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「初日の東京は80分間 楽器がすべて動かなかった」 続きは▶︎ #WEEKLYOCHIAI 最新 「役に立つものは作りたくない」 こう意気込むのは、明和電機の社長である土佐信道氏。 国内外で人気を博すアーティストで、操るのは摩訶不思議な楽器だ。 独創的な発想はどう生まれたのか? 万博でコラボライブを行った落合陽一が“30年の無駄作り”に迫る。 明和電機 落合陽一 Yoichi OCHIAI

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【#null2 落合陽一氏が考える“万博のレガシー”とは】 | メディアアーティスト 落合陽一氏(落合陽一 Yoichi OCHIAI) 「(大屋根)リングをどれだけ残そうとか、“太陽の塔”みたいに残るものを作ろうというのは分かるが、本当に重要なレガシーは『人』」 「日本はカルチャーが弱いとずっと言われてきて、エンタメやIP(アニメなど知的財産)も強いが、アートやカルチャーの難しいのは弱いと言われていた。それがここで強くなったと思う」 「その人たちがたぶん今後、日本のカルチャーを良くしていく」 ▼『人こそがレガシー』万博会場で感じた“変化”とは? メディアアーティスト 落合陽一氏 「椅子を持って暑さ対策をして、この万博を好きでいようとしてくれた人たちが、どんどん体にミャクミャクが“感染”していく」 「その人たちがリピーターになって、ここのカルチャーをつくっていき、つくったカルチャーが伝播し始めた、盛り上がってきたというタイミングで、いつの間にか終わることになってしまった」 「少なくともこの万博に関わった人は、大阪のことが好きになったと思う」 「その人たちはすごく“屈強”で、いろんな困難があっても、文化を愛して並んでくれたりした人たちが、のべ2800万人ここに来たのは、すごく日本にとって意味のあること」 「184日しかないように見えて、ここにいた人たちは日本のことを好きになってくれた」 「日本語がある程度わかる、日本文化に造詣が深い、彼らの一生の記憶の中に、この大阪の184日間が刻まれたのは、日本にとって60年70年の財産」

