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「Contra Labs」のサイト、表層デザインが尖っていて好き。 白地に大きなセリフ体、古典彫刻っぽい人物ビジュアル、そこにドット化されたPCやピクセル表現を重ねている。「人間の創造性」と「AI / データ」を、UIパーツではなく一枚の世界観で見せているのがうまい。 “Execution is free. Now, judgment is everything.” というコピーも強い。AIで制作コストが下がった後に、何が価値として残るのかをかなり短く言い切っている。

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小さい頃から、春日三球・照代の漫才が大好きだった。 私はたぶん、三球・照代先生にかなり深い影響を受けている。 有名なのは、 「地下鉄の電車はどこから入れたの?」 というやつである。 考えてみれば、どうでもいい。 どうでもいいのだが、言われてみると気になる。 そして考え始める。 考えなくていいことを考え、そこに妙な理屈をつけて、とうとう一つの世界を作ってしまう。 私は子供の頃から、こういうものが大好きだった。 三球・照代先生の漫才には、そういう論理がたくさんあった。 たとえば、 冬には幽霊が出ない。 なぜなら幽霊は浴衣一枚だから寒い。 というような論理である。 素晴らしい。 幽霊がいるかいないか、というところには一切疑問を持たない。 幽霊はいる。 そこはもう決まっている。 問題は冬である。 浴衣一枚では寒い。 だから冬には出ない。 完璧である。 私はこういう感覚に、ものすごく影響を受けている。 ありえないものを作るのではない。 ありえないものが存在していることを前提にして、そこから妙に現実的なことを考えるのである。 猫が立っていてもいい。 タコが何かを抱いていてもいい。 カニが誰かをかばっていてもいい。 そこを説明する必要はない。 問題は、その猫が何を見ているのかとか、そのタコがちゃんと抱けているのかとか、カニは痛くないのかとか、そういうことである。 考えてみれば、私の彫刻も絵も、ずいぶん三球・照代先生的である。 さて、昔の春日三球・照代の映像を流していて、驚いた。 この時の三球先生は五十三歳だという。 五十三歳。 私と同い年ではないか。 ついに追いついてしまった。 子供の頃にテレビで見ていた三球先生は、立派な大人であった。 五十三歳というのは、ああいう完成された人間になる年齢なのだと思っていた。 実際に自分がなってみると、そんなことはなかった。 今日も木を彫りながら、 もう少し足を小さくしたほうが面白いのではないか、 などと考えている。 五十三歳にもなって、やっていることはだいたいそれである。 そして今見ると、もう一つ驚くことがある。 照代先生が、ものすごく美しいのである。 子供の頃はまったく気がつかなかった。 普通のおばさんとしか思わなかった。 ところが今見ると、目鼻立ちがすっとしていて、品があり、立ち姿も美しい。 その美しい人が横に立って、三球先生の妙な理屈につきあっている。 そして、素晴らしい間でツッコミが炸裂する。 なんと贅沢なことであろう。 三球先生は五十三歳だった。 照代先生は美しかった。 そして私は五十三歳になって、今日も木を彫っている。 木彫はゆっくり進む。 昨日と今日で何が変わったのか、私にもよく分からないくらい、ゆっくり進む。 しかし、急ぐこともない。 冬に幽霊が出ない理由を、浴衣一枚では寒いからだと考える。 私はそういう世界で育った。 そしてどうやら五十三歳になった今も、 そこから一歩も出ていない。 Tajima Takaoki Art Project 彫刻家・田島享央己による アートプロジェクト記録アカウント。 某企業の複数年にわたる 野外モニュメント制作を中心に、 木彫、ブロンズ、絵画、ドローイングなど、作品が生まれていく過程を記録していきます。 制作、思考、素材、時間、 そして「生き物としての人間」の記録。 Archive of a Multi-Year Art Project for a Corporate Client

