Loading video...

Video Failed to Load

Go Home

『マイクラ』と『モンハン』を合体??? 狂気の時間泥棒ゲーになるぞ。 危険なモンスターが彷徨う世界を生き抜くサンドボックスサバイバル。 自由に地形を掘ってブロックを積み、自分だけの拠点を築く『マイクラ』的なクラフト要素と、凶悪な巨大モンスターを狩って装備を作る『モンハン』的なアクションが完全に融合。 海外でも「この組み合わせは絶対にハズレない」と話題沸騰中。しかもこれ、個人開発者が作ってる執念がヤバすぎる。 『Direland』

1,304,670 views • 4 months ago •via X (Twitter)

0 Comments

No comments available

Comments from the original post will appear here

Related Videos

たとえ「音楽を逆再生するとどうこう」という話に興味がなくても、これには明らかに何か不気味なものがある。 動画の翻訳 >ビリー・アイリッシュの曲を逆再生すると、それが悪魔のものだと証明される。 これを見ていると涙が出そうになった。 彼女がすべてを悪魔に捧げてしまったのを見るのが、本当に悲しいからだ。 この曲は普通に聴いても地獄や悪魔的なものだと分かる。 まして逆再生すると、悪魔がこの曲を通してあなたに語りかけていること、そして彼女自身もこの曲を通して語りかけていることが証明される。 あの部分はまるで、 「これが現実だ」 「私は悪魔に支配されている」 と言っているようだ。 こういうことが起きるんだ。 人は、 「有名になりたい」 「ビリー・アイリッシュみたいになりたい」 「彼女が持っているものを手に入れたい」 と思う。 でも、その裏にある暗く、醜く、邪悪な根を理解していない。 彼らは子どもを食べ、犠牲を捧げ、家族を殺し、こうした曲を作り、儀式を行わなければならない。 これは本当に起きていることだ。 私はカニエ・ウェストのプロデューサーを知っている人たちを知っている。 私が話していること、彼らがやっていること、舞台裏の狂気じみた出来事――そうしたことは本当に起きている。 目を開かなければならない。 この一曲だけでも証拠だ。 私は暗く悪魔的な曲を何百万曲でも見せることができる。 そして人々はそれを歌い、 「イェー!」 「イェー!」 と盛り上がる。 そのたびに、自分の人生へ悪魔的な領域を受け入れているのだ。 彼女の人生を見てみろ。 彼女からあふれ出る黒いものを見てみろ。 とても邪悪で、とても悲しい。 この少女はかつて本当に純粋だった。 しかし悪魔のために生きることを選び、自らを捧げてしまった。 そして今、その結果が見えている。 外から見ると幸せそうに見えることもあるだろう。 だが本当の姿は違う。 彼らの目から黒いものがあふれ出ている。 悪魔的で、悲しい。 本当に悲しいことだ。 イエスの道を選びなさい。

満月とWooと(仮)

16,723 views • 1 month ago

【まだまだ届けたい!】 みなさん、こんにちは! ホンジツ1日限りの富だけで生活する島のお話を作ったら、いつのまにか自分もそんな生活が始まっていた高橋伊久磨です。 そこまでして人生をかけて作った作品の配信がホンジツ終了します。 もっとたくさんの方に届けたい。 そんな思いでいま文字を打ってます。 ※それゆえ少し長くなるかも知れません🗣️ 思えばこの作品を頭の中に思い浮かべ始めたのは一昨年。 その頃の僕は、新作を作り続けることに疑問を感じ始めていて、『ずっと愛されるものを人生を賭けて育て続けた方が面白いだろう!』と考えました。 人生を賭けるんだから自分がずーっと愛し続けられるものがいいだろうと思い、自分の中から出てきた言葉が《島》《人の輪》でした。 まだ自分が見たこともないようなものを見たり感じたりするのが昔から好きなんです。 そして、とにかく常に人との繋がりに僕は飢えているんです。 そうして 人と繋がる事を恐れ、1日限りの富だけで暮らす島ホンジツ島。 というのが生まれました。 最初はそれこそなんくるないさー!な感じで、とにかく賑やかなだけの作品を書いてました。 夢を語りまくっていたそんなある日、お世話になっている先輩に『伊久磨は “向き合う事”から逃げ続けている。人ともそうだし自分とも。』そんなふうに釘を刺されました。 都合が悪くなると『まあまあ!大丈夫大丈夫!』と見ないように聞かないようにしていたんです。 なんくるないさーの弱点でした。 これにはすごくハッ!とさせられて。 意識的に人と自分と向き合うようにしたんです。 でもこれがとんでもなく難しくって。 正直今でもまだ向き合いきれてない瞬間があるなぁと感じます。 それでも確かなのは、明らかに周りに仲間が増えたんです。それも今まで以上に共に先に前に進んでいけるような強い仲間に。 この作品がのテーマが“向き合う”になったのはその時です。 なんくるないさーが向き合う痛みと喜びを知り、仲間ができるお話。 なにかと向き合う勇気をもらえるような、そっと背中を押してくれるような、そんな作品になっていればと思います。 ちなみに、大公開している下のナンバーは『向き合ってない!』と叱咤激励をもらって、肩を落としながら大好きな海を見つめながら書いた曲です笑 ホンジツ夜23:59までフルでお楽しみいただけますので、ぜひ一度見ていただけたら嬉しいです! ↓配信チケットはコメント欄にて↓

