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Utsuwa By NIGO®︎ NIGO®︎と学ぶ うつわの教科書 NIGO®︎の陶芸とコレクションから学ぶ、 茶碗の基礎知識、窯元、陶芸家、名碗図鑑! ヴィンテージのウェア、家具、トイなど、様々な趣味をたしなんできたNIGO®︎さんが、近年ご執心なのは、なんとうつわでした!? 2015年に作陶を本格的に始め、名碗を集めていく中で出会ったのが、「東の魯山人、西の半泥子」と称された実業家で陶芸家の川喜田半泥子でした。 近代陶芸に大きな足跡を残した半泥子に私淑するNIGO®︎さんは、 師と同様に土を取り寄せてはろくろをまわし、各地の窯元に足繁く通っては、 井戸茶碗から、萩焼、唐津焼、黄瀬戸、志野、伊賀、そして樂茶碗まで、 幅広いスタイルの茶碗を作陶しています。 そこで、NIGO®︎さんの陶芸や収集した近代から現代までの名碗コレクションを通じて うつわの基本とその奥深い世界を学びましょう。 #casabrutus

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【10/5追悼と抗議のキャンドルナイトのスピーチ】私は神戸で3年間、パレスチナへの暴力に反対するスタンディングを主催してきました。疋田香澄と申します。3年前に1歳半の子どもとプラカードを抱いて、パレスチナについて知らせるチラシを配り始めました。現在子どもは4歳になりましたが、ジェノサイドは終わっていません。そしてこの3年間で子どもはチラシを配るのが大好きになりました。 スタンディングでもチラシを配りたがり、通行人の方がチラシを受け取らないと「どうして誰ももらってくれないの?」と悲しそうに尋ねてきます。 「どうしてもらってくれないの?」そう聞かれると、私は「みんな忙しくて、遠くのパレスチナのことを考えている時間はないのかな」と答えます。 皆さん、今日は日曜の貴重な時間に一緒にイスラエルに殺された方々を追悼し、ジェノサイドに抗議して下さってありがとうございます。 今年5月には、スタンディングでパレスチナカラーのこいのぼりを200本配りました。くるくる回るかざぐるま付き。普段はチラシを受け取ってくれない層の方々も受け取ってくれました。うちの子どもも満足そうでした。 そしてスタンディングの帰り道に、うちの子どもが「かわいいシールを買ってほしい」と言いました。ぷくぷくシールを買って渡すと、子どもは公園のベンチに座りました。それからチラシに丁寧にぷくぷくシールを貼り始めました。 私が「何してるの?」と尋ねると「チラシをかわいくしてるの。そしたら皆もらってくれるでしょ?」と子どもは答えました。 「チラシはもらってもらえない、こいのぼりはもらってもらえる」という事実から子どもが導き出したのは、「チラシもかわいくすればもらってもらえる」ということでした。私は思わずふふふっと笑いました。 すると彼女が悲しそうにこう言いました。 「なんで笑うの?」 「だってママもチラシをもらってほしいでしょ?なんで笑うの?」 そう突きつけられると、なんで私は笑ったんだろうと思いました。 この子のかわいらしさに心を打たれたのか。 なんで私はこの子のひたむきさを笑うんだろう。 この子なりに考えて行動する姿をなんで笑うんだろう。 なんで笑うんだろう。 自分はどこかで諦めているのだろうか。 パレスチナのことだけではなく、戦争も差別も政治の問題も「自分の手に負えない」と、自分を静かに笑っているのだろうか。 そんなことに気づきました。 実際に私の手には負えないと感じられることばかりです。 去年の追悼イベントからスタンディングのたびに少しずつ犠牲者のお名前を読みつづけても、まだ0歳のお子さんの途中までしかいきませんでした。 今日配った犠牲者のお名前シールも、本当は7万人以上、全員分作るつもりでした。しかし作業を始めてみて「全然作れない。作ったとしてもお名前を読み切れない」とショックを受けました。 結局今日は、1歳の方の分までしか準備していません。作業のために犠牲者リストのPDFをエクセルに変換するとすごくすごく重くて。7万人以上のお名前が書いた列。パソコンが何度も止まってしまう量でした。 そんなに沢山の方がイスラエルによって殺されたことが、私はただただ悲しかった。 翻訳しながらいろんなお名前があるんだなと思って、ただただその重みを感じました。 きっとその人が生まれたときに嬉しくて、誰かがつけた名前なんだろうと。誰かが愛情をこめて呼んだ名前なんだろうと。 私はこれからは、自分を笑ったり、冷やかして笑ったり、あざけって笑ったり、目をそらして笑ったりせず、ただ重みを、重みとして感じていきたいと思いました。 子どもが殺されて悲しい。 大人が殺されて悲しい。 今日はその重みを一緒に感じてくださって、ありがとうございました。 これからもその重みが軽くなることはないでしょう。 けれど、みんなでその重みや悲しみを分け合うことはできる。 パレスチナが解放されるまで、一緒にパレスチナについて語りつづけましょう。 お名前を呼びつづけましょう。 ご清聴ありがとうございました。 疋田香澄 #freepalestine #freeGaza #神戸からパレスチナでのジェノサイドに抗う

