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Ana Sayfaya Dön

『#FFタクティクス』決定版は進化した「エンハンスド」も良いし、オリジナル再現の「クラシック」もスゲェ良い… 当時の環境では味わえなかったエッジの決まったドット絵のクオリティに思わず胸が熱くなる。同時収録の2種を見比べられる先行プレイ映像をお届け

165,797 görüntüleme • 1 yıl önce •via X (Twitter)

6 Yorum

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プチニュース1 yıl önce

これ技の詠唱の後に一言いうの違和感あるけど私だけ?

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Shahzad Bhatti1 yıl önce

Both modes look amazing the nostalgia and upgrade balance is perfect

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tacoflapper🌞1 yıl önce

タイムラインみたいなやつだけはモード関係なく有効にさせて欲しい

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BEN1 yıl önce

ここ、気になる所ですね。 原作では回避率にこそ影響を与えているものの、ダメージは変動しなかった記憶…。 事実だとしたら、立ち回りが結構変わるかも。

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ミレン1 yıl önce

アグリアスの声がイメージぴったりで良かった。

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吾妻 @大戦勢1 yıl önce

タクティクスオウガリボーンみたいに切り替えできないバフカードにレベルキャップはないようで安心した

Benzer Videolar

関係を切るためにお金を渡した相手から、セ◯クスしよと返信が来た。 あっすんさんが、一番タチが悪いお客様について聞かれて答えた話だ。お金がないのに、時間を奪ってくる人。断っても店には来る。返していないのにLINEは来る。不幸話しかしないのに、本人はガチ恋だという。 だから手切れ金を渡した。これで終わりにしてほしいと伝えた。その翌日のことだ。 一方、ヤマトリノさんは、使う額が細い相手は許せるという。付く時間が短くても文句を言われないし、LINEを返さなければという使命感も生じないからだ。 高額を使って頂ける相手も、また違う。使ってくれたお礼に、アフターなどで返していくからだ。 困るのは、卓被りやアフターに行けない時だという。卓に長くいることも、アフターに行くことも、すでに当たり前になっている。その状態で、恩着せがましいことを言われるという。 「俺わざわざ忙しい時間を作って、昼の仕事とか考えたら俺の時間って結構有限なんだよね」 「睡眠不足の中こんな感じに来たのに、全然席もついてくんなくて」 俺はリノのために。それが一番タチが悪いと話していた。 僕の現場でも、同じだ。 歴が長くて出勤数も多いのに、売上が少ない子がいる。付け回しの指示がなければホールに出ず、営業に関係ない話をずっとしている。それでも、キャストの出勤人数が少なければ初回に付いてもらうし、入店したての頃は、ご飯も連れて行っていた。 しかし、新人が増えてきたりして、かまってもらえなくなると、こう言われる。 「いっぱい出勤してるし、前はしてくれたじゃないですか」 組織心理学に「衡平理論」という概念がある。人は自分が出したものと受け取ったものの比率で、不満を感じるかどうかを決めるという考え方だ。比べる相手は他人だけではない。前にもらっていた頃の自分とも比べる。 いま何をしているかを数える人間と、これまで何をしたかを数える人間。 夜職だけじゃない。職場でも、部活でも、家庭でも、自分が出したものは、もらったものより多く見える。 不満が出るのは、少ないからじゃない。出した分と、前にもらった分を、どちらも数えているからだ。
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Sensitive content

