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カワイイのに辛そうな表情がたまらない精神侵食型ホラーゲーム『Nightmare Journey 1135』のSteamストアページが公開。可愛くも仄暗いドット絵の世界で異形に追われる "かわいそうでかわいい"主人公「シ」は、悪夢の奥に隠された真相に迫ることができるのか

340,567 views • 4 months ago •via X (Twitter)

7 Comments

Ayofe's profile picture
Ayofe4 months ago

This looks hauntingly beautiful! The soft pixel art mixed with psychological horror has me hooked already. Shi's expressions are so expressive Can't wait for more details!

Dual Engr's profile picture
Dual Engr4 months ago

ドット絵めちゃくちゃ可愛いのに、雰囲気が不穏すぎる… “かわいそうでかわいい”系のホラーって刺さる人には本当に刺さるんだよな。 追われる緊張感と世界観、かなり気になる

abdulgateway's profile picture
abdulgateway4 months ago

見た目の可愛さと精神的ホラーのギャップが強い作品ですね。 “かわいそうでかわいい”って設定がすでに刺さるタイプです。

ENGR.JIMOH's profile picture
ENGR.JIMOH4 months ago

カワイイのに辛そうな表情がたまらない精神侵食型ホラーゲーム『Nightmare Journey 1135』のSteamストアページが公開。可愛くも仄暗いドット絵の世界で異形に追われる "かわいそうでかわいい"主人公「シ」は、悪夢の奥に隠された真相に迫ることができるのか

J Silhan's profile picture
J Silhan4 months ago

mind-corroding horror with cute uneasy pixels is exactly the kind of game i’ll play at 3am and regret instantly

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axblacks4 months ago

the blend of cute and disturbing is a fine line and this seems to walk it well. also "mind-corroding" is a genre i didn't know i needed

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eroom4 months ago

wange

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宇宙人は“遠くから来る存在じゃない”…そう言われた瞬間、世界の前提が全部ひっくり返る。 UFOや宇宙人を「見たかどうか」のレベルで語っていないところです。普通の話なら、遠くに光る物体を見た、とか、噂を聞いた、で終わる。 でも保江さんは違う。 「自分も何度も近くで見ているし、周りの人も普通に乗ったり触れたりしている」という前提で話が始まります。つまりこの時点で、“いるかいないか”の議論が終わっている。 ここがまず怖い。さらに話は深くなります。宇宙人はどこから来るのか?普通なら、何万光年も離れた星から来ると思いますよね。 でも保江さんの答えは、まったく違う。「別の次元として、この世界に重なって存在している」シリウスやプレアデスという名前も、天文学で見える星そのものではなく、この世界に重なっている“別の層”のことだというんです。 これは「同じ場所に、見えないもう一つの世界が重なっている」みたいな話です。だから彼らは遠くから来るんじゃない。 すぐ隣から“ひょい”と現れる。ここ、かなりゾッとします。もしそれが本当なら、宇宙人は遠い存在じゃない。 今この場所に、ただ見えていないだけになるからです。さらに不気味なのが、目的です。彼らは人間に興味があるわけじゃない。 ただ一つ、監視している理由がある。それが核兵器。地球で核爆発が何度も起きれば、地球だけでなく宇宙全体のバランスが崩れる可能性がある。 だから、「人類を守るため」ではなく、宇宙の安定を守るために見張っているという話になります。これ、かなり冷たい視点です。 人間は主役じゃない。ただの“危険な存在”として見られているかもしれない。そしてさらに奇妙な話が続きます。宇宙人は、実はまったく別の生き物ではなく、 人類の祖先とつながっている可能性がある とも語られています。 つまり完全な他者じゃない。どこかで繋がっている“親戚みたいな存在”。この時点で、境界があいまいになります。人間と宇宙人の違いは何なのか。 そもそも分かれているのか。ここが一番気味が悪い。そして極めつけが、未来の話です。保江さんは、2027年前後には、誰でも宇宙人を見るようになると語っています。つまり、限られた人だけの話じゃなくなる。 日常の中で、普通に話題として出てくる世界になるかもしれない。でもその一方で、こういう情報は「出してはいけないもの」としてずっと隠されてきた可能性もある。政治、戦争、情報操作。どこまでが本当で、どこからが隠されているのか。 全部が曖昧なまま、少しずつ表に出てきている。この話の怖さは、UFOがいるかどうかじゃありません。もし本当に“別の層の世界”が重なっているなら、私たちはずっと何かと同じ場所で生きていることになる。 見えていないだけで。そしてもっと怖いのは、それが敵か味方か、そもそもどちらでもない存在かすら分からないことです。 あなたはこの話、ただのオカルトだと思いますか? それとも、まだ説明できていない現実の一部だと思いますか? 気になったらリプで教えてください。 保存して、あとでゆっくり読み返すのもおすすめです。

