Video yükleniyor...

Video Yüklenemedi

Ana Sayfaya Dön

ずっと探してる曲がある アニメかなにかの曲なのか完全にオリジナルなのかも不明、児童館でいつもピアノを弾いてた中学生(たぶん)が楽譜が読めない私に根気強く聴かせて教えてくれたもの 曲名聞いたかもしれないけどあの頃の記憶ほぼなくて忘れてしまった 知ってる〜って人がもしいたら

8,967,569 görüntüleme • 2 yıl önce •via X (Twitter)

10 Yorum

すずき profil fotoğrafı
すずき2 yıl önce

Googleの曲検索をかけたらこちらがヒットしました。イントロは似ていると思います。

瀬戸みずは profil fotoğrafı
瀬戸みずは2 yıl önce

ありがとうございます❕聴きます❕❕

ト・ム profil fotoğrafı
ト・ム2 yıl önce

突然すみません ラーゼフォン多元変奏曲という劇場アニメのEDに近いのではと思いました

瀬戸みずは profil fotoğrafı
瀬戸みずは2 yıl önce

ありがとうございます!聴いてみます!!

たろいも子 profil fotoğrafı
たろいも子2 yıl önce

雰囲気だけですが

瀬戸みずは profil fotoğrafı
瀬戸みずは2 yıl önce

ありがとうございます❕聴きます❕❕

パリパリ皿うどん profil fotoğrafı
パリパリ皿うどん2 yıl önce

FF外から失礼いたします。 児童館で曲を弾いて聞かせてくれたという出来事が、何年くらい前のことかおわかりになりますか? 「〇年前にはすでにあった」という情報も参考になると思うので、差し支え無ければ…

瀬戸みずは profil fotoğrafı
瀬戸みずは2 yıl önce

私が小学生のころなので12〜15年前くらいかと... 検索能力に乏しいのでぜひお力添えください〜( ; ; )

piyomama profil fotoğrafı
piyomama2 yıl önce

横から失礼します。 2010年ごろコナンのOPだったGARNET CROW「As the Dew」に似てる気がします。(でも38秒くらいからのサビの部分以降自信がないのですが、一応お知らせします)

瀬戸みずは profil fotoğrafı
瀬戸みずは2 yıl önce

ありがとうございます...( ; ; )聴いてみます!!

Benzer Videolar

娘のれいかが、この春から幼稚園に入園します。 シングルマザーの私がこうして無事に娘を育ててこられたのは、いつも支えてくれたみんなのおかげです。本当にありがとう。 あの日、予期せずお腹に赤ちゃんがいると知った時は大きな不安がありました。 両親とも入退院を繰り返し兄弟もいない、身近に頼れる人がいない私がちゃんと育てていけるのかなと。 でも、昨年亡くなった父の「孫の顔が見たい」という言葉に背中を押され、私は出産を決意しました。 出産の時は危険な状態で「どちらの命を助けますか?」と先生に聞かれた父が、涙を流していたのを覚えています。それでもれいかは頑張って生まれて来てくれました。 改めて産むことができて本当に良かった。 こんなに可愛いれいかに出逢えて良かった。 ママは生まれた日から今日まで、れいかのことを毎日、世界一愛おしく思っています。 もちろん、簡単な生活ではありませんでした。 私自身、身体が弱いので、れいかはできるだけ丈夫に育ててあげたくて、3歳まで母乳で育てました。 そして片親だからこそ、なるべく一緒にいられるよう、私はVTuberの活動を選びました。 なかなか思うようにいかず、アイドル時代の貯金を切り崩しながらの日々。でも少しずつ応援してくださる人も増えてきました。 れいかはずっと、私と一緒に配信をしながら成長してきました。赤ちゃんだったこの子が、言葉を覚え、歌を覚え、もう幼稚園児になります。 ずっと私たち親子を見守ってくれているみんなへ。 心からありがとう。 そしてこれからも見守っていてほしいな。

乙夏れい🌻🐹OtsukaRay

1,270,959 görüntüleme • 1 yıl önce

「グエー死んだンゴ」ってさ、ネットだと軽いノリの断末魔ギャグみたいに見えるんだけど、現実でそれが最後の言葉になった瞬間、笑いってやつが急に重たくなるのよね。笑っていいのか、泣いていいのか、手が止まる。で、止まったところに気づく。「この言葉、ふざけてるんじゃなくて、ふざけるしかなかったんだ」って。 映像の中のお父さんが言う「なんでうちの子が」 これね、親の口から出る言葉として一番まっとうで、一番残酷。答えが出ないから。病気は抽選会じゃないのに、当たった側だけが人生ごと持っていかれる。 しかも類上皮肉腫みたいな希少がんって、名前すら知られてない、、、だから余計に「うちの子が」になるんじゃないかな? で、この話の刺さるところは、息子さんが亡くなったあとに物語が動き出すところです。 予約投稿って、便利な機能だと思う。 だけどあれが今回は時間差の手紙になった。本人はもういないのに、言葉だけが世界に届く。 まるで、遅れて届いた花束に、棘が混じってるみたいなもんだ。 嬉しい。 ありがたい。 でも痛い。 痛いけど、花なのよね。 しかも、普段SNSを見ないお父さんが、葬儀が終わってから息子の人生の続きをスマホで知るわけだよ。 これ、「生きてる時に言えなかったことが、死んだあとに通知で届く」っていう奇跡でもある。 親子って近いようで、いちばん遠い時がある。 照れくさくて、忙しくて、まあそのうちでいいかって先送りして、気づいたら電池切れ、、、 お父さんが「ありがとうって言えなかった」って話、あれは胸に来る。時計の電池より先に、言葉の電池が切れちゃったんだよね、、、 でもさ、希望もあるんだよ。 この件がすごくバズったって事実には、アルゴリズムが悲しみを燃料にして回してる感じは確かにある。 命の尊さでバズらせるな!って声もあるけど、あの投稿が、希少がんの存在を人に知らせたり、寄付が集まったり、「一人じゃなかった」を可視化したのも事実じゃない? つまりSNSってのは、包丁なんだよ。 料理にもなるし、怪我もする。使う側の手つきが問われる💡 息子さんが、病気に「デカすぎ」ってあだ名をつけて、検査のことまで面白い面白くないで語ってた。 これね、強がりってより礼儀なんだよ。 周りを暗くさせないための礼儀。 自分の恐怖を、自分で笑いに変換して、他人の心の負担を軽くする。 芸人みたいなことを、死にかけの若者が病室でやってた。そりゃ人を引き寄せるって言われるよ。笑いは才能だけど、笑いの裏にある痛みは、本人しか背負えない。 「グエー死んだンゴ」をただのネタにしちゃいけない。 あれは、令和に投下された遺言の形式なんだよ。ふざけた形でしか出せない本音がある。 そして、見てる側も、拡散する側も、たまには一拍おいて、リポストの指が動く前に、線香一本分くらいの間を心に置くのもいいんじゃないかしら? 笑っていい。 でも敬意を忘れない。 最後に、親も子も、言葉をケチるなと言いたい。 照れくさいありがとうってのは、もったいぶるほど高くつく。これ、言ったら減るんじゃない。言わないと、気がつくと残高ゼロになる。 息子さんが最後に残したのは、バズでも名言でもなくて、「人間ってやつは、弱い時ほど誰かを笑わせようとする」っていう、静かな証明だったんじゃないかな?

クレア

2,858,313 görüntüleme • 7 ay önce