Loading video...

Video Failed to Load

Go Home

パークには入らない、でもディズニーを感じたい人間の休日。 ディズニーランドホテルにあるシャーウッドガーデンレストランのランチへ🍴🎄ランドホテルの時の流れ方が本当に優雅で、忙しなく過ごしている分、この時間の特別さを満喫。 わたしのお気に入りは、、クリスマスならではのブッシュドノエルやクリームチーズムース、中からとろ〜りとろけるチョコが出てくるフォンダンショコラでした🍫🍓🍰 食事系だと鯛の甘酢餡かけ、真鯛のムニエルブイヤベース風が好きでたくさん食べたよ🤤 ランチだと120分で、、、 平日大人6,400円 休日大人6,900円でした!!!!

36,553 views • 8 months ago •via X (Twitter)

0 Comments

No comments available

Comments from the original post will appear here

Related Videos

日本と海外で人気に差があるアーケードゲーム①:センチピード アタリの代表作の一つで、映画「ピクセル」でも大きく取り上げられたタイトルだ。 うーん、有名なゲームだけどセンチピードの他にも取り上げるべきゲームはあるんじゃ?と思った日本人の方も多いのではないか。正直私もそう思った(続く) しかしこのセンチピードは、1982年の北米において売上ランキングでミズ・パックマン、パックマン、ドンキーコングと共にトップ4(正確には3位タイ)に入る程の大ヒットタイトルであり、移植版やクローンゲームも数え切れないほど出ているバケモノゲームなのだ。だから映画でセンチピードが取り上げられたことに疑問を持つ米国人は恐らく少なかっただろうと思われる。 一方日本では、米国リリースの数年後に発売されたものの米国ほどの人気は得られなかった…というかゲーセンで殆ど見なかったような気がする(個人の感想です)。 このゲームの大ファンの方には申し訳ないのだが、私はこのゲームがちょっと合わない。完全に後追いでプレイしたせいだろうか。当時の筐体でトラックボールを使ってプレイすれば、また違う印象を持ったのかもしれないが…。 本作の人気に差があったのは、単に日本での出回り数が少なかったからなのか、欧米人と日本人の感性の違いからなのかは分からない。恐らく両方の理由だろうと思うが、個人的には後者の「国ごとの感性の違い」に興味がある。ギャラガやドンキーコングやパックマンのように双方の国で大ヒットしたゲームもあるのに、センチピードはなぜ日本ではヒットしなかったのか…。 ビデオゲームは比較人類学の研究対象にもなり得るのではないかと個人的には思っている。 ちなみにこの「日本と海外で人気に差があるアーケードゲーム」のポストは、第4回まで続ける予定です(※)。 #レトロゲーム ※アーケードゲーム限定です。また、当時に海外もしくは日本でしか発売されなかったゲームは除きます。

moai1234

44,862 views • 1 year ago

馬にもそれぞれ食べ物の好みがあります🥕 好き嫌いなく何でも食べる子もいれば、なかなかこだわりの強い子もいます🐴 24歳のスズカフォイルは、どちらかと言えば後者です。 現在24歳☘️ 20歳でホースボール協会へやってきて、そこから丸1年かけてリトレーニングを行い、21歳で乗馬デビューしました💪 そんなフォイルですが、協会に来た当初はなかなかの偏食家でした。 ご褒美のおやつといえばニンジン一択。 馬用クッキーも、黒糖も、フルーツも、 「結構です。」 と、受け取りません。 ところが、多くのお客様に可愛がっていただくうちに、少しずつ食べられるものが増えていきました。 今では黒糖などの甘いおやつも大好きです🍬😊 しかし、そんなフォイルにも譲れない一線があります。 それが氷砂糖や金平糖。 口に入れて噛んだ瞬間、 「ガリッ」 その音と感触がどうにも気に入らないようで、 「石を食わせるな!」 と言わんばかりの勢いで怒ります😂 こちらとしては甘いおやつのつもりなのですが、どうやらフォイルの中では完全に石判定のようです🪨 最近、そんなフォイルに新たな発見がありました。 馬房に吊るしてある岩塩です。 ミネラル補給のために設置してあるものですが、フォイルは長いこと食べ物だと思っていなかったらしく、昨年の夏から一年、ほとんど減ることなく綺麗に飾られていました。 きっと本人の中では、馬房の備品か何かだったのでしょう。 それが先日、ふと見ると舐めていたのです。 どうやらようやく、 「あ、これ食べられるやつだ」 と気付いた様子。 それ以来、暇を見つけてはぺろぺろと舐めています。 こちらとしては、 「去年の夏からずっとありましたけど?」 と声をかけたいところですが、本人が満足そうなので黙って見守っています。 氷砂糖は石だと怒るのに、岩塩は一年越しに食べ物認定。 24年生きてきた分だけ、フォイルなりのこだわりもたくさんあるようです。 これからも自分のペースで、美味しいものを食べながら、元気に楽しく長生きしてもらいたいと思います🐴

