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oasis時代にたった6回しか演奏しなかった「Rockin’ Chair」これはその初演奏時の映像。 ところが途中から演奏が崩れてしまい、二人とも「お前のせいだ」と言い合いになって、リアムが腹を立てて退場。 演奏回数本当に少ないから、貴重な映像だけに最後まで聴きたかったけど、これもまたoasisの歴史。

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1 Comments

アビビンワールド's profile picture
アビビンワールド1 month ago

うわぁ〜こんな映像があったんですねぇお宝🥰

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【絶体絶命の楽器編成】 たまに、ドラム・ピアノ・フロントという、いわゆる“ベースレス”の編成でライブをやらされることがあります。 ドラムがいるにもかかわらずベースがいない。この編成はピアニストにとって最も厄介な状況の一つかもしれません。 多くのアマチュアのピアニストは、ベーシストがいないと分かった瞬間、左手でウォーキングをしてしまったりします。 しかし、音楽は必ずしも理屈で解決すべきものではありません。 やることは、実は極めてシンプルです。 三人全員が、抜群にスイングし、良い音で演奏すること。 それだけです。それだけで音楽は成立します。 もう一度言います。 良い音で、三人が同時に演奏する。ただそれだけ。 この動画を観てください。 無理に相手に合わせようとしていますか? 過剰に「化学反応」を起こそうとしているでしょうか? ただ相手の音を聴きながら、良い音で演奏しているだけです。 理論的にも、特別に難しいことは何一つやっていません。 ただし、ここに至るまでには時間がかかります。良い音でスイングして演奏できるようになれるように、一生かけて勉強します。どんなに才能がある人でも最低20年はかかるでしょう。 結局のところ、自分の演奏に一切の嘘がなくなるレベルまで到達しなければ、こうした「シンプルなこと」はできないのです。これはその事実を如実に示している一例です【完】

天才ピアニストゆうこりん❤️ 4/22 中目黒 楽屋 🎹 Yuking of Swing🔥

33,834 views • 9 months ago

【13歳バイオリニスト “世界最高峰”の舞台に密着】 | 13歳のバイオリニスト #HIMARI(13) アメリカの名門音楽院『カーティス音楽院』の“最年少”音大生です ▼“約100年ぶり”と言われる伝説的快挙...そのわけは― 2025年3月、世界最高峰のオーケストラ『ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団』の定期演奏会にソリストとして招かれました →13歳での出演は、約100年ぶりとのこと Decca Classics 音楽プロデューサー ドミニク・ファイフ氏 「どんな年齢でもベルリンフィルとのデビューは素晴らしいことですが、13歳でデビューというのは並外れています」 「 それは彼女にとっても、日本にとっても歴史的な瞬間ですし、 日本人の大きな誇りになるでしょう」 ▼彼女がソリストとして招かれた背景は― ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 代表 エヴァ=マリア・トマジ氏 「HIMARIの演奏動画を同僚たちと一緒に聴いたことがありました。その同僚たちも口を合わせて『彼女はベルリンフィルと共演すべき人だ』と」 「もしソリストとしてベルリンフィルと演奏するなら、もちろん良い演奏をしないといけません」 「だからこそ彼女を呼んだのです。年齢は関係ありません。もしHIMARIがいま23歳だったとしても、変わらず彼女を招待したでしょう。私たちは彼女の年齢ではなく、才能にひかれたのです」 「技術を学ぶことでうまく演奏できる人はたくさんいます」 「一方で音楽家は自分の個性を伴って演奏する必要があります。なぜなら、自分の演奏で観客を魅了しなければいけないから」 「ただ楽譜を読むだけではなく、音楽の物語を伝えなければいけないのです」 「もしソリストとしてオーケストラをリードするなら、なおさら音楽の物語性を伝えなければいけません」 「HIMARIはそうした音楽の物語性をバイオリンで伝える力があるのです」 ▼HIMARIさん『ベルリンフィルと弾くのが夢だった』 バイオリニスト HIMARI(13) 「本当に小さい時からベルリンフィルがすごい存在というのは知っていたし、自分がソリストになれたら『いつかベルリンフィルと弾きたい』というのが夢だった」 「こんな年齢でベルリンフィルと共演する人があんまりいないから、注目されるのは嬉しいけど、演奏は年齢関係なく、上手にベルリンフィルのソリストとして演奏しないといけないから」 「いい演奏できるようにというプレッシャーは若干あったんですけど、楽しむしかないと思っています」 ▼ベルリンフィルでは難曲『ヴィエニャフスキ|バイオリン協奏曲 第1番』を演奏 演奏を聴いた観客 「びっくりした。こんな若い芸術家がいるなんて」 「見た目は確かに子どもだけれど、演奏は壮大で素敵でした」 「まるでホールが割れんばかりで非常に熱狂していたよ」 ▼夢の舞台を終えて― バイオリニスト HIMARI(13) 「夢はベルリンフィルに呼ばれるのが今回だけじゃなくて、また2回目3回目と呼んでもらえるような演奏をあすもあさってもしたい」 「あとは共演したいオーケストラは、ベルリンフィルの他にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団とか、シカゴ交響楽団とかで、着々と自分の夢がかなっていくのが、思っていたより、自分が想像していたより早くて、あんまり追いつけていないけど、感情が」 「でも、今いろんなオーケストラと弾きたい曲がたくさんあるから、いろんな人たちと新しい曲にどんどん挑戦していけたらいいなというのが目標」

