Загрузка видео...

Не удалось загрузить видео

На главную

ボーカル審査で、「聴く人の心に触れる力がある」という点を評価されて1位になったのがよく分かる、マコちゃんの繊細な表現力

58,287 просмотров • 14 дней назад •via X (Twitter)

Комментарии: 0

Нет доступных комментариев

Здесь появятся комментарии из оригинального поста

Похожие видео

「グエー死んだンゴ」ってさ、ネットだと軽いノリの断末魔ギャグみたいに見えるんだけど、現実でそれが最後の言葉になった瞬間、笑いってやつが急に重たくなるのよね。笑っていいのか、泣いていいのか、手が止まる。で、止まったところに気づく。「この言葉、ふざけてるんじゃなくて、ふざけるしかなかったんだ」って。 映像の中のお父さんが言う「なんでうちの子が」 これね、親の口から出る言葉として一番まっとうで、一番残酷。答えが出ないから。病気は抽選会じゃないのに、当たった側だけが人生ごと持っていかれる。 しかも類上皮肉腫みたいな希少がんって、名前すら知られてない、、、だから余計に「うちの子が」になるんじゃないかな? で、この話の刺さるところは、息子さんが亡くなったあとに物語が動き出すところです。 予約投稿って、便利な機能だと思う。 だけどあれが今回は時間差の手紙になった。本人はもういないのに、言葉だけが世界に届く。 まるで、遅れて届いた花束に、棘が混じってるみたいなもんだ。 嬉しい。 ありがたい。 でも痛い。 痛いけど、花なのよね。 しかも、普段SNSを見ないお父さんが、葬儀が終わってから息子の人生の続きをスマホで知るわけだよ。 これ、「生きてる時に言えなかったことが、死んだあとに通知で届く」っていう奇跡でもある。 親子って近いようで、いちばん遠い時がある。 照れくさくて、忙しくて、まあそのうちでいいかって先送りして、気づいたら電池切れ、、、 お父さんが「ありがとうって言えなかった」って話、あれは胸に来る。時計の電池より先に、言葉の電池が切れちゃったんだよね、、、 でもさ、希望もあるんだよ。 この件がすごくバズったって事実には、アルゴリズムが悲しみを燃料にして回してる感じは確かにある。 命の尊さでバズらせるな!って声もあるけど、あの投稿が、希少がんの存在を人に知らせたり、寄付が集まったり、「一人じゃなかった」を可視化したのも事実じゃない? つまりSNSってのは、包丁なんだよ。 料理にもなるし、怪我もする。使う側の手つきが問われる💡 息子さんが、病気に「デカすぎ」ってあだ名をつけて、検査のことまで面白い面白くないで語ってた。 これね、強がりってより礼儀なんだよ。 周りを暗くさせないための礼儀。 自分の恐怖を、自分で笑いに変換して、他人の心の負担を軽くする。 芸人みたいなことを、死にかけの若者が病室でやってた。そりゃ人を引き寄せるって言われるよ。笑いは才能だけど、笑いの裏にある痛みは、本人しか背負えない。 「グエー死んだンゴ」をただのネタにしちゃいけない。 あれは、令和に投下された遺言の形式なんだよ。ふざけた形でしか出せない本音がある。 そして、見てる側も、拡散する側も、たまには一拍おいて、リポストの指が動く前に、線香一本分くらいの間を心に置くのもいいんじゃないかしら? 笑っていい。 でも敬意を忘れない。 最後に、親も子も、言葉をケチるなと言いたい。 照れくさいありがとうってのは、もったいぶるほど高くつく。これ、言ったら減るんじゃない。言わないと、気がつくと残高ゼロになる。 息子さんが最後に残したのは、バズでも名言でもなくて、「人間ってやつは、弱い時ほど誰かを笑わせようとする」っていう、静かな証明だったんじゃないかな?