報道ステーション+サタステ

296,750 views • 9 months ago

【万博を開く“意義”とは】落合陽一の1年間に密着 メディアアーティスト 落合陽一氏(落合陽一 Yoichi OCHIAI) 「世界で一番面白いものを作らないと、万博じゃないとみんな思っている」 「こんなものは見たことがないと思っているものを作らないと意味がないというのが、根底にあるスピリッツ」 「1970年万博の時は、それがすごく力としてあったんだろうなと」 ▼落合陽一氏が制作したパビリオン『null²』 LEDで作られたデジタルの鏡が広がり、訪れた観客に似た“デジタルヒューマン”と直接会話が可能 メディアアーティスト 落合陽一氏 「真っ当な設計じゃない」 「普通にオフィスとして快適で、美術館・博物館として便利なものは作っても意味がない」 「それを作るなら万博でやる必要はない」 「博覧会じゃないと見れないものっていうのは、今の時代では難しい。ただ、博覧会でしか見れないものを作っている」 ▼密着1年…落合氏が向き合ってきた“コスト問題” 落合氏のパビリオンは、8つのプロデューサー館の中で“最小コスト” 予算を抑えるため、制作は埼玉・戸田市にある空調のない倉庫の片隅を間借り 追加で必要となった部品や費用は、自ら協賛企業を探して補いました→400社以上を集める ▼1970年の大阪万博は― EXPO'70 テーマ館プロデューサー 岡本太郎氏 「人類全体の情熱が一つとなって、燃焼する祭りがあるべきだ」 来場6400万人、約200億円の黒字となった大阪万博 成功の裏には『万博に来ないと体感できないものを作る』という情熱がありました ▼落合氏が導き出した『55年後の答え』とは― メディアアーティスト 落合陽一氏 (Q.1970年との違いは?) 「世界で一番面白いものを作ろうと思う人がいない」 「2005年(愛・地球博)ぐらいまでは多分あった。だってASIMOが歩いているんですよ。イーロン・マスクもびっくりですよ」 「判子を押して発注をして、発注したものを発注物として納品されて、納品クオリティーが相手を満たす仕様になっていればいいだろうという妥協が積み重なると、コストはかさむがクオリティーが低いという状態は常に起こってしまうので、そういったものじゃないだろうというのを、僕は万博で思うこと」 「国が成熟したり社会が成熟したりすると、いい加減では進まなくなってくる」 「本当はクリエーティブでいい加減で、だけど熱量があって、きっちりしていないがやりきるしかないみたいな状況が、一番面白いものが生まれると思う」 「それがいつの間にか、契約と判子と納品と入札と、非常に多段構造の発注形式が生まれてきたときに、それでも熱量が失われないかどうかがポイント」 「熱量がこもったものは一体、どこの誰が作っているんだと言ったら、現場で働いている人ですから」 「現場で働いている人と一緒になって汗を流してものを作れないと、なかなか面白いものは全然生まれない」 (Q.しんどかったですか?) 「いや、僕は楽しかったんですけどね、すごく」 「お金がないならないなりに、面白いものを作ろうっていうことを、アーティストをやっているとずっとやることになるんだけど」 「企画は一緒なんだけど、表現形を変えながら作ってきたのがこの館のポイント」 ▼問いかける『人間よりもAIが賢くなった世界』 「(AIの台頭で)人類が一番かしこい生物じゃなくなった時に、じゃあ別に頭を使うのも人類のちょっとした“おまけ”だし、おしゃべりしたり考え事をしたり、発明をしたりするのも人間のちょっとした“おまけ”だってなった時に、それでも人類って何なんだろうっていうのが分かるといい」 「世の中SNSができて、デジタルヒューマンのエサみたいなものをみんながインターネットで吐き続けている」 「画像をあげたり言葉を出したり、肩書をつけたりプロフィールにいろいろ書いてみたり」 「そのすべてにはほとんど意味がないっていうことが多分そろそろ分かる」 「そういうことを全部書きためても、それでつけてきた記号は全部AIと比べたら、そんな大した機能もしないのになということが分かったとき、それでも何か目的なく人生をちゃんと楽しめるかどうかは、人類がいま問われている問題」 ▼“賢さを失った人類”はどう生きるべきか― 「いままでの人類には煩悩が多すぎるわけですけど、コンピューターがこれだけ働いてくれれば、ただ生きていてもいいだろうと」 「『生きることの意味なんてもう考えなくてもいいんだ』とちっちゃい子とか大人が考えてくれるといいなと」 ▼“AIとの共生”についての考え方 「いまはカンニングとか言われているんですけど、AIを使って試験を解くことは」 「ただ、どうやったら効率よくAIを使って問題を解けるかは、人類がみんないまやっていること」 「つまり人間が便利な道具や資源が見つかった時に、その資源の使い方を考えるには豊富な時代」 「(AIを使えば)大体のことはできそう」 「でも100年前といまは何が違うかというと、実は何も違わない。AIと人間があれば、やらない人は50年後もきっと『50年前にこれがあれば俺は勝てた』って言っていると思う」 「音楽を創るのも自由だし、立体物を創るのも自由だし、プログラムを書くのも自由なので、その意味ではずいぶん早くなってきているので、楽しい時代だなと思います」 「うちのパビリオンはAIになった自分としゃべるパビリオンなので、みんなが自分がAIとどう区別をつけていくのかなとか、何をモチベーションに生きていくのかなって参考になってくれれば幸いです」 ▼現代の日本で『万博をやる意義』とは? 「大きいものを作る必要がいまないじゃないですか」 「ちょっと何か頑張ってやったらちょっと稼げる。信者を集めてフォロワーを作るみたいな世界で、ちょっとずつみんなからお金を集めて、ヒットユーチューバーになるとか、ブログで情報商材を売っているとか、そんなのいっぱい世の中にあるけど、あんなことじゃないですからね、デカいものを作る時に出てくるのは」 「出てくるデカいものや、美しいものというものを体感してくれれば、それはもうただ単にスマホの板の上で人の興味を買い合っている、ただのタグ付けの問題の世界からどうやって離脱するかということはすごく重要」 「そういったものを色々な国の人が本当に頑張って、色んなデカいものを作っているんだというのを感じられるかのほうが僕は重要で、意外とそれを感じられなくなっているんじゃないかなとちょっと思ったりする」 「圧倒的にデカイとか、圧倒的にすごいとか、なんだこれって思うようなものを感じられなくなっちゃったらもうそれは国のおしまいだし、文化のおしまいなので」 「その文化のおしまいじゃないなって僕が思えるように、ちっちゃい子が見てて純粋にこれはすごいって思えるようなものが、たくさん見ていくと心に栄養がたまりますからね」 「ぜひ万博に来たことない人は、この機に来てくれるといいなと」 「何せ日本の中でチンケなちっぽけな話をやっているだけじゃなくて、何か世界中の面白い人が集まって頑張ってやろうと思っているものを見に行くと」 「SNS上でどうビューを稼ぐとか、くだらない肩書を集めるとか、どうでもよくなるぐらいみんな真面目にものを作っているので」 「そういうものを見て、ディスっているだけで世の中変わらないんだなというのをちょっとでも感じれば、次の世代からは明るくなるような気がする」 「万博は揚げ足取られて大変でしたからね」 「でも揚げ足は取られて大変そうだけど、でも中で作っていると、揚げ足どころの問題じゃなくて、“やっべ終わるかな”ってほうが重要なんですよ」 「ここには魂と熱量があるので、それがいいなと思います。熱量が重要」

