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きょうは #レインボーブリッジの日🌈 1993年の8月26日に開通したこの橋、車や鉄道だけでなく、実は、歩いて渡れるって知ってましたか? つり橋の優雅な姿は、ソフトバンクの竹芝本社ビルの窓からも、眺めることができます✨ #SoftBank

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📣 本日、重大発表です。 ずっと準備してきた2つの大事なお知らせを ようやく皆さんにお伝えできる日が来ました。 まずひとつ目は—— 📍 伊太そばの移転先が決定しました。 〒105-7090 東京都港区東新橋1-8-2 電通本社ビル 地下2階 カレッタ汐留「汐留横丁」 あの巨大ビルの地下、“食の横丁”に伊太そばが仲間入りします。 実籾から離れるのは寂しいけれど、 ここで得たものを全部持って、また新しい挑戦へ。 そしてもうひとつ。 🍜 千葉ラーメンWalkerに掲載していただきました。 実籾でコツコツ積み上げてきたことが ようやく形として認められた気がしています。 “ホール担当から始めた私”が、 ラーメンという世界で勝負する覚悟ができた瞬間でした。 この実籾で掲載までたどり着けたことは、 私にとって 優秀の美を飾れた そんな特別な出来事です。 でも、ここで止まらない。 次は汐留で、もっと多くの人に伊太そばを知ってもらう。 もっと美味しい一杯を届ける。 今日の発表は、その第一歩。 ここまで一緒に歩いてくれた皆さん、本当にありがとう。 これからの伊太そばも、どうか楽しみにしていてください🔥✨

伊太そばの奥さん / お店の広報担当 & テイスティング係

14,251 Aufrufe • vor 6 Monaten

【応援してくれる皆へ】 本日つかさしはまた新たに誕生日を迎えましたm(__)m 今年も応援してくれる皆さんと共にこの日を迎えられたこと、心から感謝してます! 流石に歳を重ねることに抵抗を感じるようになってきたし、今後の自分の健康のことも心配になってきたのでこないだ健康診断に行ってみたんですが、ここ最近トレーニングを頑張ってるお陰なのか体内年齢と肌年齢が今より6歳も若く調子が良いという結果が出たのでまだまだ俺はやれそうです!笑 とはいえ先月発表した通り、つかさしは今月大きな節目を迎えます。 10月20日のラストワンマンライブで10年続けてきたライブ活動は休止となり、その分今まできなかったことや新たにやっていきたいこと、挑戦していきたいことを沢山やっていくつもりです。 どんな時も応援してくれる皆の存在が俺を励まし、導いてくれて、強い原動力を与えてくれました。 そんな皆への感謝をしっかりと形にすべく、どれだけ歳をとってもその分だけ成長し前に進む姿を見せていきたいなと思っています。そんな中きっと皆に甘えてしまうことも色々行き詰ったりすることもあると思うんですけど、たまには許してくださいm(__)m 俺はこれからも歌を沢山歌い続けるし、皆の救いになるようなものを沢山作っていくし、皆の励みになるようなものを沢山届けていくし、それがいつかきっと誰かにとって大きな原動力になることを願いながら、一生懸命活動に励んでいきたいと思います。 今日まで強い味方でいてくれて本当にありがとう!そしてこれからも強い味方でいてくださいm(__)m 俺はいつまでも皆の味方です。何よりも大事な存在です。何があっても俺は皆からは離れません。 どんなに年老いても皆がいる限りつかさしはつかさしで在り続けられます。 これからもそんな俺をよろしくお願いします!m(__)m

