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どう考えても 天皇賞春(芝3200m)に適性があるとは 思えないクロワデュノール。 ホープフルS 日本ダービー 大阪杯… G Iで3勝もしてるし 間違いなく強いんだけど… 天皇賞春では、ないんだよねー。

538,186 views • 4 months ago •via X (Twitter)

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「女性が天皇になれないのはおかしい」と言う人は、「皇位継承に差別があってはならない。平等に継承できるべきだ!」と考えているんですよね? だとしたら勿論、「血統により皇位継承権に差があるのもダメ」とも考えてますよね? 女性差別以外のあらゆる差別もダメですよね? 「男性なら天皇になれるけど、女性だと天皇になれない」が差別だというのなら、 「一般人の子として生まれたらどんなに努力しても天皇にはなれない」のも出自や血統による差別ですものね。 つまり、愛子天皇論=皇室廃止論なんですよ。 だって、女性差別はダメだけど、血統(本人の努力ではどうにもできないこと)で、身分や立場が決まる差別には賛成っておかしいですよね? 私たちが「あの人が天皇陛下だ。皇族方だ。日本の象徴だ」と無意識にも認めているのは、過去から続くルールに則って選ばれた人達だから」です。 「父方のみをひたすら遡ると初代・神武天皇に行き着く」という点に、天皇の正統性があるんです。 もし「時代に合わせて天皇の選び方もどんどん変えていきましょう!」みたいなことを気軽に始めたら、いつかどこかで「なんであの人が天皇なの?なんであの人にあんな特権を与えないといけないの?あの人が天皇たる根拠はなんなの?」という話になってしまう。 つまり、存在自体の正統性が失われてしまうのです。 天皇が、「日本の皇室だ。天皇陛下だ。象徴だ」と認められているのは、天皇が「民主的なプロセスに則り、一切の差別なく選ばれているから」ではなく、 「天皇になるのは誰であるべきかという太古の昔からのルールに則って選ばれた人だから」です。このルールが「神武天皇の男系」。 しかも日本はこのルールが遥か昔まで、世界で一番長く遡れるから、他国の王室・皇室と比較しても高く評価されているんです。だから一度ルールを変えてしまうと、その価値は一気に失墜してしまいます。 皇位や王位は「血」によって承継されるものなのだから、差別はダメとか言いだしたら制度自体が成立しなくなります。 一般人の人権や平等論とは切り離して考えないといけないんです。 そもそも愛子さまが「内親王」と認められているのも、神武天皇の男系子孫であらせられるからですよ。 秋篠宮皇嗣殿下が次代の天皇だと認めないことは、愛子さまの正統性を否定することです。 上皇陛下が昭和天皇の第5子でありながら、即位され、「第125代天皇」になられたのも、皇統が男系だからですよね。 愛子天皇論は皇室否定であり、愛子さまへの侮辱です。

132,554 views • 2 months ago

トランスジェンダーの女性?男性?は、トランプが大統領になってから眠れず、フロリダからニューヨークに逃げるか、カナダに亡命を求めるかもと悩む。 ねえ、日本ってどう思う? リアルで、こんなことになるなんて思ってなかったよ。 たった8日で、世界がひっくり返るなんてさ。 街はもう、前とは違う。 「ここにいたら危ないかもしれない」っていう空気が、そこら中に漂ってる。 気づけば、みんな同じこと考えてるんだ。 「どこに行けば、安心して生きられるんだろう?」 ニューヨーク?カナダ?それとも……日本? なんで日本かって? だって、トランスジェンダーに関する法律があるらしいんだよ。 もちろん完璧じゃないけど、少なくとも「存在を認めてもらえる」って、すごくない? こっちじゃ、もうそれすら危ういんだから。 それにさ、日本って、なんか…メルヘンじゃん? 春になれば桜が咲いて、夏はお祭りで浴衣着て、秋は紅葉が燃えて、冬は静かに雪が降る。 そういうの、いいなって思うんだよね。 東京の夜景とかもさ、雨に濡れたネオンがキラキラしてて、 「あそこに自分がいたら、少しは気持ちが楽になるのかな?」って、そんなこと考えたりしてさ。 でもさ、日本だって簡単なわけじゃないのは分かってる。 法律はあっても、まだまだ厳しいし、社会の目だってある。 それでも、今のぼくにはそこが「希望」に見えるんだよ。 「どこに行けば、ぼくは普通に生きられるんだろう?」 その答えなんて、誰も教えてくれない。 でも、どこかにあるって信じたい。 「ねえ、日本の皆さんどう思う?」

トッポ

4,268,724 views • 1 year ago

7月7日に放送された「#報道1930」でノンフィクション作家の保阪正康氏が示唆に富む発言をされていたので共有させていただきます。(その2) 「平成の天皇、そして昭和後期の天皇というのは、自分たちに課せられた役割は何なのかということを、自ら問い続け、そして実践してこられました。 答えは最初からあったわけではありません。それを探しながら、皇后陛下とともに、追悼や慰霊に取り組み、災害があれば被災地へ足を運び、国民に寄り添う。その一つひとつを積み重ねてこられたわけです。 逆に言えば、政治とは一線を画しながら、天皇という存在として何ができるのかを考え続け、その行動を積み重ねてきた。それが憲法の理念とも照応している。私は、その意味で一つのモデルケースをつくったのだと思っています。 令和の天皇も、その姿勢を受け継いでおられると思います。 ところが、今の立法のプロセスを見ていると、それを壊そうとしているように見えるんです。大変失礼な言い方になるかもしれませんが、天皇を元首のような存在にしようとしているのではないか。憲法改正も含めて、昔に戻そうとしているのではないか。結果として、象徴天皇制の下で積み重ねられてきた天皇のあり方を、ないがしろにしているように感じます。 象徴天皇制というのは、そういうものではありません。もっと政治的な存在にしていこう、実権を持たせるとまでは言いませんが、国政に対する責任を負わせるような、戦前に近い方向を目指しているのではないか。私は、そう考えたくなります。 象徴天皇制というのは、天皇が努力するだけで成り立つものではありません。国民もそれを支えながら、いわば二人三脚でつくり上げてきたものです。 ところが今の議論を聞いていると、「そういう天皇制では意味がない」という発想が、どこかにあるのではないかという感じがします。 結局、象徴天皇制というのは、国民の理解と支持があって初めて成り立つものです。天皇という存在は、国民と一体となって歩んでいかなければ続かない。 戦争では、天皇のために命を落とした人があれだけいた。それにもかかわらず、平成の天皇は、「それでも、なぜ天皇制は残ったのか」という問いと向き合われたのだと思います。 天皇を憎んでも当然であり、恨んでも当然である。にもかかわらず、なぜ天皇制は存続したのか――。 その問いを真剣に考え抜いた末に選び取られたのが、憲法の理念に基づく象徴天皇制だったのではないでしょうか。 そして、その考え方は、平成の時代における天皇陛下の一つひとつのご所作の中に、すべて表れているのだと私は思います」

hideko Wada

98,319 views • 1 month ago