クレア

2,858,313 просмотров • 9 месяцев назад

いま、アーティストやクリエイターの多くは、「AIによって、もう自分が必要とされなくなる」と恐れている。けれど、全く逆の発想をする人々もいる。AIが壊しているのは、創作のために巨大な資本を集めなければならないという旧来の構造であり、むしろ自分たちに力を与えているのだと。 トム・ビリュー「この力がどれほど大きいかを最も簡単に表すなら、今、アーティストたちは「もうスタジオは自分たちを必要としなくなる」と恐れています。でも、それはまったく逆です。本当は、アーティストのほうがスタジオを必要としなくなるのです。 これまでスタジオが必要だったのは、非常に高価な制作を実現するために、大量の資本を集める必要があったからです。 ところが今起きているのは、その非常に高価だったものが、ばかばかしいほど安くなっているということです。そうなると違いを生むのは、資本を集められる人ではありません。センスを持ち、AIを使って、もはや資本を集約する存在を必要としない人です。 これは本当に興味深い瞬間です。AIを恐れずに使う人たちは、自分たちこそが運転席にいるのだと気づき始めます。彼らは、資本を集めるだけの人には作れなかったものを作れるようになります。そして、これまで自分では握れなかったものを、自らコントロールする機会を得るのです。 だから人々には気づいてほしいのです。「待てよ、これは自分から力を奪っているんじゃない。むしろ、自分に力を与えているんだ」と。これまで自分には資本を集める方法がなかったから、他人にコントロールされていたのです」

Tsubame

209,117 просмотров • 28 дней назад

間違えないで欲しい:新しい技術に触れて、辞めたくなる人がいれば、はじめたくなる人もいる。踊る気持ちと踊りたくなる気持ちは違う。死にたい気持ちはつまり、踊る気持ちを持てるということでもある。人間が持つ、デフォルトの情けなさ。あなたはちゃんともっている。 横殴りの誹謗に触れて、腹が立つ人がいれば、悲しくなる人もいる。死にたい気持ちと心が死ぬことは違う。 心が死んだあと。踊りたくなる気持ちを持っているあなたへ、まだ生きているではないか。希望があるではないか。真面目だねと言われても、ああ真面目だよ。潰しなんて利かないよ。だからなんなんだと。言い返してやればいいのさ。 心を殺してまわる加害者など、無視すればいいのさ。ブロックすればいいのさ。ミュートすればいいのさ。ノイズキャンセリングすればいいのさ。キャンセリングした分、何かおいしいものをでも食べればいいのさ。 あなたがただ生きていることの方が、ちゃんと傷ついていることの方が、価値があるのさ。やがて、強さになるから。 だから、生きていて欲しい。死なないで欲しい。生きることと、死ぬことを。生かすことと殺すことを。どうか、どうか。このとおり。間違えないで欲しい。

川田十夢

211,586 просмотров • 2 месяцев назад

CAMPFIRE 創業者・家入一真さんが語る、 投資するかどうかの見極め基準が、深すぎた。。 ❶ 事業は9割、うまくいかない、を前提に なぜなら 「本当に伸びるかは、プレゼンでは、わからない」 「だから、プレゼンの内容より、 うまくいかなかった時に、この人がどう振る舞うかを、見ている」 ⇒ 事業のプレゼン内容は、 投資判断の、本質ではない。 ❷ ハードシングスで、打席に立てるか 経営には、必ず、ハードシングスが来る。 例えば ・全社員が、いきなり辞める ・資金ショートする ・大きなトラブルに、巻き込まれる こういう瞬間に 「畳みます、と言うのか」 「それでも、打席に立ち続けるのか」 家入さんが見ているのは、この差だ。 そして、打席に立てるかどうかを決めるのは 事業のスキルでも、経営者としての能力でもない。 それは 「なぜ、あなたがこの事業をやるのかという、根っこの部分」 ⇒ 打席に立ち続ける力は、 能力ではなく、根っこの動機にある。 ❸ 怒りや劣等感を持つ人ほど、粘り強い ・怒り ・恨み ・劣等感 「こういうネガティブな感情がある人ほど」 「粘り強くて、最後まで、打席に立てる」 だから、質問として、 「生まれてから、今ここに至るまでの人生を、聞かせてください」 その中で ・どんな失敗があったか ・どんな挫折があったか ・どんな苦しみがあったか ・どんな葛藤があったか ・どんな怒りがあったか これを、なるべく深く、聞きたい。 なぜなら 「世の中には、たくさん起業家がいる」 「その中で、なぜ、あなたはこれをやらなきゃいけないのか?」 この根っこの部分を見ている。 ⇒ 家入さんは、 事業ではなく、人生を、見ている。 年商数十億規模に伸ばすために ・事業のプレゼンより、自分の根っこを、掘り下げる ・怒り・劣等感を、事業の原動力として認識する ・なぜ、自分がこれをやるのかを、明確に語れるようにする 多くの投資家は、 事業の内容や市場サイズで、判断する。 だが、それよりも 「なぜ、あなたなのか」 この根幹を磨くのが重要。

ビジネスグロースラボ

33,363 просмотров • 2 месяцев назад