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【お金を払う側と、もらう側の違い】 学生:お金を払う側 = わがままが通る 社会人:お金をもらう側 = 誰も相手にしてくれなくなる 東進の長岡先生のこの言葉は、まさに社会の縮図。 「怒る」ではなく「叱る」のお手本。

73,455 views • 2 months ago •via X (Twitter)

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みなさん、少し考えてみてください。たとえば、クラスで遠足に行くとしますよね。遠足には、バス代やお弁当代などが必要ですよね。でも、そのお金を生徒全員から集めるには、どうしても時間がかかります。 こういうとき、先生はどうすると思いますか? 先生は「先にお金を立て替える」ことが多いですよね。そして、遠足が終わったあとで、みなさんから少しずつお金を集めて、立て替えた分を補填する。こうすればスムーズに遠足を実施することができます。 これと日本政府のお金の使い方は、とてもよく似ています。 日本政府も「税金を集めてからお金を使う」のではなく、実際には**「先にお金を作り出して支出を行い、その後に税金を集める」**という仕組みなんです。 政府は「国債」というものを発行してお金を作り出します。国債は「お金を借りる約束」のようなもので、この仕組みを使うことで、年金や医療費、防衛費など、必要な支出をまかなっているんです。その後、税金を集めることで、このお金の流れを調整する、という形になります。 この流れを知ると、「税金を集めないと支出ができない」という話が正確ではないことがわかりますよね。実は、税金というのは政府の「財源」ではなく、使いすぎたお金を調整したり、社会の格差を是正したりするための役割を持っているんです。 ですので、「日本政府が税金を集めてから支出をしている」というのはイメージにすぎず、現実とは違うんですよ。 それをゴミメディアと共謀しわかりにくくする。悪のメディアと悪の財務省。

トッポ

112,440 views • 1 year ago

お金は、貯め込むための数字ではない。自分と社会の間を巡る「エネルギー」なのだ。 瀬知さんの話で、まず印象に残るのが「時間は存在しない」という考え方です。 私たちは、生まれた日から年齢、出社時間、締め切り、年収、家賃まで、あらゆるものを数字で測っています。そのため、時間を絶対的なものだと思い込んでいます。 しかし瀬知さんによれば、私たちが「時間」と呼んでいるものの正体は、すべて「変化」です。 年を取ることも、環境が変わることも、夢に近づくことも、失敗して別の道へ進むことも、すべては変化にすぎない。時計ばかり気にしていると、「もう遅い」「間に合わない」「自分には時間がない」と焦り、せっかくのエネルギーをストレスに奪われてしまいます。 大切なのは、残り時間を数えることではなく、自分が望む変化に向かって動くことです。 そのとき、最初から大きな夢を持つ必要はありません。 「毎朝7時に起きる」 「今日は一ページだけ書く」 「気になっていた人へ連絡する」 そんな小さな目標を一つずつ達成していく。その達成感が次の行動を生み、やがて想像もしなかった場所へ自分を運んでくれるのです。 目指していたAには届かなかったとしても、動き続けた先でBやCという、もっと面白い答えに出会うこともあります。ひとつの夢に執着しすぎると、別の入口が開いていることに気づけません。 そして、時間と同じように、お金も単なる数字ではないと瀬知さんはいいます。 働いてお金を受け取る。買い物をしてお金を渡す。誰かのサービスを利用し、別の誰かの仕事を支える。これはすべて、エネルギーの交換です。 だから重要なのは、「いくら稼ぐか」だけではありません。 むしろ瀬知さんが重視するのは、「何に使うか」です。 ただ衝動的に散財するのではなく、本当に欲しいもの、自分の経験を豊かにするもの、誰かの仕事や社会を少し良くするものへ使う。高価な車でも旅行でも本でも、本人が大切にし、その先に生まれる変化を想像できるなら、それは生きたお金になります。 寄付も、何十万円、何百万円である必要はありません。コンビニの募金箱へ10円を入れることも、店で商品を買うことも、税金を納めることも、お金を社会へ戻す行為です。 もちろん、「使えば必ず同じ金額が戻ってくる」という魔法の話ではありません。使ったお金は実際になくなります。 しかし、お金を使えば新しい経験や出会いが生まれ、「また働こう」「次はこれをやってみよう」という行動の力が湧いてくる。その行動が新たな仕事や収入につながり、再びお金が巡り始めます。 瀬知さんのいう「お金の循環」とは、何もしなくても財布が膨らむ話ではなく、使う、動く、変化する、そして再び生み出すという流れなのです。 人生には、休まなければならない時期もあります。心や体が疲れているなら、無理に前進する必要はありません。ただ、少し元気が戻ったら、ほんの小さなことでいいから再び動いてみる。 時間とは変化であり、お金とはその変化を起こすためのエネルギーです。 そう考えると、本当に問うべきなのは「あと何年あるか」でも「いくら持っているか」でもありません。 限りある人生の中で、あなたは今日、自分の時間とお金というエネルギーを、どんな未来のために使いますか?

