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今週の #高見沢メシ は9/4(金)よる10時30分から🍽️ ゲストはシンガーソングライターのEPO🎤 ご自宅の畑でバナナがとれたり、野菜を作ったり🍌素敵な沖縄ライフを大公開🌊 80年代の音楽トークも盛り上がっていました😄 お楽しみに~🎵

36,137 views • 11 days ago •via X (Twitter)

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私はゴシック沖縄? 長文ですが読んでいただけたら嬉しいです。 昨日、楽屋で高木完さんに「独特な世界観で、ゴシックと沖縄が融合している」と言われたのが、とても嬉しかったです。 対バンイベントでも引かれたり、ぽかーんとされることがたまにあったと伝えたら、 「あなたみたいな人は今まで観たことないし他にいないから、オリジナリティ大事に」と言われて嬉しいし、自信になりました。 私はほとんど何も考えず、自然に出てくるイメージで直感的に曲を作り、歌詞を考えて作ってます。 DOMMUNEの宇川さんに『doomsday』という曲を「80年代のポストパンクやニューウェーブを参考に作ったんでしょ?」と言われたことありますが、私はそのあたりの音楽を全く聴いたことも学んだこともないです。 昨日彩Sayaは『ゴシック沖縄』って言われて、私にぴったりの言葉だと思いました。 ゴシックと沖縄音楽の融合は、まだ未開の物なのかも? それはノイズなどを沖縄音楽に取り入れた時も同じことを感じました。 色々な方々にオリジリティーとサウンドは他の人に真似できないと言っていただくことや、憑依系と言われるのが多いのも私の強みだと思っています。 その時々に私が思いついた物、好きな物を音や歌にしていくことが私の進む道だと思います。 これからも信念を曲げずに、私らしく自由に音楽をしていきますので、共感していただける方は応援よろしくお願い致します。 そして共感してくれるミュージシャンの方々は対バンやコラボのお誘いお待ちしています。 気になったイベンターの方は、お声がけいただけたら嬉しいです。 これからも どうぞよろしくお願い致します。

彩Saya (ex 沖縄電子少女彩 Okinawa Electric Girl Saya)

84,584 views • 1 year ago

この方が仰っていることは80年代後半の話だと思う。70年代後期からファミコン流行する80年代中盤の直前まで一瞬だけ変なポケットがあって、この時代の音楽だけ異様にレベルが高い。このことはも、ほとんど誰も覚えていないことなのだけど、もっと知られていていいと私は思う。 メモリ量等々の制約が超高い中で、ドンキーコングのBGMの短いループがループ疲弊に超強いスイングリズムで作られていて、当時の時代の音楽に影響を与えたり、ペンゴの音楽がポップコーンだったりした。AX-5 Orion/Quest のゲーム音楽を作った人が実は後にインディ・ジョーンズのサントラを作った人だったりした。 当時のナムコの音楽を作っていた大野木 宣幸が多くの名作を作って細野晴臣がプロデュースしてレコード化されたりしていた。この頃のゲーム音楽は音色が電子音という以外はほとんどオーケストラ音楽の様で、使われている作曲理論も、音色のダサさを補うかの様に異様に凝っていた。 ─── だけど1986年くらいには廃れてしまった。 ファミコン発売前で、ファミコンどころかまだパソコンすら流行していなかった時代なので、この時代のことを知っている人は今ではもう本当にレアになってしまった。インターネット老人会に所属している方々も、ここまで古い話を知っている人は実は結構レアということもあって、ほとんど誰も知らない領域になっている。

岡敦/Ats🇯🇵リズム道=グルーヴを語学で究める音楽道

255,676 views • 7 months ago

沖縄音楽や民謡は文化によって守られた時点で、生活と密着しなくなり進展のない音楽になってしまうと思います。 坂本龍一さんが、沖縄音楽を取り入れてアルバムを作った1980年代に下記のことを言ってましたが、30年近く経った今も考えさせられます。 『沖縄へ 1987年8月 坂本龍一』 なぜもっと血と共同体から離脱しないのか 沖縄の音楽にしても、沖縄の人間が"沖縄音楽を使った現在の音楽"を作っていない。東京経由の洋楽(ロックとかポップス)をやっているだけです。あるいは、現在をとり入れないで、トラディショナルをやっている人達、そのどちらかだけです。僕は一生懸命探したけれど、沖縄の三線とか沖縄のメロディーを使ってロックをやってる若い奴っていない。それって日本の縮図だと思った。日本そのものだ、と。 沖縄のものを使うことはトラディショナルに復帰することでもないし、英語が少しできるからといって、東京経由のポップソング、ホイットニー・ヒューストンの真似することでもないはずなんです。なんでもっと、自分の血とか共同体を離脱しないのかってね。そこからどれだけ離脱するかが、地球音楽だと思う。 共同体のタコツボに生温かくもぐり込んでるのがいちばん楽なんです。外へ出るということは、とりあえず勉強することなんです。それって勇気ですよ。自分にないコードを解読することでしょ。外へ出て、決して定点を持たない地点から、どんな音楽地図が描けるか?実は地球自体、上も下もないんです。北半球が上というのは人間の単純な思い込みです。端的に地を失えばいいんです。定点のない地球儀、それが『NEO GEO』です。 その坂本龍一さんに影響されて作った『NEO SAYA』は、沖縄音楽とアイヌ音楽をミックスして新大陸的な楽曲を目指しました。 私も沖縄民謡に新しい音や独自の音を混ぜて、チャンプルー的に新しい進展のある沖縄音楽を作っているつもりで活動しています。

