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GACKTの言う「人生の変え方」がマジで本質すぎる。人間は弱い生き物で、意志は弱く、簡単に周りに流されてしまう。だったらその性質をうまく利用して、ポジティブな環境に身を置き、周りの影響を受けまくればいい。人生を好転させるコツは関わる人を選ぶこと。環境がもたらす効果は計り知れない

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【ファン必読】あなたは今のままで十分に素晴らしい #ハリー・スタイルズ、ステージでの言葉 「前回のツアーが終わってから少しお休みをして、自分自身の人生に向き合うような時間を過ごしていました。色々なことがあって、本当に素晴らしいこともあれば、辛いこともありました。この数年の間に何人かの友人を亡くしたりもして、本当にさまざまなことがありました。僕にとって人生におけるそういった大きな出来事をただ受け入れ、心に落とし込むための時間を持てたこと、そしてここ数年で、人生がどれほど儚くて、美しくて、素晴らしくて、同時に過酷で、残酷で、そしてインスピレーションを与えてくれるものなのか、人生が持つありとあらゆる側面を身をもって実感しました。今夜、この会場で皆さんと一緒に、皆さんが作り出すこのエネルギーを感じながら、どうか皆さんもこのエネルギーを感じて、その小さな欠片を外の世界へと持ち帰ってほしい。そして外の世界でも自分がなりたいと願うどんな自分にでもなれるんだと信じてください。あなたの人生をあなたの好きなように生きてください。人生はあなたのものです。あなたは、今のままで十分に素晴らしい。愛され、尊重される価値があります。そして見知らぬ誰かもまた、あなたの愛と敬意を受けるに値する存在です。友達を気にかけてあげてください。見知らぬ人にも気を配って、人々に手を差し伸べてください。人生は美しく、そして儚いものです。僕が一つだけ確実に分かっていることは、今夜、僕たちにはお互いがいるということ。僕らにはお互いがいるんです。本当にありがとう。」 (via strettyend)

Harry Updates Japan

128,753 次观看 • 4 个月前

穀物を牛に与えるより人が直接食べた方が効率的だという意見、よく聞くんです。 実際、約350キロのトウモロコシを肉牛に与えると約175キロの牛肉が生まれ、子供約17人分の年間必須アミノ酸リジンを供給できるという研究があります。同じ量を子供が直接食べた場合、養えるのは約3人分にとどまるそうです。 牛は穀物を単に肉に変えているのではなく、人にとって利用しやすく栄養価の高いタンパク質へと変換している存在なんです。 さらに、世界の家畜飼料の約86パーセントは、草や稲わら、野菜くず、食品製造の副産物など、人が食べられないものだと言われています。 この農場でも、ワイン造りで出るマールを乳酸発酵させて牛に与えており、人にとって不要になったものを栄養価の高い食べ物に生まれ変わらせています。 土地についても、牛が草を食む牧草地の多くは野菜や穀物の栽培に適さない土地であり、牛がいなければただの遊休地になってしまうというのが実情です。 この内容に対し、インスタ上では共感の声が多数見られました。 但馬牛の生産者、田中一馬氏が2024年9月に投稿した、牛の本当の凄さは人が食べられないものを肉や乳に変えることにあるという内容には、その通りという返信が多く寄せられ、高い反響を集めています。 飼料の大半が人の食べられないものであるという統計に対しても、だからこそ牛は資源循環の要になっている、穀物を直接食べるより効率的なタンパク源だという意見が続きました。 家畜は人の食べられない資材を解毒しながらタンパク質に変えてくれている、牧草地の多くは穀物栽培に向かないので牛がいなければただの遊休地になるという声も見られます。 リジン供給の効率性については、単純なカロリー比較ではなくアミノ酸の質と利用効率を見るべき、牛は優れた変換装置だという意見も散見されました。 マールなど副産物を牛が食べてくれることへの感謝、人が使えない土地や資源を生かしているという評価もあり、現場の生産者の取り組みに誇りを感じるという声が印象的でした。 穀物効率だけで牛を批判するのは一面的であり、牛は資源を奪う存在ではなく変換し循環させる存在だ、実際の農場ではマールなど副産物の活用が理想論ではなく現場の知恵として実践されているという点で意見が一致しています。

