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#帰ってきたウルトラマンの思い出選手権 悪夢のような衝撃の前編で 地獄のどん底に突き落とされた視聴者が 後編で夢のような天国を味わわせてくれた 第38話「ウルトラの星光る時」 子どもながらに歓喜の涙で観たものです。

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30年の不況ですよ、先進国で日本だけが。 今や国民の6.5人に1人が貧困。高齢者の5人に1人も貧困で、ひとり親世帯の2つに1つが貧困で、将来に希望なんて持てなくて、そんな状況をここまで拡大した政治家たちが、どうしてそんな好き放題やってるんですか。 その原因は誰にあるんですか。 私にあるんですよ。 私という名の、有権者にあるんですよ。 どんな問題があったとしても、政治に口出しをせずに、興味も持たずに、自分の人生だけなんとか生きてきたっていう者たち。 私も、その1人なんですよ。私こそが、日本で最強の無関心の人間だったんです。 その状況を放置し続けて、現状に気づいた時に 、この国の先は本当に終わってんな。 でも、終わらせられないじゃないですか。 この国から脱出して、海外であっても子や孫の代まで食べていけるだけの、大きな資産がある人だったら、何とでもなりますよ。 私はそうではない。あなたはどうですか。 どんなことがあったとしても、この国で生きていくしかないんですよ。 だとするならば、10代20代30代が、死ぬ原因の1位が、自死。自分で命を断つ国。 子どもから大人までが、死にたくなるような、この世が地獄っていう、この国を変えるしかないじゃないですか。一緒に変えて欲しいんですよ。その先頭に立たせていただきたいんですよ。 クソみたいな政治で、世の中がここまで壊れちゃった。でも、この政治というシステムを使って、逆の方向の社会。人間が大切にされる社会ってものを作るしかないんです。 諦めたくないんですね。どうしてか。地獄で生きてたくないから。 少しでも1ミリでも、あなたの中にそう思ってくださるという部分があるならば、どうか注目していただきたいのが、れいわ新選組。 あなたと力を合わせて、社会を変えていきたいと思ってます。その先頭に立たせていただきたいと、思ってます。 れいわ新選組代表 山本太郎 告知なし街宣 2024年6月15日より ライブ配信のフルバージョンは、 YouTubeをご覧ください>> れいわ新選組の緊急政策は>> #れいわ新選組 #山本太郎 (staff)

山本太郎

5,530,928 просмотров • 2 лет назад

カレーの話もありました。私ね、被災地行ってカレー食べて、怒られたんです。これね、ネットの中で色々どんな風に、みんな捉えてるのかなと思って、一瞬見たんですけど、 どうやら、「ただでさえ食料がない中で、カレーを作るってことで、長蛇の列ができた」と。「その長蛇の列ができた、カレーの列の途中で、山本太郎が割り込みをして、山本太郎がカレーを手にした途端に、もうそこで炊き出しが終わってしまい、その後ろに並んでいた被災者の方々が、膝から崩れ落ちた」みたいなことが、なんか書かれてるんですよ。 違う違うって。どんだけドラマチックな話になってんねん、みたいな。 私が行った時に、ボランティアの方々が炊き出しをして、被災者の方々にカレーを食べて いただきました。それを持って帰ってきました、余りを。それをボランティアのみんなで食べて、最後に、どうする? もう捨てる? 食べる人おらん? っていうところに、私が現れて、「山本さん、食べーや」って。「食べへんかったら捨てるよ」って言われたやつを、いただいたんです。 それがネットでは回り回って、「カレー泥棒」みたいな話になるんですね。 すごいよな、って思います。ネットの世界には色んな、もうグリムとかアンデルセン級の人たちがいるな、っていうね。色んなお話を作られるんだなっていう風に、思いますけれども。 とにかく、1年経ってもまだ上下水道が通ってないようなところもあるのが、今の能登半島ですね。これって何かっていうと、明日の自分たちの姿なんですよね。 大きな地震が必ず来るって言われてる国で、1年かかっても、ちゃんとした復興ができない地域まであるっていう国を、本気出させなきゃいけない。そのためにも、みんなで力を合わせていく必要があるし、 それに加えて、30年の経済災害で、これだけの国民がしんどい思いをしている時に、その状況を、全然理解しようとしない政治。これ、倒していくしかないんですね。 その先頭に立ちたいんです。 だから、こんなイヤな社会をとっとと変えようぜ、ということを言っているのが、れいわ新選組でございます。 どうか今後ともご注目をいただく。 それどころか、一緒にひっくり返すということで力を合わせていけたら、という風に思います。 れいわ新選組代表 山本太郎 愛知県名古屋市 おしゃべり会 2025年2月8日より フルバージョンは、 YouTubeをご覧ください>> -- 【れいわ新選組 ウェブサイト】 >> 【ご寄附のお願い】 大企業や労働組合、宗教団体などの後ろ盾がない、草の根政党「れいわ新選組」をご寄附でお支えください。 >> #れいわ新選組 #山本太郎 (staff)

