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ビーチクラフト モデル17 スタッガーウィング(Beechcraft Model 17 Staggerwing)。アメリカのビーチ・エアクラフト社が1932年に開発したクラシックな単発プロペラ機。 ・卓越したデザインと性能 大恐慌の最中に「富裕層のビジネスマンが時間を節約するための高級・高速な移動手段」として設計されました。当時の戦闘機よりも速い巡航速度を誇り、美しい流線型の機体は「世界で最も美しい飛行機」と称されファンが多い機体です。 ・独自の構造 逆スタッガー翼:下翼を前方に、上翼を後方に配置することでパイロットの視界を大幅に向上させ、失速時の操縦性を高める効果がありました。 豪華なキャビン:当時としては珍しい引き込み脚を採用し、革張りや木製パネルなど贅沢な内装が施されていました。 1930年代のエアレースで数々の速度記録を樹立したほか、第二次世界大戦中はアメリカ軍やイギリス軍などに徴用され、連絡機や要人輸送機(UC-43など)として活躍し1949年の生産終了までに約785機が製造されました。

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【ハイネマンのホットロッド】A-4スカイホークは何故傑作機と呼ばれるのか? 📖A-4スカイホークが傑作機と言われる理由は、「圧倒的な小型軽量化」、「高い運動性と実用性」、そして「優れた整備性と経済性」の3点にあります。 名設計者エド・ハイネマンが「効率」を最優先して設計し、現場のパイロットや整備士から深く愛されました。 1. 「軽量化の鬼」エド・ハイネマンの驚異の設計(小型・軽量化) 当時、アメリカ海軍は「重量13.6トン(30,000ポンド)」のジェット攻撃機を要求していました。 しかし、主任設計者のエド・ハイネマンは、重い機体は空母での運用を難しくし、コストも跳ね上がると見抜いていました。 📌要求の半分の重量で完成: ハイネマンのチームが完成させたA-4は、自重わずか約3.6トン、最大離陸重量でも約10トンと、海軍の要求の半分以下の軽さでした。 これにより「ハイネマンのホットロッド(改造高速車)」という異名が生まれました。 📌徹底的な引き算の美学: 「1ポンド(約450g)軽くなれば、航続距離が伸び、兵装が増える」という信念のもと、不要なシステムを徹底的に削ぎ落としました。 📌主翼折りたたみ機構の廃止: delta翼(三角翼)を採用し、主翼の幅を空母のエレベーターに収まるサイズ(約8.4m)に収めました。これにより、主翼を折りたたむための重い油圧システムやヒンジが丸ごと不要になりました。 📌油圧システムの簡素化: 万が一、油圧が全損しても、パイロットの腕力(人力)だけで操縦桿を動かして帰還できるバックアップ構造(手動機械式リンク)を取り入れました。 2. 戦闘機を凌駕する運動性とアグレッサー(仮想敵機)への抜擢 A-4は爆弾を積む「攻撃機」として作られましたが、その極めて小さな機体とデルタ翼の組み合わせは、副産物として凄まじい空中戦闘能力を生み出しました。 📌凄まじいロールレート(横転速度): A-4のロール速度は毎秒約300度以上と、当時のどの戦闘機よりも俊敏でした。これにより、敵の背後を急激に取るような空戦機動が可能でした。 📌トップガンでの活躍(仮想敵機): アメリカ海軍の戦闘機兵器学校(通称トップガン)では、ベトナム戦争で苦しめられたソ連製の小型俊敏な戦闘機「MiG-17」や「MiG-21」を再現するため、A-4が仮想敵機(アグレッサー)に選ばれました。 映画『トップガン』(1986年)で、トム・クルーズ演じるマーベリックらのF-14を翻弄する教官機として登場したのが、このA-4です。大型の戦闘機では、この小回りの利くA-4をドッグファイトで捉えるのが非常に困難でした。 3. 「爆弾トラック」としての頑丈さと、世界が認めた高稼働率 シンプルな構造は、過酷な戦場での「生き残り能力」と、整備兵に負担をかけない「高い実用性」に直結しました。 📌驚異的な兵装搭載量(タフな馬力): 自重3.6トンの機体でありながら、最大で約4.5トン(後期型)の爆弾やミサイルを搭載できました。自分の体重以上の武器を運べる、まさに「小柄な爆弾トラック」でした。 📌戦場での高いサバイバビリティ(生存性): ベトナム戦争では、激しい対空砲火やミサイルに晒されました。機体が小さいためそもそも被弾しにくく、たとえ被弾して燃料タンクや油圧が破壊されても、前述の人力操縦への切り替えや、頑丈な単発エンジンのおかげで、ボロボロになりながら空母へ帰還したエピソードが数多く残されています。 📌抜群の「整備性の良さ」がもたらす高稼働率: 電子機器や配管へのアクセスが容易で、脚立を使わずに地面に立ったままほとんどの整備ができる設計でした。 フォークランド紛争(1982年)では、アルゼンチン海軍・空軍のA-4が、限られた設備と厳しい環境の中で高い出撃率を維持し、イギリス海軍の最新鋭駆逐艦やフリゲート艦を次々と撃沈・大破させ、世界を震撼させました。 この機体は1950年代に初飛行しながら、アップグレードを重ねて21世紀に入ってもブラジル海軍などで現役運用されました。 日本でもファンの多いこの機体は、まさに「山椒は小粒でピリリと辛い」傑作機なのです。 #A4 #USMC #AvGeeks #艦載機