つかさし

22,286 Aufrufe • vor 1 Jahr

PIERROT 「LAST CIRSUS」、終了。 昨年10月の「ANDROGYNOS–THE FINAL WAR-」から鑑みるとトータル8ヶ月なのかな。 終わってしまえば、一瞬の出来事だったかも。 なんか簡潔にポストするかと思ったけど、結果超長くなった。 なので、飛ばすなり、読むにしても適当に読み流すなりしてくださいませ、超個人的なことなんで。 2024年10月。 先生から「ANDROGYNOS–THE FINAL WAR-」開催寸前に電話が来ました。 あれやこれや話してから、代々木の仕込み日に会場に行き。 各セクションのスタッフとはそこで初めてワンマンの話をして、そこからがスタートだったかもしれません。 結果、今回は「舞台演出周り」の担当をすることになりました。 元マネージャーなわけだし、2014年&2017年もいろんな形では関わっていて。 そりゃ楽曲や「ここでこれ」とか「ここはこうじゃないと」は 殆ど把握はしてますが、そこ(演出)に特化する役回りは初めて。 まぁ、正直プレッシャーも緊張感も満載ですよ、そんなの。 12月末くらいに「END OF THE WORLD LINE」のセットリストが出て、久しぶりにライブの内容について先生と話をしました。 しかし、言われたことは「過去のノスタルジーの浸る気は無いよ。だからそこを喚起させる演出やセットがあったとしても、 それは全部最新テクノロジーや新しいアイデアでやって欲しい」だけ。 それが彼からの唯一のリクエストでした(あ、「HILL」での雪は有明前のリハーサル中に言われた)。 まー、悩みましたよ、本当に(苦笑)。 「そうだ、海外に行って、ぼーっとして考えよう」と2025/1/18 vistlipのZeppShinjyuku公演終わりに羽田空港に向かい。 生意気にもJALの深夜便(超ラッキーでビジネスクラスにアップグレード)でロンドンへ飛び、10日間滞在。 まぁ、現実逃避みたいなもんです。(帰国後の翌日から有明アリーナ公演のリハーサル開始でした) ロンドン滞在中、ライブは数本とミュージカル数本は見たり、 大学時代の友人がロンドン在住なので一緒に飯食いに行ったりしたものの、観光らしい観光はほぼゼロ。 食事や飲み物を買いに行く以外はホテルから出ない日もありました。 PIERROTの2日間分のセットリストをプレイリストにして、聴きながらあてもなく散歩したり。 カフェやパブ、博物館や美術館で本やマンガをKindleで読みながら、結構な確率でPIERROTの音源聴いてました。 その間、なんとなくイマジネーション膨らませてたのかもしれません。 渡航前にはセットリストは決まっていたので全体スタッフミーティングはしてあり。 「この曲は映像、特効はこれでここ。この曲は照明押しやレーザー」などは決めてあり。 実際にLEDへの演出映像などは作成に入っていましたが、細かいやり取りはオンラインでやってました。 渡航中にも各セクションスタッフとオンラインミーティングもしたと思います。 内容の詳細は覚えてませんが帰国翌日からリハーサルだし、ちまちま思いついたことは詰めていたはず。 「気分転換に東京でやれることをロンドンでやろう」と言う超贅沢な旅でした。 (そう考えるとコロナ禍も意味があったかな、「オンラインミーティング」が定着して、 海外からも時差さえ鑑みれば普通にミーティングできるって超便利だし) 「PIERROTの為に海外に行ってきた」って言うと聞こえは超良いですが、実際に渡航の理由の半分以上は本当にそれなんですよね。 それくらいのプレッシャーだったのかもしれないですな。 その後、有明に向けてリハーサル開始して、更に細かく内容は詰めて行き、実際にメンバーに提案したり確認したりするんですが、 基本的に全員「大丈夫だよ、任せてるし」との返答でして。リハーサルだから、メンバーは演奏に集中したい訳でそら当然。 「いやいや、もうちょっと話しようぜ」と思うのですが、そこからは「じゃあやるわ」としか言えないわけです(苦笑)。 なんやかんやで追って気になるところは個別に細かく連絡が来るんですが、全体で演出内容についてのミーティングとかは全く無いのです。 そら更に高まるプレッシャー、みたいな。そこでワタクシが相談するのは周囲のスタッフ達。 そういう時にこのチームは凄いんですよ、各セクションそれぞれがちゃんと「PIERROTのコンサートとは」とのヴィジョンを持っていて。 古くからの長らくのスタッフも当然居ますし、メンバーそれぞれのソロから集まったり、今回が初登場のスタッフも居るんですが、 相談一つ一つに「ならばこうしよう」「いや、そこはこっちの方が良いでしょ」などレスポンスも早く、修正も速攻。 超プロフェッショナルだなぁ、と助けられてばっかりでした。