彩Saya (ex 沖縄電子少女彩 Okinawa Electric Girl Saya)

49,310 views • 10 months ago

私がNewJeans好きになって最も楽しかった核心の話 昨今のアイドル文化の中でどの事務所も強固なファンダムを作るために物語の力を利用する事が当たり前になっていて、オーディション前からファンの心を掴んでデビューする、物語からキャラクターを作り夢中にさせることが多い中でNewJeansは物語なしに颯爽とデビューした(心を掴む音楽、名前もしらない女の子、洗練された視覚映像) ミンヒジンさんがデビュー前から5人に言って大事にしていたのは、自分たちが楽しむこと、楽しんでいたら人は集まってくる。 本人もそこが1番難しかったと話している、楽しませようではなくて自分達がパフォーマンスで真っ先に楽しんでいる状態をデビュー前に作っていた NewJeansのパフォーマンスは人間らしさを重視していて、軍隊のような動きよりも10代の子達の天真爛漫で自由な表現を好んでいる。中でも好きなのはパフォーマンス中にお互いの目を見合わせて5人が楽しんでいたり、ジャンケンして遊んだり、自由度が高かったこと。グルーヴは揃えて全員が違う動きをするのに揃ってみえる楽しさもNewJeansの個性だった 何をしてもNewJeansになる、新しい次の表現が毎回楽しみでそれを自分たちが1番楽しんでいるから楽しむ所に人は集まるの美学だった。NewJeansは楽しむことに重きを置いていたから表舞台でも涙は見せないように気をつけていた。ランダム売り(それでも売上を出せるミンヒジンの購買欲をそそるアルバムデザイン)もしないので、メンバー間競争もさせずチームとして5人は結束していてファンも5人を愛する環境が自然とできていた所も心地よかった そうやってできるファンダムはそれぞれの場所でNewJeansを楽しみ、同じように5人と音楽や文化を愛する人が多かった 今回の騒動の中で感じたのは物語の力で強固になったファンダムほど事務所を守り、NewJeansのような本来であれば自分のアイドルも同じ立ち位置でアイドル側の視点になるはずのファンが事務所を守るために攻撃する方に変わる怖さだった。 パンが物語に強く意味を見出していたのは忠誠心の強い強固なファンダムビジネスが自分たちを守る鎧になるのを知っているからだなと NewJeansの天真爛漫な楽しさとピュアさは、その壁をこわして環境を整えたミンヒジンさんが作ったもの、物語ではなく等身大のその人間らしさに人々は引かれた。5人の為に作られたクリエイティブと共に。ファンの力は弱かったかもしれないけれど、いまでもNewJeansを愛する人は沢山いる

えっこ🌿✨

407,854 views • 7 months ago

沖縄の言葉、うちなーぐちは本島でも那覇や私の産まれた沖縄市では違ったり、離島になるともっと違ったりと、同じ県ですが 地域によって異なるのでとても不思議です。 Z世代と言われる私の世代ではもちろんの事、お兄ちゃんの世代でも、うちなーぐちを話す人は年々減っていると思います。 このままだといつの日かうちなーぐちを話したり理解出来る人が一部の研究者とかになってしまうのではないかと思ってしまいます。 私は沖縄の文化や言葉、そして音楽を同世代や私よりも下の世代に少しでも面白く楽しく残せるようにしていきたいのと、先祖が紡いで来た文化を守っていくために微力ですが、音楽と歌で残せていけたら良いなと思っています。 今回リリースした『夜の祭〜ユル ヌ ウマチー〜』はその想いを込めてうちなーぐちと日本語の作詞、そして作曲しました。 この楽曲は、東盛あいかさんの与那国ラップを聴いた時に衝撃を受けてコラボしたいと思ったのがきっかけでした。 あいかさんが最高の与那国の詩を作ってきてくれて、そしてかっこいいラップをしていただき、とても素敵な多言語の楽曲になったと自負しています。 私のうちなーぐちはまだまだですけど、辞書や沖縄の歴史の本を買って時間がある時に少しずつ勉強しています。 生まれた沖縄の事を知って、沖縄の良さを伝えるために良い歌を作っていくように頑張りますので、これからも応援よろしくお願いします。 そしてなにより戦争の無い平和な世界になること、人種差別のないお互いを認め合う優しい思いやりのある社会になるように願いを込めています。 『夜の祭〜ユル ヌ ウマチー〜』下記の配信&サブスクURLから是非聴いてください。 配信&サブスク ミュージックビデオ

彩Saya (ex 沖縄電子少女彩 Okinawa Electric Girl Saya)

743,498 views • 2 years ago