Video yükleniyor...

Video Yüklenemedi

Ana Sayfaya Dön

め組 菅原達也 富山京樹 久佐賀 麗 寺澤 俊哉 今回の案件では副産物として3Dモデルに楽器をちゃんともたせられるようになったので、とてもうれしい これは寺澤さんモチーフのアバターを日記の時に録ったモーションデータで動かしている

28,203 görüntüleme • 6 ay önce •via X (Twitter)

0 Yorum

Yorum bulunmuyor

Orijinal gönderinin yorumları burada görünecek

Benzer Videolar

今、楽しい打ち上げを終えてホテルに戻りました。この2ヶ月間、ビートルジュースを応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。初演では何日か休演してしまい、一部のお客様に悲しい思いをさせてしまったので、カンパニーの願いは「とにかく完走すること」でした。それを叶えることが出来て本当に嬉しいです!今回はお客様に悲しい思いをさせることなく公演を終えることが出来た。それが1番の成果です。僕の再演の目標は2つでした。初演の時「ジムキャリーみたい!」と言われていたジェシーを、それをさらに超えるボードビリアンにすること。「ジェシー、何でも出来るんかい!」感をさらに完全なものにすること。そのためにたくさん踊ってもらい、パントマイムやらブレイクダンスやら、いろいろやってもらいました。ホント、今回のジェシーは無敵のエンターテイナーでした。そしてもう一つは他の役者さんにも笑いを担ってもらうということ。初演はいろいろな事情で脚本に手を入れることが出来なかったのですが、寛大な原作脚本家さんと版元さんのおかげで、コメディが出来るのにその台詞がなかったあさこさん、圭吾さん、勝地、あゆっち、そして、みいしゃちゃん、玲奈ちゃん。みんなに笑いを担ってもらうことが出来ました。そして最強の福田組アンサンブル陣にも。おかげで、「初演よりパワーアップしてる!」というコメントをたくさん頂きました。僕、初めて演出させて頂いたミュージカル「スパマロット」の時にモンティパイソンのメンバーであり、ミュージカルの脚本を手がけたエリックアイドルと対談をさせてもらったんです。その時、エリックに「笑いというものは国によって全く違う。だから君は日本のお客さんが笑えるようにこの脚本を書き換えなきゃダメだ。それが出来ないなら君はコメディ作家としての責務を放棄したことになる」と言われたんです。僕はミュージカルに臨むたびにこの言葉を思い出すんです。とにかく今回はお客様にたくさん笑ってもらえて幸せでした!ありがとうございます!最後にジェシーがずっと劇中で「福田監督にやれって言われたんだもん」って言ってたブレイクダンスのウィンドミルのレッスン初日の動画を上げておきます。これ、初日ですよ。凄くないですか?😳ほんと、ジェシーは何でも出来ちゃうんですよ🥳

福田 雄一

503,903 görüntüleme • 1 yıl önce

えれめちゃんだいすきでした。今もこれからもずっとだいすきです。 「ワイの左腕になれるのはお前だけだから、一緒に上がってこう」って言ってくれたこと今でもずっと覚えてます。 怒ることも、殴ることも、避けてしまうことも、えれめちゃんにとっては全部愛情なのって「愛の伝え方が上手く分からない、ごめんね」って伝えてくれたこともそんな不器用なえれめちゃんのことも、全部だいすきでした。 一緒にイベントをしたことも、私が「おやすみ泣き声、さよなら歌姫」を歌った時「ワシが初めてイベントをしたときに歌った曲なんだ」って泣きながら聴いて一緒に歌ってくれたことも絶対に忘れない。 一緒にお泊まりして、お風呂に入って、ご飯を食べに行って、手を繋いで眠って。えれめちゃんの噛み跡も、今でも私の腕に残ってるよ。 思い出すたびにもう会えないことが信じられなくてもっとたくさんありがとうを伝えたかった。 みんなの前では強くて、不器用で、時には怖いえれめちゃんだったけど、裏では誰よりも優しくて、自分なりの言葉でたくさん想いを伝えてくれる人でした。 私のことを認めてくれて、えれめちゃんが私にくれた言葉も、愛情も、一緒に過ごした時間も、全部私の宝物です。 だいすきで尊敬していてずっと追いかけていたかった先輩。 何年経っても何があってもえれめちゃんは私のだいすきな先輩です。 えれめちゃん、だいすきだよ。ずっとずっとだいすきです。 どうか安らかに眠ってください

