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はじまりのはじまり|三澤 遥 #6 期待をよそに わが家には、1歳のオキナインコがいる。「翁」にちなんで「じーちゃん」と名付けた。この種は4歳児並みの知能をもつと言われており、最近は少しずつ言葉を覚えて家族の名前も呼ぶようになった。 #AXISMM

17,893 views • 10 months ago •via X (Twitter)

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「グエー死んだンゴ」ってさ、ネットだと軽いノリの断末魔ギャグみたいに見えるんだけど、現実でそれが最後の言葉になった瞬間、笑いってやつが急に重たくなるのよね。笑っていいのか、泣いていいのか、手が止まる。で、止まったところに気づく。「この言葉、ふざけてるんじゃなくて、ふざけるしかなかったんだ」って。 映像の中のお父さんが言う「なんでうちの子が」 これね、親の口から出る言葉として一番まっとうで、一番残酷。答えが出ないから。病気は抽選会じゃないのに、当たった側だけが人生ごと持っていかれる。 しかも類上皮肉腫みたいな希少がんって、名前すら知られてない、、、だから余計に「うちの子が」になるんじゃないかな? で、この話の刺さるところは、息子さんが亡くなったあとに物語が動き出すところです。 予約投稿って、便利な機能だと思う。 だけどあれが今回は時間差の手紙になった。本人はもういないのに、言葉だけが世界に届く。 まるで、遅れて届いた花束に、棘が混じってるみたいなもんだ。 嬉しい。 ありがたい。 でも痛い。 痛いけど、花なのよね。 しかも、普段SNSを見ないお父さんが、葬儀が終わってから息子の人生の続きをスマホで知るわけだよ。 これ、「生きてる時に言えなかったことが、死んだあとに通知で届く」っていう奇跡でもある。 親子って近いようで、いちばん遠い時がある。 照れくさくて、忙しくて、まあそのうちでいいかって先送りして、気づいたら電池切れ、、、 お父さんが「ありがとうって言えなかった」って話、あれは胸に来る。時計の電池より先に、言葉の電池が切れちゃったんだよね、、、 でもさ、希望もあるんだよ。 この件がすごくバズったって事実には、アルゴリズムが悲しみを燃料にして回してる感じは確かにある。 命の尊さでバズらせるな!って声もあるけど、あの投稿が、希少がんの存在を人に知らせたり、寄付が集まったり、「一人じゃなかった」を可視化したのも事実じゃない? つまりSNSってのは、包丁なんだよ。 料理にもなるし、怪我もする。使う側の手つきが問われる💡 息子さんが、病気に「デカすぎ」ってあだ名をつけて、検査のことまで面白い面白くないで語ってた。 これね、強がりってより礼儀なんだよ。 周りを暗くさせないための礼儀。 自分の恐怖を、自分で笑いに変換して、他人の心の負担を軽くする。 芸人みたいなことを、死にかけの若者が病室でやってた。そりゃ人を引き寄せるって言われるよ。笑いは才能だけど、笑いの裏にある痛みは、本人しか背負えない。 「グエー死んだンゴ」をただのネタにしちゃいけない。 あれは、令和に投下された遺言の形式なんだよ。ふざけた形でしか出せない本音がある。 そして、見てる側も、拡散する側も、たまには一拍おいて、リポストの指が動く前に、線香一本分くらいの間を心に置くのもいいんじゃないかしら? 笑っていい。 でも敬意を忘れない。 最後に、親も子も、言葉をケチるなと言いたい。 照れくさいありがとうってのは、もったいぶるほど高くつく。これ、言ったら減るんじゃない。言わないと、気がつくと残高ゼロになる。 息子さんが最後に残したのは、バズでも名言でもなくて、「人間ってやつは、弱い時ほど誰かを笑わせようとする」っていう、静かな証明だったんじゃないかな?