トッポ

15,804 次观看 • 1 个月前

日本に行った人が、帰ってから苦しくなることがある。日本で見たものは、特別なイベントじゃない。電車がだいたい時間に来ること。人が列をつくること。店で「ありがとう」と言われること。夜の道が、怖くないこと。そういう小さな当たり前。でも、その小さな当たり前が、帰国した瞬間に刃になる。 自分の国の音が、急に大きく聞こえる。怒鳴り声。クラクション。割り込み。投げるような言葉。前は平気だったのに、平気じゃなくなる。日本が良すぎたからじゃない。比べる目が、できてしまったからだ。 この痛みは、普通な感覚。違う世界を一度見た人にだけ起きる、ふつうの揺れ。 ただ、ここで気をつけたいことがある。旅先は、少しだけ夢に似ている。短い時間の中で、いい場面が多く見える。だから日本は完璧だと思いすぎると、自分のいる場所が全部ダメに見えてしまう。すると心が、帰る場所を失う。 じゃあ、どうしたらいいのか。 答えは、全部を日本にしようとしないこと。 日本で好きだったことを、ひとつだけ持ち帰る。 朝、靴をそろえる。 人にぶつかったら小さく「すいません」と言う。 時間を守る。部屋を少し整える。 たったそれだけで、心は夢が終わったじゃなくて、夢を生活に変えたと思える。 そしてもう一つ大事なのは、ひとりにならないこと。日本が好きだった人は、日本が好きな人と話せばいい。好きは、誰かと分けると、痛みじゃなくなる。 日本を忘れられないのは、弱いからじゃない。日本に来てくれた人の中に「こう生きたい」が生まれたからだ。 その気持ちを大切にすれば大丈夫。夢は、逃げるためじゃなく、戻ってきたあとに生きるためにある。

クレア

383,105 次观看 • 8 个月前

いまのAIに決定的に欠けているのは、僕たちの背景を理解する能力だ。だから毎回プロンプトで関係性を組み立て、状況説明をし、欲しい出力へ誘導しなければならない。だが、その制約が外れ始めたとき、AIは単なる便利ツールではなくなるのだろう。その日はきっと、それほど遠くない。 サム・アルトマン「今のモデルは、将来そうなるものと比べれば、まだかなり愚かです。しかもそれ以上に、あなたの人生についての理解がきわめて限られています。今はまだ、こちらがうまく、なだめたりすかしたりしながら、欲しいものを引き出さなければならないのです。 ですが、あなたの文脈をすべて知っているようなモデルは、もうそれほど遠くありません。そのモデルは、あなたのことを知っている。あなたの人生を知っている。何をしているかを知っている。何を大事にしているかを知っている。あなたの人生にいる人たちのことも知っている。もちろん、あなたが望む形で、望む範囲においてですが、あなたのコンピュータやブラウザにもアクセスできる。そして時間がたつにつれて、現実世界であなたの周囲に起きていることにも、ますますアクセスするようになるかもしれません。 それは、コンピュータを使う感覚、そしてAIを使う感覚そのものを、完全に変えてしまうはずです。私はそれに強く興奮しています。ただ、実際それがどんな感覚になるのかは、私たち自身でさえ、まだ十分に直感できていないと思います」 グレッグ・ブロックマン「まさにその点ですが、今の私たちは、チャットでも何でも、使っているツールに対して『何が起きているのか』を説明するのに、ものすごく多くの時間を使っています。そしてそれがどれだけ苛立たしいかを考えてみてください。まるで同僚に対して、いや、私が欲しいのはこういうことで、今こういう状況なんだ、と延々説明し続けているようなものです。今のシステムの振る舞い方は、本来こうあってほしい姿ではないのです」

