Video wird geladen...

Video konnte nicht geladen werden

Zur Startseite

ゲーム開発などを手がけるDimpsさんの採用サイトを制作しました!! 「Dimpsワールドを巡る」をコンセプトに、「人々の心を満たすコンテンツを世の中に送り出す」というDimpsさんの姿勢を体現するサイトを目指しました🌲 2018年の制作に続き、今回のリニューアルもお声がけいただけたことに感謝です!

12,385 Aufrufe • vor 6 Monaten •via X (Twitter)

0 Kommentare

Keine Kommentare verfügbar

Kommentare vom Original-Post werden hier angezeigt

Ähnliche Videos

【メタスラチームが作った最後のゲーム】 メタスラチームといえば『ネオジオ』に骨を埋めた、というイメージが強くありますが、実は一時期『ゲームボーイアドバンス』の開発をしていたことがあるんですよ。 そのゲームの名は『ナビ之介』といいます。 『ナビ之介』は、当時『ゲームボーイアドバンス』にGPSユニットを接続して遊ぶという、かなり野心的な構想からスタートした企画でした。 「こんなゲームを作ってほしい」と渡された企画書には、日本全国の偉人を題材に、GPSと連動して遊ぶという、当時としてはかなり先を見据えたRPGの内容が記されていました。 その企画書を見た私は「これ、妖怪ものにした方が絶対面白くなります」と提案し、テーマを偉人ものから妖怪ものへと変更してもらったんです。そしてこのゲームは、陰陽師を夢見る少女の魂が宿った木偶人形が、妖怪たちを封印したり、仲間にしたりして世直ししながら日本列島を行脚するという、『和風ファンタジーRPG』として動き出すことになったんです。 ところが、開発途中でGPSユニットの話自体が立ち消えになってしまい、肝心の“全国を歩いて妖怪と出会う”という中核要素が実現不可能になってしまったんです…。ゲームそのものの存続も危ぶまれましたが、GPS連動抜きで遊べるゲームに改造して開発続行となり、完成に至ったのですが、諸事情があり最終的に『ナビ之介』はお蔵入りとなってしまいました。 …今思えば、もしあのまま開発が続いていたら、“歩くことをゲームに変えた”遊びが、『ポケモンGO』より15年も早く形になっていたのかもしれませんね。 もちろん、ウチの不気味な妖怪たちが社会現象となった愛されキャラ『ポケモン』のようになれる未来はありませんが…。 改めて考えてみると、『ナビ之介』というゲームは20数年前メタスラチームが作った最後のゲームということになるんですよね。 長年ランガンを作り続けてきたメタスラチームが、最後の最後に手がけたのは、意外にも『和風ファンタジーRPG』。そんなゲームで幕を下ろしたメタスラチーム…、ちょっと切ないんですが、我々が作った型破りなホンワカ妖怪ゲームを覗いてみたくなりませんか? ゲーム中のシナリオは、私が書いてますので、そりゃもうバカバカしくてナンセンス、頭がおかしくなるかもしれません。 そういえば当時、ゲームが更新される度に小さな2人の娘にテストプレイして貰ってたんですが、「 父ちゃんのお話、怖くて、変で、面白い! 」と大絶賛してくれたんです。それもそのはず娘にウケるように書いてましたから当然なんですが、あんなに喜んで貰えると作った甲斐があるというものです。 皆さんが、もしもこのゲームを手にすることがあれば、あの頃の娘同様、ピュアな心で遊んでくださいね。 大人になった娘は最近、昔遊んだ『ナビ之介』のストーリーを突然何かが憑依したかのように、喋りだすことがあるんです。そのストーリーは20数年前に私が書いたお話なんですが、私は覚えてないので「なんだそれ、面白そうじゃないか!」と娘にその話の先を尋ねると、娘もそれ以上は覚えていないと、残念がっています…。 娘の「あの妖怪たちに会いたいわぁ〜」という言葉を聞くたびに、世に出せなかったことへの寂しさが胸をよぎっていました。 けれど、なんと!このたび、娘があの妖怪たちと再会を果たす日が、もう目前に迫っています!まさかこんな日がやってくるなんて…夢にも思いませんでした。 『ナビ之介』が帰ってくるその日を、皆さんも娘と一緒に心待ちにしていただけたら、とても嬉しいです。