山本太郎

22,881,340 просмотров • 1 год назад

普通に考えて、どんだけこわい話か、ってことですよ。 毎日、普通に生きてきた。もちろん、むちゃくちゃしんどいですよ。だってね、パートしながら、介護もやってっていう。 もうそれだけでも、もうお腹いっぱいで。もう毎日疲れ切って、っていうような生活の毎日の中で、政治のことまで考えて、れいわでボランティアやってくださってた方で。で、自分が出るってことを決めるって、かなりヘビーですよ。 自分の人生、横に置いて、やっぱり取り組むという覚悟ができるって、なかなかないんですよね。 で、これが「自民党から出ませんか」とかね、「野党第一党から出ませんか」だったら、まだちょっと緩いと思うんです、かなりね、話は。 でも、れいわ新選組で出るって、逆風しかないからですよね。逆風しかない中から、れいわを選んで、れいわで出るってことを、ど素人が決めたんですよ。ど素人が。 でも私も、ど素人でしたよ。で、高井さんも最初は、ど素人でしたよ。最初からプロなんておらん、っつうことですね。 で、何よりも政治っていうのは、プロと呼ばれる人間たちですよね、プロと呼ばれる人間たちに、30年騙され続けて、この国が壊れてむちゃくちゃにされたのに、まだプロを望むか、って。そんなプロなんていないんだよ、って。 もう既に、次に立ち上がるべき人たちは、この国で本当に大変な思いをしている方々だったり、それぞれの当事者っていうものが集結していきながら、自分が経験した説得力のある話で、こうしていきたいんだっていう、現場を知っている感覚の人たちが、自分の人生を賭けて やるんだっていう、そういう人たちが集まっていくっていうものにしか、私は希望は見いだせないんですね。 なので今、桜井さんがマイクを握られて、非常に初々しいといいますか、そういう感じを受けたんですけれども、 でも、覚悟がないと立てる舞台ではない、ってことです。だから凄いなと思うんですよ。 私、最初に立候補する前の晩、一人で泣きましたよ、こわすぎて。これから何が起こるんだろうと思ったらこわすぎて、一人で泣きましたよ、本当に。そう思うと、彼女・・ありがとう。 ごめんなさいね、れいわのためにありがとうって話じゃないんですよ。れいわの埼玉のために立ってくれてありがとう、なんて話じゃないんですよ。 だって最悪は、穴開いたっていいんですよ。埼玉から人が出ませんでした、ってことでもいいんですよ。 でも彼女は覚悟を決めて、その立つってことを諦めずに、今日も会見やって、この場にみんなの前でご挨拶する、ってことを決めてくれたっていうのが、すげぇなと思って。 16歳の時から芸能界に入ってて、大概の修羅場はくぐってきたんですよ。色んなこわい場面にも遭遇したし。 でもやっぱり、政治の場に行くって考えた時に、自分の中でちょっと、大丈夫かなって、立候補する前の晩に、ちょっと震えたんですよ。で、泣いたんですよ。 だから同じような思い、彼女も持ってるはずなのに、すげぇなと思います。だからある意味で、私よりも肝の据わった人かもしれない、そう思います。 だから一緒に育ててほしいんですよ。 一緒に育ててください。 戦い抜かしてくださいよ。 れいわ新選組代表 山本太郎 (埼玉県所沢市 おしゃべり会 2025年5月23日より) フルバージョンは、 YouTubeをご覧ください>> – 【れいわ新選組 ウェブサイト】 >> 【ご寄附のお願い】 大企業や労働組合、宗教団体などの後ろ盾がない、草の根政党「れいわ新選組」をご寄附でお支えください。 >> #れいわ新選組 #山本太郎 (staff)

山本太郎

666,763 просмотров • 1 год назад

ある編み手さんがこんな話をしてくれました。「私が子どものころは、このあたりでは、家で1匹か2匹、羊を飼っていたんです。春先になると毛刈り職人がハサミをもって集落の家をまわり、羊の毛を刈ってくれます。その羊毛を紡いだ糸を、あとで持ってきてくれるんです。毎年、その糸でなにをつくるか家族で相談するのが楽しみでした。今年は子どもたちのセーターを編もうか、お父さんのコートをつくろうかってね」 調べてみると、岩手から宮城県北部にかけての地域は、かつて政府により牧羊が奨励されていた歴史があるようです。戦争が起きたときに北方に向かう兵士さんの防寒着をつくれるように、ウールを国内でつくることを目指したのだそうです。 戦争が終わってからも、農家さんたちを中心に羊を飼う文化は続いていったようです。 そうそう、また別の編み手は、こんな話をしてくれました。「むかしは、どこかの家に赤ちゃんが生まれると、お祝いに、桐箱に入れた毛糸を贈ったんですよ。ピンクや水色の、淡い色のやわらかい毛糸。その毛糸で、赤ちゃんのために好きな洋服を編んでねと、そういう気持ちで贈ったんだね」 北方に行く兵隊さんのために羊を飼うことになったこの地域の人たちは、平和な時代になってからも、羊を飼い、その毛糸で、たいせつな家族のための服を編むようになっていったのですね。

気仙沼ニッティング

234,811 просмотров • 10 месяцев назад