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【悲報】あっすん、17歳で背中一面に刺青を入れた時の「親の反応」が平和すぎて草ww 学歴が関係ない世界で生きるために 「覚悟を決めて刺青を入れた」と語るあっすん。 悲しむ親から言われた衝撃の一言がこちら。 親「銭湯行けないじゃん一緒に」 ↓ 藤森「そこ!?」 親の心配ポイントが平和すぎるww #ビューティースタジアム #整形 #美容 #湘南美容外科 #sbc #あっすん ビューティースタジアム あっすんすん

1,649,998 просмотров • 1 месяц назад •via X (Twitter)

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「グエー死んだンゴ」ってさ、ネットだと軽いノリの断末魔ギャグみたいに見えるんだけど、現実でそれが最後の言葉になった瞬間、笑いってやつが急に重たくなるのよね。笑っていいのか、泣いていいのか、手が止まる。で、止まったところに気づく。「この言葉、ふざけてるんじゃなくて、ふざけるしかなかったんだ」って。 映像の中のお父さんが言う「なんでうちの子が」 これね、親の口から出る言葉として一番まっとうで、一番残酷。答えが出ないから。病気は抽選会じゃないのに、当たった側だけが人生ごと持っていかれる。 しかも類上皮肉腫みたいな希少がんって、名前すら知られてない、、、だから余計に「うちの子が」になるんじゃないかな? で、この話の刺さるところは、息子さんが亡くなったあとに物語が動き出すところです。 予約投稿って、便利な機能だと思う。 だけどあれが今回は時間差の手紙になった。本人はもういないのに、言葉だけが世界に届く。 まるで、遅れて届いた花束に、棘が混じってるみたいなもんだ。 嬉しい。 ありがたい。 でも痛い。 痛いけど、花なのよね。 しかも、普段SNSを見ないお父さんが、葬儀が終わってから息子の人生の続きをスマホで知るわけだよ。 これ、「生きてる時に言えなかったことが、死んだあとに通知で届く」っていう奇跡でもある。 親子って近いようで、いちばん遠い時がある。 照れくさくて、忙しくて、まあそのうちでいいかって先送りして、気づいたら電池切れ、、、 お父さんが「ありがとうって言えなかった」って話、あれは胸に来る。時計の電池より先に、言葉の電池が切れちゃったんだよね、、、 でもさ、希望もあるんだよ。 この件がすごくバズったって事実には、アルゴリズムが悲しみを燃料にして回してる感じは確かにある。 命の尊さでバズらせるな!って声もあるけど、あの投稿が、希少がんの存在を人に知らせたり、寄付が集まったり、「一人じゃなかった」を可視化したのも事実じゃない? つまりSNSってのは、包丁なんだよ。 料理にもなるし、怪我もする。使う側の手つきが問われる💡 息子さんが、病気に「デカすぎ」ってあだ名をつけて、検査のことまで面白い面白くないで語ってた。 これね、強がりってより礼儀なんだよ。 周りを暗くさせないための礼儀。 自分の恐怖を、自分で笑いに変換して、他人の心の負担を軽くする。 芸人みたいなことを、死にかけの若者が病室でやってた。そりゃ人を引き寄せるって言われるよ。笑いは才能だけど、笑いの裏にある痛みは、本人しか背負えない。 「グエー死んだンゴ」をただのネタにしちゃいけない。 あれは、令和に投下された遺言の形式なんだよ。ふざけた形でしか出せない本音がある。 そして、見てる側も、拡散する側も、たまには一拍おいて、リポストの指が動く前に、線香一本分くらいの間を心に置くのもいいんじゃないかしら? 笑っていい。 でも敬意を忘れない。 最後に、親も子も、言葉をケチるなと言いたい。 照れくさいありがとうってのは、もったいぶるほど高くつく。これ、言ったら減るんじゃない。言わないと、気がつくと残高ゼロになる。 息子さんが最後に残したのは、バズでも名言でもなくて、「人間ってやつは、弱い時ほど誰かを笑わせようとする」っていう、静かな証明だったんじゃないかな?