マキシマム ザ おでん

20,918 views • 21 days ago

#ミリタリに興味のない人が絶妙に信じないことを言う 第二次世界大戦中、第56戦闘航空群のロバート・S・ジョンソン大尉(後に27機撃墜を記録するエース)は弾切れになり、敵機に体当たりして自機大破しながらも帰投した😳 P-47 サンダーボルトは、第二次世界大戦において「最も頑丈で、最も重く、最も打たれ強い」と言われたアメリカ軍の傑作戦闘機。 ある激しい空戦で、ジョンソン大尉のP-47はドイツ軍のFw190戦闘機に背後を取られ、20mm機関砲を浴びて機体がハチの巣にされた。キャノピー(風防)は吹き飛び、機内は火災、自身も負傷し、機体は操縦不能寸前になってしまう。 その直後、並んできたドイツ機(操縦していたのはドイツのトップエース、エゴン・マイヤー)は、ジョンソン機がすでに虫の息であると見て、トドメを刺さずに並んで飛行し、敵パイロットの顔を覗き込んだ(マイヤーは騎士道精神の持ち主で機体を大破させたらパイロットを撃つ真似はしなかった)。 💢しかし、これを挑発と受け取り激怒したジョンソンは、死に体のP-47の操縦桿を力任せに引き絞り、自機の巨体をドイツ機に向けて文字通り「ぶつけ」に行き実際には激しい接触(空中衝突)となりFw190がその衝撃で致命的なダメージを負って離脱したのに対し、P-47は右主翼やプロペラが大破しながらも、そのままイギリスの基地まで飛行し、奇跡の生還を果たした。基地の整備兵たちは大破した機体を見て信じられなかったと話している。空飛ぶ戦車は伊達じゃなかった。 #第二次世界大戦 #空戦 #ドイツ #アメリカ

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メッサーシュミット Bf 109 E-4(通称「Rote 12 / RED12」)。 この機体(製造番号: Werknummer 1983、登録記号: D-FEML)は、ダイムラー・ベンツ製のオリジナルエンジン「DB 601N」を搭載して飛行できる、ヨーロッパで非常に貴重な唯一の機体として知られています。 1939年に製造され、第5戦闘航空団(5./JG 5)に所属して東部戦線で運用されました。1942年1月にソ連軍のハリケーン戦闘機との交戦によりムルマンスク近郊に不時着し、その後51年間放置されていましたが、1993年に残骸が回収され、飛行可能な状態へと見事に修復されました。 機首下面の見事なイエロー塗装と、胴体に描かれた「赤の12(12+)」のマーキングが特徴的です。 機首や翼端などに施されたイエロー(黄色)の塗装には、戦闘中における「味方識別(識別帯)」の非常に重要な意味がありました。 空中戦の激しい混乱の中では、一瞬の判断の遅れが命取りになります。また、地上からの対空砲火(高射砲)も、自軍の飛行機なのか敵軍の飛行機なのかを素早く見分ける必要がありました。 視認性の高いイエローを機首や尾翼、翼端に塗ることで、遠くからでも「あれはドイツ軍の機体だ」と一目で判別できるようにしていました。 この黄色い識別塗装が本格的に採用され始めたのは、1940年夏にイギリス上空で繰り広げられた激しい航空戦「バトル・オブ・ブリテン」の時期です。 ドイツ空軍の「Bf 109」と、イギリス空軍の「スピットファイア」や「ハリケーン」は、遠くからのシルエットが似ていたため、お互いに味方を誤射してしまうリスクが極めて高かったのです。 そのため、ドイツ軍は前線の戦闘機にこの目立つ黄色を塗るよう義務付けました。 Shuttleworth Festival of Flightなどの航空ショーに登場し、多くの航空ファンを魅了しています。 #AvGeeks #bf109 #RED12