JHBA 日本ホースボール協会

2,112,059 views • 2 months ago

今回、 マレーシアに帰る前に 大阪で【魔王シンフォニー】のプロモーションがあった。 その日の夜、 仲間と食事をしていたんだが、 外からやたらと爆音を立てる車とバイクの音が聞こえてきた。 最初は、 「こんな時代にまだ暴走族が頑張ってるのか」 くらいに思っていた。 だが、 店を出て外に出た瞬間、 想像していた光景とはまるで違った。 そこにいたのは、 昔ながらの族車ではない。 改造された車が、 爆音を響かせながらゆっくりと街を流している。 そして、 何より驚いたのは、 その車を運転しているほとんどが外国人だったことだ。 歩道でそれを撮影している人間たちもほとんど外国人。 周辺に詳しい人に聞くと、 週末だから騒がしいわけではないらしい。 毎日のように、 同じことが繰り返されているという。 「なんだ、この異様な光景は…」 思わず言葉が漏れた。 まるで、 自分の知っている日本じゃない。 爆音を鳴らしながら、 同じ場所を何周も流し続ける車。 「好き放題やってんな…」 思わずそんな言葉も漏れる。 もちろん、 日本にいる外国人全員がそうだと言いたいわけじゃない。 そんなことは当然わかっている。 だが、 一部の人間たちが、 まるで自分たちの場所のように振る舞い、 周囲がそれを止められず、 誰も違和感を口にしなくなっている空気に、 妙な不安と大きな違和感。 日本は、 これからどうなっていくんだろうな…。

GACKT

559,398 views • 2 months ago

「馬車馬のように働きます」 「働いて働いて働いて参りましょう」 「ワークライフバランスを捨てます」 高市総裁がこの言葉を発したとき、 正直、"𝕏での発信をやめようか"と本気で思った。 SNSのタイムラインには、 ビジネス系アカウントや企業の社長・経営陣が 「ワークライフバランスなんて捨てるべき」 「馬車馬のように働こう」 そんな言葉ばかり。 それが流れてくるのが、本当にしんどかった。 私自身、朝9時から夜中4時まで働くブラック企業で、残業当たり前・定時という概念ないの環境で、会社員として3年間、馬車馬のように働いてきました。 だからこそ、 土日祝を休めて、残業無しで帰れる会社へ転職したかった。できるなら週休3日で、 起業準備や副業、勉強、将来への挑戦に時間を使いたかった。 でも、それができなかった過去がある。 だから今、 週休3日の転職支援、 休み重視のホワイト企業への転職支援、 ワークライフバランスの取れた会社への転職支援をしている。 馬車馬のように働かされてきたブラック企業で感じた "ブラック企業が存在する日本社会への怒り"が原点だ。 --- 『定時に帰れて、土日祝を休めて、 仕事もプライベートも大切にできる人を 一人でも多く増やしたい』 --- だから高市さんの言葉を聞いたとき、 "自分の挑戦そのものを否定された"ように感じた。 ただ、ホワイト転職サービスをリリースして分かったこともある。 面談や日々の𝕏でのやり取りで、 「応援しています」 「今の若い世代に合った提案ですね」 「社会への素晴らしい挑戦だと思います」 「今の時代に合った、働き方の支援ですね」 そんな声をたくさんいただいた。 ============ これからも私は、 「馬車馬のように働け」 「ワークライフバランスを捨てろ」 という価値観に負けずに、 「馬車馬ではなく、人間らしく働く」 「ワークライフバランスを大切にして働こう」 「仕事も仕事も休みも休みもどちらも大事にして参りましょう」 このマインドで、"私"は突き進んでいきたいと思います。 皆んなは、私の新しい働き方の提案!応援できる?