クレア|日常の違和感言語化係

2,884,100 views • 10 months ago

#オーボエ トレンド入り✨ なぬ、オーボエのtuttiについて? オーボエやファゴットの音は、たしかに大きくはないな。 たしかにサクソフォンやらトロンボーンやら打楽器やらがふんだんに使われる中で、周りに対して"音量"で対抗したり勝とうと思って吹いても、それは疲れるだけで効果は薄い。というか無理じゃ。 しかしながら、全体の音に『成分』を与える大事な役割じゃぞ。 パイプオルガンをご存知か? パイプオルガンは 『パイプの種類よりも多い音色を出せる』 らしい。 無論、発音の原理や太さが違う、個々の音色を持ったパイプと、その組み合わせもある。 しかし中には、弾いている鍵盤より高い音域を混ぜて『倍音』を補強したり、補強の仕方を変える事で、まさに変幻自在な音色を扱うことができるそうじゃ。 (その音の1/2の長さのパイプ、1/3の長さ、1/4、1/5…といったパイプを組み合わせを変えて使うらしいぞ。リプにリンクを貼る。) 吹奏楽やオーケストラの中でオーボエやファゴットが割り当てられているのは、まさにそんな役割であるとわしは思っとるぞ。 いても『いる!』と気づかれはしないし、その必要もない。 じゃが、いなくなるとわかるのじゃ。 家族や友人はいつも隣や近くにいるのが当たり前で、一緒にいてくれてありがとう💓と毎日思ったり声をかけたりはしないかもしれんが… 家族が旅行に出かけたり友人が風邪を引いて学校に来なかったりして、近くにおらんようになって初めて、寂しかったり有り難みがわかったりするじゃろ。 空気はそこにあるとは普段認識しないが、なくなると困る。 そんな感じじゃないかのう。 SoloはSoloで、もちろんオーボエに割り当たった重要な役割じゃがな!歌ってなんぼ、楽しんでなんぼじゃ! じゃがtuttiも、音量で頑張りすぎる必要は全くないが、この全体音色の成分とかピース🧩のひとつになっておるぞ、支えておるぞ!と思えば、楽しくなってこないかのう。 …実際、わしはオーケストレーションによると思う(爆) わしが密かに大好きでtuttiでやりがいを感じておるのがチャイコフスキーの悲愴(交響曲第6番)、それも第3楽章の最後の方じゃ! わかりやすくたまにスコアを拡大してオーボエが何をやっているか見えるようにしてやったぞい。 同僚にもオーボエがこのセクション(ほぼ金管と同じ内容)を担当していることを知る者は、おそらく多くない(笑) じゃが、なんだか好きなのじゃ。 何より変に細かく技巧的でなく、堂々と骨太にガッツリ吹いて楽しい。もりもり吹いても怒られない。 正直、昨今の作編曲家(とくに吹奏楽)はオーボエに細かいことをやらせすぎと思うぞい… ほれ、言われてみると悲愴ではうっすらオーボエ、そしてファゴットの音が聴こえないじゃろうか?そうでもないか?ん? チェロだけ、ホルンだけ、トランペットだけとはちょっと違う音がすると思うのじゃ。 そして一番最後、さも 『え、木管ですけど?一緒に16分音符、やってましたけど?』 みたいな顔をして一瞬細かいのを吹くとき!! いよいよ聴こえんじゃろ!← 細かいのはフルートとクラリネットと弦楽器がやってくれればそれでオッケーなのじゃ← わしは個人的にこの一帯がアガるんじゃ。 悲愴は全体的にぶっちゃけソロらしいソロもあんまりないが、わしはかなり好きなのじゃ。 まあそういうことでダブルリードの諸君もtuttiも楽しんでくれたらわしは嬉しい。 なので世のオーボエ初心者たちよ、まずはしっかりロングトーンして、いい響き、良いイントネーションや和声感を得ようぞ。 どうせ他の楽器よりも器用に回ることはないのじゃから! *ちゃんと音階とか指練習もやってね! *ちなみに悲愴は7月31日に九響もやるよ! (吹奏楽コンクールシーズンじゃがなぁ…💧)

