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個人的に1番好きなのはDr.ファシリエかな。ディズニーヴィランズの中でも特に恐ろしく、かつ「自分の影に殺される」という象徴的な最期として描かれている。 カラフルで曲調もナヴィーン王子をカエルに変えたシーンと同じなのも皮肉を感じて最高☠️

884,089 次观看 • 5 个月前 •via X (Twitter)

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🐰僕が存在する理由はなんなのか考えた時、ただ自分の夢のために生きるのではなく、僕を見てくれている人達に、そして歌、ダンス、ステージが好きな人達に、そして僕たちを本当に愛してくれる42のみんなに少しでもパワーをあげられたら嬉しいし、そんな存在になることで存在意義を見いだせる気がします。もし僕達のことをすごく好きな人が僕らを見て力を得られなかったら、それは僕たちが上手くできなかったんだと思います。 最近とある42の手紙に『ハンジンのことが本当に大好きなんだけど、ちょっと大変。ずっと好きでいるべきかな』と書いてあって、答えにすごく悩みました。 昔の僕なら「もちろんこれからも僕のことを好きでいないとだよ!42にパワーをあげられるように僕がもっと頑張るよ!」って答えると思います。 でも最近は考えが変わりました。僕が頑張る過程で、長い間42が大変に感じていたらどうしよう?42の日常生活の時間を浪費させていないのか?と思うようになりました。 幸せな気持ちで僕のことを好きでいてほしいし、42のちからになれるように僕もこれからもずっと頑張ります!でも、もしアイドルを好きでいる過程で大変に思うことがあれば、皆さんは申し訳なく思う必要はないと思います。1度その人から離れて自分にエナジーを与えてくれる相手を探しに行っていいと思います。 ファンの皆さんはアイドルをただ好きでいるだけでなく、アイドルからエナジーや力や愛、慰め、歌やステージなど、何かしら与えられるべきだと思います。もし好きなアイドルからこういったものを何も得られなければ、その人はあなたと合っていないのかもしれません。そのアイドルがもっと努力するか、1度離れて新たな人を探してみたらいいかもです。 「どうすれば42が幸せに僕のことを好きでいられるかな?」という悩みをすごくしました。42の皆さんは自分に合った選択をしてほしいです。アイドルを好きということはときめく気持ちであるべきなのに、苦痛に感じるべきじゃないと思います。 僕も頑張って、42にもっと沢山の愛をあげられるようにずっと頑張ると約束します🤙🏻

COCO

22,755 次观看 • 3 个月前

インターネットやスマホの時代も勝者は読めなかったが、物理的な限界は見えていた。生成AIは違う。なぜ効くのかの理論が薄く、人間知能の理解も浅い。性能の上限も、3年後の到達点もモデル化できない。結果、予測はロードマップではなく「そう感じる」と言うしかない——そして誰も確信できない。 ベネディクト・エヴァンス「これは面白い種類の難しさだと思いますし、これが過去のプラットフォーム転換と決定的に違う点だと思います。インターネットでもモバイルでも、あるいはメインフレームの時代でも、今後2〜3年に何が起きるかは分かりませんでした。Amazonがどうなるかも分からなかったし、Netscapeがどう落ち着くかも分からなかったし、来年のiPhoneがどうなるかも分からなかった。10年前にそういうことを気にしていた頃も同じでした。 けれども当時は、物理的な限界はだいたい分かっていました。1995年の時点で、通信会社が翌年に全員へギガビット光回線を配るわけではない、ということは分かっていました。そして、iPhoneが1年持つバッテリーを搭載して、くるくると巻物みたいに広がって、プロジェクターが付いて、空を飛ぶ——みたいなことにはならない、ということも分かっていました。 ところが、この技術(生成AI)については物理的な限界が分かりません。なぜこれほどうまく動くのかを理論的に十分理解できていないからです。さらに言えば、人間の知能が何なのかについても、理論的に十分理解できていません。だから、どこまで良くなり得るのかが分かりません。 モデムならロードマップの図を作れて、DSLならロードマップの図を作れて、DSLがどれくらい速くなるかも描けます。さらに、通信会社がどれくらいの速度でDSLを展開するかについても、ある程度の推測ができます。そうすると、1998年に放送テレビをストリーミングで置き換えるのは明らかに無理だ、といった判断もできます。 でも、この手のものを同じようにモデル化して、3年後に根本的な能力がどんな姿になっているかを見積もるための同等の方法がありません。結果として雰囲気ベースの予測になってしまい、誰にも本当のところは分からない。ジェフ・ヒントンが『こういう感じがする』と言い、デミス・ハサビスが『こういう感じがする』と言っても、結局は誰にも分からないのです」