疋田香澄(ひきたかすみ)

14,515 Aufrufe • vor 1 Monat

私は家庭連合の二世として歩んでいます。私の両親が伝道され、その二世である私が今、家庭連合の教えを引き継いで歩んでいます。その二世として歩む中で、いろいろな葛藤がたくさんありました。信仰を持っている親のもとに生まれながらも神様を不信してしまったり、「なぜ毎週、毎日のように教会に行くのだろう」と批判的なイメージを持つこともありました。 それでも私が家庭連合に通い続けた理由は、ここにいる一世の皆さん、そして二世の皆さんがいたからです。二世として生活しながら、この教会に対して恥ずかしさやマイナスなイメージを持っていましたし、自信もなく、それを人に言うことも嫌でした。ですが、そんな自信のない私に対して、この教会の人たちはいつも温かく、優しく接してくれました。 まず「あなたがいてくれてありがとう」と言ってくれ、私の良いところをたくさん言葉でも実体でも表現してくれました。その実体が本当に嬉しくて、私自身もこの教会で歩んでいることに感謝するようになりました。一世の方も二世の方も、「自分より他の人のために生きる」という教えを持ち、それを生活の中で実践しているのだと感じました。 自信をなくし「このまま生きていて良いのか」と落ち込んだ時も、「生きてくれてありがとう」「生まれてくれてありがとう」と会うたびに言ってくれました。それが、この教会はなくてはならない存在だと感じさせてくれました。 また、両親も家で「為に生きる」を実践しており、その姿を見ながら「本当にこの人たちは愛を持って、信仰を持って幸せに生きているんだな」と感じました。そして私自身も、このたっぷり受けた愛を今度は他の人に与えていきたいと思い、今こうして歩んでいます。信仰がなくても、もちろん愛を返せるし生きていけます。ですがこの信仰によって私の人生はさらにキラキラと輝きました。 #NABI #家庭連合 #統一教会

東北N.A.B.I🦋

12,697 Aufrufe • vor 11 Monaten

ハンカチ用意 😭 ソニーから最後のお別れメッセージです… スパーズファンの皆さん… 本当に、これは僕が下した最も辛い決断の一つでした。スパーズという家族を離れること。 そして、言ったように、永遠なんてない。でも、僕はすべてを捧げました。 すごく驚かれると思います。とても奇妙に聞こえるかもしれません。 でも、すべてを捧げたからこそ、新しい章が必要だと感じているんです。だから、これは僕がこれまでに下した決断の中で、最も辛い一つでした。だから、どうか落胆しないでください。 ピッチで皆さんに会えなくなるのは、僕の方が寂しいです。僕はいつも皆さんの歴史に残るでしょう。そして、スパーズはいつも僕の心の中に、僕の家族の中にいるでしょう。 子供の頃、僕は皆さんの中で成長しました。そして今、成長した僕が皆さんを離れます。でも、いつも良いタイミングというものがあります。僕はいつも、皆が僕のことを誇りに思える、幸せな瞬間を思い出せる、完璧な形で去りたかった。 ええ、今が別れを告げるのにふさわしい時です。本当に、皆さんが大好きです。10年間という素晴らしい、素晴らしいサポートをありがとう。10年って、長いですよね? でも、たくさんのゴールとたくさんの良い思い出も作れました。だから忘れないでください、これは僕にとって最も辛い決断の一つだったということを。 スパーズのユニフォームを着ることは、本当に大きな名誉でした。皆さんのためにプレーできたことは、本当に大きな名誉でした。 そして、すぐにまた会えることを願っています。そして、最高の幸運を。チャンピオンズリーグ、プレミアリーグ、FAカップ、すべての大会で優勝することを願っています。 すぐにまた会いましょう。今はみんな泣いているけれど、次に会う時は、みんなが笑顔でいることを願っています。10年間の素晴らしいサポート、本当にありがとう。カモン・ユー・スパーズ! #SpursJP