高橋 伊久磨 | 体験型ミュージカルの人

11,073 views • 1 year ago

【万博を開く“意義”とは】落合陽一の1年間に密着 メディアアーティスト 落合陽一氏(落合陽一 Yoichi OCHIAI) 「世界で一番面白いものを作らないと、万博じゃないとみんな思っている」 「こんなものは見たことがないと思っているものを作らないと意味がないというのが、根底にあるスピリッツ」 「1970年万博の時は、それがすごく力としてあったんだろうなと」 ▼落合陽一氏が制作したパビリオン『null²』 LEDで作られたデジタルの鏡が広がり、訪れた観客に似た“デジタルヒューマン”と直接会話が可能 メディアアーティスト 落合陽一氏 「真っ当な設計じゃない」 「普通にオフィスとして快適で、美術館・博物館として便利なものは作っても意味がない」 「それを作るなら万博でやる必要はない」 「博覧会じゃないと見れないものっていうのは、今の時代では難しい。ただ、博覧会でしか見れないものを作っている」 ▼密着1年…落合氏が向き合ってきた“コスト問題” 落合氏のパビリオンは、8つのプロデューサー館の中で“最小コスト” 予算を抑えるため、制作は埼玉・戸田市にある空調のない倉庫の片隅を間借り 追加で必要となった部品や費用は、自ら協賛企業を探して補いました→400社以上を集める ▼1970年の大阪万博は― EXPO'70 テーマ館プロデューサー 岡本太郎氏 「人類全体の情熱が一つとなって、燃焼する祭りがあるべきだ」 来場6400万人、約200億円の黒字となった大阪万博 成功の裏には『万博に来ないと体感できないものを作る』という情熱がありました ▼落合氏が導き出した『55年後の答え』とは― メディアアーティスト 落合陽一氏 (Q.1970年との違いは?) 「世界で一番面白いものを作ろうと思う人がいない」 「2005年(愛・地球博)ぐらいまでは多分あった。だってASIMOが歩いているんですよ。イーロン・マスクもびっくりですよ」 「判子を押して発注をして、発注したものを発注物として納品されて、納品クオリティーが相手を満たす仕様になっていればいいだろうという妥協が積み重なると、コストはかさむがクオリティーが低いという状態は常に起こってしまうので、そういったものじゃないだろうというのを、僕は万博で思うこと」 「国が成熟したり社会が成熟したりすると、いい加減では進まなくなってくる」 「本当はクリエーティブでいい加減で、だけど熱量があって、きっちりしていないがやりきるしかないみたいな状況が、一番面白いものが生まれると思う」 「それがいつの間にか、契約と判子と納品と入札と、非常に多段構造の発注形式が生まれてきたときに、それでも熱量が失われないかどうかがポイント」 「熱量がこもったものは一体、どこの誰が作っているんだと言ったら、現場で働いている人ですから」 「現場で働いている人と一緒になって汗を流してものを作れないと、なかなか面白いものは全然生まれない」 (Q.しんどかったですか?) 「いや、僕は楽しかったんですけどね、すごく」 「お金がないならないなりに、面白いものを作ろうっていうことを、アーティストをやっているとずっとやることになるんだけど」 「企画は一緒なんだけど、表現形を変えながら作ってきたのがこの館のポイント」 ▼問いかける『人間よりもAIが賢くなった世界』 「(AIの台頭で)人類が一番かしこい生物じゃなくなった時に、じゃあ別に頭を使うのも人類のちょっとした“おまけ”だし、おしゃべりしたり考え事をしたり、発明をしたりするのも人間のちょっとした“おまけ”だってなった時に、それでも人類って何なんだろうっていうのが分かるといい」 「世の中SNSができて、デジタルヒューマンのエサみたいなものをみんながインターネットで吐き続けている」 