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┏━━━━━━━━━━┓ これは お前の物語だ ┗━━━━━━━━━━┛ 本日 #FF10 24周年! #キングダムハーツ 1作目ではデスティニーアイランドに住む少年としてティーダやワッカが登場 KH2ではアーロンがソラたちのガードを名乗り出てくれる頼もしい存在に! #KH 📢KH HD1.5+2.5 ReMIX発売中!

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この動画の撥水を実用可能レベルまでの耐久性を持たせて販売する計画を立てています 応援してください スプレータイプのコーティング剤って、正直、昔から大して中身は変わっていません。 艶・撥水・香りに多少の違いこそあれ、本質的には20年前から進化していない。 にもかかわらず、今は「売れる」んです。 なぜか? インフルエンサーが紹介すれば売れる、洗車タレントのキャラが立っていれば売れる。 そんな“属人化ビジネス”が主流になり、中身より「誰が売るか」が重視される時代になっているからです。 KYOTO DETAILは、その流れに乗りませんでした。 「中身がなんでもよくて、売る人さえ目立っていればいい」──そんなやり方では、一発屋で終わると分かっていたからです。 贅沢コンパウンドの大ヒットで名を広めた私たちは、次に出すスプレーコーティング剤は、次元が違う“本物”じゃないと意味がないと考え、 1年間、本気で世界中の製品を探し回りました。 そして出会ったのが、韓国でバズっていたLUMINUS社のスプレーコーティング。 当時、日本では韓国の洗車ブランドなど全く知られておらず、代理店もゼロ。 その中で私たちはこの製品に注目し、徹底的にテストを重ね、 その異次元の耐久性と仕上がりの良さに確信を持ちました。 日本名を【グラフェン君】と名づけ、Instagramで「グラフェン君いじめ」企画を実施。 強酸・強アルカリなどの過酷な実験で耐久性をアピールし、発売前から話題沸騰。 そして期待どおり、発売直後に爆売れ。 その実績を受け、LUMINUS社から「日本市場を任せたい」と依頼され、 KYOTO DETAILはLUMINUS日本総代理店となりました。 製品名も【LMグラフェンスプレー】に統一し、今では発売から4年経っても高評価を維持しています。 贅沢コンパウンドに続く2度目の大バズり。 これによりKYOTO DETAILは、キャラ頼みでも一発屋でもない、 “中身で勝負する本物の商社”としての地位を確立しました。 現在では、韓国LUMINUS、イタリアLabocosmetica、韓国タオルブランドit’sWin、 そしてブラジルのVONIXXなど、世界中の“本物だけ”を扱う専門商社として展開しています。

洗車グッズKYOTO DETAIL《公式》京都ディティール

54,276 views • 11 months ago

#夜の街から 日本軍が虐殺と集団レイプを行った「バハイ•ナ•プラ」(赤い家)で。 1944年11月23日、フィリピンのルソン島中部のパンパンガ州、カンパダ村のマパニケでは、夜明けから日本軍による襲撃がありました。抗日ゲリラを囲っている、住民のなかにゲリラがいるという嘘の口実での襲撃でした。 当時マパニケの人口は約1000人で、200~250世帯が暮らしていました。 村の男性たちは集められ、残虐な方法で殺され、自身の皮をはいで食べさせられたり、生きたまま火をつけられました。 村の住宅から日本軍が宝石や衣類やお金など高価なものや欲しいものをなんでも奪った後、すべての家を焼き尽くしました。 子どもや女性たちは、日本軍が奪ったものを運ぶように命令されて、数キロ離れた「バハイ•ナ•プラ」(赤い家)まで連れてこられ、少女と女性たちは10歳ほどの子も含めてレイプされました。 被害者の女性は1996年に52年の沈黙を破って被害を名乗り出ましたが、日本政府は謝罪や補償をしていません。 今も、村には当時被害にあった女性が90歳近い年齢でご存命です。 この家を管理している男性は、「私たちの村で日本軍がしたことを日本人に知ってもらいたい」と話していました。 この建物は、日本軍による集団レイプや虐殺があった日から82年以上そのままになっており、フィリピン政府は保存を希望していますが、土地が売られてしまっているため保存が難しく、朽ちて危険があるため来年には取り壊しになるかもしれないとのことです。 「バハイ•ナ•プラ」(赤い家)で起こしたことを反省しないままでは、日本社会で性暴力や性搾取をなくすことはできません。 もしもこの建物がなくなっても、私たちが記憶し、加害を反省し、語り継いでいかなければなりません。