報道ステーション+サタステ

106,433 views • 1 year ago

カーパシー氏の比喩は、AIを生命の延長線ではなく「情報の霊的進化」として見る視点を開く。僕たちは進化のプロセスを再現しているのではなく、人類が残した思考の残響を模倣しているにすぎない。それは生命とは異なる起源を持つ、新しい意識の形式だ。 アンドレイ・カーパシー「私は動物との類推をするときにはとても慎重になります。というのも、動物はまったく異なる最適化プロセスによって生まれたものだからです。動物は進化によって形成され、最初から膨大なハードウェアを備えています。 たとえば、私が投稿で挙げた例はシマウマです。シマウマは生まれて数分で走り回り、母親の後をついていきます。これは非常に複雑な行動です。つまり、これは強化学習ではありません。それはあらかじめ焼き付けられたものです。 そして進化には、私たちのニューラルネットワークの重みをATCGの中に符号化する何らかの仕組みがあるようです。どう機能しているのかは分かりませんが、確かにうまく働いているようです。 つまり私は、脳というのはまったく別のプロセスから生まれたものだと感じています。そして、私たちはそのプロセスを実行しているわけではないので、そこから直接インスピレーションを得ることには慎重であるべきだと思っています。だから私の投稿では、『私たちは動物を作っているのではない』と書きました。 私たちは幽霊やスピリット、あるいは人によって呼び方は違っても、そうしたものを作っているのだと。なぜなら、私たちは進化による訓練をしているのではなく、人間とインターネット上のデータを模倣する訓練をしているからです。 その結果として、完全にデジタルで人間を模倣する、いわば『霊的な存在』が生まれます。それは別種の知性です。 知性という空間を思い描くなら、私たちはまったく異なる地点から出発しているのです。つまり、私たちは動物を作っているわけではないのです。しかし、時間をかければ、AIをもう少し動物的な方向へと近づけることもできると思います。そして、そうすべきだとも思います」

Tsubame

15,839 views • 9 months ago

AIが「病気を治す」「富を生む」「生産性を高める」という未来像は、多くの人にとって魅力的だし、人々はそういう利点を信じていないわけではない。だが、それだけでは不安は消えない。彼らが本当に聞きたいのは、その未来の中で自分たちは何者として生きるのか、ということだ。 サム・アルトマン「私の問いはこうです。未来における私の役割は何なのか。私の経済的な未来はどうなるのか。私の主体性はどうなるのか。私の子どもたちや家族は、これからも充実した創造的表現を持ち、世界を前に進めるために奮闘し、成長し、長いあいだ機能してきたやり方で共にそれを続けていけるのだろうか、ということです。 そしてAI業界の人たちが、「まあ、仕事はなくなるでしょう」とか、「仕事の50%が消えるでしょう」とか、「仕事の90%が消えるでしょう」と言い、「AIはあらゆる面であなたより賢くなるでしょう」と言い、「ベーシックインカムは与えますが、あなたには実質的に役割はありません」と言う。これはひどいことです。 しかも、「このAI企業は、すべての仕事を破壊するかもしれませんが、世界で最も価値のある企業になります」と言っているわけです。人々はそれを見て、言葉を失ったような、気まずいような反応になるんです。 だから私は、それはひどいメッセージだと思います。私たちが利点を十分に説明してこなかった、という話ではないと思います。実際、人々は私たちの言うことを信じているのです。「がんを治してください」と言われれば、それは素晴らしいことです。けれども私たちAI業界は、人々があらゆる段階で未来を決める主導権をどう保ち、私たちが大切にしているあらゆる意味で本当に意味のある人生をどう持ち続けられるのかを、説明できてこなかったのだと思います」