角由紀子のヤバイ帝国

54,133 views • 5 months ago

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は、 友情の美しさを描いた作品ではありません。 友情の怖さを描いた作品です。 この動画には、大きなネタバレを含みます。 動画も作成しましたので、テキスト・動画お好みでご覧ください。 二人の関係を見て、「友達のためにここまでできるなんて」と感じた人もいると思う。 実際、ヒトハとフタバの絆は、この作品の重要なテーマとして描かれている。 だが私は、あの関係を単純に美しい友情と呼ぶことに、抵抗がある。 なぜならヒトハは、フタバを救うために、フタバ自身の意思を越えてしまったからだ。 物語の発端は、海での事故である。 ヒトハとフタバが乗っていた船が、海で遊んでいたセイレーンたちの影響で転覆し、 フタバが瀕死の状態になる。 そこでヒトハは、「人魚の肉を食べれば永遠の命を得られる」という情報を頼りに、 人魚を殺し、その肉をフタバに食べさせる。 結果として、フタバは助かった。 ここだけ見れば、「親友を救った」という話である。 だが、その後のフタバの反応が重要だ。 フタバは、ヒトハのしたことを素直に喜んでいない。 なぜなら、自分を救うために別の命が犠牲になったからである。 つまりヒトハは、フタバを救った。 だが同時に、「人魚を殺してまで生きたいのか」という選択を、 フタバ自身にさせなかった。 ここに、この友情の危うさがある。 大切だから救いたい。これは間違いなく愛情である。 だが、大切だからこそ相手の意思を無視してもいいのか。これは別の問題だ。 現実でもそうである。 「あなたのためを思って」 「絶対にこっちの方が幸せだから」 「私があなたを守るから」 善意から出た言葉でも、相手の意思を無視した瞬間、それは支配へ変わることがある。 ヒトハの行動も、まさにその境界線に立っている。 さらに強烈なのが、その後だ。 永遠の命を得てしまったフタバに対し、ヒトハ自身も人魚の肉を食べる。 二人で永遠に生きることを選ぶ。 ここだけ見れば、とても美しい。 「一人にはしない」「ずっと一緒にいる」。 友情の極致にも見える。 だが逆から考えると、ものすごく怖い。 永遠である。10年でも、100年でもない。終わりがない。 しかも、その永遠は人魚の命を犠牲にして手に入れたものだ。 だから二人が一緒にいる限り、自分たちが犯した罪から完全に逃れることもできない。 永遠の友情が、そのまま永遠の罪にもなっている。 そして私は、ここでハチワレとちいかわの友情との対比が効いてくると思っている。 ちいかわとハチワレも、お互いをものすごく大切にしている。 危険になれば助ける。一緒に喜ぶ。一緒に怖がる。 だが基本的には、相手を自分のものにはしない。 相手が何を感じているのかを、知ろうとする。 一方、ヒトハはフタバを失うことに耐えられず、 「生かす」という決断を自分一人で下してしまった。 同じ「友達を大切にする」でも、決定的な違いがある。 相手のために何かをすることと、相手の人生を代わりに決めることは違う。 『人魚の島のひみつ』は、その境界線を、ものすごく残酷な形で見せている。 だから私は、ヒトハを悪人だとは思わない。 むしろ、気持ちは理解できる。 目の前で一番大切な友達が死にそうになっている。 助けられる方法を知ってしまった。 そこで冷静に倫理を考えられる人が、どれだけいるだろうか。 だからこそ怖い。 悪意ではなく、愛情が悲劇を生んでいるからだ。 そして最後には、二人は誰もいない島で一緒に暮らそうとする。 二人だけなら幸せになれる。そう見える。 だが、その島にはセイレーンが近づいてくる。 友情によって命を救ったはずなのに、 その友情が生み出した罪から、永遠に逃げられない。 私は、このラストを「友情の勝利」とは到底思えない。 むしろ問いかけられているのは、 「大切な人のためなら、どこまでしていいのか」。 そして、 「相手を失いたくないという気持ちは、本当にすべて愛情と呼べるのか」。 なのではないだろうか。 ヒトハとフタバは、間違いなく大切な友達同士である。 だからこそ、その友情は美しくて、同時にものすごく怖い。 『人魚の島のひみつ』は、「友情は素晴らしい」で終わる作品ではない。 友情ですら、一線を越えれば誰かを傷つける。 その危うさまで描いたからこそ、この物語はここまで後味が残るのだと思う。 あなたなら、大切な友達を救うために、ヒトハと同じ選択をしますか。 コメントで教えてください。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