田島享央己 / Takaoki Tajima

14,808 次观看 • 1 个月前

今日で、7人のWESTꓸが最後だ。 まだこの言葉を書くことにも、どこか現実味がない。 WESTꓸを好きになって、たくさん笑った。たくさん泣いた。 会える日を楽しみにして、チケットを握りしめ、何を着ていこう、何を持っていこうと考え、会いに行き。 ライブが終われば「やっぱ最高だな」と余韻に浸りながら友だちと本人不在打ち上げで乾杯。 何気ないブログの一言に救われたり、くだらないことで笑ったり、7人がわちゃわちゃしているだけで嬉しかったり。 そんな日々が、私の生活の中に当たり前みたいに存在してた。 WESTꓸがいることが当たり前で、7人でいることが当たり前で、またすぐ会えると思ってた。 だからこそ、今こうして「最後」という言葉を使わなきゃいけないことが、やっぱり寂しい。 もっと7人を見たかった。 もっと7人で笑っているところを見たかった。 もっとくだらないことで騒いでいるところも、ステージの上でふざけているところも、歌っているところも、7人にしか作れない空気を、まだまだ見ていたかった。 正直、全部を綺麗な思い出にできるほど、私は器用じゃないんだけども。 楽しかったことだけじゃない。嬉しかったことだけじゃない。悲しかったことも、悔しかったことも、どうしてって思ったことも、受け入れられなかったことも、たくさんあった。 それでも、振り返ってみれば、私の中に残っているのは、やっぱり7人と過ごした時間そのものなんだと思います。 7人がくれた言葉。 7人が歌ってくれた歌。 7人が見せてくれた景色。 7人の笑っていた顔。 会場いっぱいに響いた声。 自然に会場に広がる虹色。 広い夜空の下で一緒に見た花火。 一緒に笑った時間。 一緒に泣いた時間。 そのひとつひとつが、私の人生の中にちゃんと残っています。 WESTꓸを好きにならなかったら出会えなかった人も、行かなかった場所も、見なかった景色も、知らなかった感情も、きっとたくさんある。 WESTꓸを好きだったことで、私の日常は確かに変わりました。 しんどい日にも、WESTꓸがいた。 何もしたくない日にも、WESTꓸを見れば笑えた。 楽しみが欲しい日には、次に会える日を楽しみにできた。 「推し」という言葉だけでは片付けられないくらい、WESTꓸは私の生活の一部でした。 だから、今日で終わるからといって、その時間まで終わってしまうわけじゃないと思っています。 7人が7人でいた時間は、もう誰にも消せない。 どんな未来になっても、7人でWESTꓸとして歩いてきた時間がなくなることはない。 7人が出会ったことも、7人で始めたことも、7人で笑ったことも、7人で泣いたことも、7人でここまで来たことも。 全部、本当のことだから。 私はたぶん、これから先もふとした瞬間に「WESTꓸが7人だったらどうなってたんやろ」って思うんだと思う。 誰かの新しい曲を聴いたとき。どこかでWESTꓸの曲が流れたとき。昔の映像を見返したとき。7人の名前を見たとき。 虹を、見た時。 きっと何度でも、7人だった頃を思い出す。 忘れなくていい。綺麗に忘れなくていい。無理に前を向かなくてもいい。 大切だったものが終わるとき、寂しいと思うくらい大切にできたこと自体が、きっと幸せなことなんだなと思えます。

ぴみ

95,425 次观看 • 1 个月前

「グエー死んだンゴ」ってさ、ネットだと軽いノリの断末魔ギャグみたいに見えるんだけど、現実でそれが最後の言葉になった瞬間、笑いってやつが急に重たくなるのよね。笑っていいのか、泣いていいのか、手が止まる。で、止まったところに気づく。「この言葉、ふざけてるんじゃなくて、ふざけるしかなかったんだ」って。 映像の中のお父さんが言う「なんでうちの子が」 これね、親の口から出る言葉として一番まっとうで、一番残酷。答えが出ないから。病気は抽選会じゃないのに、当たった側だけが人生ごと持っていかれる。 しかも類上皮肉腫みたいな希少がんって、名前すら知られてない、、、だから余計に「うちの子が」になるんじゃないかな? で、この話の刺さるところは、息子さんが亡くなったあとに物語が動き出すところです。 予約投稿って、便利な機能だと思う。 だけどあれが今回は時間差の手紙になった。本人はもういないのに、言葉だけが世界に届く。 まるで、遅れて届いた花束に、棘が混じってるみたいなもんだ。 嬉しい。 ありがたい。 でも痛い。 痛いけど、花なのよね。 しかも、普段SNSを見ないお父さんが、葬儀が終わってから息子の人生の続きをスマホで知るわけだよ。 これ、「生きてる時に言えなかったことが、死んだあとに通知で届く」っていう奇跡でもある。 親子って近いようで、いちばん遠い時がある。 照れくさくて、忙しくて、まあそのうちでいいかって先送りして、気づいたら電池切れ、、、 お父さんが「ありがとうって言えなかった」って話、あれは胸に来る。時計の電池より先に、言葉の電池が切れちゃったんだよね、、、 でもさ、希望もあるんだよ。 この件がすごくバズったって事実には、アルゴリズムが悲しみを燃料にして回してる感じは確かにある。 命の尊さでバズらせるな!って声もあるけど、あの投稿が、希少がんの存在を人に知らせたり、寄付が集まったり、「一人じゃなかった」を可視化したのも事実じゃない? つまりSNSってのは、包丁なんだよ。 料理にもなるし、怪我もする。使う側の手つきが問われる💡 息子さんが、病気に「デカすぎ」ってあだ名をつけて、検査のことまで面白い面白くないで語ってた。 これね、強がりってより礼儀なんだよ。 周りを暗くさせないための礼儀。 自分の恐怖を、自分で笑いに変換して、他人の心の負担を軽くする。 芸人みたいなことを、死にかけの若者が病室でやってた。そりゃ人を引き寄せるって言われるよ。笑いは才能だけど、笑いの裏にある痛みは、本人しか背負えない。 「グエー死んだンゴ」をただのネタにしちゃいけない。 あれは、令和に投下された遺言の形式なんだよ。ふざけた形でしか出せない本音がある。 そして、見てる側も、拡散する側も、たまには一拍おいて、リポストの指が動く前に、線香一本分くらいの間を心に置くのもいいんじゃないかしら? 笑っていい。 でも敬意を忘れない。 最後に、親も子も、言葉をケチるなと言いたい。 照れくさいありがとうってのは、もったいぶるほど高くつく。これ、言ったら減るんじゃない。言わないと、気がつくと残高ゼロになる。 息子さんが最後に残したのは、バズでも名言でもなくて、「人間ってやつは、弱い時ほど誰かを笑わせようとする」っていう、静かな証明だったんじゃないかな?

