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これどう思う? 江別市の大学生暴行死事件で、当時18歳だった被告に18歳を考慮して【懲役20年】が求刑された。 でも弁護側は「少年だから、未熟だったから15年が妥当」って主張してるらしい…。 最近こんな件ばかりだね。 18歳でも「未熟だから」で少しでも軽くする流れ。命を奪った罪なのに。。。

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大学入学から たった2ヶ月だった。 「別れを受け入れられなかった」 それだけの理由で、 18歳の命が奪われた。 2023年6月29日、神奈川県横浜市鶴見区で起きた 「横浜市鶴見区女子大学生刺殺事件」。 冨永紗菜さんは大学1年生、当時18歳。 入学からわずか2ヶ月、 自宅マンションの敷地内で 元交際相手に刺殺された。 紗菜さんはどんな人だったのか。 母親は法廷でこう語った。 「正直な気持ちは、あの子に生きていてほしかったということだけ」 友人に囲まれ、笑顔で写真に収まる紗菜さんの姿が、 今も遺族の手元に残っている。 大学に入学し、 新しい生活が始まったばかりだった。 何が起きたのか。 伊藤龍稀(当時22歳)と2021年に交際を開始した。 しかし伊藤の暴力が原因で、 別れたり復縁したりを繰り返した。 紗菜さんは最終的に別れを告げた。 しかし、 伊藤は受け入れなかった。 復縁を求めてアルバイト先にまで押しかけた。 断られた。 「包丁で脅せば復縁に応じる」と考えた。 伊藤は事前に、 紗菜さんの部屋に侵入していた。 そして部屋から包丁を盗み出した。 被害者の家から、 凶器を盗んだ。 2023年6月29日夜、 伊藤は盗んだ包丁を持ってマンションに住居侵入し、 帰宅した紗菜さんを待ち伏せた。 駐車場で刺した。 紗菜さんは18歳だった。 大学に入って、 2ヶ月だった。 しかし、 この事件には「もう一つの顔」がある。 2人の交際は2021年から始まっていた。 伊藤の暴力が原因で別れと復縁を繰り返していた。 これは法廷で明らかになった事実だ。 暴力は、 以前からあった。 それでも、 誰も止めなかった。 交際中の暴力がありながら、 逮捕も警告も何もなかった。 住居侵入して包丁を盗んだ男が、 自由に動き回れた。 🔴 判決 2024年6月21日、 横浜地裁の西野吾一裁判長は判決を言い渡した。 検察の論告。 「復縁を拒絶され、自分と別れた被害者が幸せになることが許せないなどと考えて殺害を決意したもので、自己中心的かつ短絡的」 弁護側は 「発達障害の影響や自首を考慮し懲役15年が相当」 と主張した。 判決は懲役18年。 検察の求刑は懲役20年だった。 伊藤は法廷でこう言った。 「本当にごめんねという思い以外ない」 「ごめんね」 18歳の命が、 「ごめんね」という言葉と 懲役18年で 片付けられた。 交際中の暴力があった。 住居侵入があった。 窃盗があった。 それでも、 紗菜さんは刺された。 18年後、 伊藤は出所する。 紗菜さんは、 二度と帰ってこない。 母親の言葉が、 全てを語っている。 「あの子に生きていてほしかった。 それだけです」 紗菜さんは大学入学から たった2ヶ月で逝った。 「別れを受け入れられなかった」 その感情を、 この社会は止められなかった。 あなたは、 交際中の暴力に対して、 この国のシステムはもっと早く介入すべきだったと思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

430,821 views • 2 months ago

「イライラが止まらん」 18歳の息子が、 そう言った。 母親を嫌いなわけじゃない。 助けたくないわけでもない。 ただ、 疲れていた。 高校3年生だった。 学校から帰ると、 母親の介護が待っていた。 母親はALSを患い、 少しずつ身体が動かなくなっていた。 食事を手伝う。 身の回りのことをする。 家のこともする。 まだ18歳だった。 本来なら、 友達と遊んで、 進路を考えて、 自分の未来を描く時期だった。 そして、 病気はさらに進行した。 呼吸も苦しくなり、 母親は人工呼吸器をつけるかどうか、 決断を迫られた。 母親は悩んでいた。 「つければ、生きられる。 でも、息子の負担が増える」 これ以上、 息子に迷惑をかけたくなかった。 だから、 息子に相談した。 そのとき、 息子は言った。 「イライラが止まらん」 母親の命に関わる決断を、 18歳の少年が受け止めた。 親子の間では、 こんな言葉が交わされていた。 「ありがとう」 「ごめんね」 息子は母親を大切に思っていた。 だからこそ、介護をしていた。 でも、 大切に思っているからといって、 疲れないわけではない。 愛しているからといって、 イライラしないわけでもない。 誰が悪いわけでもない。 母親も悪くない。 息子も悪くない。 ただ、 家族だけでは抱えきれない現実が そこにあった。 「イライラが止まらん」 この言葉は、 母親を嫌っていたから出た言葉ではない。 介護と自分の人生の間で 引き裂かれていた、 18歳の叫びだった。 子どもが家族を支えるとき、 その子どもを支えるのは、誰なのか。 あなたは、どう思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