昔の友人は「龍」と呼ぶ様だ。

83,327 Aufrufe • vor 1 Jahr

夜になると、冷や汗、腹痛、強い倦怠感、吐き気…。 就寝時間を過ぎる頃が一番つらくて、夜が来るのが少し怖いです。 それでも今日は久しぶりに体調がよくて、こうして投稿できています。 もし投稿が途絶えたら、体調を崩していると思ってください…。 麻薬の量が増えてから、強い眠気とふわふわした感じがありまして、皆さんのコメントにお返事することが難しくなりました。 ♡だけになってしまいますが、一つ一つの温かい言葉、ちゃんと大切に読ませていただいています。本当にありがとうございます。 退院はまだ先になりそうですが、少しでも早く家に帰れるように、できることを必死にやっています。今の目標は、少しでも食べること、少しでも体を動かすこと。 小さなことでも前に進めるように、毎日踏ん張っていました。 そして何より、、 入院して9日ぶりに、2歳の娘に会うことができました。 面会コーナーなら大丈夫と主治医が許可してくださり、やっと会えました。 入院してからは、そこまで移動することすらできず、旦那にはずっと部屋まで来てもらっていました。 車椅子に座るのも10分が限界なので、リクライニングできる車椅子を用意してもらって、たどり着けました。 私の顔を見るなり、 「マミー!マミー!」と走ってきてくれて、 小さな手で、痩せた私の体を何度も何度も優しくなでてくれました。 そのぬくもりが本当にあたたかくて、 ちゃんと生きてここに来られたんだ…って、 会えたんだ…って、 いろんな気持ちが一気にあふれてしまいました。 ポストできていなかった間、ご飯も食べられず、お昼はベッドでジッとしていて時間がすぎるのを待つだけ、ベッドから鳥を眺めているだけ、夜も全然寝れていませんでした。 緩和ケアの先生が毎日来られ、麻薬が増えて、退院の目処も立たず、まさか、もうこのまま復活できずそのまま体が弱って死ぬのでは、、と思っていたからです。 娘の前では泣かないと決めていたのに、無理でした。 会えなかった時間、動けなかった悔しさ、会えた嬉しさ、全部が混ざって、涙が止まりませんでした。 その時の動画です。 娘は「マミー」と呼びながら、娘のキッズ携帯で私をたくさん撮ってくれました。 その姿が愛おしくて、胸がいっぱいでした。 入院前に頂いたプレゼントは「私が開ける」とようになっていました。でもルールで旦那に言ったわけでもわく、入院してから届いたものも旦那は一切手をつけず、全部そのまま置いてくれています。 娘のマスクだけ、開けさせていただきました。 他にあるたくさんのプレゼント、開けていませんので、写真を載せられず申し訳ありません。 皆様、いつも支えてくださり本当にありがとうございます。 最後の動画が私の体さすってくれました。