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26,767 views • 15 days ago

【ゲリラを『最強の米軍仕様』に変えた、カブール空港最悪の1日】 2021年8月31日にアフガニスタンから米軍は撤退しました。 カブール国際空港の格納庫(ハミド・カルザイ国際空港)の内部および、そこに残された兵器や装備の詳細です。 1. 放置された航空機と「無力化(デミリタライズ)」✈️ 後方に映っている機体を含め、米軍は撤退時に計73機の航空機やヘリコプターを空港に残していきました。 ・A-29 スーパーツカノ:画像に映るプロペラ機は、アメリカが旧アフガニスタン政府軍の支援のために供与していた軽攻撃機です。 ・徹底した破壊工作:米軍はこれらがタリバンや他の過激派組織に空軍力としてそのまま利用されないよう、離陸前にコックピットの計器類を叩き割り、操縦システムを破壊し、プロペラを折り曲げるなどして二度と飛行できない状態(無力化)にしました。 ・その他の兵器:航空機のほか、70台以上のMRAP(耐地雷・伏撃防護車両)や、27台のハンヴィー(高機動多用途装輪 vehicle)、空港を防衛していたC-RAM(対ロケット・迫撃砲迎撃システム)などもすべて動作不能にされました。 2. 散乱する物資と現場の混乱 📦手前に大量の段ボールやゴミが広がっているのは、2021年8月中旬から始まった「カブール空輸作戦(退避作戦)」の激しい混乱の痕跡です。 ・急造の生活拠点:米軍や各国部隊は、わずか2週間ほどの間に約12万人以上の避難民を航空機に乗せるため、24時間体制で空港内に籠城しました。格納庫は、兵士たちの仮眠所、機体整備、物資の保管庫として文字通り「使い潰され」ました。 ・置き去りにされた装備:撤退の「最終機」が飛び立つ瞬間まで安全を確保する必要があったため、兵士たちは文字通り身一つでC-17輸送機に駆け込みました。 そのため、画像の左側に見える赤い工具箱(スナップオン製などの大型ツールキャビネット)や軍用コンテナ、整備用機材、未開封の支給品などがそのまま置き去りにされました。 3. 撮影されたタイミング この映像は、アメリカ軍の最後の輸送機が離陸した数分後〜数日以内に、空港を完全に掌握したタリバンの戦闘員や、彼らに同行した現地のジャーナリスト(Ajmal Arman氏ら)によって格納庫内へと侵入・撮影されたものです。 米軍のケネス・マッケンジー中央軍司令官(当時)は会見で、「タリバンはこれらを自由に見て回ることはできるが、二度と動かすことはできない」と語り、空港のインフラ(消防車やフォークリフトなど)だけを意図的に残したと説明しています。 米国防総省および特別監査官(SIGAR)の公式報告書によると、2021年の米軍撤退時にアフガニスタン国内に残され、最終的にタリバンの手に渡った米国製兵器・軍用資産の総額は約71億〜72億ドル(当時のレートで約7,800億〜8,000億円)に上ります。 これは、アメリカが20年間にわたり旧アフガニスタン政府軍(ANDSF)を支援するために供与した、総額約186億ドルの近代兵器・装備の一部です。 1. 残された軍事資産 ・ハンヴィー 22,174台、MRAP(耐地雷車両) 約1,000台を含む計4万台以上。 一部は撤退時に破壊されましたが、多くが動作可能な状態で接収されました。 ・A-29、UH-60 ブラックホークなど73〜78機 カブール空港内の機体は無力化されましたが、他基地のものは稼働。 ・M16/M4アサルトライフル、機関銃など30万〜42万丁以上 兵士の個人装備だったため、ほぼ無傷で奪われました。 ・精密誘導爆弾、各種ロケット弾など 航空機用だけでなく地上戦用にも転用可能。 ・PVS-14などの夜間暗視ゴーグル(NVG)、無線機 タリバンに圧倒的な夜戦優位性を与える結果となりました。 何故こんなことに?さらに解説します👇 #アフガニスタン #アメリカ軍 #タリバン #A29 #ブラックホーク

