Video wird geladen...

Video konnte nicht geladen werden

Zur Startseite

◤ ̄ ̄ YOASOBI 「群青」 を生む きっかけとなった傑作映画化! __◢ 「好きなものを、好きだと言う 本当の自分、出会えた気がした」 情熱だけを武器に、天才たちに挑め! \この夏、いちばん熱く泣ける!/ 『#映画ブルーピリオド』大ヒット上映中🎨

321,819 Aufrufe • vor 2 Jahren •via X (Twitter)

1 Kommentare

Profilbild von RYO.S
RYO.Svor 2 Jahren

実写はいらん

Ähnliche Videos

相米慎二「『ションベン・ライダー』('82⇩)というバカな映画が残したことは、一つには、50年代以降映画がお客さんから最も遠いメディアとして世の中の片側に追いやられる中で忘れてきたこと、映画本来の暗闇と対面することの中から受け取る方法の一番大きなものとしてあったキャメラというものに対する、自分なりの新しい模索をそこから始めなければならかった、ということ」 「『セーラー服と機関銃』(81)という成功の形と全然縁もゆかりもない、むしろ成功を自分が捨てる事で、役者の魅力とかホンの魅力とか当然映画を面白くみせるための要素はたくさんあるわけですけども、映画本来の持っている最も身近にあるキャメラというものをもういっぺんつかみなおしてみたいというのが、あの映画をやる気になった一番の理由なんです。それは例えば、映画が人の周りから遠くなった理由を世の中の人は色々語ります。テレビがあり、あるいは娯楽の多様性とかもう様々な分野から、映画の客が減少していったことを語ることはできるはずですけれども、作り手としての、僕達がお客さんを映画から最も離した要素の一番大きいものは、それは多分キャメラだという風に僕は思ったんです。それはテレビというメディアで育った世代が、一つには映画を観る努カ――映画を観るには多分テレビを観るような安直さでは多分映画を観ることは出来ないということに、ある一本でも二本でも映画を観た人なら気付く筈なんです。その映画を本当に面白く観るためには、ある映画の本数と、映画が持っているリズムと、映画が発散する空気をつかむ方法を自分がつかまなければ、映画というものはただ流れてゆくだけのもので、本当につまらないものだと思うんです」 -『甦る相米慎二』木村建哉・中村秀之・藤井仁子編著、インスクリプト、2011、370-371p

nave

26,717 Aufrufe • vor 1 Monat

日本に行った人が、帰ってから苦しくなることがある。日本で見たものは、特別なイベントじゃない。電車がだいたい時間に来ること。人が列をつくること。店で「ありがとう」と言われること。夜の道が、怖くないこと。そういう小さな当たり前。でも、その小さな当たり前が、帰国した瞬間に刃になる。 自分の国の音が、急に大きく聞こえる。怒鳴り声。クラクション。割り込み。投げるような言葉。前は平気だったのに、平気じゃなくなる。日本が良すぎたからじゃない。比べる目が、できてしまったからだ。 この痛みは、普通な感覚。違う世界を一度見た人にだけ起きる、ふつうの揺れ。 ただ、ここで気をつけたいことがある。旅先は、少しだけ夢に似ている。短い時間の中で、いい場面が多く見える。だから日本は完璧だと思いすぎると、自分のいる場所が全部ダメに見えてしまう。すると心が、帰る場所を失う。 じゃあ、どうしたらいいのか。 答えは、全部を日本にしようとしないこと。 日本で好きだったことを、ひとつだけ持ち帰る。 朝、靴をそろえる。 人にぶつかったら小さく「すいません」と言う。 時間を守る。部屋を少し整える。 たったそれだけで、心は夢が終わったじゃなくて、夢を生活に変えたと思える。 そしてもう一つ大事なのは、ひとりにならないこと。日本が好きだった人は、日本が好きな人と話せばいい。好きは、誰かと分けると、痛みじゃなくなる。 日本を忘れられないのは、弱いからじゃない。日本に来てくれた人の中に「こう生きたい」が生まれたからだ。 その気持ちを大切にすれば大丈夫。夢は、逃げるためじゃなく、戻ってきたあとに生きるためにある。