184,650 views • 25 days ago

めちゃくちゃいい話だったな。ジコさんとボネクド本当にいい関係🥺 #ZICO #BOYNEXTDOOR ソ:急に心配になってきた。ジコPDニムが急にカトクを送ってこられて…フィードバックをくれるんじゃない? ソ:最近思うのはジコPDニムのフィードバックをもうしばらく聞いてないと思います。I Feel Goodの時まではフィードバックが来てたのにある瞬間から… ジェ:上手くなったからでしょ ソ:もちろんジコPDニムもお忙しいし、僕たちも…僕たちと一緒に活動している方々と既にたくさん手足を合わせてきたから勝手にサクサク進むってのもあるし。でもちょっと気になることもあるじゃん。ショミに行った時聞いてみればよかった。他の話は何回かするんだよね ジェ:上手くやってるからだよ ソ:でもただ聞きたいんだよね ジェ:聞いてみなよ! ソ:でもできなかった ジェ:そして裏では全部フィードバックしてくださってる ソ:そうだよね、僕らのスタッフの皆さんは聞いてらっしゃるんだけど ジェ:全部見ていらっしゃってる。ジコヒョンは全部見ていらっしゃる。どこでも全部見ていらっしゃる ソ:小言を聞く時期はもう少しずつ過ぎてるよね。例えば昔は…月末評価の時ジコPDニムが本当に鋭く的確に指摘してくださったポイントとかがある。でも今は僕たちのことをすごく尊重してくださって、僕たちの作業もすごく尊重してくださって、僕たちのプレイもすごく尊重してくださるから。当然来るしかないレベルだとは思うんだけど。この前、練習生の時の月末評価動画をスタッフの方が見ていらっしゃって僕も見たらあの頃の懐かしさをいきなり思い出した。今はあれよりももっと上手くやれるのにって。今は僕も自分でフィードバックするんだよね。「あー、あの時こうすればよかった」って思いながら久しぶりにそういうのを聞きたかった。ジコPDニムのそういうフィードバックが瞬間でものすごく懐かしさとして押し寄せて来たんだよね。ただイベントとして一回やってみたいです ジェ:月末評価を? ソ:はい、ただそれを感じてみたい。あの時のあの感情を ソ:とにかくこの前いきなりそんなことを思った。ジコPDニムの…あ、でもそれもまた怖そうだな ジェ:怖いよー ソ:なぜならジコPDニムは今は完全にヒョンだよね ジェ:そう?僕は今でも怖いよ ソ:僕もショミの観覧行って楽屋でご挨拶はしたんだけど…僕は会社もここが初めてで、ここに一番長くいるし、これ以外の経験がないから、それでもただ本能的にやっぱりPDニムに緊張した気持ちはあるけど、それでもPDニムと色んな思い出を残すうちに自然とこうやってお互い冗談を言い合うのが気分が良い気持ちもある。「時間が結構経ったんだな、僕がPDニムと他愛もない話をこうやってするんだな」って。でもそれがすごく楽しくもあって、懐かしさも込み上げてきたんです ジェ:緊張するよ。しょうがない。緊張するのが当然 ソ:緊張してた方がミスもしません ジェ:そうだよ。それはコヒョンとの僕らの関係だけじゃなくて、どんな関係でも緊張してた方がミスしないよね ソ:だから僕の中ですごく揺れてたんだよね。一方では緊張してる。だから今でもカトクする時はちょっと緊張感を持って送ってる。それが口調に全部出るじゃん。でもたまに思うんだよね、「もしかして寂しく思われるかな?」ってw そうじゃない気もするけど。いつかはジコPDニムも、もう少しこう…甘えてくる弟モーメントを望まれることもあるのかなと思った ジェ:まだまだそれは遠いよ ソ:いつか! ジェ:うん ソ:でもいざジコPDニムがそれを望んだ時に、僕らがそうしないことも… ジェ:ある! ソ:そうしないこともある