産後4ケ月胃癌ステージ4

692,364 Aufrufe • vor 4 Monaten

電車ってのはね、国が違っても箱なんだよ。狭い箱に知らん他人が詰め込まれて、みんなちょっとずつ我慢して目的地まで運ばれる。で、その箱の中のルールが国によって全然違う。日本の電車は、言ってみりゃ図書館が走ってるみたいなもんで、海外の電車は立ち飲み屋が走ってることが多い。 これさ、どっちが正しいって話じゃなくて、文化の設計が違うって話です。 ポストにある黒人女性が車内で大声で電話してた、っていうのと、ブルガリア人の本音をセットで観ると面白い。 ブルガリアの人は「慣れたけど、できれば地下鉄でも話したい。10分くらいなら、みんな電話良くない?」って言う。あれ、悪意というより感覚の差そのものなんだよ。 本人の中では、電話も友達との会話も日常の延長で、公共空間で声を出すことがそんなに犯罪の気分じゃない。むしろ「なんで黙ってるの?」くらいの世界もある。 一方で日本は逆でさ、黙ってることが礼儀になってる。ここが厄介で、黙ってる国ってのは、注意もしないんだよ。 嫌な顔はする。 白い目も送る。 でも言わない。 言わないのに、心の中では裁判が始まってる。 しーっ🤫 これ、日本人は子どもにもやるし、静かにしてねの軽い合図のつもりで使う。 でも国によっては、命令っぽく見える。 上から押さえつけられた感じに取られることもある。 つまり、注意した側はマナーのつもり、された側は侮辱のつもりになりやすい。 ここで爆発が起きる。マナーってのは言葉より顔つきで決まるからね。タクシーで運転手に「そこ右」って言うのも、言い方次第で案内か、説教かに分かれるのと同じ。 じゃあどうすんだって話だけど、結論は単純でさ。 日本の電車は静けさ込みで商品なんだよ。寿司屋に入って俺、本マグロと納豆混ぜたいって言っても、自由だけど嫌がられるだろ? ここは寿司屋なんだから。 だから日本では車内通話は控えるが基本ルールでいい。これは差別じゃなくて、店のルール。相手の肌の色じゃなくて、行為の問題。 ただし日本側も、やり方が下手なんだよ。やるなら、白い目じゃなくて、案内にしないと。 白い目ってのは無言の包丁なのよ。刺さるけど、相手は何で刺されたか分からない。 分からないから逆ギレになる。 だから次に必要なのは、包丁じゃなくてメニュー表。 「ここは静かにする車両です」 「通話はデッキでお願いします」 それを多言語で、ユーモアも混ぜて、徹底して貼る。車掌や駅員も、注意というより誘導で動く。これだけで衝突は減る。 で、乗客側も大事なのは、注意するなら品を持つこと。 「すみません、ここ日本の電車で、通話ダメなんです。よかったらあっちで」 これを笑顔で言える人が増えると、空気が変わる。逆に、正義の顔して黙れってやると、相手の文化圏では喧嘩のゴングになることがある。 ルールを守らせたいなら、勝ちたいんじゃなくて、収めたいんだよ。 最後にもう一個。 ブルガリアの人の「10分くらい電話いいじゃん」って本音、あれをゼロにしろってのも無理がある。 人は急に別の国のOSに入れ替わらない。 だからこそ、受け入れる側の日本も黙って耐えるだけじゃなく、ルールを伝える仕組みを育てないといけない。 多文化共生ってのは、仲良くなる前に、まず取扱説明書を配ることなんだよね。 電車は動く社会。 そこで揉めるのは、国が壊れてるんじゃなくて、説明が足りないか、言い方が荒いか、だいたいそのどっちか。 図書館の電車を守りたいなら、図書館らしいやり方で守ればいい。静かに、はっきりと、ルールを渡していく。

クレア

2,955,247 Aufrufe • vor 5 Monaten

【ダウンタウンよ見ているか?】 昨年水曜日のダウンタウンという番組で日本一のシャッター商店街に認定された我らが西柳ヶ瀬。あの時はふざけるなという怒りの声。もう西柳ヶ瀬は終わったという諦めの声、いろいろな批判の声も多数あがった。 私もあの番組を苦虫を噛む想いで見ていた。 でもね今は思う。 日本一のシャッター商店街に任命してくれて本当にありがとうと。 この「日本一のシャッター商店街」という称号は、このまちに、「変わらないといけないという強い意志」を生み出してくれた。 今年度、私が理事長になるにあたって、掲げた目標。 「西柳ヶ瀬を何とかする!」 その時には何とかするとは思ったものの、何をするかは決まっていなかった。正直どこから手を付けていいかがわからなかった。 そこで、グランベール岐山支配人に相談に行った。すると支配人は変なことを言い出す。「水野さん、西柳ヶ瀬という言葉はちょっと悪いイメージもついている。ここはあえて新しいブランディングネームとして、奥柳ヶ瀬という言葉を使ってみてはどうだろうか?」と。 これを聞いたとき、私には何かが見えた気がした。 この日本一のシャッター商店街が変わる。 そうして、始まった奥柳ヶ瀬プロジェクト。 まずは、世間に注目を浴びるために奥柳ヶ瀬夜市をやろうと決めた。 でも、残念ながら西柳ヶ瀬には人手も足りない。 どうしようか。 そんな時にいきてきたのが、この「日本一のシャッター商店街を何とかしよう」というビジョン。この想いと奥柳ヶ瀬という変な言葉につられて多くの協力者が現れた。 こうして実行委員会が形成され、あれよあれよとプロジェクトが動き出した。 クラファンで行った1万円の参加費を取る廃墟ツアーはなんとすぐに完売御礼。そして総額122万円もの金額があつまった。 こうして、このお金のおかげでこの夜市のプロジェクトができるようになった。 その後もメディアの注目を多く浴び、本日9/21奥柳ヶ瀬夜市は本番を迎えた。 正直、どうなるか不安だった。 恐らく身内だけの小さなイベントになってしまうのではないかと。 元々危ないエリアでもあったため、イベント開催で多くのトラブルも起きるのではないかと危惧をしていた。 しかしどうだろうか。 蓋を開ければ大盛況。 全盛期を彷彿させる多くの人が西柳ヶ瀬にあふれているではないか。 バブルの遺産オーロラネオンがこの夜市にとてもいい雰囲気を与えてくれた。 大人だけでなく、子連れのファミリーも多く来てくれていた。 昔から西柳ヶ瀬を支えてきた地元の皆さんも本当に喜んでくれていた。 私にとってそれが何よりうれしい。 もうだめだと思っていた西柳ヶ瀬。 それがこの奥柳ヶ瀬というプロジェクトによって、何か変わるかもしれない!という大きな期待に変わったと言ってくれた。 実際にこの西柳ヶ瀬ではこのプロジェクトをやり出してから新規テナントの出店があったり、ビルの売買が進んでサウナができる計画も動き出した。 こんなことは直近10年全くなかった。 これもすべてのきっかけはあの憎っくき水曜日のダウンタウンだった。 今ではあの憎さが、大きな感謝に変わった。 あの時、水曜日のダウンタウンに日本一のシャッター商店街の称号をもらっていなければこのようには絶対なってなかったはずだ。 ダウンタウンよあの時はムカついてしまいごめんなさい。 でもね、今は本当に感謝している。 今後もこの日本一のシャッター商店街の逆襲は続く。 いつか、松本さんがテレビに復帰され、西柳ヶ瀬(奥柳ヶ瀬)も再生したあかつきには、もう一度番組で取り上げてくれたらうれしいな。 そんな日をめざして、またこの西柳ヶ瀬を奥柳ヶ瀬プロジェクトを推し進め必ず再生してみせる。 ダウンタウンよ本当にありがとう。 柳ケ瀬を代表してお礼を申し上げる。

