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やあ、みんな。アジアの神話を基にしてぼくが書いたゲーム「イラ」がSWITCH 2で日本向けに発売されるよ。これがティーザー予告編。早くこのシューティング・ゲームをプレイして欲しいな!

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【メタスラチームが作った最後のゲーム】 メタスラチームといえば『ネオジオ』に骨を埋めた、というイメージが強くありますが、実は一時期『ゲームボーイアドバンス』の開発をしていたことがあるんですよ。 そのゲームの名は『ナビ之介』といいます。 『ナビ之介』は、当時『ゲームボーイアドバンス』にGPSユニットを接続して遊ぶという、かなり野心的な構想からスタートした企画でした。 「こんなゲームを作ってほしい」と渡された企画書には、日本全国の偉人を題材に、GPSと連動して遊ぶという、当時としてはかなり先を見据えたRPGの内容が記されていました。 その企画書を見た私は「これ、妖怪ものにした方が絶対面白くなります」と提案し、テーマを偉人ものから妖怪ものへと変更してもらったんです。そしてこのゲームは、陰陽師を夢見る少女の魂が宿った木偶人形が、妖怪たちを封印したり、仲間にしたりして世直ししながら日本列島を行脚するという、『和風ファンタジーRPG』として動き出すことになったんです。 ところが、開発途中でGPSユニットの話自体が立ち消えになってしまい、肝心の“全国を歩いて妖怪と出会う”という中核要素が実現不可能になってしまったんです…。ゲームそのものの存続も危ぶまれましたが、GPS連動抜きで遊べるゲームに改造して開発続行となり、完成に至ったのですが、諸事情があり最終的に『ナビ之介』はお蔵入りとなってしまいました。 …今思えば、もしあのまま開発が続いていたら、“歩くことをゲームに変えた”遊びが、『ポケモンGO』より15年も早く形になっていたのかもしれませんね。 もちろん、ウチの不気味な妖怪たちが社会現象となった愛されキャラ『ポケモン』のようになれる未来はありませんが…。 改めて考えてみると、『ナビ之介』というゲームは20数年前メタスラチームが作った最後のゲームということになるんですよね。 長年ランガンを作り続けてきたメタスラチームが、最後の最後に手がけたのは、意外にも『和風ファンタジーRPG』。そんなゲームで幕を下ろしたメタスラチーム…、ちょっと切ないんですが、我々が作った型破りなホンワカ妖怪ゲームを覗いてみたくなりませんか? ゲーム中のシナリオは、私が書いてますので、そりゃもうバカバカしくてナンセンス、頭がおかしくなるかもしれません。 そういえば当時、ゲームが更新される度に小さな2人の娘にテストプレイして貰ってたんですが、「 父ちゃんのお話、怖くて、変で、面白い! 」と大絶賛してくれたんです。それもそのはず娘にウケるように書いてましたから当然なんですが、あんなに喜んで貰えると作った甲斐があるというものです。 皆さんが、もしもこのゲームを手にすることがあれば、あの頃の娘同様、ピュアな心で遊んでくださいね。 大人になった娘は最近、昔遊んだ『ナビ之介』のストーリーを突然何かが憑依したかのように、喋りだすことがあるんです。そのストーリーは20数年前に私が書いたお話なんですが、私は覚えてないので「なんだそれ、面白そうじゃないか!」と娘にその話の先を尋ねると、娘もそれ以上は覚えていないと、残念がっています…。 娘の「あの妖怪たちに会いたいわぁ〜」という言葉を聞くたびに、世に出せなかったことへの寂しさが胸をよぎっていました。 けれど、なんと!このたび、娘があの妖怪たちと再会を果たす日が、もう目前に迫っています!まさかこんな日がやってくるなんて…夢にも思いませんでした。 『ナビ之介』が帰ってくるその日を、皆さんも娘と一緒に心待ちにしていただけたら、とても嬉しいです。

akio

721,364 Aufrufe • vor 1 Jahr

アーケード版「熱血硬派くにおくん」が稼働開始40周年を迎える直前の4月(※)に、本作の開発者である岸本良久さんが逝去されたのは本当に残念でならない。岸本さんの追悼と、くにおくん40周年に際し私なりに本作の魅力について語りたいと思う。本作はベルトスクロールアクションゲームの源流の(続く) 一つとされ、ビデオゲーム史において非常に重要な作品に位置づけられる。その革新性については既に多くの方が語り尽くしているので、私は少し視点を変えてこのゲームを捉えたい。※本作の稼働開始は1986年5月という情報に基づく 私が注目したのは「くにおくんの向き」である。 くにおくんは、近くにいる敵の方を向き続ける習性がある。だから後方から敵が迫った時にレバーを逆方向に入れても、すぐに後ろを振り向くことはしない。後方の敵に対しては、くにおくんが向いている方の反対方向のボタンを押すと後ろ蹴りが出るので、主にこれで対応することになる。 この操作系は同じく岸本さんが手がけたダブルドラゴン(以下DD)では採用されておらず、DDではレバーを入れた方向に自由に主人公の向きを変えられる。正直、DDの操作系の方が直感的で操作しやすいので、この変更は私にはありがたかった。 だが、くにおくんの「常に敵の方を向き続ける」という習性は、熱血硬派くにおくんというゲームのコンセプトによくフィットしていると私は思っている。本作は格闘アクションゲームというより「喧嘩アクションゲーム」と言えるものだからだ。 岸本さんはインタビューで「高校生の喧嘩をテーマにしたゲームを作りたかった」と語られていた。実際のケンカを想定した場合、くにおくんの「目の前の敵にはパンチ、後方から迫る敵には後ろ蹴り」という仕様は飲み込みやすくなる。 そして何より、必ず敵の方を向くという習性は、くにおくんというキャラクターにピッタリ合っている。常に真正面から敵にぶつかっていく熱血で硬派なくにおくんのキャラクターをよく表していると思うのだ。 個人的な思いであるが、その様子は、常にゲームと真正面から向き合って開発をされてきたであろう岸本さんの姿に重なるようにも思える。 岸本さんが逝去されてから改めて本作をプレイしてみたところ、その思いはより強くなった。くにおくんは、岸本さんそのものだったのではないのだろうかと。 くにおくんというゲームはDDに進化してベルトスクロールアクションというジャンルそのものを定義しつつ、ドッジボールなど親しみやすい形でケンカ以外にも活躍の場を広げ、大きく成長していった。 だがその魂は、やはりこのアーケード版にあるように思う。向き合うべきものから決して目を離さない熱血で硬派なくにおくんに触れるということは、同時に岸本さんの思いに触れるということでもあるのかもしれない。40周年という節目は、その絶好の機会だと思う。 現在はアケアカやイーグレットツーミニなどで手軽に楽しめるので、ぜひ多くの方にアーケード版を楽しんでいただきたい。 この、ゲーム史において非常に重要かつ類まれなる熱さを有した傑作「熱血硬派くにおくん」を開発して下さった岸本さんに、改めて感謝したいと思う。岸本さん、素晴らしいゲームを本当にありがとうございました。 #レトロゲーム

moai1234

315,135 Aufrufe • vor 1 Monat