くれあさん【10/11生誕祭】

1,684,928 görüntüleme • 2 gün önce

チームオハギ始動!! いよいよ、今年のチームオハギが始動しました! オハギちゃんは、ドーベル姐さんとは違い、毎年この時期まではイヤリングの1歳達の付き添いの仕事をしています。 そのお仕事がひと段落したら、今度はちびっこ達のリードホースのお仕事に移ります。 多忙なオハギちゃん🍡です。 いきなりママさん達がたくさんいる群に入ると、さすがにオハギちゃんは怖いママさん達相手には太刀打ちできません。 なので、毎年離乳の前に群に合流し、ママさん達とは挨拶だけを済ませて、離乳に備えています。 この日は初めて群れに合流しました。 知らない馬、しかも見慣れない芦毛という事もあり、群れは大騒ぎでしたが、 早速インザオベーション親子が偵察に向かっていました。 『あの、、どちら様ですか?』 『リードホースをしにきました』 『ママ💦ママ💦この白い丸い人誰⁉️』 という感じでしょうか? コミュ力が高いのか、偵察部隊なのか、仲間達のところに報告に行って、またオハギのところに親子揃って行っていました。 (ここのボスはパンドジェーヌママなので、もしかしたら、『行ってこい!』と、言われたのかもしれません🤭) このひと騒ぎの後、オハギちゃんは適度に距離をあけて群れのみんなと一緒にいました。 『決して無理に近付かず、でも一緒に行動する』 オハギちゃんの群れに慣れてもらうテクニックです。 今年もよろしくお願いいたします🙏

LakeVillaFarm

53,616 görüntüleme • 1 ay önce

【ダウンタウンよ見ているか?】 昨年水曜日のダウンタウンという番組で日本一のシャッター商店街に認定された我らが西柳ヶ瀬。あの時はふざけるなという怒りの声。もう西柳ヶ瀬は終わったという諦めの声、いろいろな批判の声も多数あがった。 私もあの番組を苦虫を噛む想いで見ていた。 でもね今は思う。 日本一のシャッター商店街に任命してくれて本当にありがとうと。 この「日本一のシャッター商店街」という称号は、このまちに、「変わらないといけないという強い意志」を生み出してくれた。 今年度、私が理事長になるにあたって、掲げた目標。 「西柳ヶ瀬を何とかする!」 その時には何とかするとは思ったものの、何をするかは決まっていなかった。正直どこから手を付けていいかがわからなかった。 そこで、グランベール岐山支配人に相談に行った。すると支配人は変なことを言い出す。「水野さん、西柳ヶ瀬という言葉はちょっと悪いイメージもついている。ここはあえて新しいブランディングネームとして、奥柳ヶ瀬という言葉を使ってみてはどうだろうか?」と。 これを聞いたとき、私には何かが見えた気がした。 この日本一のシャッター商店街が変わる。 そうして、始まった奥柳ヶ瀬プロジェクト。 まずは、世間に注目を浴びるために奥柳ヶ瀬夜市をやろうと決めた。 でも、残念ながら西柳ヶ瀬には人手も足りない。 どうしようか。 そんな時にいきてきたのが、この「日本一のシャッター商店街を何とかしよう」というビジョン。この想いと奥柳ヶ瀬という変な言葉につられて多くの協力者が現れた。 こうして実行委員会が形成され、あれよあれよとプロジェクトが動き出した。 クラファンで行った1万円の参加費を取る廃墟ツアーはなんとすぐに完売御礼。そして総額122万円もの金額があつまった。 こうして、このお金のおかげでこの夜市のプロジェクトができるようになった。 その後もメディアの注目を多く浴び、本日9/21奥柳ヶ瀬夜市は本番を迎えた。 正直、どうなるか不安だった。 恐らく身内だけの小さなイベントになってしまうのではないかと。 元々危ないエリアでもあったため、イベント開催で多くのトラブルも起きるのではないかと危惧をしていた。 しかしどうだろうか。 蓋を開ければ大盛況。 全盛期を彷彿させる多くの人が西柳ヶ瀬にあふれているではないか。 バブルの遺産オーロラネオンがこの夜市にとてもいい雰囲気を与えてくれた。 大人だけでなく、子連れのファミリーも多く来てくれていた。 昔から西柳ヶ瀬を支えてきた地元の皆さんも本当に喜んでくれていた。 私にとってそれが何よりうれしい。 もうだめだと思っていた西柳ヶ瀬。 それがこの奥柳ヶ瀬というプロジェクトによって、何か変わるかもしれない!という大きな期待に変わったと言ってくれた。 実際にこの西柳ヶ瀬ではこのプロジェクトをやり出してから新規テナントの出店があったり、ビルの売買が進んでサウナができる計画も動き出した。 こんなことは直近10年全くなかった。 これもすべてのきっかけはあの憎っくき水曜日のダウンタウンだった。 今ではあの憎さが、大きな感謝に変わった。 あの時、水曜日のダウンタウンに日本一のシャッター商店街の称号をもらっていなければこのようには絶対なってなかったはずだ。 ダウンタウンよあの時はムカついてしまいごめんなさい。 でもね、今は本当に感謝している。 今後もこの日本一のシャッター商店街の逆襲は続く。 いつか、松本さんがテレビに復帰され、西柳ヶ瀬(奥柳ヶ瀬)も再生したあかつきには、もう一度番組で取り上げてくれたらうれしいな。 そんな日をめざして、またこの西柳ヶ瀬を奥柳ヶ瀬プロジェクトを推し進め必ず再生してみせる。 ダウンタウンよ本当にありがとう。 柳ケ瀬を代表してお礼を申し上げる。

