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タイムアタックでゴールした瞬間「今のもっと縮められたな……」が来るタイプの人は、『VHOLUME』で時間が溶けるかもしれない アンビエントな音楽を背に無機質で夢の中みたいな廃墟を全速力で駆け抜ける、一人称パルクールゲーム。疾走感があるのに、妙に心は落ち着く

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僕は何度も心が折れてました。 会社員だった頃、必死に働いても評価されず、時間は奪われ、人生を楽しんでいる実感なんてありませんでした。 なんとかしようと思って副業を始めても最初は全然うまくいかなくて、深夜のパソコンの前で何度もため息をついた。 「俺には才能がないのかもしれない」 そう思ったことも何度もありました。 でも、そんな時に支えてくれたのは「仲間」でした。一緒に挑戦して、悩みを打ち明けて、笑い合える人たちがいた。 自分の挑戦を笑う人もいたけど、信じてくれる仲間が少なくてもいたから、僕は諦めずに続けられたんです。 気づけば、いつの間にか月収1,000万円を超えていました。 ただ、数字なんてただの結果にすぎません。 本当にうれしかったのは、仲間が夢を叶えていく姿を一緒に見られたこと。挫けそうになった人が再び立ち上がり、初めての収益を報告してくれたとき、心の底から震えました。 「一人で頑張るんじゃない。俺たちは一緒に戦ってるんだ」 そう思えた瞬間でした。 メイカラサロンは、ただの学びの場じゃない。誰かが壁にぶつかれば、みんなで支える。誰かが成果を出せば、みんなで本気で喜ぶ。この空気感こそが、僕にとって一番の誇りです。 人生は簡単じゃない。 何度も苦しくなるし、逃げたくなる。 でも、仲間がいれば、もう一度立ち上がれる。僕はそれを、このサロンで何度も見てきました。 この動画は、メイカラメンバーのほんの一部の想いです。 挑戦は決して楽じゃないけど、一緒に走る仲間がいるなら、きっと乗り越えられる。だから僕は、これからもこの仲間と未来を作り続けます。 本質的な幸福は、一人じゃ生み出せない。 でも仲間となら、必ず実現できる。 僕は、それを信じて生きています。 ※メイカラの詳細はリプ欄

久保田 亮|マーケ×AI

18,115 просмотров • 1 год назад

日本に行った人が、帰ってから苦しくなることがある。日本で見たものは、特別なイベントじゃない。電車がだいたい時間に来ること。人が列をつくること。店で「ありがとう」と言われること。夜の道が、怖くないこと。そういう小さな当たり前。でも、その小さな当たり前が、帰国した瞬間に刃になる。 自分の国の音が、急に大きく聞こえる。怒鳴り声。クラクション。割り込み。投げるような言葉。前は平気だったのに、平気じゃなくなる。日本が良すぎたからじゃない。比べる目が、できてしまったからだ。 この痛みは、普通な感覚。違う世界を一度見た人にだけ起きる、ふつうの揺れ。 ただ、ここで気をつけたいことがある。旅先は、少しだけ夢に似ている。短い時間の中で、いい場面が多く見える。だから日本は完璧だと思いすぎると、自分のいる場所が全部ダメに見えてしまう。すると心が、帰る場所を失う。 じゃあ、どうしたらいいのか。 答えは、全部を日本にしようとしないこと。 日本で好きだったことを、ひとつだけ持ち帰る。 朝、靴をそろえる。 人にぶつかったら小さく「すいません」と言う。 時間を守る。部屋を少し整える。 たったそれだけで、心は夢が終わったじゃなくて、夢を生活に変えたと思える。 そしてもう一つ大事なのは、ひとりにならないこと。日本が好きだった人は、日本が好きな人と話せばいい。好きは、誰かと分けると、痛みじゃなくなる。 日本を忘れられないのは、弱いからじゃない。日本に来てくれた人の中に「こう生きたい」が生まれたからだ。 その気持ちを大切にすれば大丈夫。夢は、逃げるためじゃなく、戻ってきたあとに生きるためにある。

