Sensitive content

This media may contain sensitive content.

Video wird geladen...

Video konnte nicht geladen werden

Zur Startseite

お嬢様のヒラヒラスカートに捕食された体験…其の① 場所は #YAMADA便器 撮影の為使用させて頂いた大阪市内のモニターお嬢様宅。 額にiPhoneカメラ装着で手足枷できっちり拘束されていた為に自ら逃げることが不可能。 マゾとしては致命的な閉所恐怖症の私は徐々に恐怖が…🙀💦

28,567 Aufrufe • vor 7 Monaten •via X (Twitter)

0 Kommentare

Keine Kommentare verfügbar

Kommentare vom Original-Post werden hier angezeigt

Ähnliche Videos

徹夜祈祷会:金サンホさんの証、通常、この歌を歌うときは天心苑の修業服を着用しますが、今日は真のお母様にお会いした時に着ていた服を選びました。お母様を思い、その時の服をもう一度着ることにしたのです。お母様にお会いしに行く際、「私たちはお母様に力を差し上げなければならない立場なので、決して泣いてはいけない」と言われました。 私たちは真のお母様に希望を差し上げなければなりません。その瞬間はお母様のための時間であり、自分自身のための時間ではないからです。ですから、泣かずに済むよう心を準備して臨みました。 あの日、そこへ行くと、ヨナ様が「歌を準備しました」と言ってくださいました。それを聞かれたお母様は、「報告は短くしなさい」とおっしゃいました。 報告の後、私には3分間の時間がありました。10分という面会時間は本当に短く、私の番が来てお母様にご挨拶した際、「毎週金曜日の徹夜祈祷会で、お母様がお好きな歌を歌っています。お母様の心が癒やされ、慰められることを願っています」とお伝えしました。そして準備してきた『ありがとう』をすぐに歌い始めました。 お母様の前で、お母様を見つめながら歌うと、どうしても心が動かされてしまいます。涙が溢れそうになったので、歌詞だけを見つめて歌いました。泣かずに歌を捧げるために、あらかじめそのように計画していたのです。 一曲目を歌い終えた後、もう一曲『四月の歌』を歌いました。歌い終わると感情が込み上げ、お母様に涙を見せたくなかったので一歩後ろに下がりましたが、まだ時間がありました。お母様が「他に準備したものはありますか?」と尋ねられたので、そこにいたリーダーたちと一緒に『春が来れば』を歌いました。 『春が来れば』はとても美しく明るい歌なので、心が落ち着き、二番まで歌うことができました。歌い終わると残り一分ほどになり、ヨナ様が「『母よ姉よ(オンマヤ ヌナヤ)』を歌いましょう」と言われました。その場で私たちは真のお母様へ心と愛を送り、私たちの力が届くようにと願いながら歌いました。 今思えば、そこは栄光の場でも絶望の場でもなく、ただお母様と共にいる場所でした。お母様がお戻りになられた時、いつか笑顔で、笑いながらこれらの話を共有できる日が来ると確信しています。その希望を抱いて、お母様との面会を終えなければなりませんでした。 拘置所の監視員が記録を取っていましたが、私たちが歌い始めると、彼はただ微笑んで立ち去りました。歌詞までは書き留めなかったようです。彼は「拘置所での面会をこのように行うのか」と思ったことでしょう。私たちのようなやり方で面会をする人は、他にはいないと思います。拘置所に面会に来る人々の中で、私たちは真に新しい文化を創っているのだと感じました。 その時は私一人で歌いましたが、今度は私たち全員で、真のお母様のためにこの歌を捧げたいと思います。今は感極まっておりますが、最後までしっかりと歌い上げたいと思います。