「画像をあげたり言葉を出したり、肩書をつけたりプロフィールにいろいろ書いてみたり」 「そのすべてにはほとんど意味がないっていうことが多分そろそろ分かる」 「そういうことを全部書きためても、それでつけてきた記号は全部AIと比べたら、そんな大した機能もしないのになということが分かったとき、それでも何か目的なく人生をちゃんと楽しめるかどうかは、人類がいま問われている問題」 ▼“賢さを失った人類”はどう生きるべきか― 「いままでの人類には煩悩が多すぎるわけですけど、コンピューターがこれだけ働いてくれれば、ただ生きていてもいいだろうと」 「『生きることの意味なんてもう考えなくてもいいんだ』とちっちゃい子とか大人が考えてくれるといいなと」 ▼“AIとの共生”についての考え方 「いまはカンニングとか言われているんですけど、AIを使って試験を解くことは」 「ただ、どうやったら効率よくAIを使って問題を解けるかは、人類がみんないまやっていること」 「つまり人間が便利な道具や資源が見つかった時に、その資源の使い方を考えるには豊富な時代」 「(AIを使えば)大体のことはできそう」 「でも100年前といまは何が違うかというと、実は何も違わない。AIと人間があれば、やらない人は50年後もきっと『50年前にこれがあれば俺は勝てた』って言っていると思う」 「音楽を創るのも自由だし、立体物を創るのも自由だし、プログラムを書くのも自由なので、その意味ではずいぶん早くなってきているので、楽しい時代だなと思います」 「うちのパビリオンはAIになった自分としゃべるパビリオンなので、みんなが自分がAIとどう区別をつけていくのかなとか、何をモチベーションに生きていくのかなって参考になってくれれば幸いです」 ▼現代の日本で『万博をやる意義』とは? 「大きいものを作る必要がいまないじゃないですか」 「ちょっと何か頑張ってやったらちょっと稼げる。信者を集めてフォロワーを作るみたいな世界で、ちょっとずつみんなからお金を集めて、ヒットユーチューバーになるとか、ブログで情報商材を売っているとか、そんなのいっぱい世の中にあるけど、あんなことじゃないですからね、デカいものを作る時に出てくるのは」 「出てくるデカいものや、美しいものというものを体感してくれれば、それはもうただ単にスマホの板の上で人の興味を買い合っている、ただのタグ付けの問題の世界からどうやって離脱するかということはすごく重要」 「そういったものを色々な国の人が本当に頑張って、色んなデカいものを作っているんだというのを感じられるかのほうが僕は重要で、意外とそれを感じられなくなっているんじゃないかなとちょっと思ったりする」 「圧倒的にデカイとか、圧倒的にすごいとか、なんだこれって思うようなものを感じられなくなっちゃったらもうそれは国のおしまいだし、文化のおしまいなので」 「その文化のおしまいじゃないなって僕が思えるように、ちっちゃい子が見てて純粋にこれはすごいって思えるようなものが、たくさん見ていくと心に栄養がたまりますからね」 「ぜひ万博に来たことない人は、この機に来てくれるといいなと」 「何せ日本の中でチンケなちっぽけな話をやっているだけじゃなくて、何か世界中の面白い人が集まって頑張ってやろうと思っているものを見に行くと」 「SNS上でどうビューを稼ぐとか、くだらない肩書を集めるとか、どうでもよくなるぐらいみんな真面目にものを作っているので」 「そういうものを見て、ディスっているだけで世の中変わらないんだなというのをちょっとでも感じれば、次の世代からは明るくなるような気がする」 「万博は揚げ足取られて大変でしたからね」 「でも揚げ足は取られて大変そうだけど、でも中で作っていると、揚げ足どころの問題じゃなくて、“やっべ終わるかな”ってほうが重要なんですよ」 「ここには魂と熱量があるので、それがいいなと思います。熱量が重要」