クレア

383,105 просмотров • 8 месяцев назад

スタンドバイミー、これ英語のままでも胸に刺さるのに、字幕がそっと手を添える。「そばにいて欲しい」たったそれだけの一行が、胸の奥の、普段は鍵をかけてある引き出しを開けてしまうのよね。思い出は、たいてい音で戻ってくる。匂いでも戻るが、音はずるい。音は、時間を飛び越える。あの頃の自分の呼吸の速さ、汗の薄い塩味、夕方の影の伸び方まで一緒に連れてくる。映画の少年たちが歩いているだけなのに、こちらの心のほうが追いかけて走り出す。 この現象に理由は要らない。理由なんて、涙のあとから遅れてくる。TikTokのコメント欄には、同じ場所を押さえられた人たちの声が並ぶ。 子どもの頃の友達は宝石。 けれどいつか別れが来る。 もう二度とあの頃のような友人には出会えない。 涙が出る、なんでだ。 人が泣くのは、悲しいからだけじゃない。それは、もうあの頃に戻れないからだ。戻れない場所を、心が知ってしまったときに、涙は勝手に溢れてくる。 子どもの友情は、キャバクラやホスト、マッチングアプリのように金勘定ではない。結婚のような契約書もない。損得も、値札も、身長や年収とか、条件もついていない。 隣にいる理由は、ただ隣にいたいからだけで、世界はそれで成立していた。くだらないことで喧嘩し、翌日には何事もなかったように笑い、帰り道の石ころを蹴りながら、未来のことなど考えもしない。あの無駄の中に、人生の芯があった。それが友達じゃない? 大人になると、無駄を削る。 効率を磨く。正しさを整列させる。 その結果、生活は滑らかになっていくのに、心だけがざらついていく、、、 友だちに会うことは予定表の隙間に押し込まれ、会えないことに慣れる練習をしてしまう。 忙しさは、言い訳としては完璧だよ。 誰も責められない。 だからこそ、気づかないうちに一番大事なものが痩せていく、、、 そういう中、ニュースが重たい石を落とす。スタンド・バイ・ミーで知られる監督が、妻とともに自宅で亡くなっていたという。刺し傷があり、捜査は殺人事件として進められているという。 映画が映したのは少年たちの一度きりの夏で、現実は、救いのない形で幕を閉じるかもしれない。人生の皮肉は、いつも小説より露骨だよね。 こういうとき、人は意味を探す。 意味を付けて、納得して、箱にしまって、自分たちの生活に戻る。でも人生は、教訓のために起きているわけじゃない。 悲しみは、たいてい整理されることを拒む。 ただ重く、ただ冷たく、胸に居座る。 それでも、あの歌が流行る。 流行るという言葉では軽すぎるか。 必要になって、流れてくる。 「Stand by me」は、立派なことを言えという命令じゃない。 英雄になれという話でもない。 逃げないで隣にいろというだけのことだよ。 正論で殴らない。 説教で片づけない。 勝手に解決しない。 ただ、隣にいる。 その静かな不器用さが、人を生かす。 だから、涙が出る。 あの頃、隣にいた人の顔を、もうはっきり思い出せなくなっている自分に気づいて泣く。 同時に、思い出せないのに胸が温かくなることにも泣く。 人は、忘れる。けれど完全には失わない。 友情は、消えるというより、形を変える。握手の温度が、いつのまにか胸の奥の灯りになって、暗いところを照らす。 「もう二度とあの頃の友人には出会えない」 それは半分ほんとうで、半分うそだよ。 同じ形では来ない。 もう、あの夏は戻らない。 でも別の形で来る。 職場でも、近所でも、たまたま同じ夜を越えた人でもいい。 痛みを知った者同士は、黙って隣に座れることがある。 言葉がなくても、湯気の立つカップひとつで、心がほどける瞬間がある。 夜が来て、地面が暗くなり、月明かりだけが頼りだと思える日がある。 そんな日こそ、隣に一つだけ人の気配があることが、救いになる。 世界は大げさな奇跡で回っていない。小さなそばにいるが、何度も何度も積み重なって、ようやく朝になる。 泣いていい。泣いたあとで、誰かの隣に立てるなら、なおいい。それが、この歌の続きじゃないかな?