Sam Nishio

18,038 Aufrufe • vor 7 Monaten

イラン出身の女性記者が語る…命がけの”自由”? 「ヒジャブを外したら神に髪の毛で吊るされるって脅されたんです」 そう語るのは、イラン出身で現在アメリカ在住のジャーナリスト、マスィー・アリネジャド氏。 彼女はイランでシャリーア法のもとに生きていました。 ヒジャブを外せば… 😰 学校を追い出される 😰 鞭で打たれる 😰 投獄される 😰 罰金、通りで殴打される 😰 性被害に遭っても、責められるのは被害者の自分 「女性として存在できない」と語るその国では、宗教警察による暴力が日常。 そして今、アメリカに渡って自由を得たはずの彼女が直面しているのは… 「体験を語れば“イスラム恐怖症”を助長するなと言われる」😔 彼女は言います。 「これは“恐怖症”じゃない。“理性的な恐怖”です」 同じようにシャリーア法の下で苦しむ中東の女性たちも、皆この恐怖を抱えて生きています。 声を上げればまた責められる。 でも黙っていれば、何も変わらない。 彼女の告白は、世界に届くべき真実です。 😢「私は中東出身の女性。イスラム法が怖い。あの暴力が怖い。それは幻想じゃない」 ….と、カメラの前で静かに語った彼女の言葉が、今SNSで世界中に広がっています。 #ShariaLaw #女性の自由 #イラン #マスィーアリネジャド #IslamicLaw #ジャーナリズムの力

トッポ

77,933 Aufrufe • vor 9 Monaten

親子と思われる彼女たちの態度は衝撃的でした。 彼女たちは私が転倒させられる前、さやの街宣が始まってすぐ、後ろの方から私の目の前に移動してきて立ちました。 私の顔の目の前にその女性の頭という位置になるようにしてきて、私が少しずれると彼女も私に合わせてずれてきました。 さやが「私たちの先人が残してくれた日本をわしたちの世代で終わらせてはいけないと心から思っております」と言ったので、 仁藤「だったら核兵器とかいうなよ!」と抗議すると 母親と思われる女性が「うるさいなお前は!」「うるせえな!」「街宣のじゃますんなうるせえな!」「街宣の邪魔は選挙違反だっつってんだよ!」と、私の前に立って言ってきました。 そして演説中のさやが、私に向かって「耳元で大きな声を出さないでください。聞いてくださっている方に迷惑ですから」という流れがありました。私の前にあえて入ってきたのは前に立ちふさがる女性たちなのに。 その後、私は彼女たちから離れましたが、彼女たちも移動して私のすぐ後ろにいたようです。 そして、男性が私に体当たりする様子をニヤけ顔で見ている様子が動画に映っていました。私が転倒して怪我をして立なくなり、警察を呼んでください!というとこの女性たちが近づいてきて、「あなたに私がぶつかられた。証拠もある。動画もあるからな!」と嘘を堂々と話しました。 動画を撮影していた男性が、「そんな事実はない」と動画を見せると静かに応じ、黙ったそうです。 しかし彼女たちはその後、私に対してこの動画のように笑いながら罵声を浴びせてきました。 男性に対しての振る舞いと私に対する態度が全く違うことから、女性が女性差別を内面化していることの深刻さを感じました。

