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#挽く轢くヒクイドリ ヒクイドリが車で人を轢きながらコーヒー豆を集めてコーヒーを挽くゲーム。さすがは「世界で最も危険な鳥」と呼ばれるヒクイドリ。やることヤバすぎ。ネタに全振りのバカゲーっぽい作りだけど、コンボの概念があったりBGMもアーケードっぽい軽快さでなんか癖になるプレイ感です。

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りくりゅうペアを見て思ったんですけど、これだから年上の男性って沼なんですよね。 これ全女の子が思ってるので、全男性は叩き込んで欲しいんですけど、 ショートでミスがあって、あんな大舞台でプレッシャーも半端ないはずなのに、フリーではきっちり立て直して世界最高得点。りゅういちさんがりくちゃんを高く投げるあの技は信頼がないと絶対にできないじゃないですか。あれってただの技術じゃなくて、「俺が受け止めるから大丈夫」っていう覚悟そのものだなって思いました。 辛い時にどっしりしてくれる安心感とか、パニックにならずに隣で冷静に支えてくれる余裕。うまくいかない日でも「大丈夫」って言ってくれる男らしさ。 でもいざ成功した瞬間は、誰よりも感情が溢れて、子どもみたいに泣いて、嬉しさを隠さずに甘えてくる。 ああいうギャップはずるいです。 強いだけじゃなくて、ちゃんと弱さも見せてくれる。 守ってくれるだけじゃなくて、一緒に喜んでくれる。 私も昔、人生がうまくいかなくてボロボロだった時期があって、強がって「大丈夫」って言いながら、本当は誰かに寄りかかりたかったことがありました。あのとき隣に、ああいうふうに支えてくれる人がいたらもう少し楽に呼吸できたのかなって思うことがあります。 だからこそああいう姿を見ると刺さるんですよね。 結局、人って「完璧な強さ」よりも、「覚悟のある優しさ」に惹かれるんだと思います。自分の役割をちゃんと果たしながら、最後は感情を隠さない。あのバランスが女の子からしたら沼なんですよ。 でも、 ああいう関係って片方がすごいんじゃなくて、二人とも覚悟を持ってるから成立してるんだなって思います。 支える側も、支えられる側も、本気で向き合ってるからあそこまでいける。 だから私も夢を叶えるときは一人で勝つんじゃなくて、誰かと一緒に喜べる人でいたいなって思いました。カフェを開く夢も、フォロワー1万人の目標も、ただ数字を取るんじゃなくて「一緒にここまで来たね」って言える未来がほしいです。 もし今何かを頑張ってる人がいたら、それだけで本当にかっこいいです。辛いのに踏ん張ってる人はそれだけで価値があります。 そんな人と私は関わっていたい。 こういう気持ちに少しでも共感してくれたならこれからも一緒に夢を追いかけてほしいです。よかったらフォローしてなこの物語をそばで見守ってください☺️ 沼に落ちる準備できてます😉笑

