Video yükleniyor...

Video Yüklenemedi

Ana Sayfaya Dön

Q. 最近私の心に安定をくれるものは? 🐥「僕がスンミニと一緒に住んでいるので、スンミンが宿舎で"どうぶつの森"の音楽を沢山聴くんだけど、歌詞のないそんな音楽、BGMみたいなのを沢山聴いてて、こういうBGMを聴くと心がすごく安定するみたいです」 ピリも元々あつ森BGMヘビーリスナーだったし、デンニャンの感性ぴったりでほんとにハッピーハウスすぎる🐶🐥 #FELIXxESQUIREKOREA #FELIXxLouisVuitton

88,736 görüntüleme • 1 yıl önce •via X (Twitter)

0 Yorum

Yorum bulunmuyor

Orijinal gönderinin yorumları burada görünecek

Benzer Videolar

あのね 岸くんの歌聴きに来たのに 隣の人がずっと歌ってて一つも楽しくなかったって📮見た たぶんね KP育ちの人たちって ちょうどCORONAで声出しちゃいけないときに 育って来てるのかな? でもさぁ 何のためにライブあると思う? 同じ時間をいっしょに楽しむのよね あなたと あなたの大好きな人と あなたと同じ人たちを、好きな人たちとね 何のために紫耀くんが 「楽しむ準備出来てますか?」 って聞いてるの? その時無言で拍手するの? それこそハァ? じゃないの? INZMでもっと上もっと上 とかいっしょに歌ったら楽しくない? いっしょにするから盛り上がれるってことあると思う ライブ会場はあなたの家ではないから あなたの好きなようには出来ませんよね それはわかるよねずっと歌うのは確かに?????かもしれないけど 楽しくなかったって言っちゃったら あんなに隅々まで幸せにするってあんな高いとこで 怖いだろうに頑張ってくれてる3人が可哀想じゃない?600くらいいいねついてたけど、なぜ他人を自分の思いに邪魔だからって、へんなひとあつかいするのかな? あなたの気に入らない人の隣で可哀想だったけど、反対にあなたがしている事を隣の人が、📮にあげてたらどう思う? 嫌だったら隣の人に言ってみれば 私岸くんの歌聴きたいから少し聞かせてください! そう言ってもぜんぜんいいと思うよ こう言うの陰口っていうの そんなの嫌でしょ 嫌だったらちゃんと戦ってよ 相手だって大人なんだから分かるよ こう言うの好きじゃない って言う私も ワガママかなぁ?

manatyshow

326,258 görüntüleme • 1 yıl önce

明日で39歳になります。事故当時は32歳。月日が経ちました。 「妻と娘の命を無駄にしないために、誰かの命が守られるように活動を続けよう」と生きてきた。その一心で、走り続けてきた気がする。でも最近、ある葛藤に悩んていた。結局その根っこには、「誰かの役に立つことで、妻と娘の命を無駄にしていないと思いたい」という、自分が生きている実感を得たい気持ちがあったんじゃないかと。 妻と娘や、他者のためにやっているつもりで、実は自分のためなんじゃないか。そんな自分は卑しい人間なのではないかと。 最近は、そんな自分の心と正面から向き合い、悩んだ。活動に対するモチベーションをどこに向けていいのか分からなくなる瞬間もあった。 それでも今は、「自己中心的利他でいい。」そう思えるようになった。 活動をすることで、自分の心が少し楽になる。そして、その活動が結果的に誰かの役に立つのなら、それで十分じゃないかと。 心が楽になることで、妻と娘もきっと安心してくれる。2人とは会話は出来ないけど、生前のふたりならそう言ってくれそうな気がする。そんなふうに今は思っています。ふたりが笑顔で祝ってくれたあの日の動画を見ながら、そんなことを考えていました。↓↓続きがあります↓↓