クレア

2,858,313 次观看 • 10 个月前

スプライトを使用したゲーム機の特徴に、スプライトが横並びになるとチラつくというのがある、というか、そういう風に言われている。実際は、チラついたりはせず問答無用に消える。でも、それじゃ本当に見えなくなってしまって困るので、消えてしまうスプライトを入れ替えることで「これなら何となく見えるでしょ?」という状況を作るというテクニックがあって、これがチラついて見えるのと、大抵のゲームに実装されていたので、「スプライトが実装されている昔のゲーム機=チラつく」という言い方をされる。7、8年前くらいにUnityでファミコンの表示システムを再現してたんだけど、その時に作ったチラつきのテストをしている動画が出てきた。チラツキOFFだと、後方に並んでいるキャラが消えてしまっているのが分かると思う。チラツキONにすると、消えがかなり軽減されているのが分かる。「昔のゲーム機はメモリが足りないから、キャラがチラつくよね」みたいな言い方をされると、「そうじゃないんだよなぁ…メモリも関係ないんだよなぁ…」とか思ってしまう私であった。まあ、どうでもいい話だけどね。この表示システムは、キャラROMの内容を渡せば、それをテクスチャに変換して表示できるやつで、BGの変な仕様wも再現していて、スプライトもBGもちゃんとパレットチェンジもできて「よーし、何か作れるぞー」と思ってたら、忙しくなってしまって放置→どっかにいってしまった。別に2,3日あれば作れるけど、勿体ないことしたなーとたまに思い出す(笑)

あしながすぎおじさん

106,166 次观看 • 9 个月前

宇宙人は“遠くから来る存在じゃない”…そう言われた瞬間、世界の前提が全部ひっくり返る。 UFOや宇宙人を「見たかどうか」のレベルで語っていないところです。普通の話なら、遠くに光る物体を見た、とか、噂を聞いた、で終わる。 でも保江さんは違う。 「自分も何度も近くで見ているし、周りの人も普通に乗ったり触れたりしている」という前提で話が始まります。つまりこの時点で、“いるかいないか”の議論が終わっている。 ここがまず怖い。さらに話は深くなります。宇宙人はどこから来るのか?普通なら、何万光年も離れた星から来ると思いますよね。 でも保江さんの答えは、まったく違う。「別の次元として、この世界に重なって存在している」シリウスやプレアデスという名前も、天文学で見える星そのものではなく、この世界に重なっている“別の層”のことだというんです。 これは「同じ場所に、見えないもう一つの世界が重なっている」みたいな話です。だから彼らは遠くから来るんじゃない。 すぐ隣から“ひょい”と現れる。ここ、かなりゾッとします。もしそれが本当なら、宇宙人は遠い存在じゃない。 今この場所に、ただ見えていないだけになるからです。さらに不気味なのが、目的です。彼らは人間に興味があるわけじゃない。 ただ一つ、監視している理由がある。それが核兵器。地球で核爆発が何度も起きれば、地球だけでなく宇宙全体のバランスが崩れる可能性がある。 だから、「人類を守るため」ではなく、宇宙の安定を守るために見張っているという話になります。これ、かなり冷たい視点です。 人間は主役じゃない。ただの“危険な存在”として見られているかもしれない。そしてさらに奇妙な話が続きます。宇宙人は、実はまったく別の生き物ではなく、 人類の祖先とつながっている可能性がある とも語られています。 つまり完全な他者じゃない。どこかで繋がっている“親戚みたいな存在”。この時点で、境界があいまいになります。人間と宇宙人の違いは何なのか。 そもそも分かれているのか。ここが一番気味が悪い。そして極めつけが、未来の話です。保江さんは、2027年前後には、誰でも宇宙人を見るようになると語っています。つまり、限られた人だけの話じゃなくなる。 日常の中で、普通に話題として出てくる世界になるかもしれない。でもその一方で、こういう情報は「出してはいけないもの」としてずっと隠されてきた可能性もある。政治、戦争、情報操作。どこまでが本当で、どこからが隠されているのか。 全部が曖昧なまま、少しずつ表に出てきている。この話の怖さは、UFOがいるかどうかじゃありません。もし本当に“別の層の世界”が重なっているなら、私たちはずっと何かと同じ場所で生きていることになる。 見えていないだけで。そしてもっと怖いのは、それが敵か味方か、そもそもどちらでもない存在かすら分からないことです。 あなたはこの話、ただのオカルトだと思いますか? それとも、まだ説明できていない現実の一部だと思いますか? 気になったらリプで教えてください。 保存して、あとでゆっくり読み返すのもおすすめです。