なこ

19,179,638 次观看 • 7 个月前

ADHDの地獄あるある! 語彙力、パンチラインの多い一般人、 ほとんどが資本主義の底辺……! ↓動画内の語り、全文文字起こし なぜかって、求職サイトの適職診断における、『あなたは芸術家タイプです』と一緒で、言語力が変な尖り方をしている人、『すこぶる面倒くさい奴』になりがちだから。 極端な話、とげとげしい言葉/思考によって、社会性が削れちゃって労働者として壊れる。 とりわけ発達障害の民は、不安症も併発している率が高いゆえに、憂鬱なワードの数、闇のボキャブラリーが増えやすくてめちゃくちゃ危ない。 やはりね、『学びってのは諸刃の剣』みたいなもんで、天国も地獄も、幸せも不幸せも、愛も憎しみも、同時並行で強化しちゃうんだよ。 すなわち、言葉数が増えるごとに、『世界の解像度』が高まるから、見たくなかったこと、知りたくなかったことまでもが巨大化して、心にズカズカと突っこんでくる。 まるで寝た子を起こす――悪魔に贈る目覚まし時計、この世の残酷さ、マジで嫌な部分が飛び起きちゃうんだよ。 「ピピピピピピピピピ♪」って、さらなる異常のはじまり、サタンの起床! すると、「本気で努力したのに不幸になった!」とか、「今までの人生は何だったんだよ!」とかで、ドラマ作品ばりに病んじゃって発狂。 その結果、救いを求めて小説を読んだり、自己啓発の界隈に入ったり、占いとかスピリチュアルに傾倒したり、ヴィーガンになったりフェミニストになったりと、ヒトは救いを求めて彷徨うわけですよ。 もちろんこの試行錯誤が、『良い会社に転職する為』『身も心も安定させる為』とかで、健康かつ健全な方向であれば良いんだけれど、ネガティブ方面に振り切っちゃうとヤバい! たとえば、「この世界は腐っている!」とか、「資本主義が庶民を不幸にしている!」とか、「生きる意味ってあるのか?」とか、「反出生主義を考えるべきだ!」とかを、学者でも物書きでもないのに延々と考え始めると、ぎっとぎとに脳が毒されてゆく。 しかもADHDの人間はとくに、『今すぐ得られる報酬』に弱いから、たとえ自分を不幸にする概念――絶望的なニュースであっても、なんとなく納得さえできれば中毒になって、もっと地獄の蓋をあけようとするんだよ。 挙句の果てには、「日本社会は終わっているよね?」「自分はなぜ不幸なのか?」みたいな問いに、どっろどろの語彙力と気持ち悪く光らせた表現力で、喋ったり書いたり妄想したりしちゃうから、ズタボロに自滅してゆく。 説得力のある自虐って、すこぶるドーパミンが分泌するから。 やっぱりね、一般社会で気持ちよく過ごす為には、 『矛盾を楽しんで情熱的に生きる』 ってことが大切なんだよね。 簡単な話、人それぞれ『正義』も『価値観』も方向性が違うから、わやくちゃなカオスを丸飲みして、「みんなで笑えりゃなんでも良いじゃん!」っていう、爽快感のある『雑さ』を持っている奴がいちばん強い。 「もっと熱くなれよ!」の松岡修造とか、「元気があれば何でもできる!」の猪木とか、抽象的でふわっふわとしながらも、『謎にすごい熱量』でバッキバキの状態が最強! つまり、普通の現実世界だと、すんごい面白い思想/言語感覚なんかよりも、頭がおかしいレベルの陽キャとか、「なぜ急に叫んだの?」って猿ガキとか、ジジイなのに生命力がヤバい奴とか、ぐちゃぐちゃっとした勢いの『人間力』が求められるんですよ。 なぜかって、日本最高峰の漫才師が集うM-1グランプリでさえも、お茶の間の視聴者である僕たちが、あまりにもぼーっとしていたり、無性にイライラしていたりすると、目の前のネタに集中できなくて、全然笑えなかったりするじゃん。 とにかく残念なことに、客が能動的になってくれないと、人生最大の魂を込めたボケとツッコミであっても、ただの鳥のフンみたいな、どうでも良いもんになっちゃう。 そう考えりゃ、みんな忙しくて余裕がない現代社会、それも会社組織において訳の分からんリーマンがさ、毒舌エッセイスト気取りで、小難しい言葉を連打してきても、「発想がかっけぇ!」「思想がお洒落だ!」って、心から尊敬するってほぼないんだよ。 つまり、おもっきり笑うとか、涙を流すほど感動するとか、誰かの語りに圧倒されるという体験って、実は前準備がガッツリと必要なんだよね。 そのために、吉本であれサンミュージックであれ、お笑いの舞台なんかでは、若手芸人による前説――爆笑できる空気づくりをすると。 そして恐ろしいのは、語彙が増えて世界の解像度が上がると、「満員電車って憲法違反じゃん! 0.5畳のキッチンって人権侵害じゃん!」とか、「みんなに夢を与えたいですってアイドル、夢は自分で掴んで広げるもんでしょ、若くして富と名声を得たいだけっしょ? おまえが落下した方が相対的に夢が広がるよ」みたいに、世の中の歪みポイントが目に入りやすくなって、チクチク言葉をこしらえてぶん投げたくなるんだよね。 これに近い話として最近、若き頃からweb検索が可能だったZ世代って、自分を正当化する知識を積み重ねまくって、権利意識が拡張されやすいから、「確かに正論なんだけれど扱いにくいなー」ってことで、地雷原のように思われやすくて。 でもって最悪な場合だと、ぎりっぎりまで、「その通り! あなたが正しいね!」ってことで、周りがわざと負けてあげて適当に泳がすもんだから、『正しさだけで補強しためんどくさい若手』になって、最終的にぽつーんっと孤立してゆく。 その一方で、戦略的な『適当さ』『雑さ』を楽しめる奴らは、言語化なんて不要の熱量で支えあって、正論モンスターたちをごぼう抜きしてゆくと。 そんで僕が好きな本、『ものぐさ精神分析』にこう書かれていて。 『人間の言語の語彙がべらぼうに多いのは、言語の豊かさの証しではなく、貧困さ、機能不全の証しである。本当に欲しいものなら一つですむが、それが得られないので代用品をたくさんかき集めるかのように……』 つまり、ゴミ屋敷の住人と一緒で、脳も心も疲れ果てて、寂しい暮らしだと、「備えがなきゃ不安だ!」ってことで、なんでもかんでも拾い集めたくなるってこと。 しかも一度その状況になると、もっと頭がこんがらがってゆくから、その混沌とした不安を抑え込むために、どぶさらいでネコババ、自販機の下に手を伸ばすみたいに、また新たな語彙/表現を探し求めるんだよね。 もはや、我々の頭ん中は、切ない気持ちのゴミ捨て場。 その結果、腐った迷路に閉じ込められたみたいに、自分が何を考えているのか、自分が何を目指しているのか、頭がごちゃついて意味不明になって、さらに悪循環、迷走の日々になってゆく。 ※毎日22時30分あたりまでにYouTube配信をスタートしているゆえ視聴してくれ。単発動画も定期的にupっている!