仁藤夢乃 Yumeno Nito

937,880 Aufrufe • vor 1 Jahr

藤原直哉の「日本と世界にひとこと」 2026年1月14日 恐怖政治は恐怖で終わる 要約 藤原直哉氏による2025年1月14日の政治分析において、恐怖政治の本質とその終焉について詳細な考察が展開された。藤原氏は、恐怖政治が最終的に恐怖によって自滅するという逆説的な現象について、歴史的事例と現代の政治状況を交えて解説した。 藤原氏は、20世紀から現代にかけて恐怖政治が広範囲に存在していたことを指摘し、戦前の日本やドイツ、中国、ソビエト、イランの革命政権、さらには民間企業においても恐怖による支配が行われていたと述べた。恐怖政治の特徴として、人々が恐怖に怯えて従順になることから始まるが、最終的には恐怖を植え付けてきた側が逆に恐怖に苛まれるという逆転現象が起こると分析した。 独裁者の最期について、藤原氏はムバラク、スターリン、ヒトラーを例に挙げ、彼らが極度の猜疑心に陥り、本当の情報が入ってこなくなることで不安と妄想に支配され、最終的に底知れない恐怖に取り憑かれたと説明した。現代の議会についても、日本やアメリカの議員たちが悪事を握られ、逃げることもできない状況で恐怖に怯えていると指摘した。 藤原氏は、政治家が本来国民の声を代弁すべき存在であるにも関わらず、やましいことを行っているために恐怖の源が存在し続けていると分析した。恐怖政治の終焉における最大の恐怖は情報の遮断であり、本当のことを誰も教えてくれなくなることで、まるで道に迷った状況に陥ると説明した。 組織内では上から下まで同様の恐怖状況が生まれ、全員が守りに入り、嘘が蔓延し、本当のことが言えなくなると述べた。さらに、本当の情報を知ることすら恐怖となり、右往左往している間に突然終焉を迎えると分析した。 日本の具体例として、藤原氏は郵政民営化解散以降の自民党を恐怖政治の例として挙げ、小選挙区制度により議員の質が低下し、恐怖政治の効果も薄れていったと指摘した。小泉内閣をピークとして、その後は内ゲバに終始し、外部に対する恐怖効果を失ったと分析した。 国際情勢については、トランプ政権による恐怖を利用した戦略について言及し、ディープステートの悪者たちが密かに処刑されていることで、仲間内に極度の恐怖が広がっていると述べた。NSAによる盗聴により全ての情報が把握されており、過去の行動や発言が消えることなく罪に問われる状況が恐怖を増大させていると分析した。 ベネズエラでの音響兵器使用について、藤原氏はキューバのハバナにあるアメリカ大使館で被害を受けた音響兵器が、今度はアメリカ軍によってベネズエラで使用され、キューバ兵が鼻血や吐血で立ちすくんだところを射殺されたと報告した。この逆転現象により、ベネズエラが陥落し、マドゥロがトランプに取り戻されたと述べた。 恐怖政治の終焉後について、藤原氏は人々が精神的にへたりこんでしまう現象が最も深刻な問題となると予測した。日本は昭和20年を最後に猛烈な恐怖の時代を終え、平成から令和初期の恐怖政治も内輪もめに終わったと総括した。 信仰の重要性について、藤原氏は信仰を持つ人が恐怖に最も強く、命を脅されても恐れることがないため、信仰のない人にとって最も恐ろしい存在となると説明した。恐怖で立ちすくんでいては何もできないため、前進や退却を自由自在に行うためには信仰が必要であると強調した。 最後に、藤原氏は世界の政治、経済、軍事のほとんどが恐怖で立ちすくんでいる状況を指摘し、恐怖を取り除くためには戦争をやめるという大きな転換が必要であると述べた。トランプによる最後の落とし武者狩りが進行中であり、間もなく一つの時代が終わると予測し、陽気に生きていくことの重要性を説いた。 チャプター 恐怖政治の歴史的展開と逆転現象の分析00:00:01 藤原直哉氏が恐怖政治の本質について解説を開始し、20世紀から現代にかけて恐怖政治が広範囲に存在していたことを指摘した。戦前の日本やドイツ、中国、ソビエト、イランの革命政権、さらには民間企業においても恐怖による支配が行われていたと述べ、恐怖政治が最終的に恐怖を植え付けてきた側を逆に恐怖で支配するという逆転現象について分析した。 独裁者の最期と情報遮断による恐怖の増大00:01:00 藤原氏がムバラク、スターリン、ヒトラーを例に挙げ、独裁者が極度の猜疑心に陥る過程を説明した。恐怖で人を支配していると本当の情報が入ってこなくなり、不安が妄想となり、やがて底知れない恐怖となって支配者自身を取り潰していくメカニズムを詳述した。現代の日本やアメリカの議会でも議員たちが恐怖の中で生きている状況を指摘した。 政治家の恐怖の源泉とやましい心の分析00:02:10 藤原氏が政治家が本来国民の声を代弁すべき存在であるにも関わらず、やましいことを行っているために恐怖の源が存在し続けていると分析した。政治家になる際に国民の声を代表するのではなく、恐怖政治に参加しておこぼれをもらおうとするやましい心が分かれ道となったと指摘した。 