Tottenham Hotspur

66,392 Aufrufe • vor 1 Jahr

ある農夫が死んだ豚を井戸の底に投げ込みました🐀 匂いを嗅ぎつけた70匹のドブネズミたちが次々と飛び込んでいきます 。 目の前には食べきれないほどの肉、まさに楽園のような光景が広がっていました、 でも肉を食べ尽くした瞬間、恐ろしい現実に気づくんです 夢中になっている間に井戸の蓋は閉められていて、自力ではもう外に出られません。 ここから井戸は楽園から地獄に変わっていきます。 空腹に耐えられなくなったネズミたちは、生き残るために互いに牙を剥き始め、共食いが始まりました。 そして最後に残ったのは、目を真っ赤に染めたたった1匹だけ。 そのタイミングで農夫は井戸の蓋を開けて、ロープを下ろしてその1匹を引き上げ、畑に戻したんです。 同情したわけじゃありません 共食いの味を覚えたそのネズミは、もう二度と穀物を食べず、他のネズミを狩る存在になることを農夫は知っていたんです😨 農夫は自分の手を汚さずに、ネズミ同士が争い続ける仕組みを作り上げていました。 これは人間社会にも重なる話です。 出口があることすら忘れて、隣の人と競うことが人生の目的になってしまう、いわゆるラットレースという現象そのものなんです。 大事なのは小さな井戸の中で無駄な争いに勝つことじゃなくて、井戸そのものから出られる力を身につけることなのかもしれません。 誰にも奪われない知恵や思考、スキルを持つ人だけが、自分の立ち位置を変えられるんです。 本当に怖いのは井戸があることじゃなくて、井戸の中しか世界がないと思い込んでしまうことなのかもしれません。 日本のある「偉大な」政治家がかつて言いました。 腐ったリンゴを樽の中に戻すと樽の中の自民党は全部腐りますと。 One bad apple spoils the barrel. 正しくその通り。

トッポ

423,730 Aufrufe • vor 2 Monaten

突然ですが…新たな祭りを企画してしまいました。 その名も… #Xで元気になれる祭り 参加者は「X」のタイムラインにいる人、全員。 もちろん、あなたにも参加してほしい。 そう…全員参加型、全員が主役になれるお祭りイベントです!!! 2023年10月11日は、わたしの2冊目の著書「40代 X コミュニティ」の発売日。 10月11日発売書籍「40代 X コミュニティ」 この本では、「X」を使って人生を大きく変える方法をわたしの実例をもとに、具体的に詳細まで解説しています。 わたしの本に限らず、世の中には「人生を大きく変える」ための様々なノウハウを得られる情報が多数あり、いまでは簡単に手に入れることができます。 しかし、みなさんもご存知の通り、実際に変わることができるのはわずかな人しかいません。 それは、なぜか? 夢や目標を叶えるには、「本気」にならないといけません。 本気になって、ゴールに辿り着くための「正しい方法」を「継続」しなければなりません。 ここで、大きな問題があります。 本気になるには「元気」である必要があります。 心身ともに元気がない状態では、何も頑張れませんよね。 そう…元気じゃない人が多すぎる。 目の前にある様々なことに忙殺されて、へろへろになり、思考停止状態でただ日々を消化している…… そんな人が多すぎるのです。 わたしは以前、なんと20年間もそんな生活を続けていました。 そんなわたしを救ってくれたのが「コミュニティ」でした。 その詳細は2冊目の著書「40代 X コミュニティ」に書き記しました。 さて、本題です。 最初にわたしを救ってくれたのは「X」という名の大きなコミュニティでした。 2023年10月11日、「X」のタイムラインを使って、元気になれる祭りを開催します。 ↓詳しくは↓