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【伝説のダブルデルタ編隊】スウェーデン空軍「アクロ・デルタス」を知っているか⁉️ 1963年、北欧の空に誕生した伝説の曲技飛行チーム「Acro Deltas(アクロ・デルタス)」。使用機体はなんと、当時世界を震撼させた革新的ダブルデルタ翼機「J 35B ドラケン」! 前身のホーカー・ハンター駆る「Acro Hunters」から機種転換し、F 18航空団(トゥリンゲ基地)の精鋭パイロット達で結成。 1965年のパリ航空ショーでは、4機のドラケンによる超密集フォーメーションを披露し、西側諸国にその圧倒的な空力性能とスウェーデン空軍の練度を見せつけました。 「コブラ」の祖先とも言える異形の戦闘機が、銀翼を連ねて大空を舞う姿はまさに圧巻の一言。 現代のロシア製戦闘機(Su-27等)が得意とする超機動「コブラ機動(プガチョフ・コブラ)」を、世界で初めて意図的に行った機体と技術が「J 35 ドラケン」であることをご存知ですか。 コブラ機動は、1989年のパリ航空ショーでソ連のテストパイロット、ヴィクトル・プガチョフがSu-27で見せたことで世界に衝撃を与え、彼の名が冠されました。 実はそれより20年以上前の1960年代初頭、スウェーデン空軍のドラケン・パイロットたちが、すでにこの機動を確立し日常的に行っていました。スウェーデン語では「Kort parad(コート・パラド:フェンシングの『短い受け流し』の意味)」と呼ばれていました。 ドラケンが採用した革新的な「ダブルデルタ翼」は、速度を落としすぎると機首が異常に跳ね上がり、制御不能の失速状態(スーパーストール)に陥る危険な特性を持っていました。 スウェーデンのテストパイロット達(ベングト・オロウやセイロン・ウッテルボーンら)は、この危険な失速から生還するための訓練を重ねました。その過程で「機首を極限まで垂直に立てて急減速し、そのまま水平に戻す」という、スーパーストールを逆手に取った制御技術を生み出しました。 後ろから敵機(後継機のJA 37 ビゲンなど)に追尾された際、空中ディフェンスとしてこの機動を発動すると、ドラケンだけが空中で「急ブレーキ」をかけた状態になります。勢い余った敵機はドラケンの前に飛び出す(オーバーシュートする)ため、一瞬で攻守を逆転させることができました。 活動期間はわずか3年ほど(〜1966年)でしたが、冷戦期の航空史に強烈な爪痕を残したドリームチームです! #AvGeeks #戦闘機 #スウェーデン空軍 #ドラケン #AcroDeltas #Flygvapnet

マキシマム ザ おでん

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【🇺🇸F-22は何故あのようなマニューバが可能なのか⁉️】 F-22が驚異的なアクロバット飛行を行える理由について、空力工学、エンジン構造、そして制御システムの3つの視点から、さらに専門的なメカニズムを解説します。 F-22は、通常の航空機が制御不能に陥る「失速領域(ポスト・ストール)」でも完全に機体をコントロールできる能力を持っています。 1. 空力設計:渦の力と意図的な「不安定」 F-22の機体形状は、最先端の空力制御とステルス性を両立させるため、極めて計算された設計になっています。 ・LERX(主翼前縁拡張部)による「渦(ボルテックス)」の利用 機首から主翼へとつながる滑らかな段差(LERX)は、高い迎角(機首を大きく上げた状態)で飛行する際、強力な空気の渦(剥離渦)を発生させます。 この渦が主翼上面の気流を吸い寄せるため、時速100km未満のような超低速でも主翼が揚力を失わず、失速を劇的に遅らせます。 ・静安定緩和(RSS)と高い運動性 一般的な飛行機は「手を離せばまっすぐ飛ぶ」という安定性を持っていますが、F-22は意図的に重心を後ろに置き、「常にバランスを崩そうとする(曲がりたがる)状態」に設計されています。これにより、旋回を始めるときの追従性が爆発的に高まっています。 2. 推力偏向とパワー:F119-PW-100エンジンの秘密 F-22の最大の武器は、搭載されている2基のプラット・アンド・ホイットニー製「F119」エンジンです。 ・2次元推力偏向ノズル エンジン排気口の上下に配置された可動フラップが、±20度の範囲で連動、または左右非対称(ピッチ軸の制御)に動きます。 これにより、通常の戦闘機なら操縦不能になる「速度ゼロ、あるいは機体が後ろに滑り落ちている状態」でも、エンジンの噴射方向を変えるだけで無理やり機首を任意の方向へ回せます。 ・圧倒的な推力重量比 F119エンジンは1基あたり約15.6トン(アフターバーナー使用時)の推力を生み出します。機体の戦闘重量に対して推力が上回っているため(推力重量比が1.2〜1.4以上)、翼の揚力に頼ることなく、純粋な「エンジンのパワーだけ」で機体を空中に維持したり、垂直に加速上昇したりできます。 3. 飛行制御:毎秒数十回の超高速演算(FBW) 前述の通り、F-22はそのままでは1秒もまっすぐ飛べないほど不安定な機体です。これを人間の代わりに制御しているのが、4重にバックアップされた「フライ・バイ・ワイヤ(FBW)」システムです。 ・パイロットの「意図」を翻訳するコンピューター パイロットが操縦桿を動かすと、それは「右に曲がれ」という直接の命令ではなく、「これくらいのG(重力加速度)で、これくらいの角度で旋回したい」という「要求」としてコンピューターに伝わります。 ・空力舵面と推力偏向の完全統合制御 機体のメインコンピューターは、現在の速度、高度、迎角をセンサーで瞬時に測定。主翼のフラップ、垂直尾翼、そしてエンジンの推力偏向ノズルをすべて自動で、最も効率の良い組み合わせで同時に動かします。 ・ケアフリー・ハンドリング(限界制限) どれだけパイロットが激しく操縦桿を操作しても、コンピューターが機体に無理な負荷(過度なGや、完全に制御不能になる姿勢)がかからないよう自動でセーフティをかけます。 そのため、パイロットは「機体が壊れるかも」「スピンするかも」という恐怖を持たずに、極限の機動を引き出すことができます。 F-22のこの「変幻自在な動き」が、実際の空中戦(ドッグファイト)でどう活かされるのか興味がわきませんか? #F22 #変態機動 #アメリカ #軍用機