ADHDマン黒髪ピピピ

82,849 次观看 • 4 个月前

宇宙人は“遠くから来る存在じゃない”…そう言われた瞬間、世界の前提が全部ひっくり返る。 UFOや宇宙人を「見たかどうか」のレベルで語っていないところです。普通の話なら、遠くに光る物体を見た、とか、噂を聞いた、で終わる。 でも保江さんは違う。 「自分も何度も近くで見ているし、周りの人も普通に乗ったり触れたりしている」という前提で話が始まります。つまりこの時点で、“いるかいないか”の議論が終わっている。 ここがまず怖い。さらに話は深くなります。宇宙人はどこから来るのか?普通なら、何万光年も離れた星から来ると思いますよね。 でも保江さんの答えは、まったく違う。「別の次元として、この世界に重なって存在している」シリウスやプレアデスという名前も、天文学で見える星そのものではなく、この世界に重なっている“別の層”のことだというんです。 これは「同じ場所に、見えないもう一つの世界が重なっている」みたいな話です。だから彼らは遠くから来るんじゃない。 すぐ隣から“ひょい”と現れる。ここ、かなりゾッとします。もしそれが本当なら、宇宙人は遠い存在じゃない。 今この場所に、ただ見えていないだけになるからです。さらに不気味なのが、目的です。彼らは人間に興味があるわけじゃない。 ただ一つ、監視している理由がある。それが核兵器。地球で核爆発が何度も起きれば、地球だけでなく宇宙全体のバランスが崩れる可能性がある。 だから、「人類を守るため」ではなく、宇宙の安定を守るために見張っているという話になります。これ、かなり冷たい視点です。 人間は主役じゃない。ただの“危険な存在”として見られているかもしれない。そしてさらに奇妙な話が続きます。宇宙人は、実はまったく別の生き物ではなく、 人類の祖先とつながっている可能性がある とも語られています。 つまり完全な他者じゃない。どこかで繋がっている“親戚みたいな存在”。この時点で、境界があいまいになります。人間と宇宙人の違いは何なのか。 そもそも分かれているのか。ここが一番気味が悪い。そして極めつけが、未来の話です。保江さんは、2027年前後には、誰でも宇宙人を見るようになると語っています。つまり、限られた人だけの話じゃなくなる。 日常の中で、普通に話題として出てくる世界になるかもしれない。でもその一方で、こういう情報は「出してはいけないもの」としてずっと隠されてきた可能性もある。政治、戦争、情報操作。どこまでが本当で、どこからが隠されているのか。 全部が曖昧なまま、少しずつ表に出てきている。この話の怖さは、UFOがいるかどうかじゃありません。もし本当に“別の層の世界”が重なっているなら、私たちはずっと何かと同じ場所で生きていることになる。 見えていないだけで。そしてもっと怖いのは、それが敵か味方か、そもそもどちらでもない存在かすら分からないことです。 あなたはこの話、ただのオカルトだと思いますか? それとも、まだ説明できていない現実の一部だと思いますか? 気になったらリプで教えてください。 保存して、あとでゆっくり読み返すのもおすすめです。

