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【戦争映画黄金期『終了後』】U・ボート 1981 お待ちかね『ザカザンザカザン』 まだまだ人相も服も綺麗な頃 潜水艦映画のメカの主役は魚雷になるものですが、この映画、特に劇場初演版の主役は『エンジン』です この『噴き出す青い炎』の扱いと、高速で動く機械と人間との近接感 本職にしか見えません

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相米慎二「『ションベン・ライダー』('82⇩)というバカな映画が残したことは、一つには、50年代以降映画がお客さんから最も遠いメディアとして世の中の片側に追いやられる中で忘れてきたこと、映画本来の暗闇と対面することの中から受け取る方法の一番大きなものとしてあったキャメラというものに対する、自分なりの新しい模索をそこから始めなければならかった、ということ」 「『セーラー服と機関銃』(81)という成功の形と全然縁もゆかりもない、むしろ成功を自分が捨てる事で、役者の魅力とかホンの魅力とか当然映画を面白くみせるための要素はたくさんあるわけですけども、映画本来の持っている最も身近にあるキャメラというものをもういっぺんつかみなおしてみたいというのが、あの映画をやる気になった一番の理由なんです。それは例えば、映画が人の周りから遠くなった理由を世の中の人は色々語ります。テレビがあり、あるいは娯楽の多様性とかもう様々な分野から、映画の客が減少していったことを語ることはできるはずですけれども、作り手としての、僕達がお客さんを映画から最も離した要素の一番大きいものは、それは多分キャメラだという風に僕は思ったんです。それはテレビというメディアで育った世代が、一つには映画を観る努カ――映画を観るには多分テレビを観るような安直さでは多分映画を観ることは出来ないということに、ある一本でも二本でも映画を観た人なら気付く筈なんです。その映画を本当に面白く観るためには、ある映画の本数と、映画が持っているリズムと、映画が発散する空気をつかむ方法を自分がつかまなければ、映画というものはただ流れてゆくだけのもので、本当につまらないものだと思うんです」 -『甦る相米慎二』木村建哉・中村秀之・藤井仁子編著、インスクリプト、2011、370-371p

nave

26,470 views • 21 days ago

発注者側も発注される側も、動画チェック本当に出来ていますか? みなさん5分ください。冒頭の5分だけこのポストについてる動画を見てください。世界が変わります。 それはプラットフォームを理解しているものが出来れば可能性は10倍20倍、いや100倍にもなる。 皆さんの会社でもYouTubeを始めとした各種SNSで動画を作る機会が増えたんじゃないでしょうか。 発注者側も発注される側も、動画チェックで何をみるべきなんでしょう。 面白いものを見るべき? ネガティブチェック、つまり誤字脱字を中心に見ていますか? それともプラットフォームの特性をいかした動画になっているのかをチェックしていますか? そもそも動画をプレビューしていますか? 動画はテキストでここを直してくださいでは本来目指すべき動画ブラッシュアップの1割くらいしか出来ません。 編集者と同じ素材を見て、どこを目指す動画なのか。 会社経営とまったく一緒でこの動画のビジョンにみんながアンカーを打って走っていくべきなのです。 その中には、面白い・ネガ・プラットフォーム特性すべてを包括した特別な空間が広がっているべきなのです。 映像はクリエイティブの総合格闘技なのです。 オンラインやテキストでは限界あり、クリエイティブのリングの中に立つものそしてセコンドに付く人間までしかわからない空気があるのです。 それは自分よがりなコンテンツを作ることとは全く別で、格闘技と一緒でリングの外には何千・何万もの視聴者が期待をしてみているんです。 動画というものを扱うにあたって思考を回し切れていますか皆さん。 ボクはまだまだ映像業界では雑魚ですが、一コマの重みを体現すべく今日も動画に向き合っています。 そして最後に、YouTubeってサイコー 押忍

WBD_関口ケント🔥逆襲のTVMAN🦆

19,366 views • 8 months ago

『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』は、原作を超えたのか。 結論から言う。 超えた部分もある。だが、原作にしかない怖さも失われた。 長文です。動画も作りました。 映画化としては、かなり成功している。 しかし、すべてが原作以上になったわけではない。 まず、映画が原作を超えたと感じた点を三つ挙げる。 一つ目は、音である。 漫画では、セイレーンの歌声も、波の音も、攻撃の衝撃も、読者が頭の中で想像する。 だが映画では、それらが具体的な音として押し寄せてくる。 特に、かわいらしい画面と、重く響く音の落差がすごい。 人魚をめぐる真相も、漫画ではコマと擬音によって距離を保てたが、 映画では音が付くことで、行為の暴力性が一気に現実へ近づく。 二つ目は、時間である。 漫画は自分の速度で読める。 怖い場面で止まることも、前のページへ戻ることもできる。 一方、映画は観客を決められた速度で物語の先へ運ぶ。 島へ着いた直後の楽しさ。 島民たちとの交流。 セイレーンの出現。 そして真相。 楽しい時間が少しずつ壊れていく流れを、観客は止められない。 この逃げられなさは、映画だからこそ成立した恐怖である。 三つ目は、登場人物の感情である。 ちいかわが怯える呼吸。 ハチワレが状況を理解しようとする声。 ラッコが危険を前にして見せる緊張。 うさぎの予測不能な動き。 漫画では小さな表情の変化として描かれていたものが、 声と動きによって立体的になっている。 特にヒトハとフタバは、真相を知ってから見返すと、 沈黙や視線の一つ一つが別の意味に見える。 これは映像化の大きな成功である。 では、原作の方が優れている部分は何か。 一番は、余白である。 漫画では、残酷な行為そのものをすべて説明しない。 コマとコマの間に、読者が想像する空間がある。 何が起きたのか。 どんな気持ちだったのか。 この先、二人はどうなるのか。 答えを与えすぎないからこそ、読後に不安が残る。 映画は音と動きで情報が増えた分、原作の曖昧さが少し減っている。 もう一つの弱点は、映画として観ると、 中盤の反復が長く感じられる可能性があることだ。 島での楽しい時間と、セイレーンによる被害を丁寧に積み上げる構成は、 原作ファンにはうれしい。 しかし、初めて触れる観客には、 物語の本当の焦点が見えるまで時間がかかるかもしれない。 そして最大の問題は、映像が豪華になることで、 残酷な物語まで娯楽として気持ちよく消費できてしまうことである。 アクションの迫力。 歌の魅力。 かわいい登場人物。 それらが強いほど、本作が描く罪や責任が薄く見える危険もある。 それでも私は、この映画化を高く評価する。 理由は、原作を分かりやすい子ども向け作品に変更せず、 ナガノ作品の不穏さを残したからである。 原作を超えたかどうかを、勝ち負けで決める必要はない。 漫画は、余白で怖がらせる。 映画は、音と時間で逃げ場を奪う。 同じ物語を、異なる方法で怖くした。 映画を観た人は、ぜひ原作も読んでほしい。 映画で具体化されたものと、漫画で最後まで曖昧なまま残されたもの。 その違いを比べたとき、 『人魚の島のひみつ』という物語の異常な完成度が、さらに見えてくるはずである。 あなたは、映画と原作、どちらが怖かったですか。 コメントで教えてください。