マキシマム ザ おでん

24,375 views • 1 month ago

航空戦力の革命児🚨 中国が放つ第6世代戦闘機「J36」が、これまでの世界の軍事バランスを根底から覆そうとしています。 かつては「数」や「機体性能」が勝敗を分けていましたが、今は「情報の支配力」と「システムの統合」がカギ。 J36はこの新時代の象徴であり、単なる追随者ではない中国の野心を世界に見せつけています。 何より驚きなのが、その開発スピードの速さです。 わずか10カ月で大幅な設計変更を加えて再飛行させるという、リスクを恐れない「超・反復型」のアプローチを採用。 アメリカの次世代機「F47」の完成を待たず、一気に航空支配のタイムラインを塗り替えようとしています。 機体の特徴も極めて急進的です。 尾翼レス設計: ステルス性を極限まで高めつつ、AIと推力偏向で制御。 3エンジン構成: 膨大な電力を確保し、ドローンなどを指揮する「空中の司令塔」としての役割を想定。 DSI採用: 空気取り入れ口などの形状をリアルタイムで修正し、常に最適化。 さらに、ライバル機「J50」とあえて競わせることで、最高の技術を短期間で統合する戦略まで取っています。 もしJ36が早期に実戦配備されれば、西側諸国が長年維持してきた「航空優位」の前提は崩れ去るかもしれません。 これは単なる戦闘機の登場ではなく、AIとネットワークが支配する「次世代の戦争」の幕開けを告げる重大な局面なのです。

チタロ

25,733 views • 7 months ago

【「不可能な要求」から生まれた、世界最高峰の奇跡】 「世界最高の飛行艇は?」と問われた際、多くのミリタリーファンが真っ先にその名を挙げる名機が存在します。 それが旧日本海軍の最高傑作、川西航空機製の『二式大艇(二式大型飛行艇)』です。 現代にも語り継がれる、その驚異的なロマンと実力を4つのポイントでご紹介します👇 ①【戦闘機に迫る俊足と、桁外れの航続距離】 4発の超大型機でありながら、最高速度は約465km/hを記録。航続距離は7,000kmを超えました。海軍からの「速度を3割、距離を5割伸ばせ」という、当時の常識を超えた無理難題を、天才設計陣が見事にクリアして誕生しました。 ②【米軍が畏怖した「空飛ぶヤマアラシ」】 全身に20mm機関砲などの強力な武装を配し、徹底した防弾・防火対策で要塞化されていました。 その頑丈さと苛烈な反撃能力から、襲撃してきた米軍戦闘機を逆に返り討ちにした逸話も多く、米軍パイロットからは「恐るべき空飛ぶヤマアラシ」と恐れられました。 ③【往復7,600kmにおよぶ真珠湾「再」奇襲】 1942年の「K作戦」では、マーシャル諸島から発進し、途中で潜水艦から洋上給油を受けつつ真珠湾への夜間爆撃を敢行しました。これは当時の航空作戦として世界最長不倒の爆撃記録です。 洋上給油を受けつつ作戦遂行は、まさに二式大艇ならではですね。 ④【戦後、米軍が「世界一」と絶賛】 終戦後に本機を接収して性能テストを行った米軍の技術陣は、「当時、世界にこれを超える飛行艇は存在しない」と大絶賛しました。 機首の底面に施された水飛沫を抑える独自技術(通称・かつおぶし)などの遺伝子は、現代の海上自衛隊が誇る救難飛行艇『US-2』へと脈々と受け継がれています。 圧倒的な技術力と美しさを兼ね備えた二式大艇。 その世界唯一の現存実機が、今も鹿児島県の「鹿屋航空基地史料館」で美しい姿のまま保存されているのは、まさに奇跡と言えます。 見に行きたくなりませんか? #二式大艇 #ミリタリー #WW2 #日本海軍 #US2