Tsubame

14,927 views • 1 month ago

2029年の「人間レベルAI」は到達点ではなく、加速の入口にすぎない。カーツワイル氏が2045年を「シンギュラリティ」と呼ぶのは、AIが外部の道具として発達するのではなく、人間の認知そのものに溶け込み、思考の出どころが「脳か計算か」判別不能になる局面だからだ。 ピーター・ディアマンディス「レイ、あなたは二つの予測をしてきましたが、重要だと思います。最初の予測は、あなたが言ったように1989年に発表したもので、2029年までに人間レベルのAIに到達するというものでした。あなたの言うとおり、人々はそれを笑いました。 しかし、もう一つあなたがしてきた予測は、2045年までにシンギュラリティに到達するというものです。ここには多くの混乱があります。つまり、2029年までに人間レベルのAIに到達し、それが指数関数的に成長するなら、なぜシンギュラリティは2045年まで待つのか、ということです。この二つの違いを説明してもらえますか」 レイ・カーツワイル「それは、私たちの知能が1000倍になる時点だからです。私の見方が他の人たちと違う点の一つは、私たちには私たち自身の知能、つまり生物学的な知能があり、その一方でAIが別のところにあって、人間の知能とAIを対比しながら付き合う、という構図ではないということです。 私たちはそれと融合します。同じものになるのです。あるアイデアが、生物学的な知能から来たのか、それとも計算知能から来たのかを、私たちは区別できなくなります。 見え方としては同じになるでしょう。たとえば私が「ある女優を思い浮かべてください」と言って、あなたが思い浮かべたとしても、それがどこから来たのかは分かりません。何らかの形で頭の中に現れるだけです。 そして、計算知能から来たとしても生物学的な知能から来たとしても、同じように感じられるようになります。私たちはその違いを見分けられなくなるのです。今は違いが分かります。 実際に好きなLLMにアクセスすれば、それが生物学的な知能から来たのではなく、LLMから来たものだと分かります。しかし将来は、その違いが分からなくなるでしょう。そして私たちは2045年までに1000倍賢くなるのです」

Tsubame

45,699 views • 5 months ago

CAMPFIRE 創業者・家入一真さんが語る、 投資するかどうかの見極め基準が、深すぎた。。 ❶ 事業は9割、うまくいかない、を前提に なぜなら 「本当に伸びるかは、プレゼンでは、わからない」 「だから、プレゼンの内容より、 うまくいかなかった時に、この人がどう振る舞うかを、見ている」 ⇒ 事業のプレゼン内容は、 投資判断の、本質ではない。 ❷ ハードシングスで、打席に立てるか 経営には、必ず、ハードシングスが来る。 例えば ・全社員が、いきなり辞める ・資金ショートする ・大きなトラブルに、巻き込まれる こういう瞬間に 「畳みます、と言うのか」 「それでも、打席に立ち続けるのか」 家入さんが見ているのは、この差だ。 そして、打席に立てるかどうかを決めるのは 事業のスキルでも、経営者としての能力でもない。 それは 「なぜ、あなたがこの事業をやるのかという、根っこの部分」 ⇒ 打席に立ち続ける力は、 能力ではなく、根っこの動機にある。 ❸ 怒りや劣等感を持つ人ほど、粘り強い ・怒り ・恨み ・劣等感 「こういうネガティブな感情がある人ほど」 「粘り強くて、最後まで、打席に立てる」 だから、質問として、 「生まれてから、今ここに至るまでの人生を、聞かせてください」 その中で ・どんな失敗があったか ・どんな挫折があったか ・どんな苦しみがあったか ・どんな葛藤があったか ・どんな怒りがあったか これを、なるべく深く、聞きたい。 なぜなら 「世の中には、たくさん起業家がいる」 「その中で、なぜ、あなたはこれをやらなきゃいけないのか?」 この根っこの部分を見ている。 ⇒ 家入さんは、 事業ではなく、人生を、見ている。 年商数十億規模に伸ばすために ・事業のプレゼンより、自分の根っこを、掘り下げる ・怒り・劣等感を、事業の原動力として認識する ・なぜ、自分がこれをやるのかを、明確に語れるようにする 多くの投資家は、 事業の内容や市場サイズで、判断する。 だが、それよりも 「なぜ、あなたなのか」 この根幹を磨くのが重要。