たっきー | 週休3日に特化した転職エージェント『ハーフキャリア』CEO🐯🏢☘️

81,632 views • 8 months ago

ケニアで約120円で売春が行われている場所へ行ったのでレポします。飛田新地みたいなところがあった。治安的に夜は危ないので遅くても24時まで、日中から太陽サンサンの小屋の下で売春してる。$120ではなく120円。 …正直消化に困り、どうやって書けば良いか分からなくなくなってるのが本音。 訪れた日時: 2024年11月5日 場所: ケニア首都ナイロビ某所 (観光客が一切来ない場所) キベラスラムの見学を終えた私とガイドのトモさんは、市内観光•見物する事に。 どこへ行くか?という話にトモさんから「売春宿」の選択肢を提案された。 ケニアの売春宿とは?どんなところだろう?…そんな興味で売春宿へ行く事に。 コンクリート?トタン?で作られた、小屋のような建物が並び、そこに椅子がたくさん置かれている。 「これが椅子」 ──そうトモさんに教えてもらわなければ、椅子だと認識できない、ボロい椅子がそこにある。 そして女性達が椅子に座ったり、あるいは横に立ったりして並んでる。 人数は7人くらいだろうか、年齢不詳の黒人女性達。服装はカジュアルな私服で、たとえばTシャツに短いショートパンツやワンピース、そんなかんじ。 全員が娼婦なわけではなく、「街のおばちゃん」みたいな娼婦ではない年増の女性もいて、和気あいあいとしている。 トモさんが声をかけ、1000円程の取材費と引き換えに、快く取材させてもらえる事になった。 …正直、どうやってまとめたら良いか分からない。 というのも、オチが私的にないからだ。 ただただ、「諸行無常」を感じた。 一回の売春金額は安い人で100KES。日本円にして約120円。 2人の娼婦にインタビューしたので、概要を記したい。 1人目:26歳、100KES(約120円) •1人あたりの時間は5分程度 •1日10人ほど相手にしている •服は着たままでキスなどはなし •必ず避妊具をつけている •小太り、肌荒れしている、髪型や服装を含め改善の余地あり •部屋が狭い •部屋で寝泊まりしている(住んでいる) 2人目:40歳、200KES(約240円) 40歳の方が、26歳より高かった。倍の値段。 見た目は年齢不詳(黒人だからアジア人の私から見て分からないのかもしれない)で、体型や清潔感などは26歳より良い。部屋も広くて綺麗。 2人の子供のシングルマザーで、子供の学費を稼ぐ為に働いている。 …以上が概要。 売春しないと食事できないとか、そういうかんじではない。 ちなみに首都ナイロビの賃金は、外国人向けの飲食店店員で月収3万円くらい。 昼職で稼げる金額を売春で稼いでる。 なんで昼職で稼がないのか?と思ったが、昼職だと拘束時間が長いので売春しているようだった。なるほど。 ケニアの物価、家賃や食事はスラム街なのか、高級路線なのかでピンキリだが、参考までにスラム街で取材した物価感はこちら。 スラム街で父母+子供4人で暮らす6人家族の例 月収:6,000KES(約7,200円) お父さんが荷車を押す日雇い労働 家賃:3,000KES(約3,600円) ローカル外食(屋台): 超粗食で10KES(約12円)、肉体労働の男性が食べる栄養のある食事が70KES(約84円)。 自炊した場合: 一食30KES(約42円)程度。 (スラム街レポはこちら) 行ってみた感想: 娼婦の方々はとてもフレンドリーで明るく、あっけらかんと売春してた。 私は歌舞伎町や大久保公園のような場所へ行くと気持ち悪くなってしまうのだが、全く気持ち悪くならず、陰鬱な気分にもならなかった。 可哀想だとか同情も湧かないし、「諸行無常」これ以外の感想が湧かない。 強いて言うなら、日本や諸外国だと通常、売春は夜間の方が盛んなのに対し、ケニアは治安が悪くレイプ•強盗•殺人の確率が高いので、夜間は遅くても24時まで•日中もメインとの事に治安文化の違いを感じた。 オチがないのかもしれない。だから、どうやって書くか悩んだ。結局、淡々とこんな風に書く事にした。 最後まで読んでくださり、ありがとうございます。 私はカオスに慣れたり感覚が麻痺して、感受性が弱まってるのかもしれない。 あなたは何を感じましたか? 感想をリプいただけましたら嬉しいです。 ※いいね、リプいただけると更新の励みになります! ガイド•案内:トモさん 塚原トモ 🇰🇪ケニアでサバイブ12年
0:13