100,858 views • 25 days ago

『ちいかわ』は、癒やし作品ではありません。 これは令和を生きる私たちの寓話です。 ガチで分析したので、ガチ批評します。 長文です。読みづらい方は動画でどうぞ⏬️ もちろんかわいい。 グッズもかわいい。アニメもかわいい。 SNSに流れてくるイラストもかわいい。 しかし、この作品の本質はそこではない。 『ちいかわ』は、 令和という時代を映した、 とんでもなく残酷な作品である。 なぜそこまで言うのか。 この作品が、異常なほど現実だからである。 例えば討伐。 ちいかわたちは危険な存在を倒し、 その報酬で生活している。 資格制度がある。草むしり検定がある。昇級もある。 つまりちいかわたちは冒険者ではない。 労働者である。 しかも、この世界は努力が必ず報われるわけではない。 ここが本当に恐ろしい。 普通の少年漫画なら、努力した主人公は報われる。 しかし『ちいかわ』は違う。 草むしり検定のエピソードを思い出してほしい。 ちいかわは落ちる。 頑張ったのに落ちる。 勉強したのに落ちる。 ハチワレは受かる。 自分だけが置いていかれる。 あのエピソードを見て笑えた人は少ないはずである。 なぜなら現実だから。 資格試験。受験。就職活動。昇進試験。 私たちは人生のどこかで必ず経験している。 だから刺さる。 そして『ちいかわ』最大の発明は、 主人公がちいかわだったことにある。 例えばハチワレ。 優しい。頭がいい。 コミュニケーション能力も高い。困難にも前向き。 人財としてはかなり優秀である。 しかし主人公ではない。 主人公はちいかわ。 泣く。怖がる。失敗する。逃げる。 何度も心が折れる。 それでもまた立ち上がる。 私たちは悟空ではない。 ルフィでもない。炭治郎でもない。 ほとんどの人間はちいかわである。 憧れではなく共感。 これが『ちいかわ』の異常さの正体である。 そしてこの作品には、 もうひとつ大きなテーマがある。 「変化への恐怖」である。 『ちいかわ』には何度も、 元には戻れない存在が登場する。 キメラ化。モモンガ。島編。 作中で繰り返し描かれる『変わってしまった存在』。 これが本当に怖い。 なぜなら私たちも知っているからである。 人間は変わる。友達も変わる。環境も変わる。 子どもの頃には戻れない。 昨日の自分にも戻れない。 『ちいかわ』はその現実を、 かわいい絵柄で何度も突き付けてくる。 ホラー作品より怖い。 なぜなら、現実だから。 この作品の最大のテーマは 『生きること』そのものだと考えている。 生きることは、本当はそんなに格好良くない。 失敗する。落ち込む。嫉妬する。泣く。逃げる。 それでも次の日が来る。 それでも働く。 それでも友達と会う。 それでも生きていく。 『ちいかわ』は、その繰り返しを描いている。 だから大人が泣く。 子ども向けの作品なら、 ここまで社会現象にはなっていない。 『ちいかわ』は、 働いている人に刺さる。 夢を諦めた人に刺さる。 努力が報われなかった人に刺さる。 自分に自信がない人に刺さる。 なぜなら、その人たち自身がちいかわだから。 『ちいかわ』はかわいいキャラクターコンテンツではない。 これは令和を生きる私たちの寓話である。 かわいいから流行ったのではない。 私たちが自分自身を見てしまったから流行った。 それが『ちいかわ』という作品の 本当の恐ろしさであり、本当の凄さである。 あなたは『ちいかわ』を癒やし作品だと思いますか。 それとも、現代社会を映した残酷な物語だと思いますか。 コメントで教えてください。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

79,752 views • 3 months ago

釈迦の弟子に、パンタカという人がいました。 パンタカは、今でいう発達障害や境界知能のような人だったとも言われています。 周りの弟子たちからは、「なぜあんな人間が悟りを開けるんだ」と思われるような存在でした。 でもパンタカは、ただひたすら掃除を続けた。 自分にできることを一生懸命やり続け、周りの人たちが気持ちよく過ごせるようにした。 そして、その道を通して悟りに至ったとされています。 ちなみに、このパンタカは『天才バカボン』に登場する「レレレのおじさん」のモデルとも言われています。 「おでかけですか? レレレのレ〜」と言いながら、いつも道を掃除している、あのおじさんです。 私の弟子(brother)にも、いわゆる発達障害や境界知能ギリギリと言われる人間がいる。 「小学校3年生くらいで知能が止まった」と言われるギャグ男もそう。 私は、何か一つのことを本気で頑張って、悟りとは言わずとも、その道で一流になればいいと思っている。 格闘技でも、ラップでも、掃除でもいい。 一つの道を本気で突き詰めていけば、いつか違うジャンルで一流になった人間とも、同じ目線でものを見ることができるようになると思う。 頭がいいとか、勉強ができるとか、それだけが人間の価値ではない。 どの時代も昔からそこだけは変わらない 優しさと言う価値。 自分にできることを続けて、その道を極める。 そうすれば、その人にしか見えない景色がきっとある。 だから私は、彼らを心から応援している。 たとえミスがあっても、そこで終わりじゃない。 後悔するだけではなく、反省する気持ち、そしてもう一度頑張ろうという気持ちがある人には、いくらでもチャンスを与えられる世の中になってほしい。 応援の仕方はたくさんある。 叱咤激励。 優しくすることだけが応援ではない。 時には怒ることもある。 それで嫌われても構わないと思っている。 その人がこの先の人生で、ほんの少しでも良い人生を歩むためのエッセンスになったら、 私の勝ちだ。

星野大介 キャンディジムのだいちゃんねる

45,835 views • 12 days ago