関係を切るためにお金を渡した相手から、セ◯クスしよと返信が来た。 あっすんさんが、一番タチが悪いお客様について聞かれて答えた話だ。お金がないのに、時間を奪ってくる人。断っても店には来る。返していないのにLINEは来る。不幸話しかしないのに、本人はガチ恋だという。 だから手切れ金を渡した。これで終わりにしてほしいと伝えた。その翌日のことだ。 一方、ヤマトリノさんは、使う額が細い相手は許せるという。付く時間が短くても文句を言われないし、LINEを返さなければという使命感も生じないからだ。 高額を使って頂ける相手も、また違う。使ってくれたお礼に、アフターなどで返していくからだ。 困るのは、卓被りやアフターに行けない時だという。卓に長くいることも、アフターに行くことも、すでに当たり前になっている。その状態で、恩着せがましいことを言われるという。 「俺わざわざ忙しい時間を作って、昼の仕事とか考えたら俺の時間って結構有限なんだよね」 「睡眠不足の中こんな感じに来たのに、全然席もついてくんなくて」 俺はリノのために。それが一番タチが悪いと話していた。 僕の現場でも、同じだ。 歴が長くて出勤数も多いのに、売上が少ない子がいる。付け回しの指示がなければホールに出ず、営業に関係ない話をずっとしている。それでも、キャストの出勤人数が少なければ初回に付いてもらうし、入店したての頃は、ご飯も連れて行っていた。 しかし、新人が増えてきたりして、かまってもらえなくなると、こう言われる。 「いっぱい出勤してるし、前はしてくれたじゃないですか」 組織心理学に「衡平理論」という概念がある。人は自分が出したものと受け取ったものの比率で、不満を感じるかどうかを決めるという考え方だ。比べる相手は他人だけではない。前にもらっていた頃の自分とも比べる。 いま何をしているかを数える人間と、これまで何をしたかを数える人間。 夜職だけじゃない。職場でも、部活でも、家庭でも、自分が出したものは、もらったものより多く見える。 不満が出るのは、少ないからじゃない。出した分と、前にもらった分を、どちらも数えているからだ。

まさ|元ホスト→夜職人事|歌舞伎町

271,816 görüntüleme • 26 gün önce

お金は、貯め込むための数字ではない。自分と社会の間を巡る「エネルギー」なのだ。 瀬知さんの話で、まず印象に残るのが「時間は存在しない」という考え方です。 私たちは、生まれた日から年齢、出社時間、締め切り、年収、家賃まで、あらゆるものを数字で測っています。そのため、時間を絶対的なものだと思い込んでいます。 しかし瀬知さんによれば、私たちが「時間」と呼んでいるものの正体は、すべて「変化」です。 年を取ることも、環境が変わることも、夢に近づくことも、失敗して別の道へ進むことも、すべては変化にすぎない。時計ばかり気にしていると、「もう遅い」「間に合わない」「自分には時間がない」と焦り、せっかくのエネルギーをストレスに奪われてしまいます。 大切なのは、残り時間を数えることではなく、自分が望む変化に向かって動くことです。 そのとき、最初から大きな夢を持つ必要はありません。 「毎朝7時に起きる」 「今日は一ページだけ書く」 「気になっていた人へ連絡する」 そんな小さな目標を一つずつ達成していく。その達成感が次の行動を生み、やがて想像もしなかった場所へ自分を運んでくれるのです。 目指していたAには届かなかったとしても、動き続けた先でBやCという、もっと面白い答えに出会うこともあります。ひとつの夢に執着しすぎると、別の入口が開いていることに気づけません。 そして、時間と同じように、お金も単なる数字ではないと瀬知さんはいいます。 働いてお金を受け取る。買い物をしてお金を渡す。誰かのサービスを利用し、別の誰かの仕事を支える。これはすべて、エネルギーの交換です。 だから重要なのは、「いくら稼ぐか」だけではありません。 むしろ瀬知さんが重視するのは、「何に使うか」です。 ただ衝動的に散財するのではなく、本当に欲しいもの、自分の経験を豊かにするもの、誰かの仕事や社会を少し良くするものへ使う。高価な車でも旅行でも本でも、本人が大切にし、その先に生まれる変化を想像できるなら、それは生きたお金になります。 寄付も、何十万円、何百万円である必要はありません。コンビニの募金箱へ10円を入れることも、店で商品を買うことも、税金を納めることも、お金を社会へ戻す行為です。 もちろん、「使えば必ず同じ金額が戻ってくる」という魔法の話ではありません。使ったお金は実際になくなります。 しかし、お金を使えば新しい経験や出会いが生まれ、「また働こう」「次はこれをやってみよう」という行動の力が湧いてくる。その行動が新たな仕事や収入につながり、再びお金が巡り始めます。 瀬知さんのいう「お金の循環」とは、何もしなくても財布が膨らむ話ではなく、使う、動く、変化する、そして再び生み出すという流れなのです。 人生には、休まなければならない時期もあります。心や体が疲れているなら、無理に前進する必要はありません。ただ、少し元気が戻ったら、ほんの小さなことでいいから再び動いてみる。 時間とは変化であり、お金とはその変化を起こすためのエネルギーです。 そう考えると、本当に問うべきなのは「あと何年あるか」でも「いくら持っているか」でもありません。 限りある人生の中で、あなたは今日、自分の時間とお金というエネルギーを、どんな未来のために使いますか?