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【不運の名機】F-15Eに敗れた幻の最強戦闘爆撃機「F-16XL」の真実 かつて米空軍の次世代爆撃機計画で、あのF-15Eストライクイーグルと死闘を繰り広げた試作機「F-16XL」。 結果的に不採用となったものの、その圧倒的な性能と美貌から、今なお世界中の航空ファンを魅了し続けています。 🚀 開発の背景:F-16を「究極のマルチロール機」へ ベースとなったF-16は軽量で格闘戦に優れた傑作戦闘機でしたが、航続距離と兵装搭載量(爆弾などを積む能力)に課題がありました。 これを根本から解決すべく、ジェネラル・ダイナミクス社が自社資金を投入して開発したのが「F-16XL」です。 最大の特徴は、主翼の角度を途中で変えた独特な「クランクド・アロー(複合デルタ)翼」。これにより翼面積は2倍以上になり、文字通り別物のモンスターマシンへと変貌を遂げました。 ⚔️ 競合機「F-15E」との比較:何が優れ、なぜ敗れたのか? 1980年代の米空軍「強化型戦術戦闘機(ETF)計画」でF-15Eと一騎打ちに。 ・F-16XLの優位性: 驚異の29箇所ものハードポイント(兵器懸架点)を持ち、爆弾を大量に積んでも空気抵抗を抑える「半埋め込み式」を採用。 さらにF-16A比で航続距離・兵装量は2倍、内部燃料は65%も増加。超音速巡航(スーパークルーズ)能力さえ秘めていました。 ・敗北の理由: 性能は互角以上でしたが、「エンジンが1基(単発)」であることが運命を分けました。 双発(エンジン2基)のF-15Eは、片方のエンジンが破壊されても生還できる生存性の高さと、より大型のレーダーを搭載できる拡張性、そして既存のF-15の生産ラインを流用できるコストメリットがあり、軍はF-15Eを選択しました。 📊 現代における評価と「現在」の姿 もし採用されていれば「最強のコスパを誇る戦闘爆撃機」になっていたと言われるF-16XL。 不採用となった試作2機(単座型と複座型)はその後、NASA(アメリカ航空宇宙局)へ移管。その優れた翼形状を活かし、超音速飛行時の層流制御(空気抵抗を減らす技術)や、次世代の超音速旅客機開発のための貴重なデータ収集に貢献しました。 現在は退役し、カリフォルニア州のエドワーズ空軍基地内にある空軍飛行試験博物館(Air Force Flight Test Museum)で静かに余生を送っています。 militaryの歴史に「もしも」があるなら、間違いなく主役を張っていたであろう、美しくも悲運な超高性能機です。 #F16XL #戦闘機 #AvGeeks #NASA

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【零式艦上戦闘機二一型(A6M2)「AI-129」の機体番号】 太平洋戦争の初期に多く見られた、うっすらと緑がかった独特の灰色(明灰色・灰緑色)をした機体色。 後期の五二型などに比べて主翼が長く、先端の角が丸みを帯びた二一型は、空母のエレベーターに収めるために、主翼の両端(50cmずつ)を折りたためる構造が特徴の美しい機体です。 🎞️動画に映っている「AI-129」の尾翼マークを施した零戦二一型は、アメリカのノースダコタ州マイノットにある航空博物館「ダコタ テリトリー航空博物館 (Dakota Territory Air Museum)」が所有・展示しています。 1940年代前半に製造された実物のパーツから復元(レストア)され、真珠湾攻撃に海軍の空母「赤城」から出撃した機体です。 1. 史実における「AI-129」搭乗員の真実 当時の日本海軍の戦闘詳報や編成表の解釈において、真珠湾攻撃当日に空母「赤城」のどの機体番号(テールコード)に誰が搭乗していたかという詳細な割り当ては、現代の航空史研究でも完全に特定されておらず、複数の説(あるいは不明)とされています。 日本海軍では、機体番号はパイロット個人のものではなく「その日に整備班から割り当てられる機材の番号」であったため、作戦ごとに搭乗員が入れ替わっていました。 2. ダコタ・テリトリー航空博物館がこの番号を選んだ理由 アメリカのダコタ・テリトリー航空博物館(N129AH)がこの機体を復元した意図は、特定の特定の搭乗員を記念するためではありません。 「1941年12月の真珠湾攻撃時、空母『赤城』に搭載されて歴史的な作戦に赴いた戦闘機隊」という、当時の飛行隊全体を象徴するカラーリングとして「AI-129」が選ばれました。 📌(機体番号「AI-129」、登録記号:N129AH)は、完全にゼロから作られたレプリカではなく、歴史的な残骸から最新の技術で蘇った「新造復元機(リプロダクション/リビルド機)」です。 1. 復元のベースとなった「歴史的なパーツ」 この機体は、1965年に南太平洋のソロモン諸島バラレ島のジャングルで回収された、オリジナルの零戦二一型の残骸を基礎としています。 📌零戦の復元では、たとえ元の機体が大部分失われていても、主桁(メインスパース)や銘板、フレームの一部など「実物のコアパーツ」が少しでも含まれていれば、航空法やウォーバード(大戦機)の世界では「レプリカ」ではなく、その製造番号を引き継いだ「実機の復元(レストア)」として認められます。 2. 1万4,000点以上の部品を「リバースエンジニアリング」 実物の残骸だけでは到底飛ぶことはできないため、ロシアやアメリカの専門ファクトリーの手によって、膨大な再製造が行われました。 📌図面の復元: 当時のオリジナルの設計図を元に、残された実物パーツを精密に計測(リバースエンジニアリング)し、3D CADデータなどで設計を再現しました。 📌部品の新造: 翼の骨組みから外板のアルミパネル、ネジやリベットに至るまで、1万4,000点以上におよぶ部品が当時の規格に合わせて精密に新造され、組み上げられました。 📌現代の安全基準: 外見や構造は忠実に再現されていますが、現代の空を安全に飛ぶために、内部には最新のGPSや自機位置発信装置などのアビオニクス(航空電子機器)が目立たないよう組み込まれています。 3. エンジンの変更(P&W製への換装) 現代において零戦を「動態保存(飛行可能な状態)」にする上で、最も大きなハードルとなるのがエンジンです。 📌オリジナルのエンジンである中島飛行機製「栄(さかえ)」は、世界にほぼ現存しておらず、パーツの供給も不可能です。 📌そのため、この機体を含め現代飛んでいる多くの復元零戦は、アメリカの信頼性が高い定番クラシックエンジンであるプラット・アンド・ホイットニー(P&W)社製の「R-1830 ツインワスプ」(またはR-985など)に換装されています。これに合わせて、カウリング(前頭部)やプロペラ周りも違和感がないよう職人の手で絶妙に調整されています。 まとめ:この機体の歴史的価値 この機体は、ロシアのマラヤ・アヴィアツィヤ(旧ソ連の航空機修復・製造組織)などが関わって大枠が組み立てられ、2004年に完成しました。 その後、アメリカのテキサス・フライング・レジェンズ博物館などを経て、現在のダコタ テリトリー航空博物館へと引き継がれました。 数万時間に及ぶ職人たちの気が遠くなるような手作業と、現代の最新加工技術が融合したからこそ、この美しい二一型のフォルムが令和の空に維持されています。 #AvGeeks #零戦 #艦上戦闘機