報道ステーション+サタステ

106,433 views • 1 year ago

イーロン・マスクは、「コーディングは今年で終わる」と考えている。 進化するのではなく、なくなるという。 これまでソフトウェアを作るには、プログラミング言語を書き、それを機械語に変換(コンパイル)して実行する必要があった。 しかしマスクの考えでは、近いうちにAIが最初から機械語を直接つくるようになる。 人間がコードを書く必要はなくなる。 彼はこう言っている。 「そもそもコーディングをやらなくなる」と。 もともとコードとは、人間と機械の“通訳”のようなものだった。 機械が人間の言葉を理解できなかったから、わざわざプログラミング言語を書く必要があった。 でもAIが人間の言葉をそのまま理解できるようになれば、その“通訳作業”は不要になる。 さらにこれをNeuralinkのような脳とコンピュータをつなぐ技術と組み合わせるとどうなるか。 キーボードもいらない。 画面もいらない。 文法(シンタックス)もいらない。 「想像すれば、そのままソフトウェアになる」 頭の中でやりたいことを思い描くだけで、AIが自動で設計し、作り、実行する。 これは「プログラミングを効率化する」という話ではない。 「プログラミングという作業自体が消える」という話だ。 これまで何年も勉強して身につけてきたスキルの価値が、大きく変わる可能性がある。 アイデアと実現の間の時間が、ほぼゼロになる。 これからは「作る」のではなく、 「想像する」だけで形になる世界。 スキルや時間よりも大事なのは、 どれだけ具体的に、はっきりと自分の理想を思い描けるか。 そんな未来が来るかもしれない、という話である。

チャエン | デジライズ CEO《重要AIニュースを毎日最速で発信⚡️》

121,743 views • 5 months ago

【ファン必読】あなたは今のままで十分に素晴らしい #ハリー・スタイルズ、ステージでの言葉 「前回のツアーが終わってから少しお休みをして、自分自身の人生に向き合うような時間を過ごしていました。色々なことがあって、本当に素晴らしいこともあれば、辛いこともありました。この数年の間に何人かの友人を亡くしたりもして、本当にさまざまなことがありました。僕にとって人生におけるそういった大きな出来事をただ受け入れ、心に落とし込むための時間を持てたこと、そしてここ数年で、人生がどれほど儚くて、美しくて、素晴らしくて、同時に過酷で、残酷で、そしてインスピレーションを与えてくれるものなのか、人生が持つありとあらゆる側面を身をもって実感しました。今夜、この会場で皆さんと一緒に、皆さんが作り出すこのエネルギーを感じながら、どうか皆さんもこのエネルギーを感じて、その小さな欠片を外の世界へと持ち帰ってほしい。そして外の世界でも自分がなりたいと願うどんな自分にでもなれるんだと信じてください。あなたの人生をあなたの好きなように生きてください。人生はあなたのものです。あなたは、今のままで十分に素晴らしい。愛され、尊重される価値があります。そして見知らぬ誰かもまた、あなたの愛と敬意を受けるに値する存在です。友達を気にかけてあげてください。見知らぬ人にも気を配って、人々に手を差し伸べてください。人生は美しく、そして儚いものです。僕が一つだけ確実に分かっていることは、今夜、僕たちにはお互いがいるということ。僕らにはお互いがいるんです。本当にありがとう。」 (via strettyend)