いれぶん

182,761 Aufrufe • vor 3 Jahren

【沖縄県知事候補、古謝げんたです。】 この8年で、皆さんの暮らしは、良くなったでしょうか。 県民の皆さまは、今の暮らしに満足していますでしょうか? 物価は上がっている。 でも、なかなか所得は上がらない。 働いても、働いても、暮らしがラクにならない。節約は、もうじゅうぶん頑張った。 給料日前の通帳を見て、ため息をつく。 そんな毎日が、沖縄の「当たり前」になっていないでしょうか。 子育てや教育、交通、医療、福祉。 もっと良くしてほしい。もっと暮らしやすい沖縄にしてほしい。 そんな声を、私は41市町村をまわる中で、たくさん聞いてきました。 そして、こんな声も聞きました。 「政治に期待しても、どうせ変わらない」と。その諦めこそ、私が一番変えたいものです。 頑張っているのは、県民の皆さんです。 足りていないのは、政治の実行力です。 私は、この沖縄をもっと豊かにしたい。 子どもたちが、自分の未来を自由に選べる島にしたい。 この島で夢をかなえたい人は、この島で挑戦できる。 県外へ学びに出ても、「沖縄に帰りたい」と思ったときには、安心して帰ってこられる。 そんな希望のある沖縄を、必ずつくります。 暮らしを豊かにし、経済を強くする。 教育も福祉も、国としっかり連携しながら、スピード感を持って、着実に前へ進めます。 沖縄には、まだまだ大きな可能性があります。必要なのは、その可能性を信じ、実行するリーダーです。 今こそ、沖縄を前に! その一歩を、皆さんと一緒に踏み出したい。 どうか皆さんの一票を、古謝げんたに託してください。 よろしくお願いいたします! #古謝げんた #沖縄県知事選 #沖縄を前に

古謝玄太(沖縄県知事)

3,992,087 Aufrufe • vor 2 Monaten

「仕事がなくなる」よりも深いのは「意味がなくなる」恐れだ。産業化は生産を工業化しただけでなく、アイデンティティまで工業化した。「何をしているの?」が「あなたは誰?」になった世界で、AIがタスクを肩代わりし始めれば、次に崩れるのは自己像そのものかもしれない。 アクラム・アワド「AIは私たちを無用にしてしまうのでしょうか? もし働かないなら、私たちは誰なのでしょうか? もし生み出さないなら、私はまだ意味があるのでしょうか? 何世紀にもわたって、私たちは自分のアイデンティティや価値を『何をしているか』に結びつけてきました。農家、工場労働者、コーダー、コンサルタント——仕事と職は、現代の社会における秩序と定義の原理になりました。 ですが、いつもそうだったわけではありません。産業革命の前は、私たちのアイデンティティは信仰や家族や共同体から来ていました。仕事は人生の一部でしたが、それ自体が人生の定義ではありませんでした。そこに工業化がやって来て、私たちは生産だけでなく、アイデンティティまでも工業化しました。『何をしているの?』は『あなたは誰?』の言い換えになったのです。 そして今日のAIは、そのモデルを完全に解体しつつあります。AIはあらゆるタスクを自動化しています。製造や物流、デザイン、顧客対応、さらには創造的な仕事にまで。いまのAIは曲を作り、コードを設計し、本を挿絵化し、そしてそれ以上のこともできます。実際、世界経済フォーラムは、2025年までにAIが人間より多くのタスクを行い、何億という雇用が危険にさらされると予測しています。 ですが、これは仕事だけの話ではありません。意味の話です。尊厳の話です。かつて私たちに価値を与えていたただ一つのものが、時代遅れになったときに何が起きるのか、という話です。そして注意しなければ、私たちは大恐慌に向かうかもしれません。ですが今回は、所得の大恐慌ではなく、アイデンティティの大恐慌です」