Em_BlockB3

48,369 views • 5 months ago

6/11 ジフン エムカ1位への思いとメンバーへの労い 🐶本当にほっとしたというか、ありがたかったです。 何というか、これまでは少し遠く感じるような賞だったのですが、正直に言うと、どこか自分たちに身近なものだとは感じられなかったんです。でも、こうして本当に1位という賞をいただくことになって、当然ながらより責任感も生まれました。 🐶実は、僕たちはこれまで、ありがたいことに新人賞も運良くたくさんいただいたり、新人の頃に多くの賞をもらったりしたことはありましたが、音楽番組で直接(1位の)賞をいただくのは今回が初めてなんです。だから、その時の感動や気持ちは、あの頃にいただいた賞とはまた少し違う感覚で、僕たちに近づいてきてくれたような気がします。 🐶今回のアルバムは、実はちょっと重要な意味を持っていたんです。もちろんすべてのアルバムが重要ですが、今回のアルバムは特に重要だと考えていました。僕たちだけの満足という面でも重要ですが、「最終的に結果につなげなければならない」という個人的なプレッシャーが少しありました。 🐶この時期に、音楽番組で1位を一つ獲ることがすべての目標や達成ではないけれど、このタイミングで結果としても、成績としても、何か目に見える成果が少しでも出るべきと思っていた時期だったんです。そんなことを考えていたら、本当に完全に、万感が交差する(様々な感情が込み上げてくる)ような感覚になりました。 🐶特にジェヒョクが泣いているのを見たとき… いや、君が泣いているのを見て、本当に何を考えたかというと、昔のことがすごく思い出されたんです。自分がYGで過ごしてきた道のりも思い出しましたし、今このチームをやりながら、実は良いことばかりではなかったじゃないですか。ファンの皆さんは知らない、辛かったことも結構たくさんあったけれど、そんなことを思い返しながら、自分一人だけが耐えてきたんじゃなくて、結局はみんなが一緒に耐えて、ただこうして黙々と続けて、お互いを応援し合いながらやってきたんだなということが思い出されて。 ジェヒョクもきっと、同じようなポイントで涙を流したんじゃないかなと思ったら、それを見て本当に胸が熱くなりました。ジェヒョクが泣く姿を見て、僕も何か込み上げるものがありました。 🐶メンバーたちは本当に苦労したし、大変だったと思います。実際、考えてみると、自分たちに向かって「お疲れ様」「よく頑張ったね」なんて言葉は、普段はあまり口にしないじゃないですか。 でも、本当にこれを機に、少し照れくさいかもしれないけれど、メンバーたちに「本当にお疲れ様、大変だったね」と伝えたいです。 🐶本当に簡単ではなかったと思います。これから進むべき道もまだまだ長いけれど、これまでの道のりも本当に大変だったし、「みんなよくやった」と言いたいです。一つの目標を達成した、その中の一つです。 ジフンが "Esquire Korea"のインタビューの中で、「今回の活動の目標は?」という質問に、「今回の活動がTREASUREのキャリアハイとなるきっかけになればと思っています。」と答えていました。 今回こうして目に見える結果に繋がったことで、この先の道もまだまだ続くけれど、ジフンのプレッシャーが少しでも和らげばいいなと思います。

nina

17,498 views • 3 months ago

7歳だった。 ただ——家に帰ろうとしていただけだった。 2004年、日本で起きた 「奈良小1女児誘拐殺人事件」。 2004年11月17日、 奈良市立富雄北小学校の1年生だった 有山楓ちゃん(当時7歳)が 下校途中に姿を消した。 犯人・小林薫は—— 「誰でもよかった」と供述した。 しかし—— この男には、前科があった。 それも、 子どもを狙った性犯罪だった。 それでも—— 外に出ていた。 しかも—— 別の性犯罪で起訴されている最中に。 なぜ—— 野放しだったのか。 小林は楓ちゃんを車に乗せ、 自宅マンションへ連れ込んだ。 そして—— 命を奪った。 その後—— 楓ちゃんの携帯電話を使い、 遺体の画像を母親に送りつけた。 「次は妹だ」と——脅迫した。 母親のもとに届いたのは—— 娘の、最後の姿だった。 裁判で小林は言った。 「反省の気持ちもない。 更生するつもりもない。 早く死刑になりたい」と。 判決が言い渡された瞬間—— 小林はガッツポーズをした。 2013年2月21日、 死刑が執行された。 しかし—— 楓ちゃんの父はこう語った。 「何年たっても、あの日の記憶は消えない。 家族を守れなかった悔しさしかない」と。 死刑は執行された。 それでも—— 起訴中の性犯罪者が外にいたという事実は、 消えない。 7歳だった。 ただ——家に帰ろうとしていただけだった。 それでも—— この国は、本当に子どもを守れているのか。 あなたは——どう思うか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