池袋暴走事故遺族 松永拓也

9,424,487 görüntüleme • 9 ay önce

【応援してくれる皆へ】 本日つかさしはまた新たに誕生日を迎えましたm(__)m 今年も応援してくれる皆さんと共にこの日を迎えられたこと、心から感謝してます! 流石に歳を重ねることに抵抗を感じるようになってきたし、今後の自分の健康のことも心配になってきたのでこないだ健康診断に行ってみたんですが、ここ最近トレーニングを頑張ってるお陰なのか体内年齢と肌年齢が今より6歳も若く調子が良いという結果が出たのでまだまだ俺はやれそうです!笑 とはいえ先月発表した通り、つかさしは今月大きな節目を迎えます。 10月20日のラストワンマンライブで10年続けてきたライブ活動は休止となり、その分今まできなかったことや新たにやっていきたいこと、挑戦していきたいことを沢山やっていくつもりです。 どんな時も応援してくれる皆の存在が俺を励まし、導いてくれて、強い原動力を与えてくれました。 そんな皆への感謝をしっかりと形にすべく、どれだけ歳をとってもその分だけ成長し前に進む姿を見せていきたいなと思っています。そんな中きっと皆に甘えてしまうことも色々行き詰ったりすることもあると思うんですけど、たまには許してくださいm(__)m 俺はこれからも歌を沢山歌い続けるし、皆の救いになるようなものを沢山作っていくし、皆の励みになるようなものを沢山届けていくし、それがいつかきっと誰かにとって大きな原動力になることを願いながら、一生懸命活動に励んでいきたいと思います。 今日まで強い味方でいてくれて本当にありがとう!そしてこれからも強い味方でいてくださいm(__)m 俺はいつまでも皆の味方です。何よりも大事な存在です。何があっても俺は皆からは離れません。 どんなに年老いても皆がいる限りつかさしはつかさしで在り続けられます。 これからもそんな俺をよろしくお願いします!m(__)m

つかさし

22,286 görüntüleme • 1 yıl önce

【上野駅前生音路上のワケ、 昔に結んだ約束の話】 今から約2年前、私は1度新宿駅で路上ライブをした事がある。 その時は当たり前のようにアンプを使い、約1時間半ほど歌わせてもらった。 路上を終えて群馬に帰った頃、 路上ライブをした!という旨をポストした投稿に1件のリプライが届いた。 『許可のない路上ライブは違法行為です。迷惑です。』 心臓がどきりと跳ねて、こめかみの辺りがずぅんと重くなるのを感じた。 もちろん許可のない路上ライブが道路交通法違反であることは知っていた。(ほんとにごめんなさい。) 当時、私なりに通行の妨げにならないように最大限配慮していたし、警察の方や通行人に注意されたら直ぐ止めようと考えていた。 その直後、私はこの考えがとてつもなく浅はかであったということを知る。 そのリプを送ってきた人のプロフィール欄を開く。 自己紹介の欄に、同じく許可のない路上ライブに注意喚起をする旨が記載されていた。 その後に、「理由は私の固定ポストを読んでください」と書いてあった。 流れるように、その固定ポストをタップする。 どうやらその人(分かりやすいように今度Aさんとしておく)は、耳の聞こえが悪く、普段は補聴器を使っているらしい。そして普段仕事の関係で新宿駅をよく使うようだ。 そんな中、路上ライブでのアンプからの大きな音が不意に鳴ると、とても高価な補聴器が最悪壊れてしまうんです、と書いてあった。 だからといって仕方なく補聴器のレベルを下げる、もしくは外すとなると、聴覚障害者用の信号機の音や、後ろからやってくる自転車、自動車に気付けないのでかなり危険になる、と。 なるほど、たしかに。。 自分では全くもって想像していなかった世界の話。 この瞬間に自分の行いがとても恥ずかしく、より傲慢に思えた。 何かに突き動かされたように、私は初期衝動でAさんにDMを送った(めっちゃ驚かれた) 「固定ツイート読ませて頂きました。自分の想像力の足りなさが恥ずかしいです」と。 その後、Aさんと色々な話をした。 なんなら許可のとれる路上ライブスポットを教えてくれたりと、とても優しい人だった。 その中でAさんは言っていた。 「私、音楽好きなんです。」 何故か、衝撃的だった 「好きなアーティストのライブにも行くし、その時は補聴器のレベルを調節してちゃんと音楽を楽しめるんです」 素敵な話と反比例するように、 とても悲しくなった。 高校時代の恩師が言っていた 『音楽がなぜ素晴らしいかと言えば、 音楽は誰のことも傷付けないからだ。』 私はもしかしたら、私の大好きな音楽で、同じように音楽を愛する誰かを傷付けてしまったのかもしれないと思った。 この時、Aさんと約束をしたのだ。 二度とアンプを使って無許可で路上ライブをしないと。 ・ ・ そうして数年たち、今に至る。 現状、ワンマンの集客が芳しくない。 どうにかしてこの状況を打破したい。 正直、めっちゃ必死である。(また語彙力飛んでったわ🪽) そうだ!路上ライブをしよう! …いやまてよ、Aさんと分かり合い、約束を交わしたではないか、、 いや、、それでも、、、、! と葛藤した結果、生音で上野駅前で路上ライブをするという決断に至ったわけである。 めっちゃグレーです。すみません。 ほんとに私のエゴです。すみません。 でも諦めきれなかった ほんのちょっとでも可能性を信じて行動したかった。(←これをエゴという。すみません。) 実際、生音で歌っていたことで警察を呼ばれたり、止められたりすることは無かった。 だからといって褒められたことではないし、昨日書いたセッティングしている時の恥ずかしさ、というのはきっと、悪いことだと分かっているのにそれをしてしまっている己を恥じていたのだと思う。 やましい気持ちがあったのだ。 今まで何度もアンプを使って都内で路上ライブをしようと思い立ったことがあったが、その度にAさんのことを思い出した。 今の私を見たら、Aさんはなんというのだろうか、、 DMでやり取りをした後、私は戒めとしてAさんのXアカウントをフォローした。 Aさんは、 「私のことフォローしない方がいいですよ。私のことを疎ましく思っているシンガーも実際いるので。」 私のことを気遣ってくれて、 ここでもまた悲しくなった。

