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Linuxカーネルにキルスイッチ案、未修正脆弱性に対応 Linuxカーネルに、脆弱な関数そのものを実行時に止める「killswitch」機構が提案された。 パッチを当てるのではなく、危ない関数の呼び出しを遮断する。 これは、Copy FailとDirty Fragが立て続けに公開され、修正が間に合わない事態を受けたものだ。 提案したのはNVIDIAのカーネルメンテナー、サーシャ・レヴィン。 そしてパッチ末尾には、AIによる支援を示す `Assisted-by: Claude:claude-opus-4-7` の1行が記載されている。 Linuxカーネルの応急処置を、AIと一緒に書く時代になった。

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いまのAIに決定的に欠けているのは、僕たちの背景を理解する能力だ。だから毎回プロンプトで関係性を組み立て、状況説明をし、欲しい出力へ誘導しなければならない。だが、その制約が外れ始めたとき、AIは単なる便利ツールではなくなるのだろう。その日はきっと、それほど遠くない。 サム・アルトマン「今のモデルは、将来そうなるものと比べれば、まだかなり愚かです。しかもそれ以上に、あなたの人生についての理解がきわめて限られています。今はまだ、こちらがうまく、なだめたりすかしたりしながら、欲しいものを引き出さなければならないのです。 ですが、あなたの文脈をすべて知っているようなモデルは、もうそれほど遠くありません。そのモデルは、あなたのことを知っている。あなたの人生を知っている。何をしているかを知っている。何を大事にしているかを知っている。あなたの人生にいる人たちのことも知っている。もちろん、あなたが望む形で、望む範囲においてですが、あなたのコンピュータやブラウザにもアクセスできる。そして時間がたつにつれて、現実世界であなたの周囲に起きていることにも、ますますアクセスするようになるかもしれません。 それは、コンピュータを使う感覚、そしてAIを使う感覚そのものを、完全に変えてしまうはずです。私はそれに強く興奮しています。ただ、実際それがどんな感覚になるのかは、私たち自身でさえ、まだ十分に直感できていないと思います」 グレッグ・ブロックマン「まさにその点ですが、今の私たちは、チャットでも何でも、使っているツールに対して『何が起きているのか』を説明するのに、ものすごく多くの時間を使っています。そしてそれがどれだけ苛立たしいかを考えてみてください。まるで同僚に対して、いや、私が欲しいのはこういうことで、今こういう状況なんだ、と延々説明し続けているようなものです。今のシステムの振る舞い方は、本来こうあってほしい姿ではないのです」

Tsubame

15,287 views • 2 months ago

最近、エプスタイン関連の新たに公開された文書で、非常に衝撃的な内容が明らかになりました。 ジェフリー・エプスタインのメールにおいて、彼が所有する苗床で「トランペット植物」(trumpet plants)について問い合わせていたことが確認されたそうです。 この植物は「エンジェルズ・トランペット」(Angel’s Trumpet)と呼ばれるもので、スコポラミンという成分を生成することで知られています。 スコポラミンとは、摂取すると極めて短時間で自由意志を奪い、記憶を消去し、言われたことを何でも実行してしまうような状態に導く恐ろしい物質で、俗に「ゾンビ薬」とも称され、重度の場合には麻痺や死亡に至る可能性もあるとされています。 また、毒物検査で検出されにくいという点も指摘されており、エプスタインのような人物がこれに興味を持っていたとすれば……想像するだけで背筋が凍る思いです。 さらに、別のメールではスコポラミンの効果や関連する記事が彼に送付されていたとのことで、その性質を十分に理解していた可能性がうかがわれます。 日本でも知らない間に被害を受けている方がいるみたいでして、症状の特徴は専門家によると極めて見極めが難しいのですが、その一方で、ウクライナを熱心に応援なさっている方の中に良く現れる症例として、日々「スラヴァ・ウクライニ!」とお声を上げ、青と黄色のシンボルを掲げてご支援を続けておられる方に似た特徴が、みられるとの事。 そんな強力なマインドコントロール物質が本当に存在し、政府が意図的に使用していたとしたら…… 「正義のために寄付を」「NATO支援を」といった思いが、どこから湧き上がってきたものなのか、少し立ち止まって考えてみたくもなりますね(納得がいく) とはいえ、エプスタインのメールを見る限り、VICEの昔のドキュメンタリーで見た「悪魔の息」のようなものが、現実の極悪人に近いところで扱われていた可能性を思うと、ぞっといたします。 ウクライナ応援団の皆様、どうかお体にはお気をつけくださいませ。 念のため、マスクや深呼吸の際も、周囲にご注意を……。 何かお役に立てることがございましたら、遠慮なくお申し付けくださいませ。 #エプスタイン #MKウルトラ #スコポラミン #ウクライナ応援団の皆様お元気で

