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Ana Sayfaya Dön

批判する人は今しか見てない。 投資とは未来に対して行うもの。

240,923 görüntüleme • 10 ay önce •via X (Twitter)

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高市政権ブレーンの会田卓司氏が、「リフレ政策をやめるべき」などのベッセント氏の発言について、高市政権の経済政策を批判したい、冷静でない人々が、高市政権の政策自体の否定と誤解していると発言。ではベッセント氏の発言はなんだったのだろうか。 ---文字起こし--- 2026/9/4 ニュースの争点 M「今回アメリカから公然と金融政策への注文がついたと、特に日本のメディアは解釈しているわけですけれども。これってまさに批判されるべきは高市政権の財政政策でなくてベッセントの発言そのものだとも思うんですけれども。この辺りですね、どのように解釈すればよいでしょうか?」 会「はい。これは冷静に見なければいけないということだと思います。見たいものを見てしまっている。高市政権の経済政策を批判したい、そして高市政権の経済政策は金融緩和を求めるものだ、アベノミクスのようにリフレ的なものなのだという誤解があり、そうなるとベッセントさんの発言がさも、高市政権の政策そのもの自体を否定してるように見えてしまうわけです。 しかし先ほど、ご説明した通り高市政権の政策というのは決してアベノミクス2.0ではなくて、アベノミクスが行ったリフレという膨らみ、日本経済が膨らんだ後の供給能力の拡大の投資ということですから、段階が違うわけですね。 ですからこう批判する方は冷静ではなくて、アベノミクスも批判してる方が結構多くて。アベノミクスの批判そのものを引きずってしまっていて、そして見たいものを見てしまうので、ベッセントさんの発言がそのように聞こえてしまうということだと思います」

maku

40,955 görüntüleme • 25 gün önce

「人への投資」が難しくなったのは、AIが教育の成果を待ってくれないからだ。育成が実る前に能力差が逆転し、「全部AIでいい」という圧力が社会のあらゆる場所で立ち上がる。だから安野氏の整理が重要になる。経済に直結しない価値への投資と、不確実な進歩に備えるリスクヘッジの二本立てだ。 今井翔太「やっぱり『人への投資』という単語は結構出てくると思うんですね。ただ、この辺は結構難しいと僕は思っていて。僕自身も省庁とかの教育関連の会議によく出ているんですけど、議論が白熱するところなんですよ。 というのも、これだけAIが発展している状況だと、例えばChatGPTが出てから現状2年ちょっとぐらいで、とんでもない進化をしたわけです。そうすると、人に投資して育成していても、その育成が実る前に、その人の能力をAIが上回ってしまう可能性があるわけですね。 単純に今までやってきた教育の延長だけだと、投資している間に『もう全部AIでいいじゃん』となりかねない。子どもたちが大人になるまで十何年とかある中で、AIに抜かれてしまうことが起きそうなんですね。 というところで、チーム未来とかが掲げている『人への投資』というのは、そういうAIに抜かれてしまうところとは違うところに投資する、という話だと思います。これ、どういうところなんでしょう」 安野貴博「この『人への投資』と申し上げているのは、2つの意味があるかなと思います。 1つ目は、必ずしも経済的活動に結びつかないことであっても、しっかりと社会を作っていくにあたって、人に対して投資していくのは意味がある、ということです。 2つ目は、AIの性能がどれだけ、いつ上がっていくのかは、まだ不確実性が残っている中で、経済的な意味でのリスクヘッジになる、というところです。 ただ、おっしゃる通り今のAIはものすごくいろんなことができるようになっているので、ある種、近い将来『AI失業』みたいなものが中規模・大規模で起きてもおかしくない情勢だと思います。そこに関する緩和策、リスクヘッジ策を、今は政府がしっかり考えていかないといけない局面だと思っていて、我々としてはそれをしっかり考えていきたいと思っています」

Tsubame

147,207 görüntüleme • 7 ay önce

タッカー・カールソン氏とグレン・グリーンウォルド氏の対話、要約してお伝えします🎙️ アメリカでは今、ある一つの外国に対する批判だけが 事実上、封じられています。 自国アメリカへの批判は自由です。 政府への批判も、戦争への批判も、建国への批判も 誰も止めません。 ところが、イスラエルへの批判だけは別です😤 グリーンウォルドが指摘したのはこの点です。 過去に大学キャンパスで吹き荒れた左翼的な言論弾圧 あれは少なくとも、米国内のマイノリティを守るという建前がありました。 完全な嘘だったとしても、名目上は自国民の保護でした。 しかし今回は違います。 イスラエルという外国を守るためだけの規範が アメリカ社会に広がっているというのです。 オーストラリアでは実際に、イスラエルを批判する服を着ただけで 自国の民主主義国家の中で逮捕された人がいます🚨 これを受けてカールソン氏はこう言いました。 もし外国を批判できないなら その国が支配権を持っていることになる、と。 検閲とは常に、権力を持つ者のために行われるものです。 自分を批判できないようにする法律を作れるのは 権力者だけです。 この対話が示すのは、一つの不快な問いです。 アメリカはいったい誰のための国なのか、という問いです🇺🇸

トッポ

28,655 görüntüleme • 6 ay önce