アイカワヒトミ⚡️11.1(土)浅草Gold Sounds生誕記念&レコ発ワンマン⚡️

14,561 görüntüleme • 9 ay önce

「プログラマーの叫び」 1991年にアイレムから発売された「GALLOP」っていうゲーム、覚えてる人いますか? これはその「GALLOP」のタイトル演出についてのお話です。 丸い玉がたくさん飛んできてGALLOPという文字になっていくという、その演出、おそらく私が何かのアニメで見たアイデアを拝借したものでしょう。私は16✕16ドットの丸いOBJを一つ描いて簡単な仕様書を書いただけ。あとは、天才プログラマーの安藤くん(安藤健二)にすべてお任せしました。 自称「どんな願いも叶える魔法使い」の安藤くんにかかれば、これくらいのものは一瞬で作ってしまいます。タイトル演出を実装すると、ギャラリーが集まり、「さすがakioさんだ!」「やっぱりakioさんってすごいな!」と称賛の声が飛び交います。遠くで聞こえる褒め言葉を聞いて私がニヤニヤしていると、安藤くんが突然ギャラリーに駆け寄り、フルボリュームで叫びます「akioさんは丸一個描いただけや!これを作ったのは俺やぞ!」顔は笑ってますが、口調は激オコです。 ギャラリーが散り散りに逃げていくと、安藤くんは頭をボリボリ掻きむしりながら席に戻ります。まるで産卵床を守る凶暴な魚のよう。『GALLOP』の筐体と自分の席を行ったり来たり、忙しくて仕事が手につきません。今日の仕事は、"真の功労者は自分である"と近づく者を説き伏せる事です。 こういう感じで綺羅びやかなゲーム画面を見ると企画マンやドッターが目立ってしまう事が多々あるんですが、真の功労者はプログラマーであることが少なくありません。声に出して「俺だ!」と叫べるプログラマーは良いですが、声が小さいプログラマーにも、ちゃんと光を当て感謝しなければいけませんね。 ちなみに、メタルスラッグがゲームとして成り立っているのも、安藤くんが並々ならぬ努力で処理落ちと戦ってくれたり、モーデン軍のザコ兵に魚ほどの脳みそに変わるプログラムを組んでくれたお陰なんです。そんな安藤くんは更なる高みを目指し「3Dがやりたい」と言い残して、我々の前から姿を消しました。 あなたの近くに「魔法使い」と称する天才プログラマーがいたら、それはひょっとしたらWIZARD Andyかもしれませんよ。