角由紀子のヤバイ帝国

19,199 görüntüleme • 2 ay önce

昨日と一昨日、僕の地元である兵庫県川西市で、『映画 えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』の上映イベントをおこないました。 2日間の観客動員は、2420名。 (※チケット売り上げ、グッズ売り上げなどの細かい数字に関しては今日のサロン記事で全て共有させていただきますので、そちらでご確認ください) 今回、会場にはたくさんの子供たちが集まり、ロビーは縁日のような盛り上がりを見せ、映画を観に来たというより、お祭りに遊びに来たような空気があり、「熱狂」があり、それは僕らエンタメ屋がもっとも見たい景色でした。 ただ、最初からこの景色を目指していたわけはなくて、これは「プランB」なんです。 そもそも僕たちが上映イベントを始めたのは、映画公開時の初動が苦戦したことがキッカケで、「どうすれば、この作品を一人でも多くの方に観てもらえるんだろう?」という想いからでした。 4年半かけて作った作品が思うようなスタートを切れなくて、 申し訳ない気持ちになりましたし、みっともない気持ちにもなりましたし、 何より、悔しかったな。 映画業界には、「映画は公開から3日の結果がすべて」という定説があります。 初動が悪ければ、上映館数や上映回数が減り、そのまま興行が終わっていく…というアレです。 ただ、『映画 えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』に関しては、評価と数字が合ってなくて、僕自身、この作品がこんなところで力尽きるとは到底思えなかったし、こんなところで終わりにしたくなかったんですね。 というわけで、「3日間で結果が出なければ終わり」ではなくて、その後からでも人を集めることができないのか考えてみることにしたわけです。 まず最初にやったのは「数字を盛ってよく見せようとするのではなくて、現状を正直に共有すること。 そして、それによって『応援シロ』を作ること。 「知られたくない結果」ほど皆は知りたいわけで、ここを見せないと何も始まらないので、「お恥ずかしい話ですが、今はココです」と現在地を正直に共有し、そこから、逆転の策を練りました。 その後に僕が提案したのは「長期決戦」でした。 「映画を10年間上映し続ける為には、何をして、何したらダメなのだろう?」と考えてみることに。 映画館に来てもらうだけではなく、映画そのものを「イベント」にして、人が集まる理由をつくることはできないのか?という試行錯誤の先に、今回の川西での上映イベントがあったわけです。 なので、初動が順調だったら、 何も問題が起きずに映画がヒットしていたら、 僕は、この2日間の景色を見ることができなかった。 第一希望(プランA)が必ずしも一番良い未来とは限らないなぁと昨日あらためて思いました。 そして、もう一つ思ったことがあります。 それは、「この景色を最優先する」ということ。 経営者なので、当然、収支は見ます。 事業として成立しているか。 キャッシュフローは大丈夫か。 投資したものをどう回収していくか。 それは、絶対に無視できません。 ですが、僕は経営者の前に一人のエンタメ屋です。 エンターテインメントには、目の前で人が笑い、子供たちが走り回り、町全体が少しだけ浮き足立っているような景色があって、それらには数字では測れない価値がある。 僕たちはこの価値を後回しにする会社であってはいけない。 今回の川西で、そのことを改めて教えてもらいました。 人生は、思い通りにいかないことだらけです。 経営も、思い通りにいかないことだらけです。 繰り返しますが、4年半かけて作った作品の初動が伸びなかった時、本当に苦しかったし、申し訳なかったし、みっともなかったし、悔しかった。 だけど、あの苦戦があったから、僕たちは「ならば、こっちでどうだ?」を考え、その結果、僕の地元・川西で2400人以上の人たちと一緒に、宝物のような景色を見ることができました。 ここから『映画 えんとつ町のプペル 〜約束の時計台〜』の上映イベントを各地で展開していきます。 皆様の街でもやらせていただきますので、是非、お越しください。 あらためて。 あの時は「失敗」だと思っていたものが、時間が経ってみると、僕たちを別の場所へ連れていってくれる大きなギフトでした。 だから、うまくいかないことを、すぐに「失敗」と決めつけないようにしたいと思います。 その出来事が、自分を連れていくのかは、その時点では分からないのだから。