クレア

383,105 Aufrufe • vor 9 Monaten

今日で、7人のWESTꓸが最後だ。 まだこの言葉を書くことにも、どこか現実味がない。 WESTꓸを好きになって、たくさん笑った。たくさん泣いた。 会える日を楽しみにして、チケットを握りしめ、何を着ていこう、何を持っていこうと考え、会いに行き。 ライブが終われば「やっぱ最高だな」と余韻に浸りながら友だちと本人不在打ち上げで乾杯。 何気ないブログの一言に救われたり、くだらないことで笑ったり、7人がわちゃわちゃしているだけで嬉しかったり。 そんな日々が、私の生活の中に当たり前みたいに存在してた。 WESTꓸがいることが当たり前で、7人でいることが当たり前で、またすぐ会えると思ってた。 だからこそ、今こうして「最後」という言葉を使わなきゃいけないことが、やっぱり寂しい。 もっと7人を見たかった。 もっと7人で笑っているところを見たかった。 もっとくだらないことで騒いでいるところも、ステージの上でふざけているところも、歌っているところも、7人にしか作れない空気を、まだまだ見ていたかった。 正直、全部を綺麗な思い出にできるほど、私は器用じゃないんだけども。 楽しかったことだけじゃない。嬉しかったことだけじゃない。悲しかったことも、悔しかったことも、どうしてって思ったことも、受け入れられなかったことも、たくさんあった。 それでも、振り返ってみれば、私の中に残っているのは、やっぱり7人と過ごした時間そのものなんだと思います。 7人がくれた言葉。 7人が歌ってくれた歌。 7人が見せてくれた景色。 7人の笑っていた顔。 会場いっぱいに響いた声。 自然に会場に広がる虹色。 広い夜空の下で一緒に見た花火。 一緒に笑った時間。 一緒に泣いた時間。 そのひとつひとつが、私の人生の中にちゃんと残っています。 WESTꓸを好きにならなかったら出会えなかった人も、行かなかった場所も、見なかった景色も、知らなかった感情も、きっとたくさんある。 WESTꓸを好きだったことで、私の日常は確かに変わりました。 しんどい日にも、WESTꓸがいた。 何もしたくない日にも、WESTꓸを見れば笑えた。 楽しみが欲しい日には、次に会える日を楽しみにできた。 「推し」という言葉だけでは片付けられないくらい、WESTꓸは私の生活の一部でした。 だから、今日で終わるからといって、その時間まで終わってしまうわけじゃないと思っています。 7人が7人でいた時間は、もう誰にも消せない。 どんな未来になっても、7人でWESTꓸとして歩いてきた時間がなくなることはない。 7人が出会ったことも、7人で始めたことも、7人で笑ったことも、7人で泣いたことも、7人でここまで来たことも。 全部、本当のことだから。 私はたぶん、これから先もふとした瞬間に「WESTꓸが7人だったらどうなってたんやろ」って思うんだと思う。 誰かの新しい曲を聴いたとき。どこかでWESTꓸの曲が流れたとき。昔の映像を見返したとき。7人の名前を見たとき。 虹を、見た時。 きっと何度でも、7人だった頃を思い出す。 忘れなくていい。綺麗に忘れなくていい。無理に前を向かなくてもいい。 大切だったものが終わるとき、寂しいと思うくらい大切にできたこと自体が、きっと幸せなことなんだなと思えます。

ぴみ

95,425 Aufrufe • vor 1 Monat

前回の投稿で横浜にて惨状を晒しちゃった国際名乗っちゃってる映画祭もどきのイベントの事を呟いたら、業界も映画ファンの方々からも多く賛同頂いたので、バズッた❓ってことでこちらのお話もさせて下さい。 これまた横浜と企みは一緒ですが、それ以下の劣化版で、いまやマスコミにも相手にされず、現地の夕張でも誰も話題にしないのが #ゆうばり国際ファンタスティック映画祭 なのですが、我々の様な映画人、映画ファンたちが夢見ていたかつての栄光ある映画祭とは全く別物です。 名前だけ手に入れた運営会社が映画祭利用して金を稼ぐのと同時に、運営の頭が自分は文化貢献しているという肩書で商売利用しているのが現状です。 2年前に前の運営(※ここの前理事長も問題あるんだけどねw)がダメになり、#ゆうばり映画祭 の継続がこのままだと難しいとなり、映画祭で育っててもらった身としては、なんとかしたいから映画祭の有志の会を立ち上げて代表務めましたが、参入してきたいまの運営たちが全く映画を理解しておらず、昨年は35回の節目だから一から話をして映画祭を少しでも立て直せたらと思ってましたが、とにかく頭にあるのは「イベントだ、儲かるかどうか?」など映画のことなど頭に無くて、上映作品(節目だから回顧としてかつて上映した作品など)のことも話しても、上映料とかも知らず「なんでお金が掛かるの? そんなことよりイベントを!」という状態…もう限界だと辞任した訳です。 声掛けてたゲスト候補や各映画会社にも状況説明と謝罪し、一応は収まりましたが、今度は逆恨みした運営側が「中田は何百万と法外なギャラを請求したから辞めさせた」と嘘を吹聴してましたが、関係者は実情知ってたので「大変でしたね」と労ってくれました。 なるべく映画祭に負担掛けたくないから、ゲスト候補との交渉(お茶飲んだりとか)とか掛かった必要経費だけで請求したんだけどね、3万円ちょいw(それも渋ってなかなか払わなかった…)。 そんな誰も映画も映画祭も根本的に理解していない連中(※横浜でやったイベント屋と同じ感覚)でやった去年のゆうばり映画祭は、名前だけ堂々と名乗っているけど別物で、バッタ屋たちの下世話最低イベントになってしまったのは、去年行って酷い目に遇ったゲストや(※本人たちから聞いたけどスゲー話)、わざわざ行った映画ファンの方々のお話が真実です。 もう、かつてのゆうばりファンタはこの世には存在しません。我々の大切だった映画祭はもう無いのです。 でも、この映画祭を昔からの継続だと思ってコンペに応募している方々や、映画が好きで集うボランティアスタッフ(※去年の人たち散々でしたね)や、映画ファンの皆様、いまのゆうばり国際ファンタスティック映画祭は全くの別物です。映画愛も微塵に無くて、前運営理事長から手に入れたバッタ屋たちのイベントです。 なので、あなたたちの映画への愛や情熱や、そして夢が利用されないことと、失望しないことを切に願います。 もう上映も決まって行かれる方はどうぞご用心下さい。 映画を愛してない人間たちが映画を商売利用することに憤りを感じます。 そして前の投稿でも言いましたが横浜を始め、いまは気軽に国際映画祭ってどこでも名乗る身分相応でない映画祭もどきが増えちゃた由々しき事態も、日本映画界隈の問題だと思ってます。 我々が心から愛してる映画を舐めないで欲しい。 そんな事もあってなぜ、ゆうばり映画祭はこんなことになってしまったのか?と、それを伝えるべく現在ドキュメンタリー映画を製作しております。まだまだ取材と撮影はしております。色々とえげつない話が出てきてますw まさに取材を進める内に出て来た“不可解な真実”を、皆さんに知って貰い、今後の警鐘になれたら幸いです。 中田圭監督作品「ゆうばり映画祭の不可解な真実」製作中

中田圭

21,235 Aufrufe • vor 6 Monaten