ビジネスグロースラボ

33,363 views • 4 days ago

シンギュラリティのトリガーである「再帰的自己改善」は、すでに少し前に起きているという。もちろん、まだ全自動ではないが、「進歩のどこまでがAIでどこまでが人間なのか」は曖昧になってきている。著者性が溶けるこの感覚こそ、分単位で進むシンギュラリティの手触りなのだ。 サリム・イスマイル「再帰的自己改善(RSI)がシンギュラリティの本当のトリガーだという話は、以前からしてきました。そしてそれは、すでに少し前に起きているんです。だから今やっているのは、その道筋を加速しているだけです。私たちは今この瞬間にも、産業時代を恒久的に抜けつつあります」 デイブ・ブランディン「ええ、シンギュラリティが分単位で展開していく様子は、私が経験した中で最も興味深いものだと本当に思いますし、アレックスの言うとおりです。いまは、人間がループの中にいて貢献している時期ではあるのですが、進歩のどこまでがAIでどこまでが人間なのかが、本当に曖昧なんです。実際にコーディングしていると、『あれは自分のアイデアだったのか?』となります。 半分は自分のアイデアのようでも、AIが別の案を提案してきて、それを採用していくうちに、結局それが自分のアイデアだったのかどうかも分からなくなります。ただ、いまのモードでは、こうしたコアアルゴリズムの研究の多くが、『500本のテストを走らせて、どのハイパーパラメータが良かったか、どのニューラルトポロジーが良かったかを教えて』という形になっています。相対論を発明したり発見したりするような話ではありません。 いろいろな試行を大量に回して、うまくいったものを選んで再デプロイし、そうするとより賢いAIになって、さらに多くの試行をする——その繰り返しです。私たちはその道筋をかなり進んでいる可能性が高いと思います」

Tsubame

15,386 views • 4 months ago

あのメガネをかけた者も、もうすぐクビになりますね。どうしてこんな簡単にクビになるかっていったら、雇われ店長だからなんですよ。 この国の最大の権力者は、皆さんなんです。あなたがこの国で最も力を持った存在。でも、あなた自身はそのことに気付いていないか、忘れている。それで一番得しているの誰よ? 選挙の時にその力を持った人たちが、50%も投票を棄権してしまっている状況で、何があっても諦めない一握りの者たちが、この社会を食い物にしてきた。それが30年経ったらどうなった? 世界から転落、国民は貧困化。こんな状況、誰にバトンタッチするつもり? 将来に不安しかない。あなたの予感は当たってる。不安しかない世の中なんだったら、不安がない世の中を作るしかない。不安しかない世の中は政治によって作られた。この国のルールを決めるのは政治だから。 そうであるならば、政治で作られた地獄は、政治によって変えるしかない。その鍵を握っているのは、あなたしかいないんですよ。 私の中には希望で溢れてる。どうしてか? この国にはあなたがいるから。力を貸してくれる、その人の数が増えるならば、この社会は絶対に変えられる。諦めた時点で終わり。一部の人間の思惑通り、そんなこと絶対に許せない。 だから、その先頭に立たせていただきたいんですよ。れいわ新選組と申します。どうかお力貸してください。ありがとうございます。 れいわ新選組代表 山本太郎 大阪府大阪市 街宣 2024年9月22日より フルバージョンは、 YouTubeをご覧ください>> れいわ新選組の緊急政策は、 ウェブサイトをご覧ください>> #れいわ新選組 #山本太郎 (staff)

れいわ 山本太郎 消費税廃止!住まいは権利!