トッポ

50,756 views • 4 months ago

岡田敏夫の言う通り、モテる男は女の感情を動かすのがマジで上手い。女は感情を揺さぶってくる男に惹かれる。わざと他の女の影をチラつかせたり、ふとした瞬間に弱みを見せたりして「この人は私にだけ心を許してるのかも」って錯覚させてくる男にエグいくらい沼る。 ただ、勘違いしてほしくないのは、弱みを見せれば誰でもモテるわけじゃない。モテない男が見せる「弱み」は、単なる「甘え」になっている。「どうせ俺なんか…」「好きになってくれるのは君だけ…」みたいなネガティブな発言は同情を引くどころか逆効果。重い・めんどくさい・自信がない、そんな男は一発でキモいと思われる。 本当にモテる男は、弱さを見せても立ち位置を崩さない。あくまで余裕の中で人間味を見せる。モテる男の弱音が女の感情を揺さぶるのは、それが全て計算だから。本音を見せてるように見えて、実際は「信頼」と「特別感」を演出してるだけ。例えば、俺が20代の子を沼らせた時もそう。普段は仕事で忙しいけど、少しの時間でも会いに行って「お前と話すと気が楽になるわ」って言った。その一言で「お前だけには心を許してる」って思わせる。女はこの「自分だけ特別」という待遇にマジで弱い。他の男とは違う立場にいると錯覚して、どんどんハマっていく。 結局のところ、モテる男の弱みは「戦略」で、モテない男の弱みは「依存」。ここを履き違えると一気に冷められる。女の感情を揺さぶって沼らせたいなら、弱さや甘えたい気持ちを全面に出すんじゃなくて「普段は強いけど、たまに見せる素の表情」でギャップを作れ。計算して「隙」を見せれる男に女はズブズブに沼っていく。

Gai

376,900 views • 8 months ago

論破されてないで! 「文書に出てきた人間が判断してはいけない」 "まともな告発"であればそれは正しい意見。 しかし、それは『どんな状況でも常に絶対』ではない。 指針には、やむを得ない場合には通報者探索をする事ができる(通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査を実施できない等)旨の記載がされている。 このような証拠も証言も無い怪文書のような物を見つける度に「これは公益通報だね。数千万使って第三者委員会を設置して判断してもらおう!」なんてやってたら無駄な経費がかかるし、結果が出るまで時間もかかるし、その間に風評被害が広まる恐れもある。 知事の悪口だけ書かれていたのならともかく、知事以外の職員や関連企業の名誉毀損もかなりされていた。 行政のトップとして第三者の被害を守るために何としても食い止めなければ安全配慮義務を怠る事になる。 知事は真っ当に責務を果たしたに過ぎない。 そして、この文書は、誰が書いたかも分からない、何一つ証拠もないし、誰から聞いたかの証言すら書かれていない。 通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査を実施できない文書である事は明白。 だから通報者探索をする事もやむを得なかった。 藤本委員長は、「知事がおっしゃる事情はこのやむを得ない場合に当たるとは思えません」と言ってるが、これは単なる藤本君のただのお気持ち表明。 "やむを得ない場合に当たるとは思えない理由"を全く説明していない。 説明もせずに「思えません」てw こんなもんで知事側に納得しろという方が無理な話。 裁判になれば、これは「やむを得ない場合に当たる」と正当に判断され、まともな判決が下される可能性が極めて高い。 結果を言わないのは卑怯者のすること