Tsubame

93,869 Aufrufe • vor 10 Monaten

【古謝げんたです】 この8年で、皆さんの暮らしは、良くなったでしょうか。 県民の皆さまは、今の暮らしに満足していますでしょうか? 物価は上がっている。 でも、なかなか所得は上がらない。 働いても、働いても、暮らしがラクにならない。 節約は、もうじゅうぶん頑張った。 給料日前の通帳を見て、ため息をつく。 そんな毎日が、沖縄の「当たり前」になっていないでしょうか。 子育てや教育、交通、医療、福祉。 もっと良くしてほしい。もっと暮らしやすい沖縄にしてほしい。 そんな声を、私は41市町村をまわる中で、たくさん聞いてきました。 そして、こんな声も聞きました。 「政治に期待しても、どうせ変わらない」と。 その諦めこそ、私が一番変えたいものです。 頑張っているのは、県民の皆さんです。 足りていないのは、政治の実行力です。 私は、この沖縄をもっと豊かにしたい。 子どもたちが、自分の未来を自由に選べる島にしたい。 この島で夢をかなえたい人は、この島で挑戦できる。 県外へ学びに出ても、「沖縄に帰りたい」と思ったときには、安心して帰ってこられる。 そんな希望のある沖縄を、必ずつくります。 暮らしを豊かにし、経済を強くする。 教育も福祉も、国としっかり連携しながら、 スピード感を持って、着実に前へ進めます。 沖縄には、まだまだ大きな可能性があります。 必要なのは、その可能性を信じ、実行するリーダーです。 今こそ、沖縄を前に! その一歩を、皆さんと一緒に踏み出したい。 どうか皆さんの一票を、古謝げんたに託してください。 よろしくお願いいたします! #古謝げんた #沖縄県知事選 #沖縄を前に

古謝玄太(沖縄県知事)

566,502 Aufrufe • vor 2 Monaten

お金の部分に関しては、堀さんの名誉の為にお伝えしておくと、堀さんはDMで何度も返金しますと言ってくれてます。 ただ、僕は堀さんから一切お金を受け取るつもりがないので、口座情報を聞かれてもお伝えしていません。 理由としては、1つ目にスマートリングはあくまで僕が買いたいと思い、勝手に買ったものなので、その結果がどうなろうと堀さんからお金を受け取る理由がなく、納得して払ったお金なので一切返して欲しいという気持ちがないからです。 ただ、すぐに返金できるお金が手元にあるだけでなく、ライブ配信で色をつけて返すという発言をしていて、「そんな金あるなら最初から自分で買えよ!」とは思いましたが笑 (ちなみに、DMでは色をつけて返すとは一度も言われてません) 2つ目は、堀さんがDMで「海空さんに失礼をしたこと、勘違いによるものを公開します。」と 誤解を解いてくださると言ってくれたので、それを信じてDMでやりとりをしていたのですが、それをしてくれなかったことや 「改めて見返したら自分が伝えたかったことと真逆の文章を送ってしまっていた」と僕には到底理解できないことを後で言い出したりして、堀さんの言葉が全く信用ならなくなったのと ライブ配信では、事実を曲げて僕のことを悪く言ったりしてるのも聞いてるので、仮に返金してもらおうものなら、「海空さんに返金をしつこく迫られた」「脅された」みたいなことを広められる可能性もあると考えたため 以上2つの理由から、堀さんにお金を返してもらいたいという思いは今も一切ありません。