236,834 views • 6 months ago

りくりゅうペアを見て思ったんですけど、これだから年上の男性って沼なんですよね。 これ全女の子が思ってるので、全男性は叩き込んで欲しいんですけど、 ショートでミスがあって、あんな大舞台でプレッシャーも半端ないはずなのに、フリーではきっちり立て直して世界最高得点。りゅういちさんがりくちゃんを高く投げるあの技は信頼がないと絶対にできないじゃないですか。あれってただの技術じゃなくて、「俺が受け止めるから大丈夫」っていう覚悟そのものだなって思いました。 辛い時にどっしりしてくれる安心感とか、パニックにならずに隣で冷静に支えてくれる余裕。うまくいかない日でも「大丈夫」って言ってくれる男らしさ。 でもいざ成功した瞬間は、誰よりも感情が溢れて、子どもみたいに泣いて、嬉しさを隠さずに甘えてくる。 ああいうギャップはずるいです。 強いだけじゃなくて、ちゃんと弱さも見せてくれる。 守ってくれるだけじゃなくて、一緒に喜んでくれる。 私も昔、人生がうまくいかなくてボロボロだった時期があって、強がって「大丈夫」って言いながら、本当は誰かに寄りかかりたかったことがありました。あのとき隣に、ああいうふうに支えてくれる人がいたらもう少し楽に呼吸できたのかなって思うことがあります。 だからこそああいう姿を見ると刺さるんですよね。 結局、人って「完璧な強さ」よりも、「覚悟のある優しさ」に惹かれるんだと思います。自分の役割をちゃんと果たしながら、最後は感情を隠さない。あのバランスが女の子からしたら沼なんですよ。 でも、 ああいう関係って片方がすごいんじゃなくて、二人とも覚悟を持ってるから成立してるんだなって思います。 支える側も、支えられる側も、本気で向き合ってるからあそこまでいける。 だから私も夢を叶えるときは一人で勝つんじゃなくて、誰かと一緒に喜べる人でいたいなって思いました。カフェを開く夢も、フォロワー1万人の目標も、ただ数字を取るんじゃなくて「一緒にここまで来たね」って言える未来がほしいです。 もし今何かを頑張ってる人がいたら、それだけで本当にかっこいいです。辛いのに踏ん張ってる人はそれだけで価値があります。 そんな人と私は関わっていたい。 こういう気持ちに少しでも共感してくれたならこれからも一緒に夢を追いかけてほしいです。よかったらフォローしてなこの物語をそばで見守ってください☺️ 沼に落ちる準備できてます😉笑

なこ

19,179,638 views • 7 months ago

2歳の女の子が、 板で封じられた木箱の中で 手足を縛られたまま死んだ。 縛ったのは——祖母だった。 母親もいない。 父親もいない。 守ってくれる大人が、一人もいなかった。 2022年、大阪で起きた 「富田林市2歳女児熱中症死事件」。 2022年6月29日、大阪府富田林市の集合住宅で 2歳の小野優陽ちゃんが熱中症で死亡しているのが発見された。 祖母は、その間どこにいたのか—— 内縁の夫と、USJに遊びに行っていた。 優陽ちゃんに何がされていたのか—— 四方に板を張った、ふた付きのベビーサークルに監禁された。 手足を粘着テープで縛られた。 水も与えられなかった。 食事も与えられなかった。 2泊3日の予定だった。 優陽ちゃんが死んだその日、 祖母はUSJ近くのホテルに宿泊予約まで入れていた。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 優陽ちゃんの母親は、借金を理由に祖母に追い出されていた。 母親は父親——祖母の三男——から暴力も受けていた。 16歳で結婚し、追い詰められた末に、 娘を育てる機会を奪われた。 事件前からすでに、 祖母は優陽ちゃんを閉じ込めたまま 外泊を繰り返していた。 それは「事件」ではなかった。 それが——「日常」だった。 誰も気づかなかったのか。 誰も通報しなかったのか。 行政は何をしていたのか。 記録も、履歴も、答えも—— 何も残っていない。 🔴 判決 祖母・小野真由美被告に懲役9年。 裁判長は「死の過程で味わった苦痛や絶望感は察するに余りある」と述べた。 内縁の夫・桃田被告には懲役6年。 2歳の女の子が、 板で封じられた木箱の中で 手足を縛られたまま死んだ。 それは「事故」ではない。 それは「虐待」だった。 そして——誰にも止められなかった。 この国では、 守る人間がいない子どもが 今日もどこかにいる。 あなたは、この判決で十分だと思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