クレア

154,747 просмотров • 9 месяцев назад

ぶっちゃけヒカルがめちゃくちゃ好きってわけじゃないです。 でも、この動画だけは別格だった。 刺さった。 胸を殴られたみたいに「そうだよな……」と黙らざるを得なかった。 そう、 「楽」と「楽しさ」は似ているようで、実はまったくの別物です。 ただラクしてるだけの人生は、 確かにしんどくはないです。 だが、それと同時に“何も起きない人生”でもある。 刺激もない。 成長もない。 達成感もない。 その結果どうなるか? 気づけば心が干からびて、人生そのものが退屈な作業になってしまいます。 実際、昔のナギもまさにその典型だった。 「本当は美女を抱きたい。 みんなが憧れるような女を横に連れて歩きたい」 心の奥底では、そんな願望がメラメラ燃えていた。 でも表ではこう言って逃げていた。 「仕事が忙しいから」 「俺なんて外見も普通だし」 「女性に慣れてないから……」 そうやって都合よく言い訳を積み重ね、 “挑戦しなくていい道”へ逃げ込んでいた。 逃げればラクだ。 誰にも否定されないし批判もない。 壊れる恐怖も味わわなくていい。 ただし ラクを選んだ先に、欲しい未来は一つもなかった。 ナギはその現実に、ある日ようやく気づいたんだ。 このまま“ラクな人生”を続けたら… 憧れていた女性に振り向かれることもなく、 自分を誇れる瞬間もなく、 「まぁこんなもんか」と言いながら人生が終わっていく。 想像してみてほしい。 40歳、50歳、60歳になったあなたが、 “本当はもっとやれたのに何もやらなかった自分”を思い出した瞬間。 その時に込み上げる後悔は 今の“ラクさ”なんかとは比べものにならない。 そのことに気づいたとき、ナギは腹を括った。 複数の恋愛コンサルを受けた。 逃げずに自分と向き合った。 行動した。 最初は怖かった。 しんどかった。 手も足も震えた。 だけど 不思議と“つらい”とは一度も思わなかった。 それどころか、 めちゃくちゃ楽しかった。 だって、変わっていく実感があったから。 選ばれる側の男に近づいていく感覚があったから。 昨日より今日の自分の方が、確実に誇れたから。 “ラク”では得られない興奮。 “逃げ”では味わえない自信。 挑戦した瞬間から、 ナギの毎日は「退屈」から「充実」に切り替わった。 結局、人生はシンプルなんだ。 ラクを選べば、人生はラクのまま止まる。 楽しさを選べば、人生は動き出す。 そして、動き出した人間だけが 憧れていた女性と自然に笑い合える自分になれる。 これはキレイごとじゃない。 ナギが現実に体験した事実です。 だから今、これを読んでるあなたにハッキリ言いたい。 もしあなたが心のどこかで 「本当は美女を抱きたい」 「理想の女と結婚して幸せになりたい」 「もっと堂々と自分に自信を持って生きたい」 そう思っているなら “ラクな逃げ”を続けている場合じゃない。 ラクしている間に、 あなたの未来はどんどん薄くなっていく。 一方、 挑戦した瞬間から、あなたの人生は手触りのある“楽しさ”で満たされ始める。 どちらの人生を選ぶかは、あなた次第です。 今日も最後まで読んでくれてありがとう。 現在進行形で美女からモテるために頑張ってるって人はいいねで教えてください。 美女を抱くために頑張る人はナギコンサル生じゃなくてもみんな仲間です。 面白いプロフィールの人がいたらフォローさせてください! 発信者さんも構いません。 さぁ、みんなで美女を抱きましょう。