西野亮廣(キングコング)

72,712 görüntüleme • 2 ay önce

同じ映像なのに、再生するたび“聞こえる声”が変わった。 今回の話は、ヤバい帝国が大阪にある「人形酒場 絶望の壁」を取材したときに起きた、奇妙な音声現象です。 「絶望の壁」は、店内に不気味な人形や、いわくのある品々が大量に並ぶ独特な店です。 撮影が行われたのは昼間の準備中。営業中のような客の話し声や物音はなく、外から鳥や猫の声が頻繁に入ってくるような環境でもありませんでした。 取材そのものは、特に大きな異変もなく終了します。 ところが後日、その映像をイベント会場で再生したとき、映像の中から奇妙な音が聞こえてきました。 最初に聞こえたのは、鳥の鳴き声のような音。 次に再生したときには、猫が鳴いているような声。 さらに別の場面では、人間が笑っているようにも聞こえる声まで混ざっていたといいます。 これだけなら、撮影時に入り込んだ環境音や、機材が拾った雑音とも考えられます。 しかし、本当に気味が悪いのはここからです。 同じ映像ファイルを、同じ会場で再生しているはずなのに、その音が毎回同じようには聞こえなかったのです。 一度目には聞こえた鳥の声が、次に再生すると消えている。 猫の声が入ったと思った場所をもう一度確認しても、今度は何も聞こえない。 会場にいた複数の人が確かに聞いているのに、元の撮影データを確認すると、それらしい音が見つからない。 普通、映像データに記録された音なら、何度再生しても同じ場所で、同じ音が流れるはずです。 ところが今回は、まるで映像に音が保存されていたのではなく、再生されたその場で“何か”が声を加えていたように見えます。 さらに猫の声には、別の不気味なつながりがありました。 以前、ヤバい帝国がオカルトスイーパーズとトンネルロケを行った際にも、猫のような声が録音されていたといいます。 しかも、その音は近くにいた人のマイクには入らず、福田さんと角さん側のマイクにだけ残っていました。 同じ場所にいたのなら、環境音は複数のマイクに入っても不思議ではありません。それなのに、なぜ特定の二人の側だけで聞こえたのでしょうか。 角さんには、かつて飼っていた猫が家からいなくなり、そのまま戻ってこなかったという経験もあります。 そのため一瞬、「あの猫が何かを伝えようとしているのではないか」という考えも浮かびました。 しかし、声を聞き比べると、どうも同じ猫とは思えなかった。 では、あの鳴き声はいったい誰の猫だったのか。 むしろ正体の分からない“猫のような何か”が、取材先から取材先へついて来ているようにも感じられます。 鳥の声にも、似たような偶然がありました。 福田さんは最近、大阪で見つけた「異様なほど鳥が集まる場所」について話していました。 すると、その後に再生された「絶望の壁」の映像から、鳥に似た声が聞こえてきたのです。 猫の話をすれば、猫の声。 鳥の話をすれば、鳥の声。 まるで、人間たちの会話をどこかで聞いていたものが、知っている音を使って反応しているようです。 もちろん、音響設備の不具合、別の機器からの混線、会場内の環境音、あるいは人間の脳が曖昧な雑音を声として捉える現象など、現実的な可能性は考えられます。 しかし、それならなぜ、話題に出たものと似た音が続けて現れたのでしょうか。 そして、なぜ同じファイルなのに、再生するたび聞こえ方が変わったのでしょう。 この体験の怖さは、幽霊の姿が映り込んだことではありません。 姿は何も見えない。 映像の中にも、はっきりした異変はない。 ただ、存在しないはずの声だけが、必要な瞬間に現れては消えていく。 「絶望の壁」に並んでいた人形や呪物が、取材中の会話を静かに聞いていたのか。 それとも撮影をきっかけに、何かが映像ではなく、福田さんたちの側について来てしまったのか。 もし次に再生したとき、その声が鳥でも猫でもなく、はっきりと誰かの名前を呼んだとしたら――あなたは、それでもただのノイズだと思えるでしょうか?