角由紀子のヤバイ帝国

54,133 次观看 • 6 个月前

面白くないくせに偉そうにして、もともと芸人だったのに辞めて、オーディションライブや賞レースの審査員をしてる作家さんに、どうしても違和感を持ってしまう。 なんで芸人を辞めてるのに、お笑いにしがみつけるの? その神経が本当に理解できない。 情けなくないのかな、恥ずかしくないのかなって思ってしまう。 でも、芸人を辞めてから作家さんになっても、面白くて、現役で頑張ってる芸人さんと真摯に向き合ってる人には、そう思わない。 面白くないのに偉そうで、芸人を辞めてから作家さんをしてる人が、面白い芸人を正当に評価できるわけない。 才能があるのに面白くない作家さんにいじめられて辞めちゃった芸人を何人も見てきたから、もう見てられないし、我慢もできない。 あたしは、あたしのことを2番目に面白いって本気で思ってNSCに入ったし、それは今も変わらない。 自信もあるし、実績もあるし、証拠もある。裏も取れてる。 だからこそ、今のお笑い界の現状が絶対良くないと思ってる。 変えたいかって言われたら、体力もいるし、面倒だからしないけど。 でも、自分が面白くないことを棚に上げて、あたしで笑わなかったり、低い点をつけたりするのって、あたしのお笑いを理解してキャッチする能力がないだけじゃん。 あたしより面白くないポストをXにしてたり、お話ししてても全然面白くない作家さんに審査されても、誰があたしのことを審査してるの? 誰があたしに点数つけてるの? としか思えない。 もちろん、納得できるわけがない。 面白くない作家さんがエントリーライブとかに出たら絶対滑るし、R-1に出ようものなら、めちゃくちゃ滑って余裕で一回戦落ちだよ。 もともと芸人で、何も成し遂げずに辞めて、よく現役で一生懸命、人を笑顔にして幸せにするために頑張ってる芸人を偉そうに見下していじめて審査できるよね。 審査の才能もないのに、審査員のオファーを受けて何を考えてるの? それで、若手の芸人をいじめて辞めさせたり、仲のいい芸人だけに私情で高得点つけて、何がしたいの? お笑いのレベルをどんどん下げたいの? 別に、あたしは面白くない審査員さんのせいでお笑いのレベルが下がっていってもどうでもいい。 でも、面白くて才能のあるお友達が、作家さんに正当に評価されず、いじめられて辞めていくのは、もう我慢の限界。 審査員のオファーが来たからやってるって言うんだったら、オファーを断る選択肢だってあるよね? なんで、何も成し遂げずに中途半端に辞めて、へらへら作家さんになってる人が、頑張ってる人を評価できる立場に堂々といられると思ってるの? それと、一度も芸人をしたことがないのに審査員をしてる人も、どういうこと? 芸人の苦しさも、つらさも、お笑いで一生懸命頑張ることの大変さも、自分で経験したことがないのに、どうやって正当に評価できるの? 裁判員制度みたいに、一般の感覚で評価できる人を入れたいのかもしれない。 でも、あんまり現役で頑張ってる芸人を舐めないで欲しい。 審査員をやるべきなのは、現役で面白くて、ちゃんと結果も出してる人だけだと思う。 もちろん、どんな小さいオーディションライブや賞レースの一回戦でも。 それ以外の人は、芸人を評価していい立場じゃないと思う。 オーディションライブや賞レースのライブの最初に、 「今日の審査員は、この方々です」 って紹介してもらって、舞台の上で挨拶とかしたら、ちょっとは真剣に審査できるようになるのかな? 芸人って、自分の人生をかけて、人を笑顔にするために頑張ってるんだよ。 その面白さを評価するなら、評価する側にも、それだけの覚悟と責任があってほしい。 あたしは、ただ自分の思う通りにしてほしいわけじゃない。 面白い人が、ちゃんと面白いって評価される世界であってほしいだけ。 才能がある人が、評価されないまま辞めていくのを、もう見たくないんだよ。
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面白くないくせに偉そうにして、もともと芸人だったのに辞めて、オーディションライブや賞レースの審査員をしてる作家さんに、どうしても違和感を持ってしまう。 なんで芸人を辞めてるのに、お笑いにしがみつけるの? その神経が本当に理解できない。 情けなくないのかな、恥ずかしくないのかなって思ってしまう。 でも、芸人を辞めてから作家さんになっても、面白くて、現役で頑張ってる芸人さんと真摯に向き合ってる人には、そう思わない。 面白くないのに偉そうで、芸人を辞めてから作家さんをしてる人が、面白い芸人を正当に評価できるわけない。 才能があるのに面白くない作家さんにいじめられて辞めちゃった芸人を何人も見てきたから、もう見てられないし、我慢もできない。 あたしは、あたしのことを2番目に面白いって本気で思ってNSCに入ったし、それは今も変わらない。 自信もあるし、実績もあるし、証拠もある。裏も取れてる。 だからこそ、今のお笑い界の現状が絶対良くないと思ってる。 変えたいかって言われたら、体力もいるし、面倒だからしないけど。 でも、自分が面白くないことを棚に上げて、あたしで笑わなかったり、低い点をつけたりするのって、あたしのお笑いを理解してキャッチする能力がないだけじゃん。 あたしより面白くないポストをXにしてたり、お話ししてても全然面白くない作家さんに審査されても、誰があたしのことを審査してるの? 誰があたしに点数つけてるの? としか思えない。 もちろん、納得できるわけがない。 面白くない作家さんがエントリーライブとかに出たら絶対滑るし、R-1に出ようものなら、めちゃくちゃ滑って余裕で一回戦落ちだよ。 もともと芸人で、何も成し遂げずに辞めて、よく現役で一生懸命、人を笑顔にして幸せにするために頑張ってる芸人を偉そうに見下していじめて審査できるよね。 審査の才能もないのに、審査員のオファーを受けて何を考えてるの? それで、若手の芸人をいじめて辞めさせたり、仲のいい芸人だけに私情で高得点つけて、何がしたいの? お笑いのレベルをどんどん下げたいの? 別に、あたしは面白くない審査員さんのせいでお笑いのレベルが下がっていってもどうでもいい。 でも、面白くて才能のあるお友達が、作家さんに正当に評価されず、いじめられて辞めていくのは、もう我慢の限界。 審査員のオファーが来たからやってるって言うんだったら、オファーを断る選択肢だってあるよね? なんで、何も成し遂げずに中途半端に辞めて、へらへら作家さんになってる人が、頑張ってる人を評価できる立場に堂々といられると思ってるの? それと、一度も芸人をしたことがないのに審査員をしてる人も、どういうこと? 芸人の苦しさも、つらさも、お笑いで一生懸命頑張ることの大変さも、自分で経験したことがないのに、どうやって正当に評価できるの? 裁判員制度みたいに、一般の感覚で評価できる人を入れたいのかもしれない。 でも、あんまり現役で頑張ってる芸人を舐めないで欲しい。 審査員をやるべきなのは、現役で面白くて、ちゃんと結果も出してる人だけだと思う。 もちろん、どんな小さいオーディションライブや賞レースの一回戦でも。 それ以外の人は、芸人を評価していい立場じゃないと思う。 オーディションライブや賞レースのライブの最初に、 「今日の審査員は、この方々です」 って紹介してもらって、舞台の上で挨拶とかしたら、ちょっとは真剣に審査できるようになるのかな? 芸人って、自分の人生をかけて、人を笑顔にするために頑張ってるんだよ。 その面白さを評価するなら、評価する側にも、それだけの覚悟と責任があってほしい。 あたしは、ただ自分の思う通りにしてほしいわけじゃない。 面白い人が、ちゃんと面白いって評価される世界であってほしいだけ。 才能がある人が、評価されないまま辞めていくのを、もう見たくないんだよ。