akio

722,927 Aufrufe • vor 1 Jahr

【ファン必読】あなたは今のままで十分に素晴らしい #ハリー・スタイルズ、ステージでの言葉 「前回のツアーが終わってから少しお休みをして、自分自身の人生に向き合うような時間を過ごしていました。色々なことがあって、本当に素晴らしいこともあれば、辛いこともありました。この数年の間に何人かの友人を亡くしたりもして、本当にさまざまなことがありました。僕にとって人生におけるそういった大きな出来事をただ受け入れ、心に落とし込むための時間を持てたこと、そしてここ数年で、人生がどれほど儚くて、美しくて、素晴らしくて、同時に過酷で、残酷で、そしてインスピレーションを与えてくれるものなのか、人生が持つありとあらゆる側面を身をもって実感しました。今夜、この会場で皆さんと一緒に、皆さんが作り出すこのエネルギーを感じながら、どうか皆さんもこのエネルギーを感じて、その小さな欠片を外の世界へと持ち帰ってほしい。そして外の世界でも自分がなりたいと願うどんな自分にでもなれるんだと信じてください。あなたの人生をあなたの好きなように生きてください。人生はあなたのものです。あなたは、今のままで十分に素晴らしい。愛され、尊重される価値があります。そして見知らぬ誰かもまた、あなたの愛と敬意を受けるに値する存在です。友達を気にかけてあげてください。見知らぬ人にも気を配って、人々に手を差し伸べてください。人生は美しく、そして儚いものです。僕が一つだけ確実に分かっていることは、今夜、僕たちにはお互いがいるということ。僕らにはお互いがいるんです。本当にありがとう。」 (via strettyend)

Harry Updates Japan

128,568 Aufrufe • vor 3 Monaten

最初に企画したアニメは『2人の秘密基地』という作品でした。 きっかけは、井の頭公園で山本と秘密基地作りごっこをしていた時のことです。 二人で土の上に線を引きながら、「ここが棚で、ここが地下への入り口で……」と架空の秘密基地を考えていたのですが、それが楽しくて「この体験をアニメにしたい」と思ったことが企画の始まりです。 しかし、シナリオと絵コンテを作る段階で、山本と意見が対立しました。高校時代に自主制作アニメを作った経験のある山本は、最初の作品は短く完成できる規模にするべきだと考えていました。一方、僕はアイデアを次々と加え、最初から作りたいものを規模を制限せずに作りたいと考えていました。 最終的には僕が「自由に作れないのであれば、一人で進める」と伝え、山本が折れる形で、僕の作りたいように作ることになりました。 けれど、必要な作業を整理すると、完成までに1〜2年ほどかかる規模だと判明。当時は安定した収入もなく、このままだと完成を目指すことは現実的ではない…と判断し、『2人の秘密基地』は絵コンテの段階で制作を中止にしました。 その後は山本と方向性を見直して、『2人の秘密基地』で本当に描きたかった「秘密基地を作る楽しさ」だけに絞った、1〜2分ほどの短編『僕らの秘密基地』の制作を始めました。 しかし、この作品も制作途中で僕が飽きてしまい完成には至りませんでした。 最近、当時の『2人の秘密基地』の絵コンテを見返したところ、改めて話が膨らみすぎていたなと感じ、色々カットして、少し修正を加えました。本当はあまり見せたくないけれど、ご供養のつもりで共有します。

下田スケッチ【絵の描き方】

49,100 Aufrufe • vor 1 Monat