仁藤夢乃 Yumeno Nito

150,734 views • 3 months ago

FF5のガラフ対エクスデスを見ると、正直、今見ると胸が痛い。なぜなら、あの場面には、今の私たちが失いかけているものが、あまりにも綺麗に残っているからだ。映像の豪華さではない。声優の熱演でもない。あの場面の本質は、ゲームシステムと物語が、同じ一点で爆発していることにある。普通、RPGにおいてHPが0になればキャラクターは倒れる。 それはプレイヤーが何十時間もかけて身体に覚え込ませたルールである。 回復しなければ死ぬ。 戦闘不能になれば動けない。 その当たり前を、ガラフは破る。 HPが尽きても立つ。 攻撃されても倒れない。 メテオを撃たれても、フレアに焼かれても、氷に貫かれても、自分が信じていたゲームのルールが、ガラフの意志によって押し返されるのを見ている。 だから感動する。 ここを、今の私たちはよく間違える。感動的な場面を作ろうとすると、つい演出を盛る。声を震わせる。カメラを寄せる。音楽を大きくする。もちろん、それは現代の技術として正しい。プレイヤーに伝えるための手段として必要なこともある。 ガラフの最期は、その逆である。物語が戦闘の中にある。戦闘が物語の証明になっている。HP0というシステム上の死が、キャラクターの意志によって意味を変える。だから、あの小さなドット絵の老人は、現代の美麗なムービーよりも美しい。 ドット絵の制約。 容量の制約。 短い台詞。 プレイヤーの想像力に委ねる余白。 それらが奇跡的に噛み合っていた。 しかし、それだけではない。 あの場面は、ゲームという媒体の本質を理解していた。ゲームは、ただ物語を見せるものではない。プレイヤーがルールを理解し、そのルールの中で行動し、そのルールに慣れたところで、物語がそのルールを揺さぶる。その時、ゲームにしかできない感動が生まれる。 ここを忘れると、映画の劣化版になる。 綺麗な映像。豪華な音楽。重厚な台詞。しかし、プレイヤーはただ見ているだけでは意味がない。 ガラフの場面は、ゲームでしか成立しない。小説なら「死んでもなお立ち上がった」と書ける。だが、HP0なのに倒れない、という感動はゲームにしかない。 プレイヤーがゲームのルールを知っているからこそ成立する。これは、私たちが本来もっと大切にしなければならない財産である。 今のスクエニが、これの再現に必要なのは、現代のゲームにおける「HP0でも立つ」に相当するものを見つけることだ。 たとえば、プレイヤーがずっと信じてきた成長システム。長く使ってきたコマンド、当たり前に開いていたメニュー、守ってきた仲間のAI、セーブやロード、ジョブ、装備、マップ、召喚、パーティ編成。 そういうゲームとしての常識を、物語のある一点で変質させ、キャラクターの覚悟によって、システムの意味が変わる。プレイヤーの操作が、ただの操作ではなく、物語の選択になる。 そこまで設計できれば、今でも名場面は生まれる。 しかし、それは会議で説明しにくい。 「ここでUIの挙動を変えます」 「ここで戦闘不能のルールを一度だけ破ります」 「ここでプレイヤーの常識を裏切ります」 こういう企画は、リスクがある。現代の大規模開発では避けられやすい。けれど、そこを避け続けると、名場面は生まれない。 プレイヤーが信じてきたルールの中で、キャラクターの覚悟を体験させなければならない。 ガラフは「私は命をかけて守る」と長々語ったから感動したのではない。 本当に、命を超えて立ったから感動した。 しかもそれを、戦闘というプレイヤーが最も理解している場所で見せた。 今のスクエニがもう一度こういう場面を作るには、過去作の名場面を綺麗に再現するだけでは駄目だ。 FF5をリメイクして、ガラフのシーンを豪華なムービーにすることはできる。 だが、それだけでは足りない。 本当にやるべきは、現代のプレイヤーが慣れ切ったゲームの文法を、一度だけ感情のために壊すことだ。 システム担当とシナリオ担当が、同じ心臓で設計すること。 バトルと物語を分けないこと。 UIと感情を分けないこと。 演出と操作を分けないこと。 プレイヤーが手を動かした記憶の中に、キャラクターの死や覚悟を刻むこと。 それができた時、初めて「今のスクエニにも名場面は作れる」と言える。 ガラフの最期は、古い名場面ではない。 未来への宿題である。私たちは、あの小さなドット絵の老人に、いまだに問い詰められている。 お前たちは、映像を綺麗にすることばかり考えていないか。物語をムービーに逃がしていないか。ゲームのルールそのものを感動に変える勇気を、まだ持っているか。 エクスデスは叫んだ。 「なぜ死なん」 だが本当に問われているのは、今の私たちの方である。 なぜ、あのような場面をもう一度作れないのか。 答えは、技術が足りないからではない。勇気の置き場所を、少し忘れているからである。