ナギ

110,980 просмотров • 10 месяцев назад

多くの人に観てもらい、知って欲しい。 次の『REAL INFLUENCER』は、男磨きハウス出演の田村シュンス。 お笑いと音楽、二つの夢を同時に追いかける男 「お笑いと音楽両方で武道館に立ちたい」 その言葉は、あまりに大きく、あまりに曖昧だった。 音楽に人生を賭け、武道館だけを見て走る者がいる。 お笑いに全てを捧げ、劇場に立ち続ける者がいる。 そんな世界で、 令和の虎に出て、男磨きハウスに出て、 音楽も、お笑いも、これからだと言う彼に 俺は真正面から問いを投げた。 それは夢なのか? それとも、逃げ道を残したままの理想論なのか? 今のままでは、誰の心にも刺さらない。 “応援したい存在”になるには、 あまりにも語る理想がぼやけてる。 ただ一つ、強烈に感じたものがある。 それは、根拠のない自信。 その自信は、ただの勘違いで終わるのか。 それとも、閉ざされた扉をこじ開ける力になるのか。 夢が定まらない者。 やりたいことが多すぎて、前に進めない者。 彼は、そんな人間たちの指針になれるのか。 それとも——。 これは持ち上げる回でも、切り捨てる回でもない。 見極めるための回だ。 『REAL INFLUENCER』 田村シュンス編、公開。

VAMBI / ヴァンビ

6,888,698 просмотров • 7 месяцев назад

井上尚弥の下半身 井上尚弥が4階級制覇している理由 ボクサーの足は細い。 でも本当のトップ選手たちの足はみんな細い気がするけどマジで太い。 多くの選手が階級を上げるときにパワー不足を補うために上半身をデカくしようとする。 でも人間には本来その人に適したバランスというものがある。 上をでかくすれば必ずそのバランスは崩れるし、全身をそのままでかくするイメージでも下半身にかかる負荷がかわるのでバランスも変わる。 なので本来は上を少しでかくして、下をメインで鍛えないといけない。 井上選手の下半身はみっちり筋肉が詰まっている。 この動画の最後のシーン。3人並んでるのに1人だけ嘘みたいに足がでかい。 下半身を鍛えればスピードは落ちにくいし、下半身からパワーを持ってくることができればその分だけパワーアップできる。 でもボクサーの下半身の筋力アップは結構難しい。有酸素運動をすると筋力も落ちる。 シャドーやランニングもしないといけない。 そうなるとしっかり筋力アップするトレーニングと栄養補給が必要になる。 トレーニングだけ井上選手の真似をしても井上尚弥にはなれない。 食事面も気にしないといけないし、メンタルとかも化け物なのでそれは真似できない。 下半身が全てのパワーを生み出す。 そのためには足の筋力が必要。 土台が安定しないと全ての動きが安定しない。