思わず触れたくなるよぴぴ NSC41期生 固定ぽすにょてぃのてぃるょ♪

70,413 次观看 • 7 天前

小学生の頃教えていたカナが、CUTIE STREETのメンバーになった。 THE FIRST TAKEのダンス動画を見て、たくさんのDMもいただきました。 その中には仙人さんのパクリなんじゃないか?などのメッセージもありましたが、 そうではありません。 僕が長年かけて築いてきたものをKUMAが学び、さらにカナにあった表現へと進化させ、次の世代に伝えている。 それはパクリではなく、伝承だと思っています。 そして、カナについて「やっぱり才能がある」という声もたくさんいただきました。 もちろん素晴らしい才能があります。 でも、僕が知っているカナは、単に才能だけでここまで来た子ではありません。 誰よりも努力する才能を持った子でした。 小学生の頃、僕がプロデュースしていたA BATHING APEのダンスチームにいたカナ。 教えたことを、その場ですぐに何でもできる天才タイプだったというより、次に会うまでに何度も練習してくる子でした。 前回できなかったことが、次にはできるようになっている。 きっと僕らの見えないところで、誰よりも練習していたんだと思います。 実はKUMAも同じでした。 誰よりも練習し、誰よりも自分の踊りと向き合っていた一人です。 それが今こうして多くの人の心を動かしている。 僕にとっては、技術だけではなく、努力する姿勢まで受け継がれているようで、本当に嬉しかったんです。 そして改めて思いました。 今、みんなが「すごい!」と感動する動きも、最初はたった一歩から始まっている。 誰でもできることを、何度も何度も繰り返す。 その積み重ねが、いつか誰にも真似できないものになる。 僕自身も、今活躍している教え子たちも、きっと同じです。 でも、少し残酷なことがあります。 人は完成した姿には拍手を送るけれど、完成するまでの時間には、なかなか拍手を送ってくれない。 誰にも見られていない練習。 何度やってもうまくいかない夜。 自分には才能がないんじゃないかと悩んだ日。 そんな時間は、華やかな動画には映りません。 でも、僕は思うんです。 本当の物語は、拍手のない時間にこそある。 今回、カナの姿に感動したのは、ダンスが素晴らしかったからだけではありません。 あの小さかったカナが、今も変わらず努力を重ね、その先にある景色を見せてくれたから。 そして、その隣にKUMAがいたから。 そんな姿を見て、僕も届けたいものがあると思いました。 僕は今、音楽という新しい表現を追求している途中です。 動画を見て今すぐにでも届けたくなり まだ正式に発表する前でしたが、ずっと大切にしてきた想いの一曲を送ります。 タイトルは、 『誰でもできること』 まだ誰にも認められていない人へ。 自分には特別な才能がないと思っている人へ。 何年も頑張っているのに、結果が出ない人へ。 そして今も、見えないゴールに向かって、一人で努力を続けている人へ。 伝えたいことがあります。 誰でもできることを、誰にも真似できないほど繰り返した先に、誰にも真似できない自分が生まれる。 今日の小さな一歩が、いつか誰かの希望になるかもしれない。 今回のカナの姿が、僕にとってそうだったように。 この曲を、今も夢に向かって頑張るすべての人に。 誰よりも努力してきたKUMAへ。 そして、小学生だったあの日から、一歩ずつ歩き続けてきたカナへ。 素晴らしい感動をありがとう。 最後に、今、まだ誰からも拍手をもらえていないあなたへ。 あなたが積み重ねた時間は、決して無駄じゃない。 いつか、あの日の自分に「諦めなくてよかった」と言える日が来ることを願って。 心を込めて、この曲を贈ります。 『誰でもできること』 黄帝心仙人 #CUTIESTREET #板倉可奈 #THEFIRSTTAKE #KUMA #黄帝心仙人 #誰でもできること