佐藤太一, 𝑇𝑎𝑖𝑐ℎ𝑖 𝑆𝑎𝑡𝑜 / オーボエ

68,255 views • 2 years ago

「うちって、なんでクルマ持ってたん?」 ふと、父ちゃんに聞いてみた。 地元の工場で40年間働いていた父ちゃん。65歳で引退するまでずっと自転車通勤。 家から5分の距離だった。 クルマが必要なわけでもなかったし、そんなに余裕もなかったはずなのに。 「なんでうちにはクルマがないんや!って お前らに言われてのぉ。可哀想でな。」 家族4人で乗るには少し窮屈だった、真っ赤な三菱のミニカ。それは、わがままな僕と、姉への愛そのものだった。 いろんなところへ行った。 おばあちゃんの住む愛媛県の伯方島。高知の桂浜。徳島の大歩危小歩危。いつも、高速道路は使わなかった。 下道で帰りながら、寝ぼけ眼で見た景色。 サービスエリアで買ってもらったカセットテープを、繰り返し、何度も聞いた。 いつの間にかクルマは変わり、知らないうちにあのミニカは廃車になってしまったけれど、あの頃の思い出を忘れることはない。 あれから35年が経ち、僕はクルマ屋になった。お客様がクルマを買う理由に、ひとつとして同じものはない。 けれど、すべての人に、愛おしい時間が 生まれることを願って、僕は今日もクルマを売っている。 #カーアンドライフ

中野優作|CAR and LIFE.

329,301 views • 11 months ago

【10/5追悼と抗議のキャンドルナイトのスピーチ】私は神戸で3年間、パレスチナへの暴力に反対するスタンディングを主催してきました。疋田香澄と申します。3年前に1歳半の子どもとプラカードを抱いて、パレスチナについて知らせるチラシを配り始めました。現在子どもは4歳になりましたが、ジェノサイドは終わっていません。そしてこの3年間で子どもはチラシを配るのが大好きになりました。 スタンディングでもチラシを配りたがり、通行人の方がチラシを受け取らないと「どうして誰ももらってくれないの?」と悲しそうに尋ねてきます。 「どうしてもらってくれないの?」そう聞かれると、私は「みんな忙しくて、遠くのパレスチナのことを考えている時間はないのかな」と答えます。 皆さん、今日は日曜の貴重な時間に一緒にイスラエルに殺された方々を追悼し、ジェノサイドに抗議して下さってありがとうございます。 今年5月には、スタンディングでパレスチナカラーのこいのぼりを200本配りました。くるくる回るかざぐるま付き。普段はチラシを受け取ってくれない層の方々も受け取ってくれました。うちの子どもも満足そうでした。 そしてスタンディングの帰り道に、うちの子どもが「かわいいシールを買ってほしい」と言いました。ぷくぷくシールを買って渡すと、子どもは公園のベンチに座りました。それからチラシに丁寧にぷくぷくシールを貼り始めました。 私が「何してるの?」と尋ねると「チラシをかわいくしてるの。そしたら皆もらってくれるでしょ?」と子どもは答えました。 「チラシはもらってもらえない、こいのぼりはもらってもらえる」という事実から子どもが導き出したのは、「チラシもかわいくすればもらってもらえる」ということでした。私は思わずふふふっと笑いました。 すると彼女が悲しそうにこう言いました。 「なんで笑うの?」 「だってママもチラシをもらってほしいでしょ?なんで笑うの?」 そう突きつけられると、なんで私は笑ったんだろうと思いました。 この子のかわいらしさに心を打たれたのか。 なんで私はこの子のひたむきさを笑うんだろう。 この子なりに考えて行動する姿をなんで笑うんだろう。 なんで笑うんだろう。 自分はどこかで諦めているのだろうか。 パレスチナのことだけではなく、戦争も差別も政治の問題も「自分の手に負えない」と、自分を静かに笑っているのだろうか。 そんなことに気づきました。 実際に私の手には負えないと感じられることばかりです。 去年の追悼イベントからスタンディングのたびに少しずつ犠牲者のお名前を読みつづけても、まだ0歳のお子さんの途中までしかいきませんでした。 今日配った犠牲者のお名前シールも、本当は7万人以上、全員分作るつもりでした。しかし作業を始めてみて「全然作れない。作ったとしてもお名前を読み切れない」とショックを受けました。 結局今日は、1歳の方の分までしか準備していません。作業のために犠牲者リストのPDFをエクセルに変換するとすごくすごく重くて。7万人以上のお名前が書いた列。パソコンが何度も止まってしまう量でした。 そんなに沢山の方がイスラエルによって殺されたことが、私はただただ悲しかった。 翻訳しながらいろんなお名前があるんだなと思って、ただただその重みを感じました。 きっとその人が生まれたときに嬉しくて、誰かがつけた名前なんだろうと。誰かが愛情をこめて呼んだ名前なんだろうと。 私はこれからは、自分を笑ったり、冷やかして笑ったり、あざけって笑ったり、目をそらして笑ったりせず、ただ重みを、重みとして感じていきたいと思いました。 子どもが殺されて悲しい。 大人が殺されて悲しい。 今日はその重みを一緒に感じてくださって、ありがとうございました。 これからもその重みが軽くなることはないでしょう。 けれど、みんなでその重みや悲しみを分け合うことはできる。 パレスチナが解放されるまで、一緒にパレスチナについて語りつづけましょう。 お名前を呼びつづけましょう。 ご清聴ありがとうございました。 疋田香澄 #freepalestine #freeGaza #神戸からパレスチナでのジェノサイドに抗う