Tsubame

51,410 次观看 • 9 个月前

この一本の動画がきっかけで話題になり、 Yahoo!ニュースに3回も取り上げていただきました😭✨ どんな時も自分を信じて、自分の身体を鍛え続けてきて本当に良かった。 そう思えるほどたくさんの反響をいただけて、すごく嬉しいです。 日本では「女性は小さくて細くて華奢な方がいい」と言われることも多く、 高身長で華奢ではない私は、昔から自分の体型がコンプレックスになることもありました。 「身長が大きすぎる」と言われて悔しい思いをしたり、 1人だけ体型が違って浮いてしまったり。 「普通の女の子に生まれたかったな」と思ったこともありました。 それでも、 自分の身長も体型も“欠点”じゃなくて“個性”。 だったら、この個性を誰にも負けない強みにしよう。 そう信じて、ずっと身体を鍛えて、自分磨きを続けてきました。 昔は嫌いになりそうだった自分の個性が、 今こうしてたくさんの方に知ってもらえるきっかけになった。 人と違うことを隠すんじゃなくて、 人と違うからこそ出せる魅力を伸ばしてきて本当に良かった😭✨ これからも、自分にしか出せない魅力と、自分にしかできないことを信じて磨き続けます。 普通じゃなくていい。 人と違うことが、その人にしかない魅力になる。 #個性が輝ける日本へ

茜羽(あかね)

120,527 次观看 • 26 天前

大森さんがインスタライブで、ミセスが冷笑されること、ハスられること、斜に構えて捉えられることについて語った。「僕が音楽好きだったとして、ミセスという存在を傍から見た時に、僕もやっぱりハスるなというか、斜に構えて見るよなと思ってて。なかなかそのグループのコアな部分というか大切なものって見えないものだから。自分だったらなぁと思う、僕そっち側の人だからどっちかというと。でもだからこそ、突っ切って、ぶっぱなしたさがあるよね」と……。 少し前に、米津さんがインタビューで「(冷笑は)自分を守るために機能していることもある」と発言していたことを思い出す。そのような態度で居ることでしか自分を保てないほど苦しい境遇に置かれてる人たちなのだということが、彼には見えている。その慧眼に驚かされるとともに、どん詰まりに居る人を馬鹿にできないし置いていけないと考えるのが米津さんなのだなと思った。傷を保護する自衛としての手段、あるいは最後の砦としてのユーモアを否定しない。顔すら見えない遠くの誰かの人生にそっと想像力を伸ばせる彼が(彼は否定するかもしれないけれど)実に福祉的で、私は大好きだ。今の時代になくてはならない感覚のアーティストだと思う。 一方で、物事を誰よりも穿って見てしまう、斜に構えてしまうデフォルトの自分のネガ思考を把握した上で、いや待てよ、僕たちはいずれ灰になって空を舞うんだからその時間が勿体ない。哀しいかな、人生には意味なんてない。だからいっそのこと圧倒的に「ぶっぱなす」、ぶっちぎってみせる、そうでもしないと人生やってられんだろ!という方向にギアを切る大森さんのこともまた大好きだ。そこにはミセスの曲に共通する「ニヒリズム」から「積極的ニヒリズム」への転換がある。体育座りをして指先で傷つけあっていても仕方ない。だから彼は粛々と自分の信じる音楽を作り、ぶっちぎった先(キラキラした花道のど真ん中)で、孤独を歌おうとしている。圧倒的な熱量で、こぼれ落ちてしまった人を温めようとしている。私もド鬱のド陰キャなので、彼らのヒーロー性が眩しくて聴けないという意見にも分かるところがあるが、彼のそもそもの出発点が「拭えない孤独」であることを理解して聴くと、ミセスの楽曲は途端に深みを増すし、生きることへの起爆剤になると思っている。エンターテインメントにおいて、大衆化することとマイノリティの痛みに寄り添うことはトレードオフになりがちだ。ただ眩しいだけの光は、暗闇にいる人を時に拒絶しさらに深く傷つけてしまうこともある。そこを諦めず、「間口を広げながら、深みもつけていく」という誰も挑んだことのない矛盾する難題をやってのけようとしているのが大森さんでありミセスだと思う。正気の沙汰ではないし、ポップスを鳴らす覚悟が半端ない。もはや狂気だ。 どちらも根は同じド陰キャなのだが、発露の仕方が異なるのがおもしろい。 ここに風くんが居たらなんと言うかな、と想像しながらフフフとなる。「冷笑?なんでそんな疲れることしとるん?何なんw にんげんのみなさま、貴方こそが神で、貴方こそが愛。それを忘れないで」とあの優しげなトーンで言うかもしれないし言わないかもしれない。​「ハスる」「冷笑する」という自意識のこんがらがったゲームそのものを、彼なら「それ、幻じゃが。お疲れさまぁ」とお茶を差し出すように軽やかに無効化してしまいそうだ。やはり大好きだ。 ​米津さんが「暗闇に一緒に腰を下ろしてくれる人」ならば、大森さんは「自らの闇を焦がす光で世の中を照らす人」であり、風くんは「そもそも私ら、最初から光の中に放り込まれとるが?」という人なのではないか……冷笑をきっかけにそんなことを思ったりした。彼らの音楽がそれぞれのアプローチで、生きづらさを抱える私に気づきをくれ、肯定してくれることに感謝している。同じ時代に異なる三つの光。日本の音楽シーンは今日も豊かで楽しいね。

ナギ

935,233 次观看 • 2 个月前