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ありがとうございます。 ヒップホップ好きな人は分かってくれると思うんですが、文学や批評が扱わない世界を拾ってるのは日本語ラップなんじゃないかと思ってます。 例えば、ラップスタア2025のSonsiを見ていると、親ガチャや弱者男性論に対する別角度からの回答に思えます。 失敗作として両親から愛を受け取れなかった、ASDである不出来な自分を肯定し、ユーモアで父に対抗するラップを見ると、不思議と勇気がもらえて、上がる。この全肯定のパワーがみんなに伝播するからです。 これは勝ち負けよりも大事な尊厳の回復だと思います。そして、同じ傷を負った人たちを癒し、鼓舞する。希望の灯を渡すように。 俺はそういう言葉がもっと必要なんじゃないかと思ってますし、自分もそういうことを書かないといけないなと。
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