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【「ツナミ」を世界共通語にしたアリューシャン地震から80年】 🔸 遠く離れたハワイ、警報なく不意打ちに 1946年4月1日朝、米アラスカ準州(当時)のアリューシャン列島沖でマグニチュード8.1の巨大地震が発生した。その後の津波によって少なくとも165人の死者・行方不明者が出た。 震源に近いウニマク島では35メートルの津波が観測され、高さ30メートルの灯台にいた沿岸警備兵5人が死亡した。一方、犠牲者の多くは約4000キロ離れたハワイの住民だった。 ハワイに第一波が到達したのは発災から約5時間後だったとされる。だが、当時太平洋には津波観測拠点やシステムがなく、警報は発せられなかった。楽園の住民にとっては完全に不意打ちだったといえる。 🔸 エイプリルフール津波 ハワイ公共ラジオによると、現地のサトウキビ農家の日系2世、ブンジ・フジモト氏は、当時をこう振り返っている。 🗨️「月曜日の朝、4月1日、いつものようにバスに乗りました。すると、バスの前の方にいた人たちが『えっ、海に水がない!』と興奮し始めたのです。私は『エイプリルフールだよ』と言いました。でも彼らは『違う、エイプリルフールじゃない』と。しつこく言い張るので、外を見てみると確かに水が引いていて、いつもと違っていました。(中略)バスから降りると、海面がほとんど干上がっているのが見えました。すると波が押し寄せてきました。彼らは私たちより先に、その波が普通ではなく、大きすぎると気づきました。それで彼らは走り始めました。その頃には、波が岸に打ち付けていて、止まる気配がなかったからです。ものすごく大きな波というわけではなく、まるで何かが後ろから水を押し出しているような感じでした。私たちもきびすを返して走りました」 「引き潮が生じていることを子供らが通報しても大人らはエイプリルフールの噓と思って信用せず避難が遅れた」とも伝わるが真偽は不明。仮に信じていても、当時の一般大衆の知識で異常な引き潮が津波の前兆であることを理解できたかは分からず、被害減少に役立ったかは未知数だ。 🔸「TSUNAMI」が世界共通語となるきっかけに アリューシャン地震は日本語の「津波(Tsunami)」という言葉が広く国際的に認知されるきっかけとなったとされる。被災地ハワイで日系住民がこの言葉を使っていたのを聞き、報道でもそのまま使われるようになった。 この地震を受けて1949年に設立された米国の太平洋津波警報センター(ハワイ・オアフ島)は、英語名にも「Pacific Tsunami Warning Center」と日本語由来の「Tsunami」が入っている。学術用語としても、従来からあった「潮波(tidal wave)」よりもより正確に現象を表す言葉として「津波」が定着した。 今では英語圏だけでなく、世界で「Tsunami」という言葉が使われている。
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「NewJeansが言いたいこと」日本語訳 全文 こんにちは、NewJeansです。このような突然の席に驚かれたBunniesの方もいらっしゃると思いますが、今回のことに関してメンバーの考えや意見を述べたいと思い、このような場を設けました。まず、この配信をしようと思った理由のひとつとして、代表が解任されて間もないにも関わらず、私たちとずっと一緒にやってきた多くの方々が不当な要求やプレッシャーの中で苦しんでいる姿を見るのがとても辛かったんです。そして、それを見守るしかないのがとても悔しかったし、私たち5人の将来がとても心配でした。正直ライブを準備しながら、ライブをしたらどんな反応があるのか当然心配でした。そして、ミンヒジン代表が指示したのではというような言葉が出るかもしれないのでその点も心配です。ですが、この部分についてははっきり言っておきたいと思います。これは私たち5人が本当に言いたいことがあり準備したライブです。準備できない部分は、私たちが信頼している監督さんたちに助けてもらっています。Bunniesの方までみんなが行動してくださるのに、私たちだけ後ろに隠れているのは違うのではないかと思いました。
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