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そんな名探偵や第一の被害者をはじめ事件関係者も多数出演する『芸人キャノンボール2025』は今夜0時よりU-NEXTにて全話配信となります。過去作も含め是非。 #gcb2025

1,068,170 次观看 • 9 个月前 •via X (Twitter)

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【氷室英介がTik Tok配信者に反論】 ▼配信者たろう氏の主張▼ ①「俺がやってても「あんたたちに関係あるか?」って言う」 大いに関係がある。 配信者が違法賭博やっている金は【視聴者の投げ銭・メンバーシップ・スーパーチャットで成り立っている】 だからこそ【内外から批判が噴出する】 それが全く分からない時点で【配信者や 動画投稿者の資格はない】 ②「自分の時間を切り売りして頑張ったお金」 その「時間」と「信頼」は、視聴者から預かったものだという認識が欠落している。 視聴者が自分の貴重な時間を割いて配信や動画を観てくれるからこそ【初めてそのお金を得られる権利を持つ】 ③「罪を犯した本人が「すいません」で済む話だろ」「コレコレさんに謝る必要はない」「そーくんにも謝る必要はない」 全く以って話にならない。 違法賭博に関与していた配信者たちは、配信業界全体、自身の関係者および視聴者を騙していた訳だから、先ずは【関係者全員に謝罪や説明する責任と義務がある】 特に「クリーン」を売りにしてる配信者なら尚更だ。 ④「自分の意志で参加した」 ならば【自分の意志でキッチリけじめや責任を取るのが筋】 それを「やってない」「関係ない」「ノーコメント」で逃げるのは【自分自身からも逃げる】ことになる。 事実関係を真摯に認め、謝るべきところは素直に謝り、反省するべきところは反省するのが、自らの意志で参加した【自分自身への責任だ】 ⑤「俺がやってても同じこと言う」 自分が犯罪を犯しても偉そうにそんなことが言えるのか? 違法行為を「個人の問題。お前らには全く関係ない」と、開き直って片付けるのは、犯罪への抵抗や認識が弱まるリスクがある。 結局は【視聴者を蔑ろにして、バカにしているのと同じ】ことだ。 #コレコレ #たろう #そくそ #違法賭博 #配信者

氷室英介@事件ロジック🫵

43,005 次观看 • 1 个月前

24時間テレビに精神障害者と発達障害者がほとんど出てこないのは、偶然ではありません。 番組が求めているのは「見える困難」と「わかりやすい涙」だからです。 車いすで山に登る。足が不自由な人が必死に歩く。 知的障害のある子どもたちが歌を披露する。 画面を見た瞬間に「かわいそう」「すごい」と感情が動く。 これが長年続いてきた「障害者×頑張る=感動」の方程式です。 オーストラリアの障害者であるステラ・ヤングが批判した「感動ポルノ」そのものです。 障害者の人生を、健常者が自分の心を潤すための道具にする構造そのものです。 ——- 精神障害や発達障害はこの方程式に合いません。 うつ病の人が何日も布団から出られなかったあと、やっと外に出た映像は、ただの普通の人に見えます。 ADHDの人が何時間もかけて部屋を片付けても、結果は少し片付いただけです。 パニック障害の人が苦手な場所に立てても、成功すれば日常の風景です。 これでは視聴者は泣きません。募金ボタンも押されにくい。 見えない障害は「美談」にしにくく、「かわいそう」にも見えにくい。だからこそ本編の主役から外されてきました。 精神障害者は今や600万人を超えています。 身体障害者より多いのに、画面ではほとんど存在しません。 ——- さらに厳しい現実があります。 視聴者には「愛は地球を救う」と募金を呼びかけながら、 出演タレントには莫大なギャラが支払われていると、長年指摘され続けてきました。 障害者の苦労を映像にして涙を誘い、一般視聴者から浄財を集める。 その一方で、番組を盛り上げる芸能人側には高額な報酬が乗る。テレビ局スタッフや広告代理店スタッフもボランティアではないでしょう。 この歪みこそが、感動ポルノ批判を一段と強くしています。 障害者は「頑張る素材」として消費され、タレントは仕事として出演し、制作側は視聴率と寄付額を追い、視聴者は泣いて満足する。 誰が一番得をして、誰の日常が一番変わらないのか。そこを見ないと、毎年同じ夏が繰り返されます。 ——- 番組の原点は「身障者に車椅子を」でした。寄付の使い道も福祉車両が中心です。 物理的にわかりやすい支援は映像にも数字にもしやすい。 見えない生きづらさは、支援の形も成果も見えにくい。制作側が安全な題材を選ぶ理由は、そこにあります。 最近はADHDを公表するアーティストや、発達障害のある人が参加する合唱企画も出始めました。進歩ではあります。 しかし本編の中心は、今も「見た瞬間に障害だとわかる人」ばかりです。 見えない障害を本気で扱うなら、克服ドラマではなく、毎日どうやって生きているかを淡々と見せる必要があります。 それは今の24時間テレビのテンポと商売に合いません。障害者を感動の道具にするのは古い、とよく言われます。 本当に古いのは、映像映えしない障害を後回しにし、わかりやすい涙で寄付と視聴率を稼いできた態度です。 画面に出ない人は、社会からも見えにくいままです。 皆さんはどう思いますか。 障害者の苦労を映像にして涙を誘い、視聴者には募金を求め、出演者には高額報酬が乗るこの構造を、正しいと思いますか。 見えない障害をどう扱うべきだと思いますか。 遠慮なくご意見を書いてください。ぜひ発信してください。

ヒョーガ/就職氷河期ボロボロ人生50代

1,088,934 次观看 • 1 天前