疋田香澄(ひきたかすみ)

14,515 views • 26 days ago

【届けるではなく、"一緒に創る”。一座建立の発信論】 こんにちは、迫です。 僕はもともと、「学ぶこと」が好きです。 ビジネスの仕組みを知るのも、 教育の本質を深掘りするのも、 人の感情や行動原理を研究するのも、全部好きなんです。 なぜならそこには、 「まだ知らない世界に出会えるワクワク感」があるから。 でも、そんな「学び好き」な僕でも、 ここ最近、ひとつ大きな壁にぶつかっていました。 それは、 「頭では理解できても、心に響かない」 という状態。 忙しくなればなるほど、知識だけが増えて、心が置いていかれる。 発信も、教育も、ただの〝情報のやり取り〟になっていく。 どこかで、 「このままじゃ、魂のこもった発信なんてできないんじゃないか」 そんなふうに思い始めていたんです。 そんなとき、尊敬している、とある経営者がふと言いました。 「迫くん、〝お茶〟の世界に触れてみたらいいんじゃない?」 お茶...? 静かそうやな…くらいの印象だったけど、 その方が言った言葉が、妙に胸に残りました。 「一杯のお茶に、人生を込める。 一瞬の空間に、すべてを懸ける。 そんな〝学び〟がある世界だよ」 それを聞いた瞬間、 僕の中の〝学び好きセンサー〟がビビッと反応したんです。 「これは今の自分に、必要な学びかもしれない」 そう思って、僕はある茶人のもとを訪ねることにしました。 季節は初春。 茶室に入った瞬間、まるで異空間に来たかのような静けさ。 湯が湧く音だけが、部屋を満たしている。 畳の香り。 光の入り方。 すべてが、ゆっくりと流れていました。 そんな中、茶人が一杯のお茶を差し出しながら、静かに言ったんです。 「お茶の世界には、“一座建立(いちざこんりゅう)”という教えがあります」 いちざ...こんりゅう? その言葉を聞いた瞬間は、正直、ピンと来ませんでした。 でも、茶人は続けてこう言ったんです。 「亭主も、客も、みんなで“その一座”をつくりあげる。 誰かが偉いとか、上下があるとかじゃなくて…… 全員が“この場を最高にする”という気持ちで、ひとつになる。 それが、〝一座建立〟です。」 その瞬間、心にスッと何かが入ってきた感覚があった。 「この考え方…ビジネスでも、発信でも、まったく同じじゃないか」 って、強く思ったんです。 僕は普段、教育の現場に身を置いていて、 講座をつくったり、発信したり、何かを伝える側に立つことが多いです。 でもね、最近強く思うのは、 「教える側が偉い」なんて時代は、もうとっくに終わってるってこと。 講師が知識や経験を持っていたとしても、 それは“偉い”からじゃなくて、“役割が違う”ってだけ。 受講生だって、ただの「お金を払ってる人」じゃない。 その場を一緒につくる、仲間なんです。 発信も同じ。 フォロワーが多いとか、影響力があるとかで、 発信者が「上」みたいな空気があるかもしれないけど、 実は、その空気を“育ててる”のは、読み手なんです。 発信者が魂を込めて言葉を放ち、 読み手がそれを受け取って、感じ取って、人生に反映していく。 そこに、初めて「場」ができる。 つまり、発信は、一方通行じゃありません。 発信者も、読み手も、 まるで茶室の「亭主」と「客人」のように、 互いに場を大切にし、丁寧に心を交わしている。 そう考えると、SNSですら、神聖な「一座」だと思えてくる。 僕は、そんな「場づくり」がしたいんです。 知識やノウハウを提供して終わりではなく、 熱量とストーリーを込めた発信をする。 読み手は、そこから情報だけじゃなく、 「生き方」や「価値観」を感じ取り、自分の人生に取り入れていく。 この循環が起きたとき、ただの教育が「真の教育」に変わる。 それは、ただの発信が「人生を変えるきっかけ」へと変わる瞬間でもあります。 だから僕は、今日も発信します。 たとえ目の前に10万人をこえるフォロワーさんがいたとしても、 1人のフォロワーさんと〝丁寧に一杯のお茶を交わす〟ような気持ちで。 発信者も全力で魂込めて、 そして、同時に、あなたもそれを全力で感じとる。 そんな双方向の、あたたかい空間。 それこそが、現代における〝一座建立〟なんだと思います。