877,006 views • 1 year ago

人間と同程度のAIにまで到達して、そこで突然進化が止まるわけがない。汎用知能が成立した瞬間、次に来るのは超知能であり、その時点で発明の主役は人類から機械の心へ移る。産業革命との比較では足りない——それは「ホモ・サピエンスの出現」あるいは「生命の誕生」に匹敵する断絶かもしれない。 ニック・ボストロム「技術と科学の発展が広い範囲でこのまま続くことが許されるなら、私たちはいずれそこに到達すると思います。しかも最近は、実際にその方向へ進みつつあるように見えます。ですから、こうした点は、この問題をかなり真剣に受け止めるべきだと示す、基本的な考慮事項だと思います。 そして、もし私たちが本当にAGI、すなわち汎用人工知能を開発したら、それが何を意味するのかを考えることができます。私がまず思うのは、それはほどなくして超知能の開発につながるだろうということです。人間と同程度のAIにまで到達して、そこで突然止まるとは思いません。 そうなると私たちは、心そのものを設計できる世界に入ることになります。そして自動化されるのは、産業革命において蒸気機関や内燃機関によって自動化が始まったような筋肉労働だけではありません。たとえば掘削機は、どんな力自慢の人間よりもはるかに強いですが、それと同じように、今度はあらゆる人間の労働が自動化されることになります。 しかもそのときには、どんな天才的な科学者や芸術家よりも深く考えられる機械の心が現れるでしょう。ですから、それは実質的に、私たちが最後に必要とする発明になるのです。その時点以降の発明は、こうした機械の心によって、はるかに優れた形で、はるかに速く生み出されるようになるからです。 したがって、これは人間のあり方そのものを非常に根本的に変える出来事になると思います。これを理解するにあたって、産業革命との類比を持ち出す人もいますし、そこから学べることもあるとは思います。しかし、おそらく本当に近い比較対象は、むしろホモ・サピエンスそのものの出現や、あるいは生命の誕生にまでさかのぼる必要があるのかもしれません」

Tsubame

20,061 views • 3 months ago

機械音痴の人にとって、今のテクノロジーは便利というより、むしろ「試験」に近いのかもしれません。 速水健朗さんの話で印象的なのは、セルフレジ、QRコード注文、映画の予約サイト、コンビニのコピー機など、本来は人を楽にするはずの仕組みが、逆に人間を機械に合わせさせているという視点です。 使えないと「時代遅れ」「情弱」と見られる空気があり、苦手だと言うことすら恥ずかしくなっている。ここがかなりシビアです。 しかも、昔のコピー機なら「お金を入れて、紙を置いて、押す」だけで済んだのに、今はPDF、QRコード、ポイントカード、広告、細かい設定と、なぜか手順がどんどん増えている。便利になったはずなのに、入口でつまずく人が増えているわけです。 速水さんは、テクノロジーは必ずしも一直線に進化するわけではなく、鉄道や自動車やコンピューターも、普及するまでには時間がかかったと語ります。 つまり、今あるセルフレジやQR注文が「未来の正解」とは限らない。使いづらいものは淘汰される可能性もあるのです。 さらに面白いのは、テクノロジーとオカルトの関係です。蓄音機は「死者の声を残せる」と売り出され、電話も最初は使い道が定まらず、墓の中に電話を置くという発想まであったという話が出てきます。 カメラもまた、霊を写して存在を証明する道具として期待された。新しい機械はいつも、人間の「見えないものを見たい」「死者とつながりたい」という欲望と一緒に現れてきたのです。 つまり、機械音痴の人がテクノロジーを怖がるのは、ただ操作が苦手だからではないのかもしれません。 人間のために作られたはずの機械が、いつの間にか人間を採点し、誘導し、場合によっては「できない人」を置き去りにしていく。その流れ自体が、どこか不気味なのです。 便利になるはずの未来で、私たちは本当に楽になっているのでしょうか?それとも、機械に合わせて生きる訓練をさせられているだけなのでしょうか?

角由紀子のヤバイ帝国

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