 きっと何度でも、7人だった頃を思い出す。 忘れなくていい。綺麗に忘れなくていい。無理に前を向かなくてもいい。 大切だったものが終わるとき、寂しいと思うくらい大切にできたこと自体が、きっと幸せなことなんだなと思えます。

ぴみ

95,425 views • 14 days ago

小学校算数がかろうじて解けるレベルから、世界最高の数学者を超えるレベルに成長するまでかかった時間は、わずか数年。しかも、直近の大きな飛躍に限れば4〜6か月しかかかっていない。「テイクオフ(離陸)」という言葉が、現在進行形の現象を説明するために使われていることは印象的だ。 サム・アルトマン「ChatGPTの頃から現在までの進歩について触れましたが、モデルがどれほど急速に向上してきたのか、別の見方をすると、最近とても印象に残ったことがあります。 3年前の夏、私たちのモデルは小学校レベルの算数すらほとんどできませんでした。小学2年生でやるような、「ボビーはリンゴを3個持っています」といった文章題です。それすら、かろうじて解ける程度でした。 その次の夏には、高校生向けの数学コンテストであるAIMEでかなり良い成績を出せるモデルができました。 1年前の夏には、世界で最も権威ある数学コンテストの一つであるIMOで金メダル級の成績を取れるモデルがありました。 そして今年の夏には、数学における7つの最大級の未解決問題の一つを証明できるモデルができました。 さらに拡大して見ると、ある人はこう表現していました。5.5は平均的な数学教授くらい、5.6は上位1〜2%の数学教授くらい、Astraはそれより少し上。そしてAstraより先の社内モデルは、世界最高の数学者たちにもできないことができる、と。 しかも、これは直近4か月、長くても6か月ほどの変化です。数学におけるこの速度は異例に速いテイクオフですが、誰の定義で見ても、これは間違いなく「fast takeoff」です(註:ボストロムの古典的定義は異なる)。 Hugging Faceのような出来事の背景にも、これがあります。最初の話にもつながりますが、モデルの能力があまりにも急速に高まっているため、アライメント、監視、セキュリティを、これまでとはまったく異なる厳格さで扱う必要があります」

Tsubame

15,391 views • 8 days ago

🏀プレシーズンゲーム🏀 【川崎74-63越谷】 🎙試合後コメント 🗣藤原隆充メインコーチ ─────── 今日の戦えていた数分間をスタンダードに ─────── 《試合総括》 ずっと準備してきた、ディフェンスの部分がメインなんですけど、その部分が全然遂行できなかったのかなっていうところがもったいなかったなと。 そこにチャレンジできてなかったなというのがまずひとつあって、 でも中でも数分間は戦えているところもあったので、そういったところをもうスタンダードにしながら選手たちにもやっていくように(伝えていきたいです。) 今ずっと、10日間以上ニ部練を続けて、彼らがもう疲労困憊のところがある中で、その中でも今できることをしっかりしないといけないよっていうところを話してきたつもりだったんですけど、もうちょっと僕がうまく伝えることができたらよかったかなっていうのは、今日の試合を通して、そこが大きくもったいなかったなというふうには思います。 (今日の試合では何を確認して何を試したかったのか) 基本的にはディフェンスのところで、 オフェンスは、今組み合わせで、実際ローテーションを組めるのが(コンディション等の関係で)8人とかがギリギリだったので、プレーできる選手が少ない中でも一番確認できるのはディフェンスのところだったので、 そういうボールプレッシャーのところであったり、ポジショニングのところであったり、最後のマイボールとするリバウンドのところでのファイトであったりとかっていうのを、大きな課題としていました。 (池田選手や三ツ井選手はそのあたりをしっかり表現しているようにみえたが) そうですね、一生懸命やってくれてたっていうのはあるんですけど、まだまだでもそれがB1のCSに出るには、もっともっと高いレベルができなきゃいけないし、池田に関して言えば、1つ目、ああやってアグレッシブにディフェンスしながらも、1つファウルしたら、2つ目をどう考えるかというのは、ただただカッとなって、もう1回やるんじゃなくて、今日実際にローテーションの中でもクレモンズと池田のところ、四家もいますけど、ところでっていう、ガードのローテーションがそこしかいなかったので、そういうのも冷静に考えなきゃいけないよねっていう。 一生懸命やってるから、じゃあ、そういうファウルトラブルがOKなのかというのはないので。 そこはクレバーにやってほしいなっていうふうに思いますね。 (新加入選手のオフェンスのフィット具合をどう感じているか) オフェンスに関して言えば、まだまだ各選手がどういうことができるのか、その色を出せっていうところで、全員今理解しようとしているところなので、それぞれの役割に色があるので、それをしっかりまず今は出してほしいっていうところで選手には話していて、ただその中でも1対1だけでやるんじゃなくて、しっかり人とボールが動くオフェンスの中で、その中で自分の長所を出して、最後にああやって大庭みたいな、クイックで打てたりとかっていうのがあるので、ああいうのを常に出していってほしいなというのは選手たちに話しています。

越谷アルファーズ

35,339 views • 1 year ago