ジャスティス‼️ため池マン

45,193 views • 7 months ago

【ファン必読】あなたは今のままで十分に素晴らしい #ハリー・スタイルズ、ステージでの言葉 「前回のツアーが終わってから少しお休みをして、自分自身の人生に向き合うような時間を過ごしていました。色々なことがあって、本当に素晴らしいこともあれば、辛いこともありました。この数年の間に何人かの友人を亡くしたりもして、本当にさまざまなことがありました。僕にとって人生におけるそういった大きな出来事をただ受け入れ、心に落とし込むための時間を持てたこと、そしてここ数年で、人生がどれほど儚くて、美しくて、素晴らしくて、同時に過酷で、残酷で、そしてインスピレーションを与えてくれるものなのか、人生が持つありとあらゆる側面を身をもって実感しました。今夜、この会場で皆さんと一緒に、皆さんが作り出すこのエネルギーを感じながら、どうか皆さんもこのエネルギーを感じて、その小さな欠片を外の世界へと持ち帰ってほしい。そして外の世界でも自分がなりたいと願うどんな自分にでもなれるんだと信じてください。あなたの人生をあなたの好きなように生きてください。人生はあなたのものです。あなたは、今のままで十分に素晴らしい。愛され、尊重される価値があります。そして見知らぬ誰かもまた、あなたの愛と敬意を受けるに値する存在です。友達を気にかけてあげてください。見知らぬ人にも気を配って、人々に手を差し伸べてください。人生は美しく、そして儚いものです。僕が一つだけ確実に分かっていることは、今夜、僕たちにはお互いがいるということ。僕らにはお互いがいるんです。本当にありがとう。」 (via strettyend)

Harry Updates Japan

127,923 views • 1 month ago

すべての人に「自分の代理人として働くAI」がつく世界は一見ユートピアに見えるが、僕たちはAIの決定に「了解」と返すだけの存在になってしまうかもしれない。だからその先では「AIとの融合」という論点が避けられなくなっていく。理解そのものをAIと共有し、人間が再びゲームの内部に戻るのだ。 イリヤ・スツケヴァー「長期的な均衡という観点から言うと、一つのアプローチは『おそらくすべての人が、自分のために行動してくれるAIを持つようになる』という世界だ、と言えるかもしれません。それが無期限に維持できるなら、確かに良いことです。 しかしその欠点は、AIがその人のためにお金を稼ぎ、政治の場でニーズを代弁し、おそらく『これこれこういうことをやりました。状況はこうです』とレポートを書き、人間は『素晴らしい、そのまま続けて』と返すだけになることです。そこで人間は、もはやプロセスの参加者ではなくなってしまう。これはかなり危うい状態だと言えるでしょう。 気に入っている解決策ではないと前置きしますが、一つの解は『人間がNeuralink++のようなもので部分的にAIになる』ことです。そうなると、AIが何かを理解したとき、私たちもそれを理解するようになり、その理解が丸ごと転送される。AIが何らかの状況に置かれているとき、その状況に私たち自身も完全に関与していることになる。それが長期的な均衡に対する答えだと、私は考えています」

Tsubame

21,189 views • 7 months ago

AGIが来ても、世界は一夜でSF映画のようにはならない——現実は連鎖するボトルネックでできているからだ。科学が知能の制約を超えても、次はデータ収集や実験能力が壁になる。そして最大のボトルネックは人間自身だ。技術革新と同時に、人間社会の更新こそが鍵になる。 フランソワ・ショレ「多くの人がシンギュラリティを語るとき、それは『世界のあらゆる事象が常に指数関数的に変化し、生物としての人間はあまりの変化速度に適応する見込みがない状態』を指します。私はこのような指数関数的改善に関する物語には、概して懐疑的です。なぜなら、現実世界のいかなるシステムにおいても、指数関数的改善は見られないからです。 通常起こるのは、すべてがシステムであるとして、その一部や構成要素が性能のボトルネックでなくなると、次の瞬間には別の構成要素が新たなボトルネックとなり、それが繰り返されるという現象です。したがって、ソフトウェアの知能がもはやボトルネックでなくなれば、別の要素がボトルネックになるのです。 例えば科学の進歩を考えてみましょう。データをモデル化し、新しい理論を生み出し、実験のアイデアを考案するといった知的能力がもはやボトルネックでなくなれば、次はデータ収集や実験実施の能力がボトルネックになります。それも解消されれば、また別の制約が現れるでしょう。 そして世界の大部分は人間で構成されており、人間は多くのボトルネックを抱えています。AGIをシステムに導入すればいくつかのボトルネックは解消できますが、それでも依然として大部分は人間中心の大きなシステムです。したがって、ソフトウェア知能が向上したからといって、世界全体が指数関数的に速く動くわけではないのです」