367,046 views • 5 months ago

ぶっちゃけヒカルがめちゃくちゃ好きってわけじゃないです。 でも、この動画だけは別格だった。 刺さった。 胸を殴られたみたいに「そうだよな……」と黙らざるを得なかった。 そう、 「楽」と「楽しさ」は似ているようで、実はまったくの別物です。 ただラクしてるだけの人生は、 確かにしんどくはないです。 だが、それと同時に“何も起きない人生”でもある。 刺激もない。 成長もない。 達成感もない。 その結果どうなるか? 気づけば心が干からびて、人生そのものが退屈な作業になってしまいます。 実際、昔のナギもまさにその典型だった。 「本当は美女を抱きたい。 みんなが憧れるような女を横に連れて歩きたい」 心の奥底では、そんな願望がメラメラ燃えていた。 でも表ではこう言って逃げていた。 「仕事が忙しいから」 「俺なんて外見も普通だし」 「女性に慣れてないから……」 そうやって都合よく言い訳を積み重ね、 “挑戦しなくていい道”へ逃げ込んでいた。 逃げればラクだ。 誰にも否定されないし批判もない。 壊れる恐怖も味わわなくていい。 ただし ラクを選んだ先に、欲しい未来は一つもなかった。 ナギはその現実に、ある日ようやく気づいたんだ。 このまま“ラクな人生”を続けたら… 憧れていた女性に振り向かれることもなく、 自分を誇れる瞬間もなく、 「まぁこんなもんか」と言いながら人生が終わっていく。 想像してみてほしい。 40歳、50歳、60歳になったあなたが、 “本当はもっとやれたのに何もやらなかった自分”を思い出した瞬間。 その時に込み上げる後悔は 今の“ラクさ”なんかとは比べものにならない。 そのことに気づいたとき、ナギは腹を括った。 複数の恋愛コンサルを受けた。 逃げずに自分と向き合った。 行動した。 最初は怖かった。 しんどかった。 手も足も震えた。 だけど 不思議と“つらい”とは一度も思わなかった。 それどころか、 めちゃくちゃ楽しかった。 だって、変わっていく実感があったから。 選ばれる側の男に近づいていく感覚があったから。 昨日より今日の自分の方が、確実に誇れたから。 “ラク”では得られない興奮。 “逃げ”では味わえない自信。 挑戦した瞬間から、 ナギの毎日は「退屈」から「充実」に切り替わった。 結局、人生はシンプルなんだ。 ラクを選べば、人生はラクのまま止まる。 楽しさを選べば、人生は動き出す。 そして、動き出した人間だけが 憧れていた女性と自然に笑い合える自分になれる。 これはキレイごとじゃない。 ナギが現実に体験した事実です。 だから今、これを読んでるあなたにハッキリ言いたい。 もしあなたが心のどこかで 「本当は美女を抱きたい」 「理想の女と結婚して幸せになりたい」 「もっと堂々と自分に自信を持って生きたい」 そう思っているなら “ラクな逃げ”を続けている場合じゃない。 ラクしている間に、 あなたの未来はどんどん薄くなっていく。 一方、 挑戦した瞬間から、あなたの人生は手触りのある“楽しさ”で満たされ始める。 どちらの人生を選ぶかは、あなた次第です。 今日も最後まで読んでくれてありがとう。 現在進行形で美女からモテるために頑張ってるって人はいいねで教えてください。 美女を抱くために頑張る人はナギコンサル生じゃなくてもみんな仲間です。 面白いプロフィールの人がいたらフォローさせてください! 発信者さんも構いません。 さぁ、みんなで美女を抱きましょう。