マキシマム ザ おでん

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この度、私はPUBGMOBILEの選手としての活動を引退することを決断しました。これまで支えてくださった仲間、チームメイト、チームスタッフ、そして何より応援してくださったファンの皆様に、心から感謝の気持ちを伝えたいと思います。 選手として活動していた時期は、楽しいことも辛いこともありましたが、そのすべてが私にとってかけがえのない経験となり、成長の糧となりました。数多くの試合を通して、たくさんの仲間と出会い、切磋琢磨しながら一緒に戦ってきた日々は、今でも心に深く刻まれています。そんな素晴らしい時間を過ごせたことに、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。 振り返れば、PUBGMOBILEの世界には多くの思い出が詰まっています。チームでの練習、緊張の中で挑んだ大会、そして勝利を分かち合った瞬間。どれも一生忘れることはありません。それと同時に、皆さんからの温かい応援や励ましがあったからこそ、ここまで頑張り続けることができました。本当にありがとうございました。 しかし、選手としての活動は一旦ここで終わりますが、PUBGMOBILE自体を辞めるわけではありません。これからもゲームは楽しんでいきますので、もし機会があれば、ぜひまた一緒に遊んでください!選手としての活動は終わりますが、今後も皆さんと繋がり続けることを楽しみにしています。 最後に、今まで応援してくださったすべての方々に心から感謝申し上げます。これからもPUBGMOBILEを楽しみながら、新たな挑戦をしていきますので、引き続き温かい応援をよろしくお願いします。 本当にありがとうございました

dne_lufaboy

80,586 views • 1 year ago

【ファン必読】あなたは今のままで十分に素晴らしい #ハリー・スタイルズ、ステージでの言葉 「前回のツアーが終わってから少しお休みをして、自分自身の人生に向き合うような時間を過ごしていました。色々なことがあって、本当に素晴らしいこともあれば、辛いこともありました。この数年の間に何人かの友人を亡くしたりもして、本当にさまざまなことがありました。僕にとって人生におけるそういった大きな出来事をただ受け入れ、心に落とし込むための時間を持てたこと、そしてここ数年で、人生がどれほど儚くて、美しくて、素晴らしくて、同時に過酷で、残酷で、そしてインスピレーションを与えてくれるものなのか、人生が持つありとあらゆる側面を身をもって実感しました。今夜、この会場で皆さんと一緒に、皆さんが作り出すこのエネルギーを感じながら、どうか皆さんもこのエネルギーを感じて、その小さな欠片を外の世界へと持ち帰ってほしい。そして外の世界でも自分がなりたいと願うどんな自分にでもなれるんだと信じてください。あなたの人生をあなたの好きなように生きてください。人生はあなたのものです。あなたは、今のままで十分に素晴らしい。愛され、尊重される価値があります。そして見知らぬ誰かもまた、あなたの愛と敬意を受けるに値する存在です。友達を気にかけてあげてください。見知らぬ人にも気を配って、人々に手を差し伸べてください。人生は美しく、そして儚いものです。僕が一つだけ確実に分かっていることは、今夜、僕たちにはお互いがいるということ。僕らにはお互いがいるんです。本当にありがとう。」 (via strettyend)