akio

226,838 görüntüleme • 1 yıl önce

【あるものを断定的に否定するのは非常に難しいという話】 なんとなく普段思ってることなので長くて申し訳ないんですが少し語らせてください。 筋肉の世界ではサプリやトレーニングの方法論について色んな人が意見を述べています。中には過激に「Aは無意味!」と断言する人もいます。しかしここで少し冷静に考えて欲しいのです。サプリでもトレ方法でもなんでも良いですが、あるものを断定的に否定するのはとても難しいものなのです。 あるものを仮にAとし「Aは全く効果がない!」と誰かが断言するとします。しかしそれはやや強引過ぎると言わざるを得ません。ある一つの実験などでAの効果が否定されたとしても、Aの効果が全くないと断言は出来ないのです。なぜならば、その一つの実験でAに効果がなかったとしても、条件を変えた他の実験では効果が認められたり事が往々にしてあるからです。 ある実験で効果が認められた!も ある実験で効果に優位差がなかった!も それは判断材料の一つにしか過ぎず、あくまでその条件下でその結果が出たに過ぎないということです。 どんな人が?どのくらいの量で?期間は?タイミングは?条件が変われば効果が変わる可能性は常にあります。ある一つの条件で効果がなかったとしても、別の条件で(ありとあらゆる条件のもとで!)効果が出ないことを断言するのは相当に難しいです。ある人たちにはすごく有効かもしれない。 例えばサプリと筋肉量の増大の関係なんかで言えば ・使用した人は充分な量を取っていたのか ・期間は短くなかったか ・他で沢山栄養をとっていたからそれ以上増やしても意味がないからサプリの効果が出なかったのではないか ・トレーニング熟達者でそれ以上筋肉量が増える余地がないから効果が少なかったのではないか ・そもそもサプリと併用しておこなったトレーニングの質に問題はなかったのか ・筋肥大の遺伝子による個人差が考慮に入っているか 、、、などなど沢山要素があります。同じ人だって増量か減量か、初心者かエキスパートか、トレーニングはしっかりやってたかそうでもなかったかで、筋肉の成長って全然違いますよね。そんなような変数だらけの中で一つの要素であるサプリに効果があるとかないとか断言することはとても難しいというわけです。 「AというサプリはBという条件下ではどうやら意味はあまりなさそうだ」というのならわかります。「Aというサプリは意味がない!」だと少し思慮が浅いかなと思います。 例としてサプリを挙げましたが、どちらかというとトレーニング方法をイメージしてまして、、、追い込むのはダメ!とか、高重量は無意味!とかの話もそう。そんなに簡単に断言なんて出来ません(ちなみにぼくは追い込むのも高重量も超有効だと思ってます)。 逆に言えば沢山のエビデンスに基づいて否定されてることは、かなりの確率で効果がないということにはなると思います(そう言ったものでも革新的な結果が突然出てきて覆されることもあるでしょうが)。 ちょっと皮肉を言うとIQの低い人は断定的な物言いを好み、IQの高い人は断定的な物言いを嫌うと言う話があります。深く考えれば自然とそうなると思います。 何が正しいか判断が難しい場面に差し掛かった時でも、安易に誰かが言った根拠の乏しい言説を盲信せず、どちらがよりベターかを多角的に判断していきたいものです。そうすることで失敗が減り、効率が上がり、結果が出やすくなってくると思います。

ヒサーノ@筋肉の人

171,761 görüntüleme • 2 yıl önce