角由紀子のヤバイ帝国

54,133 次观看 • 5 个月前

全ての42と目を合わせてあげたいけどそれが難しくて悩んでいるハンジン……そして42に悲しんでほしくないハンジン………(号泣) 🐰今回より大きな会場で、より多くの42の皆さんとコンサートができて、本当に幸せでした。 でもこうやって42が増えれば増えるほど、僕が一人ひとりを気にかけてあげたくてもできなくて、すごく悔しかったです。一人ひとりと目を合わせながら、ハート、猫耳、投げキッスなどをしてあげたいんですけど、本当に会場が広すぎて、42の皆さんもたくさんいて……。3時間、どれだけ頑張っても一人ひとりにちゃんと目を合わせてあげられなくて、すごく残念に思いました。 42の皆さんもきっと、僕たちと目を合わせたいと思うんです。でも会場が大きくなるほど、42が多くなるほどそれが難しくて。これが一番残念だと思います。 🐰でも!今回の経験を積み重ねて、これからどんなに大きな会場でも、一人ひとりと目を合わせられるように、少しでも視力を上げられるように頑張ります。 一人ひとりと目を合わせてあげます。全ての42の皆さんが、後悔なく家に帰れるように。 🐰42の皆さん。僕たちが全ての42の皆さんと目を合わせることができないかもしれませんが、僕たち6人全員が、この現場にいる42、そしてオンラインでご覧になっている全ての42の皆さんに、ちゃんと気を配ろうとしていることを分かっていただけると嬉しいです。「こんなに手振ったりボード持ったりして頑張ってるのに、メンバーたちが私の事見てくれない🥺」って寂しくならないでほしいんです。なぜならさっきも話したように、一人ひとりメンバー全員反応してあげたいけれど、人が多すぎてそれができない状況もあるかもしれないからです。 🐰僕たち6人全員が、一人ひとりの42の皆さんを一人残らず気にかけていて、愛したいという気持ちがあるということを分かってくださると嬉しいです。 なので、「今日推しと目が合わなくてかなしい。今日は本当に失敗した。おしまいだ」そんな風に思ってほしくないんです。 僕たち6人全員、全ての42の皆さんを愛しています。

COCO

32,768 次观看 • 2 个月前

私が気を付けている牌の切り方 私が気を付けていることで真似しろとか他の人のダメ出しをしているわけではないですし、私が上手いわけでもないです。昔より綺麗になったと思うが。 •ワンタッチで河に置く 切った後にチョンチョンって牌を触る人がいますがかなり他の方へのストレスの原因になると思っている。 •牌の顔を触らず全員に見やすいよう 私の回し切りはめっちゃ顔撫でまわしちゃうしなんかダサい •ツモ動作から無駄な動きを入れない 無駄な動作が多いのも他の人へのストレスになるしやりすぎるとうるさく感じるし •早すぎず遅すぎないなるべく一定のペース ペースが不規則すぎると美しくないと思ってる。 プライベートでお店に行く時は早く打つ。 放送対局やエンタメで所作にキャラが出たり感情が出たりするのは全く否定しないしなんならおもろく見れる。 けどある程度の美しさは必要だと思います。 お仕事でファンの方と麻雀を打つ時はそれも込みでのショー要素があると思うので自分なりの美しさを研究したいなと思ってます。 遊びで麻雀を打つときは打ててれば良いわけですけど所作には他の人への思いやりをもつことは心掛けて欲しいなと思います。

柚花 ゆうり(ゆずかゆうり)