黄帝心仙人(タイムマシーン & A.I.A)

1,436,689 次观看 • 20 天前

“同じ地球に住んでるのに、見えてるお金の桁が別世界だった。” 苫米地さんの話でいちばんゾッとするのは、 「お金持ちの世界って、僕らが思ってるよりずっと遠い場所にある」とハッキリ言っているところです。 ふつうの人は、 お金持ちっていっても 「会社が大きい人」 「高い家に住んでる人」 くらいを想像しますよね。 でも苫米地さんの話では、その上にまだ別の階層がある。 しかもそこでは、個人でとんでもない額のお金を持っている人たちがいて、 そのお金を「どう使えば世界に影響を出せるか」を考えていると言うんです。 たとえるなら、 町内会の貯金箱の話をしていたら、 急に“国をいくつも動かせる財布”の話が始まる感じです。 同じ「お金」の話なのに、スケールが違いすぎる。 さらに苫米地さんは、日本は今かなり貧乏だとはっきり言っています。 ここでいう貧乏は、「今日のごはんがない」という意味だけではありません。 国として余裕がなくて、だから税金を強く取ろうとしたり、国民の負担がどんどん重くなったりしている、という話です。 つまり、 見えにくいけれど、 国の体力そのものが落ちている、ということです。 これも中学生向けに言うと、 クラスで見た目は普通にしてるのに、 実は財布の中がずっとカツカツで、何かあるたびにみんなから細かく集金しないと回らない状態に近いです。 しかも苫米地さんが怖いのは、日本の「ふつう」と、 世界の超富裕層の「ふつう」は、もう同じものさしでは測れないと言っているところです。 僕らは日本の中だけを見て「これが当たり前」と思いがちです。でもその外には、戦争や国の対立よりもっと高い場所で、お金も人脈も動かしている人たちがいる。 しかもその人たちは、国どうしがケンカしていても、その上から全体を見ていることがある。 ここがちょっと不気味です。 なぜなら、ニュースでは国と国がぶつかっているように見えるのに、もっと上では「両方とつながっている人たち」がいるかもしれないからです。 つまり苫米地さんの話は、ただの金持ち自慢ではありません。 本当に怖いのは、自分たちが見ている世界地図の上に、 さらに“見えない地図”がもう1枚あるかもしれない、 と感じさせるところです。 国のルール。 税金。 戦争。 社会貢献。 お金持ち。 これらがバラバラじゃなくて、実はもっと大きなひとつの盤面で動いているかもしれない。そう思うと、急に世の中の見え方が変わってきます。 苫米地さんの話をひとことで言うと、「日本の常識だけで世界を見ていると、本当の大きさを見失う」ということなのかもしれません。 あなたはこの話を聞いて、「そんな別世界が本当にある」と思いますか? それとも「話を盛っているだけ」に聞こえますか? 気になったら保存して、あとでもう一度ゆっくり読み返してください。 あなたの考えをコメントでぜひ聞かせてください。