ボクシングアカデミー ツネ

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NYの9月11日テロから25年。いつもは個人的なこと書かないけど、今日は私の人生にとって大切な日なので、書きます。#9月11日 実は私はその頃NYに住んだばかりで、あの日をある程度体験したヒトなのです。 World Trade Centerからは少し離れた場所だけど、朝、バイト先に着いてしばらくして、ニュースで、NYだけでなくペンタゴンもやられたと知った。 外に出ると危ないと残る子たちもいたが、私はやはり自宅へ帰ろうと思った。 もうその時点で外に出ると、ダウンタウンのほうにWTCが破壊された原爆のそれのように大きなきのこ雲が見えていた。(添付した写真が私が見たのに近い) 歩道にはダウンタウンのほうから灰を体中にかぶった灰色の人たちが、あの現場から上のほうへ上のほうへと歩いてきていた。ゾンビに見えた。 皆、口をハンカチや手などで覆い、下のほうへ向かっ て歩く人は一人もいなかった。 なんとか地下鉄駅にたどり着いたら「閉鎖している のでバスで行け」というので、バス停へ。来たバスは 満員だけど運よく乗れた。 ところが、バスがミッドタウンのEmpire State Buildingに近づいてくると、バスの中では「今度はここに飛行 機が突っ込む」というデマが湧き、人々が狂ったよ うに他人を押しのけはじめた。 彼らは走っているバスから無理やり降りようとし、 人々が雪崩のように出口のほうに殺到する阿鼻叫喚の 事態に。 私も一瞬「もはやこれまでか」と思ったが、あるひと つのことに救われた。 後部座席のほうの黒人女性たちが、なんとその狂乱の さなかに「神はあなたとともにいる」とゴスペルを歌 いだしたのだ。最初は一人、そしてまた一人・・と次々に歌声が増えた。 その歌はなによりも力強く、凛々しく、私はバスを降りるよりなぜかこの女性たちと一緒にいたい、と思った。 心の表面は不安でいてもたってもたまらないのに、私の魂は、子供の頃にやさしく自分の眠りを包んだタオ ルケットのような彼女たちの歌にくるまれてしずかに 呼吸していた。 守られていた。 そして、人々が次々に降り、彼女たちと私とごく少数の人を載せたバスは、Grand Central Stationに到着。 ここからはもうバスも電車も機能しなくなっていたので、そこから家まで歩き。 40ブロック位、セントラルパークの中も通って自宅の あるアッパーウエストまで歩いたが、 あの、インディアンサマーの、心に突き刺さるほどの雲一つない澄ん だ青空を、私は一生忘れない。人生で最も美しい青空、と思った。 そしてNYでは数日ほど、道を歩く見知らぬ人々と「お 互い生き延びているので、がんばろう」みたいなア イコンタクトが多かった。彼ら彼女らの視線は、 恐怖と愛と連帯に満ちていた。知らない人たちなの に、みんながつながっている感じだった。 World Trade Centerで亡くなった人々の中には日本人も 24名いた。今私が住んでいるビルに住んでいた日本人 の方もお亡くなりになってます。 皆さん、どうか、どうか、一日一日を大切に生きてください。 生きてる間にできる限り愛の言葉や優しい言葉を伝えてください。 もしかしたらその人は突然明日いなくなるかもしれない、 それか、あなた自身がいなくなるかもしれない、ので。 追記:NYで多くの消防士、警察官などの人々が、帰っ てこれない可能性を知りながら崩れ落ちるビルの中に 救命のために入り、命を落としました。 世界は、人間はまだまだ捨てたもんじゃない、です。

Mimi Yamazaki

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“人類にブレインチップが入る日”は、もう遠い未来の話ではないのかもしれない。 ケロッピー前田さんが語っていたのは、イーロン・マスクの会社「ニューラリンク」による、脳とコンピューターを直接つなぐブレインチップの話です。 もともとの発想は、かなり怖いものです。 AIが人間を追い越した時、 人類は“飼い猫”のような存在になるかもしれない。 それを避けるために、 人間の脳そのものをAIやコンピューターとつなげる。 つまり、人間が機械に支配される前に、 人間のほうが機械と合体してしまおう、という考えです。 現在は、首から下が動かない人など、ハンディキャップを持つ人の支援として使われています。 考えるだけでカーソルを動かしたり、コンピューターを操作したりする技術です。 ここまでは、医療の希望にも見えます。 でも、不気味なのはその先です。 話の中では、最終的には障害のある人だけではなく、一般の人にもブレインチップを入れる計画があると語られています。 しかも、目安として出てくるのが2030年前後。 つまり、スマホの次に来るのは、手に持つ端末ではなく、 脳に埋め込む端末かもしれないのです。 さらに怖いのは、手術をロボットで行うという点です。 ロボットが量産されれば、理論上は一気に多くの人へ広げることもできる。 脳に小さな穴を開け、 そこから電極を縫いつけるように接続し、 チップを埋め込む。 もはやSF映画ではありません。 人間の頭そのものが、次のデバイスになろうとしているのです。 そして次の段階として語られているのが、目が見えない人に映像を届ける技術。 もし脳へ直接映像データを送れるようになれば、目で見ていないのに、頭の中に映像が現れることになります。 便利です。 でも、同時に怖い。 脳に情報を送れるなら、 その情報は誰が選ぶのか。 考えただけで機械が動くなら、 その「考え」はどこまで読まれるのか。 スマホなら、電源を切れば終わりです。 でも、脳に入ったチップは、どこまでが自分で、どこからが機械なのか。 人類は進化しているのか。 それとも、自分の脳を差し出す準備をしているのか。 あなたはブレインチップを、未来の希望だと思いますか? それとも、人間が人間でなくなる入口だと思いますか?

角由紀子のヤバイ帝国

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