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モデリングをする前にリグの調整してました。 今回はAuto Rig Proベースで進めたいから関節に補助ボーンを追加しました。 上手く機能してくれない事があって時間掛かったが何とかなった。

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夜になると、冷や汗、腹痛、強い倦怠感、吐き気…。 就寝時間を過ぎる頃が一番つらくて、夜が来るのが少し怖いです。 それでも今日は久しぶりに体調がよくて、こうして投稿できています。 もし投稿が途絶えたら、体調を崩していると思ってください…。 麻薬の量が増えてから、強い眠気とふわふわした感じがありまして、皆さんのコメントにお返事することが難しくなりました。 ♡だけになってしまいますが、一つ一つの温かい言葉、ちゃんと大切に読ませていただいています。本当にありがとうございます。 退院はまだ先になりそうですが、少しでも早く家に帰れるように、できることを必死にやっています。今の目標は、少しでも食べること、少しでも体を動かすこと。 小さなことでも前に進めるように、毎日踏ん張っていました。 そして何より、、 入院して9日ぶりに、2歳の娘に会うことができました。 面会コーナーなら大丈夫と主治医が許可してくださり、やっと会えました。 入院してからは、そこまで移動することすらできず、旦那にはずっと部屋まで来てもらっていました。 車椅子に座るのも10分が限界なので、リクライニングできる車椅子を用意してもらって、たどり着けました。 私の顔を見るなり、 「マミー!マミー!」と走ってきてくれて、 小さな手で、痩せた私の体を何度も何度も優しくなでてくれました。 そのぬくもりが本当にあたたかくて、 ちゃんと生きてここに来られたんだ…って、 会えたんだ…って、 いろんな気持ちが一気にあふれてしまいました。 ポストできていなかった間、ご飯も食べられず、お昼はベッドでジッとしていて時間がすぎるのを待つだけ、ベッドから鳥を眺めているだけ、夜も全然寝れていませんでした。 緩和ケアの先生が毎日来られ、麻薬が増えて、退院の目処も立たず、まさか、もうこのまま復活できずそのまま体が弱って死ぬのでは、、と思っていたからです。 娘の前では泣かないと決めていたのに、無理でした。 会えなかった時間、動けなかった悔しさ、会えた嬉しさ、全部が混ざって、涙が止まりませんでした。 その時の動画です。 娘は「マミー」と呼びながら、娘のキッズ携帯で私をたくさん撮ってくれました。 その姿が愛おしくて、胸がいっぱいでした。 入院前に頂いたプレゼントは「私が開ける」とようになっていました。でもルールで旦那に言ったわけでもわく、入院してから届いたものも旦那は一切手をつけず、全部そのまま置いてくれています。 娘のマスクだけ、開けさせていただきました。 他にあるたくさんのプレゼント、開けていませんので、写真を載せられず申し訳ありません。 皆様、いつも支えてくださり本当にありがとうございます。 最後の動画が私の体さすってくれました。

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自分は精子を作れない身体、いわゆる種無しだったみたいで、あらゆる不妊治療も試みましたがダメでした。 それで家を建てた際にうちに来てくれた子がボン、子供頃から犬を飼うのが夢でもありました。 黒ラブはヤンチャで破壊王と聞いていましたが、想像していた以上に破壊王で、でもそれ以上に可愛くて自分にとっては息子そのものでした。 ただ当時は警察官で3日に一度は当直で家に帰って来れず、そんな日は嫁さんと散歩で外に出た際、ボンがずっと私を探していたと聞いて胸が痛くなったこともありました。 今考えるとこういった背景も警察官という仕事を辞めた理由の一つかもしれません。 犬はいいですよ。 試合で秒殺されて負けて帰ってきても大怪我をして帰ってきても、世間からダメの烙印を押されて帰ってきてもいつも変わらぬ笑顔で出迎えてくれます。全身で喜んでくれます。全肯定してくれる。 勝ったり負けたりの自分は何度救われたことか。あー、この子達のご飯のために頑張ろうって。 そのボンちゃんが昨年から肝数値などの調子が悪くなり、ずっと投薬、注射、点滴の治療をしていました。黒ラブ生来の天真爛漫な性格なのか調子悪いはずなのに自分を見るとめちゃくちゃはしゃいで散歩もグイグイ引っ張っていく感じで自分からするとどこが悪いのか分からないくらいでした。 嫁さんが散歩行くと直ぐに疲れて座り込んでしまうのに… そんなボンも年明けから歩きはするけど走れなくなり、歩様もヨタヨタするようになりました。 そして1週間くらい前から食べられなくなり数日前から水も飲めなくなってしまいました。 点滴で命をつないでいる状態。 明らかにもう…な状態なので自分としても覚悟を決めてその時に備えました。 試合が無かったのが幸い、日曜日から練習や他の予定を全てキャンセルして24時間一緒にいることにしました。ボンのベッドの横に自分の布団も置いて、ボンが起きている時はずっと声をかけて寝ている時は撫でてあげました。 それでも昨晩、自分がトイレに立つとついてきて目の前で待っていてくれる。もう歩くの辛いはずなのにベッドで寝ていてくれればいいのに… そのボンが今朝5時40分ころ大量の血便をしました。 もう動けないようで、目を見たらもう力がなかったため、2階で寝ていた嫁さんに電話をして最後のお別れをすることになりました。 二人で体を撫でながら『ボンはずっと可愛い』『ありがとう』と繰り返し伝えました。 何度か頭を上げて自分たちを見つめてくれましたが 呼吸がだんだん浅くなって6時6分、大きくブルンと震えて静かに息を引き取りました。 ありがとうボン。 それから嫁さんがいた手前、淡々とボンの体を拭いたりドライアイスや火葬の手配などの準備をしていましたが、今、2階に来て一人になったら涙が止まりません。全然止まらない。辛すぎる。 ボン、11年ほんとありがとう! お父ちゃん今日は絶対無理だけど今週中に必ず復活するからね。

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