ナギ

110,980 views • 10 months ago

ランダム報酬って、欲しいものほど当たらないよね? 今はみんな漫画ケンジのスキンを狙ってるけど……本当に「みんな」なのかな? 心の奥底で本当に望んでいるものは、何だろう。これまでの人生を振り返って、「なりたかった自分」になれている? もし違うなら、どう変えていたら自分を誇れたと思う? 結局のところ、それが一番大事なんじゃない? 今日の報酬へのリアクションも、心の奥にある気持ちの映し鏡かもしれない。良い報酬か、悪い報酬か――それって、見方ひとつで変わるものだよね。 ……さて、そろそろ発表しよう。 今日の報酬を受け取るその前に――動画を見て、このテキストも読んでくれてありがとう。でも考えてみて? 動画でもゲーム内でも報酬が発表されるのに、ここにも書く意味ってある? 結局どのドアを開けても同じじゃない? だってランダムなんだから。 ――本当に? メガボックスのドアは、けっこう分かりやすかったでしょ? つまり、ヒントがあるドアとないドアがあるってこと。動画でも言ってたけど、どれがフェイクでどれが本物かを見抜くのがポイントなんだ。実はね、あの「白いドア」はもともと漫画ケンジ用に作ったものじゃないんだ。みんなが勝手にそう思い込んで、外れたときに「だまされた」って感じただけ。でも実際は、自分自身をだましたんだよ。それでも中には、びっくりするほど正解に近い推測もあった。たまたまかもしれないし、未来の自分がヒントを出したのかもしれない。本で読んだことあるけどね、そういうことも起きるんだって。 ……ともあれ、今日の報酬を楽しんでもらえたなら嬉しい!そして今日も、みんなで「最高のドア」に投票しよう! #ブロスタ

ブロスタ公式

190,889 views • 11 months ago

中学時代の後輩から頼みごとがあった。 15歳の聡至さんは 面識すらない7人から 素手、鉄パイプ、角材で殴られた。 バイクで轢かれた。 髪に火をつけられた。 9日後、死んだ。 加害者10人のうち最年少は14歳。 誰もが2年以内に退院した。 1997年8月27日、兵庫県稲美町。 「稲美町集団暴行死事件」。 1997年8月27日、高松聡至さん(当時15歳)が中学時代の友人3人と、面識すらない7人から、素手、鉄パイプ、角材による暴行を受けた。さらにバイクで轢かれ、髪の毛を燃やされるなどの集団リンチに遭い、9日後に亡くなった。現場は自宅から200メートルほどの、木々に囲まれた神社だった。 聡至さんはどんな子だったのか。 高校進学後は寮生活を送っていた。事件当日は夏休みで帰省していた。中学時代の後輩から頼み事があり、それに応じたことがすべての始まりだった。 夏休みに帰省していただけだった。 後輩に頼まれて出かけただけだった。 何が起きたのか。 中学時代の友人3人と一緒にいたところ、面識すらない7人の少年たちに襲われた。素手だけではなかった。鉄パイプで殴られた。角材で殴られた。バイクで轢かれた。髪の毛に火をつけられた。 面識のない7人がなぜ襲ったのか。 詳しい経緯は明らかにされていない。 9日間、聡至さんは生死の境にいた。 そして死んだ。 しかし、この事件には「もう一つの顔」がある。 犯行当時14歳から16歳だった少年10人は、傷害致死の非行事実で家庭裁判所に送致され、少年院に送られた。 しかし、全員が2年以内に退院した。 素手だけでなく、鉄パイプと角材を使った。 バイクで轢いた。 髪に火をつけた。 9日間苦しめて死に至らせた。 その罰は2年以内の少年院送致だった。 🔴 被害者支援の現実 事件があった1997年当時、兵庫県にはまだ、犯罪被害に遭った人やその家族を支援する制度がほとんど整っていなかった。 息子を殺された両親は、何の支援も受けられないまま、この事件と向き合うことになった。 制度がなかった。 支援がなかった。 両親はただ一人で苦しんだ。 15歳の聡至さんは、後輩に頼まれて出かけた先で、面識のない7人に襲われた。 鉄パイプで殴られ、バイクで轢かれ、髪に火をつけられ、9日間苦しんで死んだ。 加害者10人は全員2年以内に社会に戻った。 被害者の家族には支援する制度すらなかった。 あなたは、鉄パイプや角材、バイクを使った集団リンチで15歳が死亡し、加害者10人全員が2年以内に少年院を退院したこの事件に、何を思いますか。

Ajay Verma (アジャイ・ヴェルマ)

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