水野琢朗/柳ケ瀬の逆境理事長

1,025,880 Aufrufe • vor 1 Jahr

馬にもそれぞれ食べ物の好みがあります🥕 好き嫌いなく何でも食べる子もいれば、なかなかこだわりの強い子もいます🐴 24歳のスズカフォイルは、どちらかと言えば後者です。 現在24歳☘️ 20歳でホースボール協会へやってきて、そこから丸1年かけてリトレーニングを行い、21歳で乗馬デビューしました💪 そんなフォイルですが、協会に来た当初はなかなかの偏食家でした。 ご褒美のおやつといえばニンジン一択。 馬用クッキーも、黒糖も、フルーツも、 「結構です。」 と、受け取りません。 ところが、多くのお客様に可愛がっていただくうちに、少しずつ食べられるものが増えていきました。 今では黒糖などの甘いおやつも大好きです🍬😊 しかし、そんなフォイルにも譲れない一線があります。 それが氷砂糖や金平糖。 口に入れて噛んだ瞬間、 「ガリッ」 その音と感触がどうにも気に入らないようで、 「石を食わせるな!」 と言わんばかりの勢いで怒ります😂 こちらとしては甘いおやつのつもりなのですが、どうやらフォイルの中では完全に石判定のようです🪨 最近、そんなフォイルに新たな発見がありました。 馬房に吊るしてある岩塩です。 ミネラル補給のために設置してあるものですが、フォイルは長いこと食べ物だと思っていなかったらしく、昨年の夏から一年、ほとんど減ることなく綺麗に飾られていました。 きっと本人の中では、馬房の備品か何かだったのでしょう。 それが先日、ふと見ると舐めていたのです。 どうやらようやく、 「あ、これ食べられるやつだ」 と気付いた様子。 それ以来、暇を見つけてはぺろぺろと舐めています。 こちらとしては、 「去年の夏からずっとありましたけど?」 と声をかけたいところですが、本人が満足そうなので黙って見守っています。 氷砂糖は石だと怒るのに、岩塩は一年越しに食べ物認定。 24年生きてきた分だけ、フォイルなりのこだわりもたくさんあるようです。 これからも自分のペースで、美味しいものを食べながら、元気に楽しく長生きしてもらいたいと思います🐴

JHBA 日本ホースボール協会

2,109,626 Aufrufe • vor 11 Tagen