角由紀子のヤバイ帝国

18,451 views • 13 days ago

ひろゆき氏が社会保険料の話をしているが一見に値する。なぜこれだけ社会保険料が上がるのか是非この問題を家族や友達にも話してほしい。おま老や昔の人は同じように支えてきたという人に対しての正拳突きにもなり考えが変わるかもしれない。このひろゆき氏が話すような老人が今の日本にウヨウヨいる。政治家の人も是非見てほしい。 ・高額な癌の治療薬(今はもっと下がっているが当時は年間3~6000万)を90歳のお爺ちゃんが3年使ったら1億円。 ・で、93歳で◯にました。その1億円誰が払うの?おじいちゃんが自腹で払うならいいですよ?自分で稼いできたお金で払うならお好きにどうぞ。 ・ただ日本の保険の場合ってそのおじいちゃん払わないんですよ。 ・社会保険料を払っている労働者が払うんですよ。 ・多分1/5くらい?(今は1/2つまり2人で1人の高齢者を支えている)の労働者が老人の寿命を3年伸ばすために1億円払うんですよ。 ・福祉が進んでいるスウェーデンとかの場合だと60歳を過ぎた場合積極的にお金を払って寿命を伸ばすような治療というのにあまりお金を使いません。 ・僕の知る限り、先進国で胃瘻で保険がおりる国ないんですよね。 ・無理して高齢者の人を生き延びさせるというのが、果たして若者達の負担にすべきなのかな? ・日本の場合はおばいちゃんとかお父さんとかお母さんとか家族が苦しんでいる状態でほっとくのは如何なものか?ってのはわかる。それは助けたいと。 ・ただ胃瘻をすることによって年金もらえる期間が増えるんですよね。 ・割と日本のよくない仕組みだなと思っているのがおじいちゃん、おばあちゃんが胃瘻をした方が良いと本人が言っているのはその期間、年金がもらえる→子と孫が得をする→自分は胃瘻をしたくないけども胃瘻を受け入れる。というパターンもあるんですよ。 ・『胃瘻くらい10万ぐらいなんだからそれぐらい保険で払ってやればいいじゃねえか』っていう胃瘻を高齢者にやった方がいい論の人もいるんですけど、その人たちって払うのは10万円だけではなくその高齢者が生き延びる期間の部分だけ年金を払わなればならない。 ・その年金誰が払うの?労働者の皆さんで〜すっていうのがあるので、どこかの段階でやっぱ無限に生き延びさせようとするというのは、誰の負担なんですか?って所を明確化すべきだと思うんすよね。 ・「長生きしたいから一生懸命金を稼いできました!だから私は長生きのために金をバンバン使います!」っていう人は好きすればいいと思うんですよ。 ・でも「別にお金は貯めていません、自由気ままに生きてきました!寿命もあります。長生きしたいからお前ら若いやつは俺に為に金稼げ」って言って若い人たちのお金をチューチュー吸い取る。っていうのが可能な構造になってるんですよね。 ・景気の良い時代には見えなかった。景気が良かったのと高齢者の寿命がそこまで長くなかったのでこの問題が見えなかったんですけど、段々平均寿命が伸びて来て、日本の経済っていうのが悪くなってる時に高齢者の割合もどんどお増えてき他ので、どこかの段階で今までのような、高齢者は無限に医療費とか貰えますよー、年金も生きてる限り貰えますよ、っていうのは止めざる得ない時代というのが来るんじゃないかなと思う。 それは今です。 ・高齢者の自己負担3割 ・社会保険料を減税して現役世代の手取りを増やす。 間違ってもチューチュー寄生するのはもうやめてほしい。