Tsubame

59,421 views • 11 months ago

FF5のガラフ対エクスデスを見ると、正直、今見ると胸が痛い。なぜなら、あの場面には、今の私たちが失いかけているものが、あまりにも綺麗に残っているからだ。映像の豪華さではない。声優の熱演でもない。あの場面の本質は、ゲームシステムと物語が、同じ一点で爆発していることにある。普通、RPGにおいてHPが0になればキャラクターは倒れる。 それはプレイヤーが何十時間もかけて身体に覚え込ませたルールである。 回復しなければ死ぬ。 戦闘不能になれば動けない。 その当たり前を、ガラフは破る。 HPが尽きても立つ。 攻撃されても倒れない。 メテオを撃たれても、フレアに焼かれても、氷に貫かれても、自分が信じていたゲームのルールが、ガラフの意志によって押し返されるのを見ている。 だから感動する。 ここを、今の私たちはよく間違える。感動的な場面を作ろうとすると、つい演出を盛る。声を震わせる。カメラを寄せる。音楽を大きくする。もちろん、それは現代の技術として正しい。プレイヤーに伝えるための手段として必要なこともある。 ガラフの最期は、その逆である。物語が戦闘の中にある。戦闘が物語の証明になっている。HP0というシステム上の死が、キャラクターの意志によって意味を変える。だから、あの小さなドット絵の老人は、現代の美麗なムービーよりも美しい。 ドット絵の制約。 容量の制約。 短い台詞。 プレイヤーの想像力に委ねる余白。 それらが奇跡的に噛み合っていた。 しかし、それだけではない。 あの場面は、ゲームという媒体の本質を理解していた。ゲームは、ただ物語を見せるものではない。プレイヤーがルールを理解し、そのルールの中で行動し、そのルールに慣れたところで、物語がそのルールを揺さぶる。その時、ゲームにしかできない感動が生まれる。 ここを忘れると、映画の劣化版になる。 綺麗な映像。豪華な音楽。重厚な台詞。しかし、プレイヤーはただ見ているだけでは意味がない。 ガラフの場面は、ゲームでしか成立しない。小説なら「死んでもなお立ち上がった」と書ける。だが、HP0なのに倒れない、という感動はゲームにしかない。 プレイヤーがゲームのルールを知っているからこそ成立する。これは、私たちが本来もっと大切にしなければならない財産である。 今のスクエニが、これの再現に必要なのは、現代のゲームにおける「HP0でも立つ」に相当するものを見つけることだ。 たとえば、プレイヤーがずっと信じてきた成長システム。長く使ってきたコマンド、当たり前に開いていたメニュー、守ってきた仲間のAI、セーブやロード、ジョブ、装備、マップ、召喚、パーティ編成。 そういうゲームとしての常識を、物語のある一点で変質させ、キャラクターの覚悟によって、システムの意味が変わる。プレイヤーの操作が、ただの操作ではなく、物語の選択になる。 そこまで設計できれば、今でも名場面は生まれる。 しかし、それは会議で説明しにくい。 「ここでUIの挙動を変えます」 「ここで戦闘不能のルールを一度だけ破ります」 「ここでプレイヤーの常識を裏切ります」 こういう企画は、リスクがある。現代の大規模開発では避けられやすい。けれど、そこを避け続けると、名場面は生まれない。 プレイヤーが信じてきたルールの中で、キャラクターの覚悟を体験させなければならない。 ガラフは「私は命をかけて守る」と長々語ったから感動したのではない。 本当に、命を超えて立ったから感動した。 しかもそれを、戦闘というプレイヤーが最も理解している場所で見せた。 今のスクエニがもう一度こういう場面を作るには、過去作の名場面を綺麗に再現するだけでは駄目だ。 FF5をリメイクして、ガラフのシーンを豪華なムービーにすることはできる。 だが、それだけでは足りない。 本当にやるべきは、現代のプレイヤーが慣れ切ったゲームの文法を、一度だけ感情のために壊すことだ。 システム担当とシナリオ担当が、同じ心臓で設計すること。 バトルと物語を分けないこと。 UIと感情を分けないこと。 演出と操作を分けないこと。 プレイヤーが手を動かした記憶の中に、キャラクターの死や覚悟を刻むこと。 それができた時、初めて「今のスクエニにも名場面は作れる」と言える。 ガラフの最期は、古い名場面ではない。 未来への宿題である。私たちは、あの小さなドット絵の老人に、いまだに問い詰められている。 お前たちは、映像を綺麗にすることばかり考えていないか。物語をムービーに逃がしていないか。ゲームのルールそのものを感動に変える勇気を、まだ持っているか。 エクスデスは叫んだ。 「なぜ死なん」 だが本当に問われているのは、今の私たちの方である。 なぜ、あのような場面をもう一度作れないのか。 答えは、技術が足りないからではない。勇気の置き場所を、少し忘れているからである。