クレア

449,957 views • 28 days ago

アーケード版「熱血硬派くにおくん」が稼働開始40周年を迎える直前の4月(※)に、本作の開発者である岸本良久さんが逝去されたのは本当に残念でならない。岸本さんの追悼と、くにおくん40周年に際し私なりに本作の魅力について語りたいと思う。本作はベルトスクロールアクションゲームの源流の(続く) 一つとされ、ビデオゲーム史において非常に重要な作品に位置づけられる。その革新性については既に多くの方が語り尽くしているので、私は少し視点を変えてこのゲームを捉えたい。※本作の稼働開始は1986年5月という情報に基づく 私が注目したのは「くにおくんの向き」である。 くにおくんは、近くにいる敵の方を向き続ける習性がある。だから後方から敵が迫った時にレバーを逆方向に入れても、すぐに後ろを振り向くことはしない。後方の敵に対しては、くにおくんが向いている方の反対方向のボタンを押すと後ろ蹴りが出るので、主にこれで対応することになる。 この操作系は同じく岸本さんが手がけたダブルドラゴン(以下DD)では採用されておらず、DDではレバーを入れた方向に自由に主人公の向きを変えられる。正直、DDの操作系の方が直感的で操作しやすいので、この変更は私にはありがたかった。 だが、くにおくんの「常に敵の方を向き続ける」という習性は、熱血硬派くにおくんというゲームのコンセプトによくフィットしていると私は思っている。本作は格闘アクションゲームというより「喧嘩アクションゲーム」と言えるものだからだ。 岸本さんはインタビューで「高校生の喧嘩をテーマにしたゲームを作りたかった」と語られていた。実際のケンカを想定した場合、くにおくんの「目の前の敵にはパンチ、後方から迫る敵には後ろ蹴り」という仕様は飲み込みやすくなる。 そして何より、必ず敵の方を向くという習性は、くにおくんというキャラクターにピッタリ合っている。常に真正面から敵にぶつかっていく熱血で硬派なくにおくんのキャラクターをよく表していると思うのだ。 個人的な思いであるが、その様子は、常にゲームと真正面から向き合って開発をされてきたであろう岸本さんの姿に重なるようにも思える。 岸本さんが逝去されてから改めて本作をプレイしてみたところ、その思いはより強くなった。くにおくんは、岸本さんそのものだったのではないのだろうかと。 くにおくんというゲームはDDに進化してベルトスクロールアクションというジャンルそのものを定義しつつ、ドッジボールなど親しみやすい形でケンカ以外にも活躍の場を広げ、大きく成長していった。 だがその魂は、やはりこのアーケード版にあるように思う。向き合うべきものから決して目を離さない熱血で硬派なくにおくんに触れるということは、同時に岸本さんの思いに触れるということでもあるのかもしれない。40周年という節目は、その絶好の機会だと思う。 現在はアケアカやイーグレットツーミニなどで手軽に楽しめるので、ぜひ多くの方にアーケード版を楽しんでいただきたい。 この、ゲーム史において非常に重要かつ類まれなる熱さを有した傑作「熱血硬派くにおくん」を開発して下さった岸本さんに、改めて感謝したいと思う。岸本さん、素晴らしいゲームを本当にありがとうございました。 #レトロゲーム

moai1234

314,835 views • 1 month ago

夜職で売れている子の家には、OS-1が箱で置いてある。 売れない子の家には、何もない。 六本木ジャングル東京のトップキャストたちが、飲みすぎた夜のルーティンを全部さらけ出している動画を見た。 韓国の「HEBパッチ」を腕に貼って出勤。 帰宅後はOS-1を飲んで、液体グルタチオンを摂取。 それでも限界の日は、ドレスとヒールのまま気絶する。 「朝起きたらヒールでドレスで…絶望、絶望」 笑い話として語っていたけど、これはプロの話だった。 人事をやっていると、売れる子と売れない子で、身体の扱い方が全然違うことに気づく。 売れない子は、消耗した体を翌日に持ち越す。 売れる子は、その日のうちにリカバリーしていく。 グループ内でトップ売上を出していたキャストに「体調管理で意識してることある?」と聞いたとき、 「毎日このサプリとR-1、あとは温泉水飲んでる」 と返ってきた。 心理学では「実行意図」という概念がある。 「〇〇したら△△する」と事前に決めておくだけで、行動の実行率が大幅に上がる。 グルタチオンを飲む、OS-1を用意する、パッチを貼る。 意志力に頼らず、ルーティンに落とし込んでいる人間は、しんどい日でも翌日に持ち越さない。 接客のパフォーマンスは、前日の身体の状態が全部乗る。 むくんだまま出勤した日と、ケアして出勤した日。 同じ接客をしても、声のトーン、目線、間の取り方、全部に体調が滲み出る。 お客様はそれを言語化できなくても、必ず感じている。 売れている子が身体への投資を惜しまないのは、それが売上に直結することを知っているからだ。 根性か、仕組みか。 同じしんどさを経験しても、翌日の自分に何を持ち越すかで、明日の売上が変わる。

まさ|元ホスト→夜職人事|歌舞伎町

202,143 views • 2 months ago