Harry Updates Japan

127,923 views • 2 months ago

正解は「妻が100%悪くても妻の味方をする姿勢が大事。」なんよ。 結局、人生で一番長く共に過ごすのは夫婦やからね。 一番の味方でないとあかん。 でも、時には味方しきれないことはある。 そういう時は当然ぶつかるわけやけど、 ・男は正論で解決したい。 ・女は気持ちを理解して欲しい。 ここの違いがあるから、夫側が正論を言い続けるのはオススメしない。 でも、ダメなことはダメって指摘しないとあかん。 それをせずに、悪いことも全て夫が肯定し味方になったら、女はマジでモンスターになる。 うちの母親がそうやった。 ・自分の言うことは絶対。 ・言うことを聞かないと数ヶ月会話しないことは普通。 ・夫には365日のうち362日働かせてた(個人経営で妻が休ませず、1月1,2,3日だけ休み)くせに、自分は仕事が休みの日は一日中ゴロゴロ。 ・間違ったことや、夫や子に危害を加えることがあっても、絶対に謝らない。むしろ笑ってる。 ・高齢者になった今でも、自分が世界で一番正しいと思ってるから、嫁さんにも嫁さん両親にも嫌われてる。 だから 100%悪くても妻の味方をする姿勢を取りつつ、間違ってることはしっかり指摘してぶつかり合おう。 夫婦で成長できるのが理想の夫婦やで!

ワッチョ@レス撲滅研究者

152,255 views • 2 months ago

日本に行った人が、帰ってから苦しくなることがある。日本で見たものは、特別なイベントじゃない。電車がだいたい時間に来ること。人が列をつくること。店で「ありがとう」と言われること。夜の道が、怖くないこと。そういう小さな当たり前。でも、その小さな当たり前が、帰国した瞬間に刃になる。 自分の国の音が、急に大きく聞こえる。怒鳴り声。クラクション。割り込み。投げるような言葉。前は平気だったのに、平気じゃなくなる。日本が良すぎたからじゃない。比べる目が、できてしまったからだ。 この痛みは、普通な感覚。違う世界を一度見た人にだけ起きる、ふつうの揺れ。 ただ、ここで気をつけたいことがある。旅先は、少しだけ夢に似ている。短い時間の中で、いい場面が多く見える。だから日本は完璧だと思いすぎると、自分のいる場所が全部ダメに見えてしまう。すると心が、帰る場所を失う。 じゃあ、どうしたらいいのか。 答えは、全部を日本にしようとしないこと。 日本で好きだったことを、ひとつだけ持ち帰る。 朝、靴をそろえる。 人にぶつかったら小さく「すいません」と言う。 時間を守る。部屋を少し整える。 たったそれだけで、心は夢が終わったじゃなくて、夢を生活に変えたと思える。 そしてもう一つ大事なのは、ひとりにならないこと。日本が好きだった人は、日本が好きな人と話せばいい。好きは、誰かと分けると、痛みじゃなくなる。 日本を忘れられないのは、弱いからじゃない。日本に来てくれた人の中に「こう生きたい」が生まれたからだ。 その気持ちを大切にすれば大丈夫。夢は、逃げるためじゃなく、戻ってきたあとに生きるためにある。

クレア

383,105 views • 6 months ago

正解は「妻が100%悪くても妻の味方をする姿勢が大事。」なんよ。 結局、人生で一番長く共に過ごすのは夫婦やからね。 一番の味方でないとあかん。 でも、時には味方しきれないことはある。 そういう時は当然ぶつかるわけやけど、 ・男は正論で解決したい。 ・女は気持ちを理解して欲しい。 ここの違いがあるから、夫側が正論を言い続けるのはオススメしない。 でも、ダメなことはダメって指摘しないとあかん。 それをせずに、悪いことも全て夫が肯定し味方になったら、女はマジでモンスターになる。 うちの母親がそうやった。 ・自分の言うことは絶対。 ・言うことを聞かないと数ヶ月会話しないことは普通。 ・夫には365日のうち362日働かせてた(個人経営で妻が休ませず、1月1,2,3日だけ休み)くせに、自分は仕事が休みの日は一日中ゴロゴロ。 ・間違ったことや、夫や子に危害を加えることがあっても、絶対に謝らない。むしろ笑ってる。 ・高齢者になった今でも、自分が世界で一番正しいと思ってるから、嫁さんにも嫁さん両親にも嫌われてる。 だから 100%悪くても妻の味方をする姿勢を取りつつ、間違っ照ることはしっかり指摘してぶつかり合おう。 夫婦で成長できるのが理想の夫婦やで!