海空ちゅうと

717,847 Aufrufe • vor 2 Monaten

1万4000人が参加した #憲法大行動1103 での玉城デニーさんのスピーチです。 皆さん、こんにちは。沖縄県民の玉城デニーです。故郷沖縄と連帯をして、このように多くの方々が声を上げ続ける活動をしていただいていること、そして今日は特に憲法についてみんなで考え、憲法を尊重していくことを改めてみんなで力強く進めていくこと。これを私たちも今日しっかりこの会場で共有させていただきたいと思います。 1972年、27年間の米軍の施政権の中で、沖縄県民は日本国憲法の平和に戻るということを強く強く求め、その平和祖国復帰を実現させました。しかし、その祖国復帰1972年以降も、米軍基地の多くが沖縄にそのまま残されてしまい、1995年の米兵による少女暴行事件、96年のSACO最終報告(※沖縄に関する特別行動委員会の報告で普天間基地等の返還が盛り込まれたもの)、それから30年経っても米軍基地の返還は遅々として進んでおりません。 だからこそ、私たちは主権者として、国民として、しっかりと声を上げること、憲法を守るというその思いを連携させることが一番大事です。ぜひ私たちはその思いを沖縄と一緒に皆さんと共につくっていくために、大きな大きな力を貸していただきたいと思います。よろしくお願いいたします。 会場にもたくさんの沖縄出身者の方々がいらっしゃいました。「デニーさん、これからも一緒に頑張ろうね」と声をかけていただきました。ふるさとを離れても、みんながその思いを一つにし、大切なものを壊させない。そのためにそれぞれの地域で頑張っているということを、今日もここでこれだけ多くの皆さんが確かめ合っていただいています。本当にありがとうございます。 非核三原則が見直されようとしている。沖縄はかつて1300発余りの核弾頭が保存されていたと言われています。そして今、弾薬庫にも核弾頭がないとは言えない。なぜなら、それを日本国民が立ち入って調査をすることができないからです。そういうことを考えると、堂々と非核三原則が見直されてしまった場合に、それは再び日本に、沖縄に、戦争の恐怖を持ち込んでくることにほかなりません。 閣議決定で何でも決めてしまっている。そういう政権は、国民の声を聞いていない。国会ですら議論していない。そういう私たちの主権者たる思いを国会にしっかりと届けていただき、国会でも議論をしていただき、そしてさらに多くの地域からの声をぜひこの東京で、国会議事堂で、ど真ん中で堂々と主張し続けていこうではありませんか。沖縄は、その思いを皆さんと一緒に大切にしています。ぜひ戦争をさせない、戦争するきっかけを作らない、一つのきっかけが生まれてしまったら、歯止めがきかなくなってしまう。そのことも皆さんはもう世界の情勢を見てよくわかっていると思います。若い人たちの時代だからこそ、若い人たちが声を上げて戦争は絶対にさせないという、その思いを、日本国憲法をもとに改めてこの大きな声に一つにしていきましょう。 We hate War! 戦争反対! この声を、思いを、これからもつなげていきましょう。 (※文責=井上伸)