141,203 次观看 • 5 个月前

いま、アーティストやクリエイターの多くは、「AIによって、もう自分が必要とされなくなる」と恐れている。けれど、全く逆の発想をする人々もいる。AIが壊しているのは、創作のために巨大な資本を集めなければならないという旧来の構造であり、むしろ自分たちに力を与えているのだと。 トム・ビリュー「この力がどれほど大きいかを最も簡単に表すなら、今、アーティストたちは「もうスタジオは自分たちを必要としなくなる」と恐れています。でも、それはまったく逆です。本当は、アーティストのほうがスタジオを必要としなくなるのです。 これまでスタジオが必要だったのは、非常に高価な制作を実現するために、大量の資本を集める必要があったからです。 ところが今起きているのは、その非常に高価だったものが、ばかばかしいほど安くなっているということです。そうなると違いを生むのは、資本を集められる人ではありません。センスを持ち、AIを使って、もはや資本を集約する存在を必要としない人です。 これは本当に興味深い瞬間です。AIを恐れずに使う人たちは、自分たちこそが運転席にいるのだと気づき始めます。彼らは、資本を集めるだけの人には作れなかったものを作れるようになります。そして、これまで自分では握れなかったものを、自らコントロールする機会を得るのです。 だから人々には気づいてほしいのです。「待てよ、これは自分から力を奪っているんじゃない。むしろ、自分に力を与えているんだ」と。これまで自分には資本を集める方法がなかったから、他人にコントロールされていたのです」

Tsubame

209,050 次观看 • 14 天前

「グエー死んだンゴ」ってさ、ネットだと軽いノリの断末魔ギャグみたいに見えるんだけど、現実でそれが最後の言葉になった瞬間、笑いってやつが急に重たくなるのよね。笑っていいのか、泣いていいのか、手が止まる。で、止まったところに気づく。「この言葉、ふざけてるんじゃなくて、ふざけるしかなかったんだ」って。 映像の中のお父さんが言う「なんでうちの子が」 これね、親の口から出る言葉として一番まっとうで、一番残酷。答えが出ないから。病気は抽選会じゃないのに、当たった側だけが人生ごと持っていかれる。 しかも類上皮肉腫みたいな希少がんって、名前すら知られてない、、、だから余計に「うちの子が」になるんじゃないかな? で、この話の刺さるところは、息子さんが亡くなったあとに物語が動き出すところです。 予約投稿って、便利な機能だと思う。 だけどあれが今回は時間差の手紙になった。本人はもういないのに、言葉だけが世界に届く。 まるで、遅れて届いた花束に、棘が混じってるみたいなもんだ。 嬉しい。 ありがたい。 でも痛い。 痛いけど、花なのよね。 しかも、普段SNSを見ないお父さんが、葬儀が終わってから息子の人生の続きをスマホで知るわけだよ。 これ、「生きてる時に言えなかったことが、死んだあとに通知で届く」っていう奇跡でもある。 親子って近いようで、いちばん遠い時がある。 照れくさくて、忙しくて、まあそのうちでいいかって先送りして、気づいたら電池切れ、、、 お父さんが「ありがとうって言えなかった」って話、あれは胸に来る。時計の電池より先に、言葉の電池が切れちゃったんだよね、、、 でもさ、希望もあるんだよ。 この件がすごくバズったって事実には、アルゴリズムが悲しみを燃料にして回してる感じは確かにある。 命の尊さでバズらせるな!って声もあるけど、あの投稿が、希少がんの存在を人に知らせたり、寄付が集まったり、「一人じゃなかった」を可視化したのも事実じゃない? つまりSNSってのは、包丁なんだよ。 料理にもなるし、怪我もする。使う側の手つきが問われる💡 息子さんが、病気に「デカすぎ」ってあだ名をつけて、検査のことまで面白い面白くないで語ってた。 これね、強がりってより礼儀なんだよ。 周りを暗くさせないための礼儀。 自分の恐怖を、自分で笑いに変換して、他人の心の負担を軽くする。 芸人みたいなことを、死にかけの若者が病室でやってた。そりゃ人を引き寄せるって言われるよ。笑いは才能だけど、笑いの裏にある痛みは、本人しか背負えない。 「グエー死んだンゴ」をただのネタにしちゃいけない。 あれは、令和に投下された遺言の形式なんだよ。ふざけた形でしか出せない本音がある。 そして、見てる側も、拡散する側も、たまには一拍おいて、リポストの指が動く前に、線香一本分くらいの間を心に置くのもいいんじゃないかしら? 笑っていい。 でも敬意を忘れない。 最後に、親も子も、言葉をケチるなと言いたい。 照れくさいありがとうってのは、もったいぶるほど高くつく。これ、言ったら減るんじゃない。言わないと、気がつくと残高ゼロになる。 息子さんが最後に残したのは、バズでも名言でもなくて、「人間ってやつは、弱い時ほど誰かを笑わせようとする」っていう、静かな証明だったんじゃないかな?

クレア

2,858,313 次观看 • 9 个月前