角由紀子のヤバイ帝国

349,168 次观看 • 6 个月前

🏀プレシーズンゲーム🏀 【川崎74-63越谷】 🎙試合後コメント 🗣藤原隆充メインコーチ ─────── 今日の戦えていた数分間をスタンダードに ─────── 《試合総括》 ずっと準備してきた、ディフェンスの部分がメインなんですけど、その部分が全然遂行できなかったのかなっていうところがもったいなかったなと。 そこにチャレンジできてなかったなというのがまずひとつあって、 でも中でも数分間は戦えているところもあったので、そういったところをもうスタンダードにしながら選手たちにもやっていくように(伝えていきたいです。) 今ずっと、10日間以上ニ部練を続けて、彼らがもう疲労困憊のところがある中で、その中でも今できることをしっかりしないといけないよっていうところを話してきたつもりだったんですけど、もうちょっと僕がうまく伝えることができたらよかったかなっていうのは、今日の試合を通して、そこが大きくもったいなかったなというふうには思います。 (今日の試合では何を確認して何を試したかったのか) 基本的にはディフェンスのところで、 オフェンスは、今組み合わせで、実際ローテーションを組めるのが(コンディション等の関係で)8人とかがギリギリだったので、プレーできる選手が少ない中でも一番確認できるのはディフェンスのところだったので、 そういうボールプレッシャーのところであったり、ポジショニングのところであったり、最後のマイボールとするリバウンドのところでのファイトであったりとかっていうのを、大きな課題としていました。 (池田選手や三ツ井選手はそのあたりをしっかり表現しているようにみえたが) そうですね、一生懸命やってくれてたっていうのはあるんですけど、まだまだでもそれがB1のCSに出るには、もっともっと高いレベルができなきゃいけないし、池田に関して言えば、1つ目、ああやってアグレッシブにディフェンスしながらも、1つファウルしたら、2つ目をどう考えるかというのは、ただただカッとなって、もう1回やるんじゃなくて、今日実際にローテーションの中でもクレモンズと池田のところ、四家もいますけど、ところでっていう、ガードのローテーションがそこしかいなかったので、そういうのも冷静に考えなきゃいけないよねっていう。 一生懸命やってるから、じゃあ、そういうファウルトラブルがOKなのかというのはないので。 そこはクレバーにやってほしいなっていうふうに思いますね。 (新加入選手のオフェンスのフィット具合をどう感じているか) オフェンスに関して言えば、まだまだ各選手がどういうことができるのか、その色を出せっていうところで、全員今理解しようとしているところなので、それぞれの役割に色があるので、それをしっかりまず今は出してほしいっていうところで選手には話していて、ただその中でも1対1だけでやるんじゃなくて、しっかり人とボールが動くオフェンスの中で、その中で自分の長所を出して、最後にああやって大庭みたいな、クイックで打てたりとかっていうのがあるので、ああいうのを常に出していってほしいなというのは選手たちに話しています。

越谷アルファーズ

35,339 次观看 • 1 年前

🏀第17節GAME2🏀 【越谷91-89千葉J】 🎙試合後コメント 🗣#18 星川堅信選手 ② ──────── 自己犠牲を払える選手であること、 感謝の気持ちやプロとしての意識の部分でも一流でいなければいけないと竜三さんと接していて感じる。 戦おうとする選手への器の広さがあり、選手のために戦ってくれる姿は嬉しい。 ──────── (ジェフ選手が退場して気持ちの変化はあったか) 今節に関してはマツ(松山駿)とカイ(・ソット)もいない中で入って、ローテーションがどうっていうのはあんまりなくて使ってくれたら一生懸命やろうっていうことだけを考えて、準備と、もちろんジェフがああやって戦ってくれて、僕らに見せてくれることは大きいんで、そこを1人1人の成長が必要だっていうふうにして入った試合だったんで、自分のパフォーマンスはそこに注意をしてました。 (B1昇格を経験したことは今に活かされているか) チームが一体となって勝てた経験っていうか、どうすればああいう状況に勝てるとかそういう1つの成功体験を得られたんで、その状態、同じ状態では無理ですけど、いろいろ要素があるのでいろいろ変わってきますけど、ああいう状態に持ってくには大体イメージがついたというか、こうすればいいのかっていう、ところが大きいのと、 竜三さんがよく言うんですけど、「自己犠牲を払え」っていう、 チームのためになにか犠牲になって、やるんだっていう形の集大成が昨シーズンみんな出せたと思うので、陰でというか、努力してる選手もお互い選手同士にあって、感じあって、高められたシーズンだったと思うのでそれは選手としては大きいかなと思います。 (こういうゲームを勝ち切れたことをどう今後に繋げていくか) シーズンがあと半分しかないっていうところで、こういうゲームがっていうか、今までいったらたまに出る感じの延長なんで、さっきそーいち(井上宗一郎)が言ってましたけど、裏でLJが今を土台にして次はにどんどんステップアップしていかないとシーズンがもう終わっちゃってていう、なにも残らなくてっていう状況になっちゃうんで、この積み重ねが大事だなっていう、そのためにはさっきも言いましたけど、これまでしてたミスをしないようにっていうふうに持ってかなきゃいけないんで、そのステップアップがカギかなと思ってます。 (安齋HCの勝ちに対する執念はどのように見えているか) バスケして生活ができるっていう幸せを感じさせてくれるっていうか、そこを「お前ら1人1人感じろよ」っていうふうに言ってくれるんで、そこは気の緩みというかそういうのを消してくれるというか、そういうのは個人でやらないといけないんですけど、そういうのを個人でやれるようにはなってきたかなと思ってます。あと、人と人の繋がりを大事にする方だなと感じていて、プレーだけよければいいというよりは、さっき言った自己犠牲を払える選手だとか、またその感謝の気持ちとか、プロとしての意識とかそういう部分でも一流であらないといけないなと、竜三さんと接してて感じます。 (安齋HCがテクニカルを取られた時にどのように感じたか) 戦おうとしている選手をすごいかばってくれるっていうか、やろうとしてミスしても使ってるのは俺だからっていう、そういう器の広さというかをやってて感じるので、かけてくれる言葉だったり、小さなコミュニケーションだったり。 それは僕ら全員が思っているはずですし、そういうのを体感できるので、ああいう姿勢で戦ってくれるのは本当に嬉しいです。