Tsubame

15,287 次观看 • 5 个月前

動物業界の方と話していると、よく聞かれます。「タヌキが懐いてるらしいね?」「結構馴れるの?」と。そんなとき、私は決まってこう答えるんです。「簡単に言えば、アライグマと一緒です。」するとたいていの方が「あ〜ぁ」と納得したように笑います。アライグマの豹変ぶりや扱いの難しさは、業界でも特に古くから動物を扱ってきた方々のあいだではよく知られていて、“野性を完全には失わない動物”ということをすぐに理解してもらえるからです。 タヌキもそれに似ています。発情期や強いストレスのかかる時期には、いわゆる“狂暴化”と呼ばれる行動を見せることがあります。ただし、その理由はアライグマとは少し違います。アライグマは性成熟を迎える頃になると、急に支配的な衝動が表に出やすくなります。それまで穏やかだった個体が、ある日を境に噛みついたり威嚇したり――それは「主導権を握りたい」という本能の表れです。一方でタヌキはもっと防衛的で、牙を見せるのは攻撃したいからではなく、怖くて逃げ場を失ったとき。つまり、恐怖が限界を超えたときに起こる“防衛反応”なのです。本当は関わりたくないけれど、退くこともできない。そんなとき、初めて牙が出ます。 アライグマは支配の本能、タヌキは防衛の本能――どちらも野性を完全に失わないという点では共通していますが、その生き方は本来、私たちの世界とは違う場所にあります。人がどれだけ手を差し伸べても、野生で生きることこそが彼らにとって自然で、尊い営みなのです。だからこそ、「懐く」「馴れる」といった言葉の奥に、私たちはいつも“線”を意識しておくべきだと思います。 その線を越えたとき、何が失われ、何が残るのか―― その答えを知っているのは、きっと彼らのほうなのかもしれません。

SCIENCE FACTORY ltd.

1,660,341 次观看 • 11 个月前

釈迦の弟子に、パンタカという人がいました。 パンタカは、今でいう発達障害や境界知能のような人だったとも言われています。 周りの弟子たちからは、「なぜあんな人間が悟りを開けるんだ」と思われるような存在でした。 でもパンタカは、ただひたすら掃除を続けた。 自分にできることを一生懸命やり続け、周りの人たちが気持ちよく過ごせるようにした。 そして、その道を通して悟りに至ったとされています。 ちなみに、このパンタカは『天才バカボン』に登場する「レレレのおじさん」のモデルとも言われています。 「おでかけですか? レレレのレ〜」と言いながら、いつも道を掃除している、あのおじさんです。 私の弟子(brother)にも、いわゆる発達障害や境界知能ギリギリと言われる人間がいる。 「小学校3年生くらいで知能が止まった」と言われるギャグ男もそう。 私は、何か一つのことを本気で頑張って、悟りとは言わずとも、その道で一流になればいいと思っている。 格闘技でも、ラップでも、掃除でもいい。 一つの道を本気で突き詰めていけば、いつか違うジャンルで一流になった人間とも、同じ目線でものを見ることができるようになると思う。 頭がいいとか、勉強ができるとか、それだけが人間の価値ではない。 どの時代も昔からそこだけは変わらない 優しさと言う価値。 自分にできることを続けて、その道を極める。 そうすれば、その人にしか見えない景色がきっとある。 だから私は、彼らを心から応援している。 たとえミスがあっても、そこで終わりじゃない。 後悔するだけではなく、反省する気持ち、そしてもう一度頑張ろうという気持ちがある人には、いくらでもチャンスを与えられる世の中になってほしい。 応援の仕方はたくさんある。 叱咤激励。 優しくすることだけが応援ではない。 時には怒ることもある。 それで嫌われても構わないと思っている。 その人がこの先の人生で、ほんの少しでも良い人生を歩むためのエッセンスになったら、 私の勝ちだ。