ワッチョ@レス撲滅研究者

168,063 views • 8 months ago

大森さんがインスタライブで、ミセスが冷笑されること、ハスられること、斜に構えて捉えられることについて語った。「僕が音楽好きだったとして、ミセスという存在を傍から見た時に、僕もやっぱりハスるなというか、斜に構えて見るよなと思ってて。なかなかそのグループのコアな部分というか大切なものって見えないものだから。自分だったらなぁと思う、僕そっち側の人だからどっちかというと。でもだからこそ、突っ切って、ぶっぱなしたさがあるよね」と……。 少し前に、米津さんがインタビューで「(冷笑は)自分を守るために機能していることもある」と発言していたことを思い出す。そのような態度で居ることでしか自分を保てないほど苦しい境遇に置かれてる人たちなのだということが、彼には見えている。その慧眼に驚かされるとともに、どん詰まりに居る人を馬鹿にできないし置いていけないと考えるのが米津さんなのだなと思った。傷を保護する自衛としての手段、あるいは最後の砦としてのユーモアを否定しない。顔すら見えない遠くの誰かの人生にそっと想像力を伸ばせる彼が(彼は否定するかもしれないけれど)実に福祉的で、私は大好きだ。今の時代になくてはならない感覚のアーティストだと思う。 一方で、物事を誰よりも穿って見てしまう、斜に構えてしまうデフォルトの自分のネガ思考を把握した上で、いや待てよ、僕たちはいずれ灰になって空を舞うんだからその時間が勿体ない。哀しいかな、人生には意味なんてない。だからいっそのこと圧倒的に「ぶっぱなす」、ぶっちぎってみせる、そうでもしないと人生やってられんだろ!という方向にギアを切る大森さんのこともまた大好きだ。そこにはミセスの曲に共通する「ニヒリズム」から「積極的ニヒリズム」への転換がある。体育座りをして指先で傷つけあっていても仕方ない。だから彼は粛々と自分の信じる音楽を作り、ぶっちぎった先(キラキラした花道のど真ん中)で、孤独を歌おうとしている。圧倒的な熱量で、こぼれ落ちてしまった人を温めようとしている。私もド鬱のド陰キャなので、彼らのヒーロー性が眩しくて聴けないという意見にも分かるところがあるが、彼のそもそもの出発点が「拭えない孤独」であることを理解して聴くと、ミセスの楽曲は途端に深みを増すし、生きることへの起爆剤になると思っている。エンターテインメントにおいて、大衆化することとマイノリティの痛みに寄り添うことはトレードオフになりがちだ。ただ眩しいだけの光は、暗闇にいる人を時に拒絶しさらに深く傷つけてしまうこともある。そこを諦めず、「間口を広げながら、深みもつけていく」という誰も挑んだことのない矛盾する難題をやってのけようとしているのが大森さんでありミセスだと思う。正気の沙汰ではないし、ポップスを鳴らす覚悟が半端ない。もはや狂気だ。 どちらも根は同じド陰キャなのだが、発露の仕方が異なるのがおもしろい。 ここに風くんが居たらなんと言うかな、と想像しながらフフフとなる。「冷笑?なんでそんな疲れることしとるん?何なんw にんげんのみなさま、貴方こそが神で、貴方こそが愛。それを忘れないで」とあの優しげなトーンで言うかもしれないし言わないかもしれない。​「ハスる」「冷笑する」という自意識のこんがらがったゲームそのものを、彼なら「それ、幻じゃが。お疲れさまぁ」とお茶を差し出すように軽やかに無効化してしまいそうだ。やはり大好きだ。 ​米津さんが「暗闇に一緒に腰を下ろしてくれる人」ならば、大森さんは「自らの闇を焦がす光で世の中を照らす人」であり、風くんは「そもそも私ら、最初から光の中に放り込まれとるが?」という人なのではないか……冷笑をきっかけにそんなことを思ったりした。彼らの音楽がそれぞれのアプローチで、生きづらさを抱える私に気づきをくれ、肯定してくれることに感謝している。同じ時代に異なる三つの光。日本の音楽シーンは今日も豊かで楽しいね。

ナギ

931,316 views • 22 days ago