髙橋𝕏羚@闇を暴く人。

259,846 views • 2 years ago

外国人が日本の同化を語るな インドネシア人のムスリム女と、韓国系の大学教授が「日本に住むムスリムはどこまで日本文化に合わせるべきか」なんて議論してる時点で話にならない 同化とは、受け入れる側の社会が「ここまで合わせろ」と線を引くもの。客人側が「ここまででいいでしょ」「配慮しろ」と言い出すのは、ただの押し売りに過ぎない 特に大学のハラール食堂や駅の礼拝室を例に出して「選択肢を増やすことが豊かさだ」みたいなことを言うのは、典型的な外国人目線の都合だ。日本人の感覚を完全に無視してる 強く言う お前らは日本人じゃない。血も文化も歴史も違う。日本で何年暮らそうが、日本語が上手かろうが、ハーバード出ようが早稲田の教授だろうが関係ない。日本社会のルールや空間の使い方を「どうあるべきか」と語る資格などない 「郷に入っては郷に従え」を都合よく解釈して「郷の方を変えろ」って言ってるだけだ 「共生」という言葉を盾にして、結局は自分たちの宗教的慣習を日本に押し付ける方向に持っていこうとしているのは明らかだ 日本人側が「合わせるのはお前らの方だろ」と言う権利を最初から奪おうとしてる 日本人同士で「同化の基準をどうするか」を議論するのは当然だ 当事者でもない外国人が「同化のあり方」を語るのは、おこがましいにも程がある。黙ってろ

ちゃんほた🌸

155,806 views • 23 days ago

“同じ地球に住んでるのに、見えてるお金の桁が別世界だった。” 苫米地さんの話でいちばんゾッとするのは、 「お金持ちの世界って、僕らが思ってるよりずっと遠い場所にある」とハッキリ言っているところです。 ふつうの人は、 お金持ちっていっても 「会社が大きい人」 「高い家に住んでる人」 くらいを想像しますよね。 でも苫米地さんの話では、その上にまだ別の階層がある。 しかもそこでは、個人でとんでもない額のお金を持っている人たちがいて、 そのお金を「どう使えば世界に影響を出せるか」を考えていると言うんです。 たとえるなら、 町内会の貯金箱の話をしていたら、 急に“国をいくつも動かせる財布”の話が始まる感じです。 同じ「お金」の話なのに、スケールが違いすぎる。 さらに苫米地さんは、日本は今かなり貧乏だとはっきり言っています。 ここでいう貧乏は、「今日のごはんがない」という意味だけではありません。 国として余裕がなくて、だから税金を強く取ろうとしたり、国民の負担がどんどん重くなったりしている、という話です。 つまり、 見えにくいけれど、 国の体力そのものが落ちている、ということです。 これも中学生向けに言うと、 クラスで見た目は普通にしてるのに、 実は財布の中がずっとカツカツで、何かあるたびにみんなから細かく集金しないと回らない状態に近いです。 しかも苫米地さんが怖いのは、日本の「ふつう」と、 世界の超富裕層の「ふつう」は、もう同じものさしでは測れないと言っているところです。 僕らは日本の中だけを見て「これが当たり前」と思いがちです。でもその外には、戦争や国の対立よりもっと高い場所で、お金も人脈も動かしている人たちがいる。 しかもその人たちは、国どうしがケンカしていても、その上から全体を見ていることがある。 ここがちょっと不気味です。 なぜなら、ニュースでは国と国がぶつかっているように見えるのに、もっと上では「両方とつながっている人たち」がいるかもしれないからです。 つまり苫米地さんの話は、ただの金持ち自慢ではありません。 本当に怖いのは、自分たちが見ている世界地図の上に、 さらに“見えない地図”がもう1枚あるかもしれない、 と感じさせるところです。 国のルール。 税金。 戦争。 社会貢献。 お金持ち。 これらがバラバラじゃなくて、実はもっと大きなひとつの盤面で動いているかもしれない。そう思うと、急に世の中の見え方が変わってきます。 苫米地さんの話をひとことで言うと、「日本の常識だけで世界を見ていると、本当の大きさを見失う」ということなのかもしれません。 あなたはこの話を聞いて、「そんな別世界が本当にある」と思いますか? それとも「話を盛っているだけ」に聞こえますか? 気になったら保存して、あとでもう一度ゆっくり読み返してください。 あなたの考えをコメントでぜひ聞かせてください。

角由紀子のヤバイ帝国

347,040 views • 4 months ago