クレア

450,180 views • 1 month ago

スタンドバイミー、これ英語のままでも胸に刺さるのに、字幕がそっと手を添える。「そばにいて欲しい」たったそれだけの一行が、胸の奥の、普段は鍵をかけてある引き出しを開けてしまうのよね。思い出は、たいてい音で戻ってくる。匂いでも戻るが、音はずるい。音は、時間を飛び越える。あの頃の自分の呼吸の速さ、汗の薄い塩味、夕方の影の伸び方まで一緒に連れてくる。映画の少年たちが歩いているだけなのに、こちらの心のほうが追いかけて走り出す。 この現象に理由は要らない。理由なんて、涙のあとから遅れてくる。TikTokのコメント欄には、同じ場所を押さえられた人たちの声が並ぶ。 子どもの頃の友達は宝石。 けれどいつか別れが来る。 もう二度とあの頃のような友人には出会えない。 涙が出る、なんでだ。 人が泣くのは、悲しいからだけじゃない。それは、もうあの頃に戻れないからだ。戻れない場所を、心が知ってしまったときに、涙は勝手に溢れてくる。 子どもの友情は、キャバクラやホスト、マッチングアプリのように金勘定ではない。結婚のような契約書もない。損得も、値札も、身長や年収とか、条件もついていない。 隣にいる理由は、ただ隣にいたいからだけで、世界はそれで成立していた。くだらないことで喧嘩し、翌日には何事もなかったように笑い、帰り道の石ころを蹴りながら、未来のことなど考えもしない。あの無駄の中に、人生の芯があった。それが友達じゃない? 大人になると、無駄を削る。 効率を磨く。正しさを整列させる。 その結果、生活は滑らかになっていくのに、心だけがざらついていく、、、 友だちに会うことは予定表の隙間に押し込まれ、会えないことに慣れる練習をしてしまう。 忙しさは、言い訳としては完璧だよ。 誰も責められない。 だからこそ、気づかないうちに一番大事なものが痩せていく、、、 そういう中、ニュースが重たい石を落とす。スタンド・バイ・ミーで知られる監督が、妻とともに自宅で亡くなっていたという。刺し傷があり、捜査は殺人事件として進められているという。 映画が映したのは少年たちの一度きりの夏で、現実は、救いのない形で幕を閉じるかもしれない。人生の皮肉は、いつも小説より露骨だよね。 こういうとき、人は意味を探す。 意味を付けて、納得して、箱にしまって、自分たちの生活に戻る。でも人生は、教訓のために起きているわけじゃない。 悲しみは、たいてい整理されることを拒む。 ただ重く、ただ冷たく、胸に居座る。 それでも、あの歌が流行る。 流行るという言葉では軽すぎるか。 必要になって、流れてくる。 「Stand by me」は、立派なことを言えという命令じゃない。 英雄になれという話でもない。 逃げないで隣にいろというだけのことだよ。 正論で殴らない。 説教で片づけない。 勝手に解決しない。 ただ、隣にいる。 その静かな不器用さが、人を生かす。 だから、涙が出る。 あの頃、隣にいた人の顔を、もうはっきり思い出せなくなっている自分に気づいて泣く。 同時に、思い出せないのに胸が温かくなることにも泣く。 人は、忘れる。けれど完全には失わない。 友情は、消えるというより、形を変える。握手の温度が、いつのまにか胸の奥の灯りになって、暗いところを照らす。 「もう二度とあの頃の友人には出会えない」 それは半分ほんとうで、半分うそだよ。 同じ形では来ない。 もう、あの夏は戻らない。 でも別の形で来る。 職場でも、近所でも、たまたま同じ夜を越えた人でもいい。 痛みを知った者同士は、黙って隣に座れることがある。 言葉がなくても、湯気の立つカップひとつで、心がほどける瞬間がある。 夜が来て、地面が暗くなり、月明かりだけが頼りだと思える日がある。 そんな日こそ、隣に一つだけ人の気配があることが、救いになる。 世界は大げさな奇跡で回っていない。小さなそばにいるが、何度も何度も積み重なって、ようやく朝になる。 泣いていい。泣いたあとで、誰かの隣に立てるなら、なおいい。それが、この歌の続きじゃないかな?