さこ社長@Brain代表(ユーザ数36万人突破!)

28,949 views • 1 year ago

「リンパ腫の終活。愛猫が大好きだったギターを弾いた途端、脳腫瘍で動けないはずなのに、動いた」 僕は 音楽の奇跡なんて信じない。 綺麗事は好きではない。 奇跡も信じない。 でも、終活を始めて、日課だったはずの 「ギターを聴かせる時間」 を、半年近くやっていないことを思い出した。 ごめんね、こんな当たり前の時間が必要だったよね。 僕はギターは特に上手ではないし、フレーズも何も決めずに、ただ、おもむろにギターを鳴らしただけだった。 それなのに 脳腫瘍で、もう、まともに動くこともままならないポーチーが 動いた。 そして 僕の方を向いて 僕のギターを 聴いてる 「聴いてるわけねーだろ。たまたま偶然だろ」 普段ならそう思う でも、僕にはわかる ぽーちー、ギター、聴いてくれてるんだよね リンパ腫なんてなかった時に、僕の膝に乗ってギターを聴くのが日課だった。(2個目の動画は過去のものです) 今ぽーちーは、きっと、僕の膝に、乗ってるんだよね。乗れてるよ。大丈夫、乗れてるよ。 「大きな音はショック死につながる可能性があるから控えてください」 そう先生に言われていた。 そんな先生の言いつけを破って ギターを弾いた ギターを弾いて よかった だって、これが、僕たちの日常だったんだもんね 僕たちの当たり前は、誰にも奪えないよね これが僕らの終活。 幸せすぎて元々下手なギターがもっと下手くそに。 でも、そんなのどうでもいい。ぽーちーが、聴いてる だからここからは文字通り 「一生」弾き続けるよ。 くそー!急に動くから!動揺してフレーズめちゃくちゃ迷子じゃん!!かっこいい動画にしたかったのに笑!動くなら言えよ!!!笑 僕らの終活に、涙なんて一つもない スーパーウルトラ幸せだ→

響介

658,874 views • 1 year ago