Sensitive content

ケニアで約120円で売春が行われている場所へ行ったのでレポします。飛田新地みたいなところがあった。治安的に夜は危ないので遅くても24時まで、日中から太陽サンサンの小屋の下で売春してる。$120ではなく120円。 …正直消化に困り、どうやって書けば良いか分からなくなくなってるのが本音。 訪れた日時: 2024年11月5日 場所: ケニア首都ナイロビ某所 (観光客が一切来ない場所) キベラスラムの見学を終えた私とガイドのトモさんは、市内観光•見物する事に。 どこへ行くか?という話にトモさんから「売春宿」の選択肢を提案された。 ケニアの売春宿とは?どんなところだろう?…そんな興味で売春宿へ行く事に。 コンクリート?トタン?で作られた、小屋のような建物が並び、そこに椅子がたくさん置かれている。 「これが椅子」 ──そうトモさんに教えてもらわなければ、椅子だと認識できない、ボロい椅子がそこにある。 そして女性達が椅子に座ったり、あるいは横に立ったりして並んでる。 人数は7人くらいだろうか、年齢不詳の黒人女性達。服装はカジュアルな私服で、たとえばTシャツに短いショートパンツやワンピース、そんなかんじ。 全員が娼婦なわけではなく、「街のおばちゃん」みたいな娼婦ではない年増の女性もいて、和気あいあいとしている。 トモさんが声をかけ、1000円程の取材費と引き換えに、快く取材させてもらえる事になった。 …正直、どうやってまとめたら良いか分からない。 というのも、オチが私的にないからだ。 ただただ、「諸行無常」を感じた。 一回の売春金額は安い人で100KES。日本円にして約120円。 2人の娼婦にインタビューしたので、概要を記したい。 1人目:26歳、100KES(約120円) •1人あたりの時間は5分程度 •1日10人ほど相手にしている •服は着たままでキスなどはなし •必ず避妊具をつけている •小太り、肌荒れしている、髪型や服装を含め改善の余地あり •部屋が狭い •部屋で寝泊まりしている(住んでいる) 2人目:40歳、200KES(約240円) 40歳の方が、26歳より高かった。倍の値段。 見た目は年齢不詳(黒人だからアジア人の私から見て分からないのかもしれない)で、体型や清潔感などは26歳より良い。部屋も広くて綺麗。 2人の子供のシングルマザーで、子供の学費を稼ぐ為に働いている。 …以上が概要。 売春しないと食事できないとか、そういうかんじではない。 ちなみに首都ナイロビの賃金は、外国人向けの飲食店店員で月収3万円くらい。 昼職で稼げる金額を売春で稼いでる。 なんで昼職で稼がないのか?と思ったが、昼職だと拘束時間が長いので売春しているようだった。なるほど。 ケニアの物価、家賃や食事はスラム街なのか、高級路線なのかでピンキリだが、参考までにスラム街で取材した物価感はこちら。 スラム街で父母+子供4人で暮らす6人家族の例 月収:6,000KES(約7,200円) お父さんが荷車を押す日雇い労働 家賃:3,000KES(約3,600円) ローカル外食(屋台): 超粗食で10KES(約12円)、肉体労働の男性が食べる栄養のある食事が70KES(約84円)。 自炊した場合: 一食30KES(約42円)程度。 (スラム街レポはこちら) 行ってみた感想: 娼婦の方々はとてもフレンドリーで明るく、あっけらかんと売春してた。 私は歌舞伎町や大久保公園のような場所へ行くと気持ち悪くなってしまうのだが、全く気持ち悪くならず、陰鬱な気分にもならなかった。 可哀想だとか同情も湧かないし、「諸行無常」これ以外の感想が湧かない。 強いて言うなら、日本や諸外国だと通常、売春は夜間の方が盛んなのに対し、ケニアは治安が悪くレイプ•強盗•殺人の確率が高いので、夜間は遅くても24時まで•日中もメインとの事に治安文化の違いを感じた。 オチがないのかもしれない。だから、どうやって書くか悩んだ。結局、淡々とこんな風に書く事にした。 最後まで読んでくださり、ありがとうございます。 私はカオスに慣れたり感覚が麻痺して、感受性が弱まってるのかもしれない。 あなたは何を感じましたか? 感想をリプいただけましたら嬉しいです。 ※いいね、リプいただけると更新の励みになります! ガイド•案内:トモさん 塚原トモ 🇰🇪ケニアでサバイブ12年