星野大介 キャンディジムのだいちゃんねる

45,835 次观看 • 10 天前

チェスAIの進歩はこうだった——最初は「人間+AI」が勝つ。次に、AIが十分に賢くなると、人間が混ざるほど弱くなる。最終的に、意思決定の最適解が「人間抜き」へ収束する。だから、現実の仕事で最後の状態になることを「超知能」の定義としよう。そのとき、社会の意思決定は不可逆に再配置される。 サム・アルトマン「AGIについては、私たちは定義をしなかったせいで外してしまいましたよね。いま皆が注目している新しい言葉は、超知能に到達するタイミングです。だから私の提案はこうです。AGIはある意味で通り過ぎていったことにして、世界をそこまで変えなかった、あるいは長期的には変えるのだろうけれど、とにかく『いつかはAGIを作った』ということにする。いまは曖昧な時期で、すでに達したと思う人もいれば、まだだと思う人もいて、これから達したと思う人が増えていく。そして『次は何だ?』となる。 そのうえで、超知能の候補となる定義はこうです。あるシステムが、AIの支援を受けた人間よりもなお上回って、米国大統領、巨大企業のCEO、あるいは非常に大規模な科学研究所の運営を、人間の誰よりもうまくこなせるようになったとき。以上です。 チェスで起きたことも興味深い例だと思います。チェスではAIが人間に勝てるようになりました。Deep Blueの件は私もはっきり覚えています。その後しばらくは、人間とAIが組むほうがAI単体より強かった時期がありました。でも最終的には、人間が介入することでむしろ悪くなってしまい、人間がその卓越した知性を理解できないまま口を出さない『人間抜きのAI』が最善、という状態になった。 超知能を考える枠組みとして、これは面白いと思います。まだずっと先の話だとは思いますが、今回はもっとすっきりした定義を持てたらいいですね」

Tsubame

158,213 次观看 • 9 个月前

岡田敏夫の言う通り、モテる男は女の感情を動かすのがマジで上手い。女は感情を揺さぶってくる男に惹かれる。わざと他の女の影をチラつかせたり、ふとした瞬間に弱みを見せたりして「この人は私にだけ心を許してるのかも」って錯覚させてくる男にエグいくらい沼る。 ただ、勘違いしてほしくないのは、弱みを見せれば誰でもモテるわけじゃない。モテない男が見せる「弱み」は、単なる「甘え」になっている。「どうせ俺なんか…」「好きになってくれるのは君だけ…」みたいなネガティブな発言は同情を引くどころか逆効果。重い・めんどくさい・自信がない、そんな男は一発でキモいと思われる。 本当にモテる男は、弱さを見せても立ち位置を崩さない。あくまで余裕の中で人間味を見せる。モテる男の弱音が女の感情を揺さぶるのは、それが全て計算だから。本音を見せてるように見えて、実際は「信頼」と「特別感」を演出してるだけ。例えば、俺が20代の子を沼らせた時もそう。普段は仕事で忙しいけど、少しの時間でも会いに行って「お前と話すと気が楽になるわ」って言った。その一言で「お前だけには心を許してる」って思わせる。女はこの「自分だけ特別」という待遇にマジで弱い。他の男とは違う立場にいると錯覚して、どんどんハマっていく。 結局のところ、モテる男の弱みは「戦略」で、モテない男の弱みは「依存」。ここを履き違えると一気に冷められる。女の感情を揺さぶって沼らせたいなら、弱さや甘えたい気持ちを全面に出すんじゃなくて「普段は強いけど、たまに見せる素の表情」でギャップを作れ。計算して「隙」を見せれる男に女はズブズブに沼っていく。