クレア

2,858,313 просмотров • 9 месяцев назад

社会を変えられるかどうかって考えた時に、変えられるに決まってるんですよ。 「変えられるわけないだろう」って言う人がいるんですけれど、何を根拠に言ってるのかなって思うんです。変えられる仕組みがあるんですよ。それが、選挙なんですよ。 で、50%の人たちが、票を捨ててしまってるっていう時点で、これ、負け続けなんですよ。だからこんな、社会、壊れてるんですよ。 自民党に票を託している人たちは、全体の2割しかないんです。全有権者の2割程度。もちろんその全有権者の2割程度、これを野党側で一つの党が、何かしらこう、しっかりと抑えられるような状況にないっていうのは、ある意味で野党側の不甲斐なさでも、あるとは思うんですけれども。 何が言いたいかといったら、全有権者の2割程度の票をしっかりと確保できれば、国内、やりたい放題。国は好きなようにできる、っていうのが、自民党が全部、形にしてくれてるんです。 裏金作り放題。ネコババし放題。公文書も改ざんし放題に、みたいな、やりたい放題。 誰かのために、お世話になった方には、お中元お歳暮代わりぐらいに、もうお金をどんどん横流しして、みたいな。新しい事業を作って、みたいなことで、いろんな背中を押して行ってって。 そこまでやって、数十年の間に、国の中がどうなったかといったら、将来に不安しかない国になっちゃったんですよ。 10代20代30代、死ぬ原因の1位、自死、みたいな。毎年3万人を超える自死者がいて、今はずいぶん減ったんです、でも2万人いますよ。 戦争とか紛争、起こってないのに、自分の命を そうやって絶たなきゃいけないぐらい追い込まれるような社会が、今の日本で。地獄じゃないですか、こんなの。 で、日本の発展のために貢献してきた、高齢者の方々、今、どんな状態にあるかといったら、老老介護、みたいな。 じいさんがばあさんを見て、ばあさんがじいさんを見るみたいな。どんな地獄なんですか、それ。どっちも介護必要だろうっていう人たちが、支え合わなきゃいけない状態。 で、場所によっては、これはその息子が、娘が、息子の嫁が、いろんな形で、自分の人生を横に置いて、キャリアを捨ててでも、親の面倒を見なきゃいけないって、むちゃくちゃじゃないですか。 何のために行政あるの? 「家族のことは、家族のことでやるのが、当たり前だろう」って、何の話ですか? それ。だったら、公助ってどこにあるんですか? っていう話ですよ。 こういうことを考えただけでも、この国、もう完全に壊れてるし、むちゃくちゃなんですよ。そう考えたら、これ、作り直すしかないじゃないですか。 で、その作り直すっていうことに関して、誰ができるんですかといったら、確かにその最前線に立つのは、政治家なんですけど、その政治家を動かすのは、この国のオーナーでしかないんですよ。つまりは誰だ? といったら、皆さんだ、ってことですね。 これぐらい、可能性が高いプロジェクトって、無いですよ。この腐りきった世の中を変えるためには、政治の世界であぐらかいてるヤツらを、一掃しようぜって。 この、政治家を生かすも殺すも、私たちの力にかかってるんだっていう。 ヤツらの生殺与奪っていう、その権利を、私たちが握ってるんだぞ、ということを、もう一度、思い出すんですよ、みんなで。そんな難しい話じゃない。 「えっとぉ、あのぉ、親の代からも政治家で、2世議員みたいなものを廃止する、そんな方法はないですか? 法律で作ってもらえませんか?」って言われるんですけど、何を言ってるんですか? って。この国には、職業選択の自由があるんだから、そんなものを、ルールで何かしら禁止にするってこと自体が、回り回ってあなたの自由が奪われる可能性も生まれてくるよ、って。そういうことじゃない。 2世議員、3世議員で役立たずであるとか、いつまで経っても、とんでもない高齢議員が、悪い立ち振る舞いをしながら、我田引水し続けてる、っていうような人がいるんだったら、そういう人たちを落とすことができるのが、これ、人々の力じゃないの、って。 あなたがジャッジすることによって、みんながジャッジすることによって、その人を退場させることができる、っていう大きな権力を持ってるんだから、って話ですね。 れいわ新選組代表 山本太郎 山形県寒河江 おしゃべり会 2024年7月6日より フルバージョンは、 YouTubeをご覧ください>> れいわ新選組の緊急政策は、 ウェブサイトをご覧ください>> #れいわ新選組 #山本太郎 (staff)

山本太郎

331,460 просмотров • 2 лет назад

日本人が一番よく使う言葉……それが「すみません」。でも、この言葉の“本当の意味”を知っている方は意外と少ないかもしれません😃 海外では「日本人ってすぐ謝る=自信がない民族」なんて語られることもありますが、それは実情とはズレた見方になります。 「すみません」の語源は済む。 済むというのは、物事がおさまる、借りがなくなる、心が軽くなるという意味。その反対である「済まない=すみません」は、あなたから受けた優しさや気遣いに、まだ返しきれていない という“誠実な気持ち”を表す言葉なんです。 日本文化では、正しさよりも関係性の調和が重視されてきました。 迷惑をかけたくない、負担を背負わせたくない……その気持ちが、お願いするときも、感謝するときも、道を譲るときでさえ「すみません」を口から自然と出させるんです😃 そして背景にあるのが、古代から続く言霊の思想。 声に出した言葉には力が宿り、場の空気を左右すると考えられてきたため、強く出て関係を壊すより、少し自分を下げて場を整える……そんな繊細なバランス感覚が、今の日本語にまで続いています。 さらに昔の日本人は、自然にも神々にも“畏れ”を持って接してきました。 踏み込みすぎず、乱暴に扱わず、相手と場そのものに敬意を払う。 その精神が日常語として残ったのが「すみません」。 感謝と恐縮が、ひとつの言葉の中に共存している…… それが「すみません」という、世界的にも珍しいニュアンスをもつ言霊なんです😃 日本人がすみませんを口にするのは、決して弱いからではありません。 関係を大切にしてきた歴史と、思いやりの感性がぎゅっと詰まった言葉だから。 あなたが一番「すみません」を使う瞬間は、どんなときですか? 知らなかったという方は、ぜひ広めてあげてくださいね😃

トッポ

72,702 просмотров • 6 месяцев назад