海外避難活動家🇹🇭みさちゃす

272,453 views • 1 year ago

夜になると、冷や汗、腹痛、強い倦怠感、吐き気…。 就寝時間を過ぎる頃が一番つらくて、夜が来るのが少し怖いです。 それでも今日は久しぶりに体調がよくて、こうして投稿できています。 もし投稿が途絶えたら、体調を崩していると思ってください…。 麻薬の量が増えてから、強い眠気とふわふわした感じがありまして、皆さんのコメントにお返事することが難しくなりました。 ♡だけになってしまいますが、一つ一つの温かい言葉、ちゃんと大切に読ませていただいています。本当にありがとうございます。 退院はまだ先になりそうですが、少しでも早く家に帰れるように、できることを必死にやっています。今の目標は、少しでも食べること、少しでも体を動かすこと。 小さなことでも前に進めるように、毎日踏ん張っていました。 そして何より、、 入院して9日ぶりに、2歳の娘に会うことができました。 面会コーナーなら大丈夫と主治医が許可してくださり、やっと会えました。 入院してからは、そこまで移動することすらできず、旦那にはずっと部屋まで来てもらっていました。 車椅子に座るのも10分が限界なので、リクライニングできる車椅子を用意してもらって、たどり着けました。 私の顔を見るなり、 「マミー!マミー!」と走ってきてくれて、 小さな手で、痩せた私の体を何度も何度も優しくなでてくれました。 そのぬくもりが本当にあたたかくて、 ちゃんと生きてここに来られたんだ…って、 会えたんだ…って、 いろんな気持ちが一気にあふれてしまいました。 ポストできていなかった間、ご飯も食べられず、お昼はベッドでジッとしていて時間がすぎるのを待つだけ、ベッドから鳥を眺めているだけ、夜も全然寝れていませんでした。 緩和ケアの先生が毎日来られ、麻薬が増えて、退院の目処も立たず、まさか、もうこのまま復活できずそのまま体が弱って死ぬのでは、、と思っていたからです。 娘の前では泣かないと決めていたのに、無理でした。 会えなかった時間、動けなかった悔しさ、会えた嬉しさ、全部が混ざって、涙が止まりませんでした。 その時の動画です。 娘は「マミー」と呼びながら、娘のキッズ携帯で私をたくさん撮ってくれました。 その姿が愛おしくて、胸がいっぱいでした。 入院前に頂いたプレゼントは「私が開ける」とようになっていました。でもルールで旦那に言ったわけでもわく、入院してから届いたものも旦那は一切手をつけず、全部そのまま置いてくれています。 娘のマスクだけ、開けさせていただきました。 他にあるたくさんのプレゼント、開けていませんので、写真を載せられず申し訳ありません。 皆様、いつも支えてくださり本当にありがとうございます。 最後の動画が私の体さすってくれました。

産後4ケ月胃癌ステージ4

694,475 views • 6 months ago

自分にとって「フィットネス」とは何か 8/30-9/1 沖縄でフィットネスをしている人たちと時間を共にして感じ 9/4-9/8 香港プロに帯同させて頂いて想ったことを記録として残したい 自分は本当にプロを目指したいのか? そんな問いを香港プロから帰る飛行機でずっと考えていました。 飛行機の中は電波がほぼ無く、自分とたくさん向き合える時間がありました。 そこで出た結論として「フィットネスは自分の人生を好きにするツールであり、フィットネスをやることがゴールではない」ということです。 フィットネスは人生よりも簡単に目標を作ることができます。 今の僕でいうと12月の大会で優勝するということ。 この目標は自分の生活、小さな食事の積み重ね、トレーニングを重ねる日々に大きな活力をくれます。 これは自分の「想像する最高の未来」がそうさせてくれています。 ただ、「想像する最高の未来」には僕の最高の体以外にも満たさないといけないことがあります。 それは「最高の過程」であることです。 「最高の過程」とは、栄養学的にとか解剖学的にとかそういう効率の話を指しているわけではないです。 「最高の未来」の状態にいる周りの仲間との関係性、家族との関係性、それまでに失われる時間の中で沢山したい経験、初めて味わう食事、景色。 人生でやりたいことを絶対に漏らさずやり尽くしつつ「最高の未来」を迎えること。 これが僕にとっての「最高の過程」であり「最高の物語」です。 その物語を創るためには、「最大効率」という言葉を捨てなければならないことがあります。 過度な有酸素からくる苛立ちにより、仲間にあたること 過度な食事制限をすることにより、人生で経験したい食事を捨てること 過度な体のケアにより、旅行に行くという経験を捨てること 「フィットネスは自分の人生を好きにするツール」であることを忘れた時、大切なポリシーを捨ててフィットネスをすることになります。 これを言葉にできた時、スッと心の重荷が軽くなったように感じました。 僕の生活は、他にプロを目指す人から見たら甘えたように見えるかもしれません。 ただ、僕は「自分の人生を好きになる」ためにプロという大きな目標を立てています。 プロ戦に出るのが目的ではないのかもしれないです。 今現状での僕のフィットネスに対しての考え方でした☺️

なーすけ@筋トレ

19,788 views • 11 months ago