榊󠄀原清一 / 人財版 令和の虎 主宰

44,708 views • 1 month ago

【拡散希望】 実はこの作品を配給するか、正直悩みました。 明日から公開されるロシアのクィア・アーティストを追ったドキュメンタリー『クイーンダム/誕生』。 LGBTQ+が「存在してはいけないもの」とされ、 公に生きること自体が犯罪になりうるロシア。 この映画に映っているのは、その中で沈黙を強いられてきたジェナの人生です。 私たちはウクライナの映画を公開するために立ち上げた会社です。 ジェナの生き方は勇敢で、映画はもちろん素晴らしいのですが、ロシアによる侵攻が続く中で、 「ロシアの映画を公開すること」は誰かの痛みを踏みにじる行為にならないか。とても悩みました。 そんな時、主人公ジェナが、 「侵攻が始まった時、私は反対だった。同じ考えの人もたくさんいる。それでも“ロシア”という一つの意思として受け取られてしまう。そのことに、私は深く傷ついた。だけど、それでも自分というアートで世の中に表現していく」 と言った言葉に、抑圧されている国でも戦いながら生きるジェナの存在は、声をあげずらい人、自分らしく生きることができない人にとってこの映画が救いとなるんじゃないかなと思い、考え続けた末この映画を届けることを選びました。 これはロシアを語る映画ではありません。 抑圧の中でも、尊厳を失わずに生きようとするひとりの人間の記録です。 劇場のスクリーンで集中してみるからこそ良さが伝わる映画だと思っています。 『クイーンダム/誕生』今週より劇場公開です。 明日、明後日はジェナとプロデューサーのイゴールが登壇する舞台挨拶も予定してますのでぜひ!

Elles Films | 映画『バグダッド・メッシ 片足のサッカー少年』絶賛公開中!

283,851 views • 8 months ago

“人類にブレインチップが入る日”は、もう遠い未来の話ではないのかもしれない。 ケロッピー前田さんが語っていたのは、イーロン・マスクの会社「ニューラリンク」による、脳とコンピューターを直接つなぐブレインチップの話です。 もともとの発想は、かなり怖いものです。 AIが人間を追い越した時、 人類は“飼い猫”のような存在になるかもしれない。 それを避けるために、 人間の脳そのものをAIやコンピューターとつなげる。 つまり、人間が機械に支配される前に、 人間のほうが機械と合体してしまおう、という考えです。 現在は、首から下が動かない人など、ハンディキャップを持つ人の支援として使われています。 考えるだけでカーソルを動かしたり、コンピューターを操作したりする技術です。 ここまでは、医療の希望にも見えます。 でも、不気味なのはその先です。 話の中では、最終的には障害のある人だけではなく、一般の人にもブレインチップを入れる計画があると語られています。 しかも、目安として出てくるのが2030年前後。 つまり、スマホの次に来るのは、手に持つ端末ではなく、 脳に埋め込む端末かもしれないのです。 さらに怖いのは、手術をロボットで行うという点です。 ロボットが量産されれば、理論上は一気に多くの人へ広げることもできる。 脳に小さな穴を開け、 そこから電極を縫いつけるように接続し、 チップを埋め込む。 もはやSF映画ではありません。 人間の頭そのものが、次のデバイスになろうとしているのです。 そして次の段階として語られているのが、目が見えない人に映像を届ける技術。 もし脳へ直接映像データを送れるようになれば、目で見ていないのに、頭の中に映像が現れることになります。 便利です。 でも、同時に怖い。 脳に情報を送れるなら、 その情報は誰が選ぶのか。 考えただけで機械が動くなら、 その「考え」はどこまで読まれるのか。 スマホなら、電源を切れば終わりです。 でも、脳に入ったチップは、どこまでが自分で、どこからが機械なのか。 人類は進化しているのか。 それとも、自分の脳を差し出す準備をしているのか。 あなたはブレインチップを、未来の希望だと思いますか? それとも、人間が人間でなくなる入口だと思いますか?

角由紀子のヤバイ帝国

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