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On Your Marks. さあ、世界を追い越そう。 Hondaに入社して早2か月。 #栁田大輝 の挑戦は、まだまだ始まったばかり。 ひたすらに”速く走る”ことを突き詰める。 ▼次戦は6/12~14 日本選手権に出場! #Honda陸上競技部 #HondaPRIDE

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#MABP陸上部 発足のお知らせ。 この度、当社の更なる事業成長とお客様に期待される会社になるべく、また、陸上競技を通じてより良い社会作りに寄与していくことを目的に、MABP陸上部を発足いたしました。 2023年12月27日(水)に、プレスリリースも配信いたしましたので是非ご覧ください。 ・ ・ ・ ここからは個人的な思いを書きます。 学生時代、陸上競技を通してたくさん学び、今の自分があります。その陸上競技界を盛り上げて、駅伝をもっとメジャースポーツにしたいと思っていました。 そんな中、神野大地さんとお会いする機会がありました。 お会いする前から神野さんに対して、『コツコツ努力される方で、自身の芯がしっかりしており、新しいことに挑戦できる人』という印象を持っていました。 実際にお会いしてお話をしていると、神野さんの陸上競技界に対する思いと、私の考えていたことが非常に近かったことで、神野さんとであれば一緒にチームを作れるのではないかと考えるようになりました。 何度かお話を重ねていく中、MABP陸上部のビジョンが定まり、MABP陸上部の発足、そして2023年12月27日(水)にこのリリースを出すことができました。 MABP陸上部は、「ニューイヤー駅伝に出場」や「世界を目指すランナーを輩出すること」に限らず、入社するランナーのセカンドキャリアを見据えた取り組みや、陸上部としての社会貢献活動などを通じて、世の中に陸上競技をより広める活動も行なっていきます。 今後のMABP陸上部については、公式X(Twitter)や、YouTubeで情報発信していく予定です。 どうぞご期待ください。 MABP陸上部公式サイト:

松尾 直樹 | MABP代表取締役副社長

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あまこま混成12「7か箇所骨折で最後までにやり抜いた日本の十種選手」 今回は、皆さんにぜひ知っておいてほしい、日本が誇る十種競技選手についてお話ししたいと思います。 その選手の名前は、松田克彦さん。 僕が卒業した順天堂大学の大先輩にあたる方です。 松田さんは、1993年にドイツのシュトゥットガルトで開催された世界陸上に、十種競技の日本代表として出場された選手です。日本選手権でも優勝し、当時の日本記録も樹立された、まさに日本のトップ選手でした。 松田さんの後には、同じく順天堂大学の金子宗弘さんが8000点にあと5点と迫る7995点の日本記録を出すなど、当時の順天堂大学は十種競技がめっちゃ強い大学だったんです。 僕が生まれたのが1987年なので、松田さんや金子さんが活躍されていた時代は正直4-5歳くらい小さくて、おそらく十種競技という種目すら知らなかったですが、順天堂大学へ進学する時に自分で色々と調べる中で、こんなにもすごい選手がいた大学なんだと知りました。そして、高校の恩師とのご縁もあって、高校時代から何度か練習を見ていただく機会に恵まれたんです。 大学に進んでからは、当時混成競技を指導してくださる方がいなかったので、平成国際大学で監督をされていた松田さんのもとへ、年に3回ほどトレーニングを習いに行っていました。 そんなご縁もあって、松田さんが世界大会で活躍されたすごい選手だということはもちろん知っていたのですが、その世界陸上での競技を映像で見たことはありませんでした。僕が大学生の頃は、まだYouTubeにもそういった映像はなかったように思います。 ただ、伝説として語り継がれている話がありました。 周りの方々から伝え聞いた、1993年のシュトゥットガルト世界陸上での話です。 何度も話ししていますが、十種競技は2日間で10種目の競技を行う過酷なスポーツですが、その中でも棒高跳は特に勝負の鍵を握る難しい種目です。 その棒高跳で、松田さんにアクシデントが起こります。 ポールの突っ込みがうまくいかず、マットまで届かずに助走路側に戻されてしまうことがあるのですが、その際の着地に失敗し、なんと背中、肋骨、手首、肘など、計7カ所を骨折する大怪我を負ってしまったそうです。 正直普通であれば、その場で棄権です。 海外の選手であれば、おそらく誰もが競技を辞めていたでしょうし、当時の周りの選手たちはなんで辞めないのかと思われたかもしれません。 しかし、松田さんは違いました。 骨折した体のまま、その後のやり投、そして最終種目の1500mを最後までやり抜いたんです。 そして、その伝説の映像をYouTubeで見つけたのは、今から7、8年ほど前のことです。 棒高跳で怪我を負った後、明らかに満身創痍の状態で最後の1500mを走り抜き、ゴールした瞬間に倒れ込む松田さんの姿。順位は最下位だったかもしれません。でも、その姿はカッコよく見えました。 海外の選手ならやめてしまうような状況でも、最後まで戦い抜く。 もしかしたら、これが最後の世界陸上になるかもしれない、という想いがあったのかもしれません。 以前、松田さんご本人から「俺は骨折してもやったんだから、お前もやりきれよ」と、笑いながら言われたことがあります。その言葉の裏にある、壮絶な経験と覚悟を、映像を見て改めて感じました。 この映像には、本当に心を揺さぶられました。 日本の十種競技に、こんなにも偉大な「戦うデカスリート」がいたということを、皆さんにもぜひ知ってもらいたいです。 #あまこま世界陸上 #あまこま混成

林田章紀@対馬

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