水野琢朗/柳ケ瀬の逆境理事長

1,025,880 görüntüleme • 2 yıl önce

最近話題の「生成AI界隈はAIで楽して似たようなアウトプットばっかを出してる癖にクリエイターぶって身内でキャッキャしてるだけでクッソ寒いわ」(そこまで言ってたかどうかは不明)という話ですね 身もふたもない事を言っちゃうと、クオリティの高いアウトプットを出している人は、ちゃんと村の外からも評価されて村の外で働いているので、あんまり問題はないのでは…?と思ってます なので全体評価で頑張っている人が損をするということは私の周りでは無いです(というかみんな忙しそう) 外から寒いと言われるのが嫌なら「私は違う」と言い切れるアウトプットを出すしかないのかなと または「こうあるべき」と思う同じ理想や意志を持った人達とコミュニティを形成して研鑽するのも建設的だと思います あとキャッキャして楽しみたい人達は思う存分キャッキャしたらいいと思います そのキャッキャの中から産まれる優れたクリエイティブも多分あります(ほとんどないと思います) というか楽しくやってる人は楽しいからやってるので、そもそも評価されたいと思ってないと思ってない気もします そもそもAIというおもちゃでキャッキャと楽しそうにしている集団に対して「寒い」と思うのってどういう感情なんでしょうね ファミレスで楽しそうに騒いでる集団に「うるせぇな」と思うあの感覚ですかね? 違うか あと村外評価と村内評価は軸が違います 村内は「AIツールの使い方」についての評価軸があるけど、村外ではクリエイティブに対する純粋な評価になります CGだろうが手書きだろうがAIだろうが、カッコよければ評価されますし、AIをいくら上手く使ってても、AI以外の競合との比較になっちゃいますね いろんな人がいていろんなクリエイティブが見れるから私はこの村が好きですよ 村の外に出たり入ったりしながら これからも楽しんでまいります!

角煮星丸

160,226 görüntüleme • 1 ay önce

りっちゃんがうちに来てもう一年とちょっと経ちました。シャイなところがある子なのでこれまであまりポストしてこなかったのですが、すっかりうちに慣れて毎日ハイテンションで過ごしているのでぼちぼちりっちゃんの可愛いところを見せていきたいと思っています。 りっちゃんがうちに来た経緯についてあまり詳しくお伝えしていませんでしたので少しご紹介します。 りっちゃんは外で生まれ育ち長らく苦労をしており、把握されている限りで2回は外で出産しているそうです。そして子供を交通事故で失うという悲しい出来事もあったようです。 警戒心が強く頭も良いりっちゃんは、保護団体さんが避妊手術をするために捕獲機を何度も何度も仕掛けたのに全く捕まらず、2回目の出産のあとに5匹の子猫とともにやっと捕獲されました。 その後子猫たちは里親さんを探すべく保護され、りっちゃんは避妊手術を施され元いた場所にリターンされました。 りっちゃんの凄いところはここからで、なんと子猫を預かっている家を執念で探し当ててそちらのお庭で毎日毎日子猫を返せと鳴き続けたそうです。 それで根負けした保護団体さんに保護され、家の中で存分に子育てをして自らも里親を募集されることになりました。 ここまででも十分波瀾万丈なのですが、ここからうちにお迎えするまでにまだ複雑な経緯があります。 保護された直後シャーシャーで激しく威嚇していたりっちゃんは保護宅さんのうちで少しずつ人間に慣れていき、一年ほど経った頃に前の里親さんにお迎えされました。 その里親さん宅で半年ほど過ごした後、不注意からりっちゃんに脱走されてしまいました。 冬の寒い時期に2ヶ月以上も捕まらず、私もそのことを知って妻と何度か捜索に出かけています。そして衝撃的なことに、その里親さんはりっちゃんの捜索を諦め、飼育放棄してしまいました。 それでも保護団体さんは執念でりっちゃんを探して大寒波が来る直前に再度保護することに成功しましたが、げっそり痩せていてお腹の中には寄生虫がいたそうです。そんな状態なのに帰る家もなくなっていました。 そのことを聞きつけた私が「じゃあうちに!うちにおいでください!」と名乗りをあげたわけです。捜索中にりっちゃんの写真をずっと見ながら探していたので、寝ても覚めてもりっちゃんの顔がチラついてすっかり好きになってしまっていたので何も問題はありませんでした。 溢れる母性と執念で自らの運命を切り開いてきたりっちゃん。たくさん苦労をしてきたので、この一年うちではなるべくストレスをかけないように暮らしてもらいました。 カメラはあまり好きじゃないようなので撮影は極力控え、急に近づいたり手を高く上げると怖がるので人間たちは狂言師のようにそろりそろりと動いていました。 りっちゃんはどんどん自由になり、外で息を潜めて隠れていた時とはうって変わって一日中何やら喋っています。廊下を歩いていても鼻歌を歌うように、私はここよ〜♪と存在をアピールするように喋り続けます。 そこにいたんだね。やっと見つけたよ。さあ、一緒に暮らそう。ずっと一緒にね。りっちゃんのずっとのおうちはうちだったんだよ。

コンドリア水戸

178,553 görüntüleme • 4 ay önce