井上伸@雑誌KOKKO

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2026/10/14 ジフン トレマ撮影時の体調不良について 🐶あのとき、どうしてあんなに体調が悪そうだったのかって? あのときは体調が… あ、何だっけ。公開された第1回の撮影のときですね。 たぶん、あのときだったと思います。 僕とハルトが「伝道師」に出演した翌日だったんですよ。 その撮影が終わったあとも、本当に体調が悪かったんです。 それで翌朝、いつものように出勤したんですけど、会社に着いてから少し息苦しくなって、体調があまりよくなくて。 メイクをしてもらっている途中で「これは無理だ」と思ったんです。その日は顔色もすごく悪かったので。 それで病院に行きました。 病院では血液検査をはじめ、いろいろな検査をたくさん受けました。 検査が終わって、会社からは「撮影は休みなさい。トレマには参加しない方がいい」と言われたんです。 それで、「今日のトレマは何をするんですか?」って聞いたら、 「どこかに行って、ただ休むだけ」って言われたんです。 だから、「あまり動かなくてもいいんですか?」って聞いたら、そうだと言うので。 それなら参加しようと思って。 「とりあえずやってみます。でも、どうしても無理そうだったら途中で帰ります」と伝えました。 というのも、僕がその週のトレマの撮影を休んでしまったら、トレマって毎週公開されるわけじゃないじゃないですか。 公開まで間が空いてしまうでしょう。 だから、できることなら参加した方がいいんじゃないかと思ったんです。 皆さんも、次のエピソードまで2週間待つこともあれば、3週間待つこともあるじゃないですか。 そんなふうに待ってくれているのに、僕が体調を崩して撮影できなかったからといって、事前にお知らせが出るわけでもないですし。 だからマネージャーさんにも、「わかりました。やります。でも、途中で無理そうだったら、そのときは続けられないと言います」と伝えました。 トレマの制作スタッフの方々も、マネージャーさんたちも、撮影中ずっと本当に気遣ってくれました。 それで、バスに乗っている間も撮影すると言われたんです。 だから撮影中は何とか目を開けていて。 撮影が終わってもカメラは回っていたんですけど、「楽に休んでいていいよ」と言ってもらえたので。 薬を飲んで、車の中ですぐに寝ました。 メンバーたちも起こさずにいてくれたので、少し眠ることができて。 それで起きたら、その日は天気もすごく暑くて。 あまりにも暑かったので、めまいがひどかったんです。 だから、たぶんあのときは本当にコンディションが悪かったと思います。 自分なりに表情には出さないようにしていたつもりだったんですけどね。 隠そうとはしていたんですけど、それでもやっぱり、どうしても少し表に出てしまったみたいで。 そこはちょっと申し訳ないです。 僕も自分なりに頑張ったつもりだったんですけど、そこはうまくできなかったですね。 それから、渓谷での水遊びも。 僕は採血をして、ここに注射針の跡があったんですよ、皆さん。 だから、渓谷の水に入るのはよくないんです。細菌などに感染する可能性があるので。 それで、僕以外のみんなが水遊びをする雰囲気だったので、「ひとりで何をしよう?」と思ったんです。 正直、あのときは「ひとりで何をしよう? もう帰ろうかな?」って考えていました。 その瞬間は、本当に帰ろうかなと思ったんですけど。 でも、僕が途中で抜けてしまったら、オープニングも全部撮り終わっているのに、映像がうまくつながらなくなるじゃないですか。 だから、「ひとりで何ができるかな、何ができるかな」って考えて。 ちょうど昼に薬を飲まなきゃいけなかったし、薬の数も多くて、空腹のまま飲むわけにはいかなかったので。 それなら、少しだけでもお肉を焼いて食べようと思ったんです。 それで、ついでにお肉を焼いて食べていたんですよ。 まあ、そんな感じでした。 あの週は特に体調が悪かった気がします。 鼻血もすごくよく出ていて、鼻血が出るとなかなか止まらないんですよ。 だから、あの週は特にそんな状態でした。そうだったと思います。 でも、そういうことはあまり心配しないでください。 今はもう大丈夫なので、ただ楽しく見てもらえたらうれしいです。 僕も一生懸命頑張りました。 (意訳です、間違えてたらすみません) ジフン、そんな体調だったのに最善を尽くしてくれてありがとう。

nina

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ある編み手さんがこんな話をしてくれました。「私が子どものころは、このあたりでは、家で1匹か2匹、羊を飼っていたんです。春先になると毛刈り職人がハサミをもって集落の家をまわり、羊の毛を刈ってくれます。その羊毛を紡いだ糸を、あとで持ってきてくれるんです。毎年、その糸でなにをつくるか家族で相談するのが楽しみでした。今年は子どもたちのセーターを編もうか、お父さんのコートをつくろうかってね」 調べてみると、岩手から宮城県北部にかけての地域は、かつて政府により牧羊が奨励されていた歴史があるようです。戦争が起きたときに北方に向かう兵士さんの防寒着をつくれるように、ウールを国内でつくることを目指したのだそうです。 戦争が終わってからも、農家さんたちを中心に羊を飼う文化は続いていったようです。 そうそう、また別の編み手は、こんな話をしてくれました。「むかしは、どこかの家に赤ちゃんが生まれると、お祝いに、桐箱に入れた毛糸を贈ったんですよ。ピンクや水色の、淡い色のやわらかい毛糸。その毛糸で、赤ちゃんのために好きな洋服を編んでねと、そういう気持ちで贈ったんだね」 北方に行く兵隊さんのために羊を飼うことになったこの地域の人たちは、平和な時代になってからも、羊を飼い、その毛糸で、たいせつな家族のための服を編むようになっていったのですね。

気仙沼ニッティング

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