クレア

154,747 views • 6 months ago

【メタスラチームが作った最後のゲーム】 メタスラチームといえば『ネオジオ』に骨を埋めた、というイメージが強くありますが、実は一時期『ゲームボーイアドバンス』の開発をしていたことがあるんですよ。 そのゲームの名は『ナビ之介』といいます。 『ナビ之介』は、当時『ゲームボーイアドバンス』にGPSユニットを接続して遊ぶという、かなり野心的な構想からスタートした企画でした。 「こんなゲームを作ってほしい」と渡された企画書には、日本全国の偉人を題材に、GPSと連動して遊ぶという、当時としてはかなり先を見据えたRPGの内容が記されていました。 その企画書を見た私は「これ、妖怪ものにした方が絶対面白くなります」と提案し、テーマを偉人ものから妖怪ものへと変更してもらったんです。そしてこのゲームは、陰陽師を夢見る少女の魂が宿った木偶人形が、妖怪たちを封印したり、仲間にしたりして世直ししながら日本列島を行脚するという、『和風ファンタジーRPG』として動き出すことになったんです。 ところが、開発途中でGPSユニットの話自体が立ち消えになってしまい、肝心の“全国を歩いて妖怪と出会う”という中核要素が実現不可能になってしまったんです…。ゲームそのものの存続も危ぶまれましたが、GPS連動抜きで遊べるゲームに改造して開発続行となり、完成に至ったのですが、諸事情があり最終的に『ナビ之介』はお蔵入りとなってしまいました。 …今思えば、もしあのまま開発が続いていたら、“歩くことをゲームに変えた”遊びが、『ポケモンGO』より15年も早く形になっていたのかもしれませんね。 もちろん、ウチの不気味な妖怪たちが社会現象となった愛されキャラ『ポケモン』のようになれる未来はありませんが…。 改めて考えてみると、『ナビ之介』というゲームは20数年前メタスラチームが作った最後のゲームということになるんですよね。 長年ランガンを作り続けてきたメタスラチームが、最後の最後に手がけたのは、意外にも『和風ファンタジーRPG』。そんなゲームで幕を下ろしたメタスラチーム…、ちょっと切ないんですが、我々が作った型破りなホンワカ妖怪ゲームを覗いてみたくなりませんか? ゲーム中のシナリオは、私が書いてますので、そりゃもうバカバカしくてナンセンス、頭がおかしくなるかもしれません。 そういえば当時、ゲームが更新される度に小さな2人の娘にテストプレイして貰ってたんですが、「 父ちゃんのお話、怖くて、変で、面白い! 」と大絶賛してくれたんです。それもそのはず娘にウケるように書いてましたから当然なんですが、あんなに喜んで貰えると作った甲斐があるというものです。 皆さんが、もしもこのゲームを手にすることがあれば、あの頃の娘同様、ピュアな心で遊んでくださいね。 大人になった娘は最近、昔遊んだ『ナビ之介』のストーリーを突然何かが憑依したかのように、喋りだすことがあるんです。そのストーリーは20数年前に私が書いたお話なんですが、私は覚えてないので「なんだそれ、面白そうじゃないか!」と娘にその話の先を尋ねると、娘もそれ以上は覚えていないと、残念がっています…。 娘の「あの妖怪たちに会いたいわぁ〜」という言葉を聞くたびに、世に出せなかったことへの寂しさが胸をよぎっていました。 けれど、なんと!このたび、娘があの妖怪たちと再会を果たす日が、もう目前に迫っています!まさかこんな日がやってくるなんて…夢にも思いませんでした。 『ナビ之介』が帰ってくるその日を、皆さんも娘と一緒に心待ちにしていただけたら、とても嬉しいです。