恐怖政治終焉時の情報遮断と組織の硬直化00:03:09 藤原氏が恐怖政治の終焉における最大の恐怖は情報の遮断であると説明し、本当のことを誰も言わなくなり、状況認識ができなくなることの恐ろしさを山道で道に迷った状況に例えて解説した。組織内では上から下まで同様の恐怖状況が生まれ、全員が守りに入り、嘘が蔓延し、本当のことが言えなくなると述べた。 恐怖政治の末期症状と最大被害の発生00:06:02 藤原氏が恐怖政治の末期が最も危険であり、最大の犠牲者が出ると警告した。「外に柔らかく内に硬く」という現象について説明し、組織が行き詰まると外部との摩擦を避けるため外に対しては柔軟だが、内部に対しては絶対に反論を許さない状況になると分析した。太平洋戦争時の日本やウクライナの状況を例に挙げた。 自民党の恐怖政治と小選挙区制度の弊害00:08:43 藤原氏が郵政民営化解散以降の自民党を恐怖政治の例として挙げ、恐怖に耐えられない人が辞めていき、残った人のレベルが低下していったと分析した。小選挙区制度により議員の質が落ち、恐怖政治の効果も薄れていったと指摘し、小泉内閣をピークとしてその後は内ゲバに終始したと述べた。 メディアの影響力の限界と実態認識の欠如00:10:50 藤原氏がメディアの実際の影響力について分析し、読売新聞やNHKなどは結局その読者や視聴者にしか届かないため、言われるほどの影響力はないと指摘した。日本の新聞をゴシップ誌のようなものと評し、ネット空間を見れば実態を知らない人がほとんどであることが分かると述べた。 自助努力の重要性と政治への依存からの脱却00:12:06 藤原氏が政治は何もしてくれないため、自分で動かない限り絶対にうまくいかないと強調した。会社での給料交渉や転職活動を例に挙げ、より良い条件を求めるのは自分の仕事であると述べた。日本やアメリカの議会を見ても何ともならない連中であることは明らかだと指摘した。 国際的な恐怖政治の終焉と内ゲバ化00:13:23 藤原氏が日本の恐怖政治は小泉内閣が最後で、その後はひたすら内ゲバであり、外に対して何の恐怖ももたらしていないと分析した。メディアが適当にシナリオを作っているがインチキ千万であり、現在彼らは本当の恐怖に苛まれていると述べた。 トランプによる恐怖戦略とディープステート掃討00:13:38 藤原氏がトランプが恐怖で人々を動かすのが上手く、ディープステートの悪者たちが密かに捕まって処刑されていることで、仲間内に極度の恐怖が広がっていると分析した。NSAによる盗聴により全ての情報が把握されており、過去の行動や発言が消えることなく罪に問われる状況を閻魔大王に例えて説明した。 音響兵器による戦術転換とベネズエラ陥落00:15:06 藤原氏がベネズエラでの音響兵器使用について詳述し、キューバのハバナにあるアメリカ大使館で被害を受けた音響兵器が、今度はアメリカ軍によってベネズエラで使用されたと報告した。キューバ兵が鼻血や吐血で立ちすくんだところを射殺され、何百人が殺されたことでベネズエラが陥落し、マドゥロがトランプに取り戻されたと述べた。 恐怖政治終焉後の精神的影響と時代の転換点00:16:57 藤原氏が恐怖政治終焉後に人々が精神的にへたりこんでしまう現象が最も深刻な問題となると予測した。日本は昭和20年を最後に猛烈な恐怖の時代を終え、平成から令和初期の恐怖政治も内輪もめに終わったと総括し、恐怖政治には恐怖を与える道具が必要であると指摘した。 信仰の力と恐怖に対する免疫00:18:10 藤原氏が信仰を持つ人が恐怖に最も強く、命を脅されても恐れることがないため、信仰のない人にとって最も恐ろしい存在となると説明した。信仰心のある人を信仰のない人は怖がるという逆説を示し、精神的に参ってしまう現象について言及した。 信仰の時代と自由自在な行動の必要性00:18:43 藤原氏が戦いに勝つためではなく、前進や退却を自由自在に行うために信仰が必要であると強調した。恐怖で立ちすくんでいては何もできないため、世界の政治、経済、軍事のほとんどが恐怖で立ちすくんでいる現状を指摘し、軍隊にとってのハッタリの重要性についても言及した。 戦争終結への転換とトランプの役割00:19:37 藤原氏が恐怖を取り除くためには戦争をやめるという大きな転換が必要であると述べ、トランプがその役割を担っていると分析した。現在は最後の落とし武者狩りの段階であり、間もなく一つの時代が終わると予測し、陽気に生きていくことの重要性を説いて講演を締めくくった。 行動項目 藤原直哉氏が恐怖政治の歴史的分析と現代への適用について継続的な観察と分析を行うことを示唆した。 00:00:01 藤原直哉氏が政治家は本来の国民代表としての役割に立ち返るべきであると提言した。 00:02:30 藤原直哉氏が個人は政治に依存せず自助努力により問題解決を図るべきであると強調した。 00:12:06 藤原直哉氏が信仰を持つことで恐怖に対する免疫を獲得し、自由自在な行動を可能にすることを推奨した。 00:18:43 藤原直哉氏が戦争終結という大きな転換を通じて恐怖政治からの脱却を図ることの必要性を提起した。 00:19:37