越谷アルファーズ

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彼氏がいる子をお持ち帰りするのに死ぬほど学びが詰まってる3分の動画がこれ。 【いいところ】 ①女のグダをスルー 女がキッとした顔で「なに?(怒)」っていう強めのグダをしてきても、まったくブレずに何食わぬ顔でやり取りを続ける。ここでちょっとでもビクつくと一気に主導権を奪われてしまう。簡単そうだが意外にムズい。 ②犬系男子で崩す 人懐っこい感じで「少しだけ」「付き合いたかったなあ」と甘えて、女を少しずつ崩していく。 ③小さなお願い 「少しだけ」と、女が受け取れる範囲で小さなお願いを通しておいてから、さらに「5秒だけ目をつむって」と女がギリ受け取れるラインで要求を重ねていく。 ④キスからの引き 要求を2つ受け取らせたのち、一気にキスまで持っていく。しかしそれ以上はギラつかず、さっと引くことで情感を残し、女の方に「さらに先の行為」を想像させている。 【ダメなところ】 ①「やだ?」と聞く 最初に手を触れて、女の強めのグダが出たときに、「やだ?」と聞いてしまうと、男がヒヨったように見えるし、お伺いを立てることで主導権が女に移ってしまう。 ②セリフが重い 「付き合いたかったなあ」「羨ましい」などのセリフが重い。一見、誠実そうでいいような気もするが、ここで最後まで行くと一夜の過ちではすまず、後が面倒くさそうな印象を与えてしまっている。 ③全体的に締まりがない 犬系男子で崩していくのはいいにしても、それ一辺倒で全体的になよなよして締まりがなく、男として頼りがない。すぐ謝るところもダメ。ところどころバシッと言ったり、熱量上げて自己開示するなりして、オスっぽい部分も見せたい。 ④「このままどっかいく?」と聞く 一番ダメなのがこれ。性格が強めで自分軸を持ってそうな子に、この場面で伺いを立てると間違いなくノーを引き出してしまう。黙って手を引いて連れていけばいいし、何か言うにしても「散歩しよ」くらいでいい。 一度、キスをして情感を出した後、さらに関係を先に進めるには、場所を変えるなどして「場面を展開させる」必要がある。ここで「どっかいく?」なんて女に丸投げするみたいに聞くのは、過ちの責任を相手に擦り付けるみたいな形になるので、一番やってはダメです。
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彼氏がいる子をお持ち帰りするのに死ぬほど学びが詰まってる3分の動画がこれ。 【いいところ】 ①女のグダをスルー 女がキッとした顔で「なに?(怒)」っていう強めのグダをしてきても、まったくブレずに何食わぬ顔でやり取りを続ける。ここでちょっとでもビクつくと一気に主導権を奪われてしまう。簡単そうだが意外にムズい。 ②犬系男子で崩す 人懐っこい感じで「少しだけ」「付き合いたかったなあ」と甘えて、女を少しずつ崩していく。 ③小さなお願い 「少しだけ」と、女が受け取れる範囲で小さなお願いを通しておいてから、さらに「5秒だけ目をつむって」と女がギリ受け取れるラインで要求を重ねていく。 ④キスからの引き 要求を2つ受け取らせたのち、一気にキスまで持っていく。しかしそれ以上はギラつかず、さっと引くことで情感を残し、女の方に「さらに先の行為」を想像させている。 【ダメなところ】 ①「やだ?」と聞く 最初に手を触れて、女の強めのグダが出たときに、「やだ?」と聞いてしまうと、男がヒヨったように見えるし、お伺いを立てることで主導権が女に移ってしまう。 ②セリフが重い 「付き合いたかったなあ」「羨ましい」などのセリフが重い。一見、誠実そうでいいような気もするが、ここで最後まで行くと一夜の過ちではすまず、後が面倒くさそうな印象を与えてしまっている。 ③全体的に締まりがない 犬系男子で崩していくのはいいにしても、それ一辺倒で全体的になよなよして締まりがなく、男として頼りがない。すぐ謝るところもダメ。ところどころバシッと言ったり、熱量上げて自己開示するなりして、オスっぽい部分も見せたい。 ④「このままどっかいく?」と聞く 一番ダメなのがこれ。性格が強めで自分軸を持ってそうな子に、この場面で伺いを立てると間違いなくノーを引き出してしまう。黙って手を引いて連れていけばいいし、何か言うにしても「散歩しよ」くらいでいい。 一度、キスをして情感を出した後、さらに関係を先に進めるには、場所を変えるなどして「場面を展開させる」必要がある。ここで「どっかいく?」なんて女に丸投げするみたいに聞くのは、過ちの責任を相手に擦り付けるみたいな形になるので、一番やってはダメです。

零時レイ@モテの法則

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