akio

721,364 views • 1 year ago

ザッカーバーグ氏は「速い離陸」(短期間でAIがAIを改良し続け、超知能に至ること)懐疑派。このあたりの意見はカーツワイル氏やアルトマン氏と共通しています。 「『速い離陸』という考え方に私が基本的に同意できない理由の一つは、物理的なインフラの整備には時間がかかるという点です。 たとえば、1ギガワット規模の計算クラスターを構築したいと思っても、それには単純に時間がかかります。NVIDIAが新世代のシステムを安定させるのにも時間がかかりますし、その上でネットワーク構成を考えなければなりません。さらに、建物を建て、許可を取り、エネルギーを確保しなければなりません。ガスタービンであれ再生可能エネルギーであれ、それには供給チェーン全体が関わってくるのです。前回あなたのポッドキャストに出たときにも話しましたが、これは単純に物理世界と人間の時間に関する問題です。スタックのある部分でより高度な知能が得られたとしても、結局は別の種類のボトルネックに突き当たることになります。エンジニアリングとは常にそういうものです。あるボトルネックを解決すれば、次のボトルネックが現れるのです。 また、システムがうまく機能するためのもう一つの重要な要素は、人々がそれを使い慣れて、フィードバックループを通じて学習していくプロセスだと思います。こうしたシステムは、ある日突然完成された形で現れて、人々が魔法のように完全に使いこなせるというタイプのものではありません。むしろ、ユーザーがAIアシスタントの最良の使い方を学ぶ一方で、AIアシスタントもユーザーが何に関心を持っているのかを学習していき、開発者はそのフィードバックをもとにさらに優れたAIアシスタントを作るという、共進化的なプロセスがあるのです。そして同時に、文脈の蓄積も進みます。たとえば、あなたが1〜2年使い続けた結果、AIアシスタントが過去に話した内容を参照できるようになるとしたら、それはかなりクールなことです。でも、最初の日に完璧なものをリリースしたとしても、それが2年前の会話を参照することはできません。なぜなら、それは2年前には存在していなかったからです」

Tsubame

87,074 views • 1 year ago

クラウドは積み重ねの人 以前"できなかったこと"はできるようになる。クラウドが何度も繰り返し挑戦し成長する姿が描かれる。この演出を行う理由、それは… ①エアリスに心を開くクラウド ②運命の壁を乗り越えるクラウド この2つを描くためであると考える。 ①エアリスに心を開くクラウド "別れの物語展"でも説明があるとおり"エアリスの明るさに冷たく閉ざしていた心を開いていくクラウド""温かな時間"が描かれるからだ。 クラウドはエアリスに出会ったことにより変わる。 ハイタッチがわかりやすいが、クラウドはそれまで誰ともハイタッチをしなかった。エアリスに出会い彼は変わった。 エアリスは何度もクラウドに声をかける。1度ではない。何度もだ。その彼女の想いがクラウドの心に響き、少しずつ変わっていく姿が見られる。 クラウドの"心の動き"が大事。 花摘み、写真、などもそうだが、わざと"前もしようとしたこと"の繰り返しの演出がある理由。それは…その"行為"そのものだけではなく、その行為に至るまでの"過程"を見てほしいからではないか。 「冷たく閉ざしていた心」は急に開かれるものではない。徐々に心の氷を溶かしていく、という段階的な"過程""順序""内容"が大切な理由が説明されている。 これはクラウドにとって、エアリスが"大切な人"になる過程である。失うことを受け入れられなくなるほどの大切な人になっていく理由を説明している。 それを、プレイヤーに感じてもらいたい意図があるのでは。とても丁寧な演出だ。 メインストーリーとして外すことのできない大事な演出なので、全編を通してこれが丁寧に描かれているのも当然。 ②運命の壁を乗り越えるクラウド "できないこと"それを"運命には逆らえない"と重ねている狙いがある。 何度も失敗を繰り返す。Hollow「もう一度笑って、今度は離しはしない」と重なるように。クラウドが挑戦する姿を見せている。 「もしも~し」とエアリスが呼ぶ声。最初は「誰だ?」でも次は「エアリス」とすぐ答える。その次は確認作業もなくなり当然のように話始める。 気を失い、次に目を開けた時でも。忘れていない想いの蓄積、成長がある。これも彼の歩みなのではないか。 最初は離れてしまっていた手と手が、段々と離れにくくなっていくように。「今度は離しはしない」と、彼はトライし続ける人なのだと。彼の性質を説明している。 何度も繰り返すことで変わる可能性を諦めない。想いが成功へと繋がる、という流れ。失敗の中に学びがある。積み重ねで前に進んでいる。 エアリスから貰ったものは他の女性に渡さない。無垢のマテリアを大切そうに手放さないクラウド。三作目に起きる変化の予兆だ。 なので今回できなかったことは、次回に持ち越しになっているにすぎない。クラウドはそういう人だという説明なのだ。まだ2作目なので、3作目がある。#FF7R #FF7リバース

もぐり

17,043 views • 11 months ago