角由紀子のヤバイ帝国

121,869 görüntüleme • 1 ay önce

「かにを」について身内守んなとか、忖度すんな、とか多いけど、俺のレセプションの時のツイートもYouTube見てほしい。 まだ通常のものを食べてないし、美味しいとも言ってない。うん、通常を早く食べないと。 こめおを擁護するつもりはなくて 今までにない「新しい業態」を作る時は必ず生みの苦しみがあるわけですよ。 SHOGUN BURGERのときも、10年前からみんなから反対されたし、よく叩かれた。 でも今はグルメバーガーチェーンが増えたし、和牛バーガーも増えた。SHOGUN BURGERがインバウンドも狙ったグルメバーガーチェーンの業態トレンドを作ったともいえる。それは10年も続けてきたからだ。 最近オープンした、SHOGUN PIZZAも13センチのミニサイズにしたのはオープンの1ヶ月前ぐらいの土壇場だった。そのぐらい限界まで悩む。なぜなら新しいチャレンジで答えがないからだ。新しい業態を作るのは、ギャンブルに近い。 こめおの蟹ラーメンもギリギリまで和風の蟹ラーメン(いわゆるクラファンで売ってた箱ラーメン)だった。 俺の店の大将軍で、箕輪家と戦った時もまだ和風だった。 ラーメン対決の罰ゲームの時に聞いたんだよね。 「大輝さん、俺かにラーメン、辛くすることにしました」 俺も「え?なにそれ」って思ったよ。 でも本当にハラルラーメンで日本一を取るには、ハラルの人たちが好きな辛さじゃないか? そして無添加の蟹ラーメンにインパクトつけるには辛さじゃないか? など考えて生み出したものだと思う。 本当に尖った業態で俺も成功するのかどうかはわからない。 そして値段設定もそうだし、尖りすぎてるラーメンなので、今回は日本人がメインというより、ハラルラーメンで美味しいところが少ない。中には日本人が作ってる店も少ないので、「これがラーメン?!」みたいなものも多い。 こめおは本気で日本に来たハラルの人が楽しめるスポットになってほしいという想いがあって作ったんだと思う。 こめおに聞いたのも、オープンする少し前の話なので、俺の推測も入ってるけど、こんな感じだと思う。 新しいチャレンジをする時はみんな叩きまくるから、そんなのは彼は無視するのだろうけど、出る杭であろう。 いや、そして、とりあえず俺は食えよな。 こめお / 世界で闘う料理人。

本田大輝/Taiki Honda

33,159 görüntüleme • 5 ay önce