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フレンチコアとグラインドコアとダブステップを無理なテンポチェンジを用いずに混ぜる場合、三者の良さを損なわない最も適切なBPMは224なのではないかという説がOZIGIRIの中で浮上している。

31,717 次观看 • 8 个月前 •via X (Twitter)

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論破されてないで! 「文書に出てきた人間が判断してはいけない」 "まともな告発"であればそれは正しい意見。 しかし、それは『どんな状況でも常に絶対』ではない。 指針には、やむを得ない場合には通報者探索をする事ができる(通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査を実施できない等)旨の記載がされている。 このような証拠も証言も無い怪文書のような物を見つける度に「これは公益通報だね。数千万使って第三者委員会を設置して判断してもらおう!」なんてやってたら無駄な経費がかかるし、結果が出るまで時間もかかるし、その間に風評被害が広まる恐れもある。 知事の悪口だけ書かれていたのならともかく、知事以外の職員や関連企業の名誉毀損もかなりされていた。 行政のトップとして第三者の被害を守るために何としても食い止めなければ安全配慮義務を怠る事になる。 知事は真っ当に責務を果たしたに過ぎない。 そして、この文書は、誰が書いたかも分からない、何一つ証拠もないし、誰から聞いたかの証言すら書かれていない。 通報者を特定した上でなければ必要性の高い調査を実施できない文書である事は明白。 だから通報者探索をする事もやむを得なかった。 藤本委員長は、「知事がおっしゃる事情はこのやむを得ない場合に当たるとは思えません」と言ってるが、これは単なる藤本君のただのお気持ち表明。 "やむを得ない場合に当たるとは思えない理由"を全く説明していない。 説明もせずに「思えません」てw こんなもんで知事側に納得しろという方が無理な話。 裁判になれば、これは「やむを得ない場合に当たる」と正当に判断され、まともな判決が下される可能性が極めて高い。 結果を言わないのは卑怯者のすること

ジャスティス‼️ため池マン

45,193 次观看 • 9 个月前

DMM創業者・亀山敬司さんが語る、 リーダーに必要な力。 ❶ ずる賢いやつらは、結局、続かない 「世の中には、悪いやつが、たくさんいる」 「小物の悪いやつばっかりだから」 「そういうのは、続かない」 ずる賢いように見えても 「結局は、ずる賢いだけで、真に賢くない」 でも、それを知らない人は、 そういう人に、一定引っかかる。 ⇒ 悪いやつを見抜くには、 悪の構造を、知る必要がある。 ❷ お人よしでは、守り切れない 「経営者に、お人よしはいない」 「なぜなら」 「世の中は、罠だらけだから」 純粋ないい人だけでは ビジネスの世界で、守り切れない。 だから、 「程よく、色々、学んどいた方がいい」 「そういう知識がないと、守り切れない」 特に、経営者としての判断で、 見栄やプライドに流されると、危険。 例えば ・去年より売上を上げたい ・とりあえず、目先の売上を取っちゃう ・自分との葛藤に、負ける ⇒ お人よしの経営者は、 悪意に、簡単に飲み込まれる。 ❸ リーダーの強さは、ずる賢さの理解を含む 「結局、ずる賢い奴に騙される人は」 「欲深い人でもある」 「欲深いから、楽して稼げる話に、はまる」 リーダーとは、 「みんなが、この人についていきたいと思う人」 そのためには、強さが必要。 その強さは、 善良さだけでは、成り立たない。 「ずる賢さも、含めた強さ」 具体的には、 ・悪の構造を、知る ・罠を、事前に見抜く ・欲に、流されない ・善良さと、強さを、両立する ⇒ 本物のリーダーは、 善良さとずる賢さを、両方持っている。 年商数十億規模に伸ばすために ・悪の構造を、知識として学んでおく ・お人よしすぎるのを、危険と認識する ・愛想とずる賢さを、両立する 善良さを土台にしながら、 ずる賢さを、しっかり身につけていく。 そのバランス感覚をいかに身につけるか。

ビジネスグロースラボ

39,955 次观看 • 2 个月前

池田晶子は、哲学用語を使わない文章のスタイルで、本質を考える「哲学エッセイ」を多く書いた哲学者である。 日本で哲学者というと、99%が大学やアカデミックな場所で教授をしていたり研究をしていたりする人になるが、池田晶子はどこにも所属せずに生涯を通して哲学エッセイを書き続けた「在野の哲学者」とも言える。 ・一見無駄に見える思考や活動が、真の価値や革新の源泉となる 「世の中には、世の中には役に立たないことをする人が必要なのである。 そのような人こそが、本当は役に立つのである。 「無用の用」、役に立たないことを考える人がいなくなれば、世の中どうなるか、明らかであろう。」 (『41歳からの哲学』) ・他者の評価に依存するのではなく、自分自身の内面に価値を見出すことの重要性 「自尊心を持つ、ということと、プライドがあるということは、間違いやすい。 誰も自分が大事で、プライドがあると思っているけれど、それなら他人に侮辱されても腹は立たないはずだよね。 なぜなら、自分で自分の価値を知っているなら、他人の評価を価値としていることになる。 するとそれは自尊心ではなくて、単なる虚栄心だということだ。」 (『14歳からの哲学』)

syounan.tansuke

191,667 次观看 • 11 个月前

#ひなた君を守りたい 面会時間になり、孫が虐待加害者(親権者実父)のもとに行きたくない旨を訴える音声(毎回この状態だった) 途中、何度も新たに別の遊びを始めようとしたり、ドアを閉めたりと少しでも遅らせようと、行かなくて済むようにしようと、子供なりに抵抗している 語彙力が足らず、理由までは言えていないかもしれない、 でも、孫は「実父のもとに行きたくない」というのが「本心」であることは、間違いなく確実であり、この時点でも理解できるし、伝わってくる。 裁判所は、子供の意思や言葉を全く聞こうとしない 行きたくないという、子供本人の本心が採用されないどころか、被害者本人の証言や加害現場の音声証拠、親権者らの虐待によるPTSD発症との診断書でさえ無視である 結果、被害児が加害者のもとにまた行かねばならない状況を作り出している。 裁判所は、子供の、健全に生きようとする権利までをも奪う つまり、子供自身の被害を見ようとしていないから。 どうでもいいから。 子供だからって、何も言ってこないだろうからって、子供をバカにし過ぎだろう。 被害当事者であるにもかかわらずこの扱い 弱者として守られるどころか人○し 逆の場合の、「行きたい」という子供の本心を裁判所が無視し、 無実の親との断絶を作り出している場合も多い そんなに子供の意思や言葉を無視する必要性はどこにあるのか いや、 裁判所は、楽に早く終わる側を勝たせたいだけ。 子供の本心を探ろうともしない。どうでもいいし、調査する気もない。仕事が増えたら困るのだろう。 子供の本心より大切なものはないはずである 子供の権利を侵害することは、裁判官であろうと許されない

#ひなた君を守りたい 虐待する父親から孫を守るため裁判中の山本純子、今生きている孫を虐待者に渡せない

223,963 次观看 • 11 个月前