Gai

386,862 次观看 • 11 个月前

お金は、貯め込むための数字ではない。自分と社会の間を巡る「エネルギー」なのだ。 瀬知さんの話で、まず印象に残るのが「時間は存在しない」という考え方です。 私たちは、生まれた日から年齢、出社時間、締め切り、年収、家賃まで、あらゆるものを数字で測っています。そのため、時間を絶対的なものだと思い込んでいます。 しかし瀬知さんによれば、私たちが「時間」と呼んでいるものの正体は、すべて「変化」です。 年を取ることも、環境が変わることも、夢に近づくことも、失敗して別の道へ進むことも、すべては変化にすぎない。時計ばかり気にしていると、「もう遅い」「間に合わない」「自分には時間がない」と焦り、せっかくのエネルギーをストレスに奪われてしまいます。 大切なのは、残り時間を数えることではなく、自分が望む変化に向かって動くことです。 そのとき、最初から大きな夢を持つ必要はありません。 「毎朝7時に起きる」 「今日は一ページだけ書く」 「気になっていた人へ連絡する」 そんな小さな目標を一つずつ達成していく。その達成感が次の行動を生み、やがて想像もしなかった場所へ自分を運んでくれるのです。 目指していたAには届かなかったとしても、動き続けた先でBやCという、もっと面白い答えに出会うこともあります。ひとつの夢に執着しすぎると、別の入口が開いていることに気づけません。 そして、時間と同じように、お金も単なる数字ではないと瀬知さんはいいます。 働いてお金を受け取る。買い物をしてお金を渡す。誰かのサービスを利用し、別の誰かの仕事を支える。これはすべて、エネルギーの交換です。 だから重要なのは、「いくら稼ぐか」だけではありません。 むしろ瀬知さんが重視するのは、「何に使うか」です。 ただ衝動的に散財するのではなく、本当に欲しいもの、自分の経験を豊かにするもの、誰かの仕事や社会を少し良くするものへ使う。高価な車でも旅行でも本でも、本人が大切にし、その先に生まれる変化を想像できるなら、それは生きたお金になります。 寄付も、何十万円、何百万円である必要はありません。コンビニの募金箱へ10円を入れることも、店で商品を買うことも、税金を納めることも、お金を社会へ戻す行為です。 もちろん、「使えば必ず同じ金額が戻ってくる」という魔法の話ではありません。使ったお金は実際になくなります。 しかし、お金を使えば新しい経験や出会いが生まれ、「また働こう」「次はこれをやってみよう」という行動の力が湧いてくる。その行動が新たな仕事や収入につながり、再びお金が巡り始めます。 瀬知さんのいう「お金の循環」とは、何もしなくても財布が膨らむ話ではなく、使う、動く、変化する、そして再び生み出すという流れなのです。 人生には、休まなければならない時期もあります。心や体が疲れているなら、無理に前進する必要はありません。ただ、少し元気が戻ったら、ほんの小さなことでいいから再び動いてみる。 時間とは変化であり、お金とはその変化を起こすためのエネルギーです。 そう考えると、本当に問うべきなのは「あと何年あるか」でも「いくら持っているか」でもありません。 限りある人生の中で、あなたは今日、自分の時間とお金というエネルギーを、どんな未来のために使いますか?

角由紀子のヤバイ帝国

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人々はいつも、その時点でAIにできないことを取り上げて、それができれば知能が完成するのだと言いたがる。けれど、AlphaFoldの開発者が探そうとしているのは、むしろ逆だ。「AGIを待たずとも機械が圧勝できてしまう問題」であり、それを通じて人間社会に有用なシステムを量産していく道なのだ。 ジョン・ジャンパー「かつては『知能とはチェスを指すことだ』と言われていて、チェスが指せる機械をつくれれば、それで知能はほぼできあがるのだからチェスをやらせよう、と考えていた時代がありました。実際に、カスパロフとの対局があった1994年ごろには、チェスで人間を超えるレベルの機械を手に入れました。しかしそれは、読んだり書いたりできる機械へとつながる道筋ではありませんでした。 ですから私たちはいつも、ある問題を取り上げて『これこそが問題だ』と言いたがりますし、ときには『人類最後の試験』のような名前を楽観的につけてしまう。これさえ解ければ、もう機械に問題を出す意味はなくなるはずだ、と。しかし私が強く関心を持っているのは、ある意味ではとても『やさしい』問題——驚くほどうまく解けて、AGIをつくる前から非常に有用なシステムを構築できてしまうような問題——をどう見つけるかという点です。 そうしたタイプの科学的な問題に取り組みたいのです。そしてもちろん、AGIをつくろうとしている人たちと同じ系統の強力な技法を使いたい。しかし、哲学的な議論にとらわれる必要はありません。ただ有用なシステムをつくればいいのです。実際、いまの業界全体が考えているのは、ソフトウェア開発をする人にとって意味があり、文章を書く人にとっても意味があり、私たちが解ける問題の範囲そのものを広げてくれるような有用なシステムをどう作るかということだと思います。その結果としてAGIにたどり着くのかどうかは、いずれ分かるでしょう。でも、少なくとも有用なシステムには確実にたどり着きます」

Tsubame

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