Harry Updates Japan

128,568 views • 3 months ago

「仕事がなくなる」よりも深いのは「意味がなくなる」恐れだ。産業化は生産を工業化しただけでなく、アイデンティティまで工業化した。「何をしているの?」が「あなたは誰?」になった世界で、AIがタスクを肩代わりし始めれば、次に崩れるのは自己像そのものかもしれない。 アクラム・アワド「AIは私たちを無用にしてしまうのでしょうか? もし働かないなら、私たちは誰なのでしょうか? もし生み出さないなら、私はまだ意味があるのでしょうか? 何世紀にもわたって、私たちは自分のアイデンティティや価値を『何をしているか』に結びつけてきました。農家、工場労働者、コーダー、コンサルタント——仕事と職は、現代の社会における秩序と定義の原理になりました。 ですが、いつもそうだったわけではありません。産業革命の前は、私たちのアイデンティティは信仰や家族や共同体から来ていました。仕事は人生の一部でしたが、それ自体が人生の定義ではありませんでした。そこに工業化がやって来て、私たちは生産だけでなく、アイデンティティまでも工業化しました。『何をしているの?』は『あなたは誰?』の言い換えになったのです。 そして今日のAIは、そのモデルを完全に解体しつつあります。AIはあらゆるタスクを自動化しています。製造や物流、デザイン、顧客対応、さらには創造的な仕事にまで。いまのAIは曲を作り、コードを設計し、本を挿絵化し、そしてそれ以上のこともできます。実際、世界経済フォーラムは、2025年までにAIが人間より多くのタスクを行い、何億という雇用が危険にさらされると予測しています。 ですが、これは仕事だけの話ではありません。意味の話です。尊厳の話です。かつて私たちに価値を与えていたただ一つのものが、時代遅れになったときに何が起きるのか、という話です。そして注意しなければ、私たちは大恐慌に向かうかもしれません。ですが今回は、所得の大恐慌ではなく、アイデンティティの大恐慌です」

Tsubame

93,869 views • 8 months ago

🛠️ 悲劇の最強実証機:Su-37「テルミナートル」 【コブラを超えた“空の芸術”、そして幻へ】 1990年代、ロシアの空に突如現れ、世界の航空関係者を驚愕させた伝説の技術実証機、それがSu-37「テルミナートル(ターミネーター)」です。 わずか1機しか存在しなかったこの機体は、なぜ今もなおファンの心を掴んで離さないのか? そのドラマに迫ります。 📐 開発背景:Su-27の究極進化系 ソ連崩壊後の極限の財政難の中、スホーイ設計局が「最強のフランカー」を目指して開発。最強の多用途戦闘機(Su-27M)の機体に、ロシア初の「二次元推力偏向ノズル(AL-31FP)」をドッキング。 さらにカナード翼(前翼)を装備した「三翼面(スリー・サーフェス)」という、当時の航空工学の結晶にして、狂気的なまでのデザインで誕生しました。 🌪️ 驚異の評価:常識を置き去りにした「超機動」 1996年のファンボロー航空ショー。Su-37は世界に衝撃を与えます。 スピードをほぼゼロにしてその場で360度宙返りする「クルビット」や、機首を真上に向けて完全に静止する「フリブズ」など、従来の空力理論を完全に無視した“変態機動”を連発。世界中のマニアや西側諸国に「フランカー恐るべし」を強烈に植え付けました。 🥀 突然の最後:2002年、失われた未来 しかし、栄光は長く続きませんでした。2002年12月、高速飛行テスト中に高速Gに耐えかねた水平尾翼が空中分解(諸説あり、制御ソフトの不具合とも)。機体は墜落し、世界に1機しかなかったテルミナートルは文字通り消滅してしまいました(パイロットは無事脱出)。 🚀 遺された遺伝子 量産化はされず、計画はここで潰えました。しかし、彼が証明した「推力偏向による超機動」のデータは、のちの最強量産機 Su-35 や Su-30SM、そして第5世代機 Su-57 へと完全に受け継がれています。 たった1機で戦闘機の歴史を塗り替え、一瞬の閃光のように消え去ったSu-37。 まさに「実験機」という名のロマンそのものです。 #AvGeeks #Su37 #テルミナートル #フランカー #戦闘機 #スホーイ

マキシマム ザ おでん

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