藤原直哉

46,106 Aufrufe • vor 8 Monaten

NYの9月11日テロから25年。いつもは個人的なこと書かないけど、今日は私の人生にとって大切な日なので、書きます。#9月11日 実は私はその頃NYに住んだばかりで、あの日をある程度体験したヒトなのです。 World Trade Centerからは少し離れた場所だけど、朝、バイト先に着いてしばらくして、ニュースで、NYだけでなくペンタゴンもやられたと知った。 外に出ると危ないと残る子たちもいたが、私はやはり自宅へ帰ろうと思った。 もうその時点で外に出ると、ダウンタウンのほうにWTCが破壊された原爆のそれのように大きなきのこ雲が見えていた。(添付した写真が私が見たのに近い) 歩道にはダウンタウンのほうから灰を体中にかぶった灰色の人たちが、あの現場から上のほうへ上のほうへと歩いてきていた。ゾンビに見えた。 皆、口をハンカチや手などで覆い、下のほうへ向かっ て歩く人は一人もいなかった。 なんとか地下鉄駅にたどり着いたら「閉鎖している のでバスで行け」というので、バス停へ。来たバスは 満員だけど運よく乗れた。 ところが、バスがミッドタウンのEmpire State Buildingに近づいてくると、バスの中では「今度はここに飛行 機が突っ込む」というデマが湧き、人々が狂ったよ うに他人を押しのけはじめた。 彼らは走っているバスから無理やり降りようとし、 人々が雪崩のように出口のほうに殺到する阿鼻叫喚の 事態に。 私も一瞬「もはやこれまでか」と思ったが、あるひと つのことに救われた。 後部座席のほうの黒人女性たちが、なんとその狂乱の さなかに「神はあなたとともにいる」とゴスペルを歌 いだしたのだ。最初は一人、そしてまた一人・・と次々に歌声が増えた。 その歌はなによりも力強く、凛々しく、私はバスを降りるよりなぜかこの女性たちと一緒にいたい、と思った。 心の表面は不安でいてもたってもたまらないのに、私の魂は、子供の頃にやさしく自分の眠りを包んだタオ ルケットのような彼女たちの歌にくるまれてしずかに 呼吸していた。 守られていた。 そして、人々が次々に降り、彼女たちと私とごく少数の人を載せたバスは、Grand Central Stationに到着。 ここからはもうバスも電車も機能しなくなっていたので、そこから家まで歩き。 40ブロック位、セントラルパークの中も通って自宅の あるアッパーウエストまで歩いたが、 あの、インディアンサマーの、心に突き刺さるほどの雲一つない澄ん だ青空を、私は一生忘れない。人生で最も美しい青空、と思った。 そしてNYでは数日ほど、道を歩く見知らぬ人々と「お 互い生き延びているので、がんばろう」みたいなア イコンタクトが多かった。彼ら彼女らの視線は、 恐怖と愛と連帯に満ちていた。知らない人たちなの に、みんながつながっている感じだった。 World Trade Centerで亡くなった人々の中には日本人も 24名いた。今私が住んでいるビルに住んでいた日本人 の方もお亡くなりになってます。 皆さん、どうか、どうか、一日一日を大切に生きてください。 生きてる間にできる限り愛の言葉や優しい言葉を伝えてください。 もしかしたらその人は突然明日いなくなるかもしれない、 それか、あなた自身がいなくなるかもしれない、ので。 追記:NYで多くの消防士、警察官などの人々が、帰っ てこれない可能性を知りながら崩れ落ちるビルの中に 救命のために入り、命を落としました。 世界は、人間はまだまだ捨てたもんじゃない、です。

Mimi Yamazaki

30,511 Aufrufe • vor 28 Tagen