報道ステーション+サタステ

381,924 views • 1 year ago

記者「できることはしっかりとできたと石丸さんご自身おっしゃいましたが、できなかったことはありましたか?」 石丸「できることは全部やったって言ってるので、できなかったことってのを特に言及してないんですけど、それは端からできないことを今質問されてますか?」 → なぜこんな簡単な質問が分からない(笑)? 記者「やりたくてできなかったことは今回なかったということでよろしいですか?」 → 面倒臭くなってます。 石丸「そのように先ほどお話をしました」 → 言ってないと思いますが。 記者「分かりました。ありがとうございます」 石丸「もしくは、あえてできなかったことを聞かれたのかなと思ったんですが、それは必要ないですか?」 → 「ない」と言ったばかりなのになんだ? 記者「ま、この先に向けてまだやりたいことですとか、今回は形にならなかったかもしれないけど、今後したいこととかお話を伺えるのかなと思って質問しました」 石丸「あ、そういうことでしたか。 先ほど私ができることはと断りを入れたのは、できなかったことがあるという前提ではあります。例えば何かというと1つ例を上げれば党首討論というものに、もっと呼んでいただきたかったなというのは本当にそう思います」 → あるんかい!しかも、できなかったことではなく、してもらえなかったことへの恨み言になりました。反省がどこまでも他人に向かいます。こんな会話にならない奴呼んだら放送事故だって。 #石丸伸二 再生の道・石丸伸二代表「できることは全部できた」 参院選で議席確保は厳しい情勢(2025年7月20日)

取材不足

8,314,692 views • 1 year ago

【頭の中で一度バンドが解散した時の話】 2023年のある日、レーベルのオーナーに「バンドを一旦活休するってのもありじゃない?」と言われた。それはきっとバンドのことを思っての提案だったのだと思う。一つのアイデアとしてそういう考え方もあるよ。という強制ではなく、あくまで提案だったし、僕らのことを長いこと見てるオーナーからの、どちらかと言えばポジティブな提案だったんだと思う。 それはわかっていたけど、その時ぼくには余裕がなかった。 何をやっても結果が出ない。前進してる気がしない。そんな数年のバンド活動はバンドにとっても、レーベルにとっても不健康で、確かに一旦活動を止めて別の道を探すというのは至極真っ当な提案だった。 正直なところ、自分たちの年齢やキャリアを考えてもそのタイミングは来ていたと思う。 それとほぼ同時期に、マネージャーにバンドのマネージャーを辞めると言われた。 とても献身的にバンドを支え続けてくれていた方だった。なんならメンバーの誰よりも、多くの言葉を交わした時期が長くあったからこそ、かなりショックだった。全国ツアーが控えていたからそのツアーが終わった後にマネージャーは卒業するということになった。 毎日のように、どこにいくにも、自転車を漕ぎながら新曲のアイデアや次のライブのイメトレをする僕だったけど、その二人の意見が頭の中を支配して何にも考えられなくなっていた。 メンバーは当時、そんなこと知らなかった。というか僕が知らせなかった。自分の心がゆらゆらしていたので伝えられなかった。 毎日漕いでいた自転車を停めて、夕方の汚いコインパーキングの端っこに座り込んで一旦頭の中を整理してみた。 今までやってきたこと、やりたかったこと、できなかったこと、この先の自分の生活。家族のこと。色んなことが頭の中に湧いて出てきた。もしこのままバンドを解散したらどうなるのかなってことを考え始めた時、涙もいっぱいでてきた。 コインパーキングの柵の上に誰かが放置していったコーヒーの空き缶が並んでいて、地面にはタバコの吸い殻がいっぱい捨てられていた。目の前でカラスがピョンピョン飛び跳ねていた姿も鮮明に覚えている。 辛気臭いことを考えてる人間は辛気臭い場所に吸い寄せられるものだ。 辛気臭い人間が辛気臭い場所にうずくまって、ついさっきまで泣いていたんだ。何やってたんだろう。キモすぎる。 そんな自分に急に冷めた僕は、すぐにオーナーに電話をかけて「活休はしない。そして、もし可能ならこのままの関係でバンドを続けたい。」という内容を伝えた。 オーナーは「わかった」とひとこと、言ってくれた。 もうあんな辛気臭い場所には二度と行きたくない。ていうか行かない。そう決めて、あの日から今日まで馬鹿みたいにふざけて、おどけて、曲を作って、演奏してを繰り返してきた。 まだまだ途中だ。 あれから、メンバーと話す機会も増えたし、協力しあって色んなことにトライしては成功したり失敗したりひている。 応援してくれる人の声も前より多く聞こえてくるようになった。 時々、嫌なことを言ってくる人の声も聞こえてくるけど、あのコインパーキングの景色に比べたら屁でもない。 なぜなら、一度本気で、自分で自分を否定したんだから。他人の否定なんて聞いてられるほど暇じゃない。自分が自分を認められることを選択するので手がいっぱいだ。 それを曲にのせて、歌ってみたり、ギターで弾いてみたり。そして、メンバーがそれぞれの自分を持ち寄ってそれを同時に演奏する。ライブする。 だから、バンドは面白い。 15年も続けられたこと、これからも続くこと、改めて幸せに思っている。 この辛気臭い文章は、もう一段階上の景色でふざけて、おどけるために真面目に書いた。ここまで読んでくれてありがとう。 そして、改めてバンドを応援してくれて、協力してくれる方々に感謝しております。 15年の活動ではまだ飽き足らず、これからも精進していくのでよろしくお願いします。 だからこそ それでもまだ、カッコいいと言われたい。 びっくりさせたい。 愛はズボーン Gt.Vo.金城昌秀

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121,578 views • 1 year ago