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捕球できなかったが結果はアウト ほぼ全員が上を向いていたために起きたプレー (ショートの選手は、角度的に関係者全員が見える位置にいたのが分かる)

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異世界アイドル☆パラレルパレード NEO AKIBA ARCHIVE LOG R-20 ―船底― 船底に、時間の感覚はなかった。 昼も夜も、光では分からない。ただ機関の唸りが、腹の底に響く低い痛みとして続いているだけだった。 空気は湿り、鉄と油と、微かな死臭に似た匂いが混じっていた。誰かが以前ここで死んだのか、それとも運ばれてきた荷が腐っていたのか、確かめる気にはなれなかった。 グンソは膝を抱え、目を閉じていた。 眠っているわけではない。 眠れば、あの音を忘れてしまう気がした。 一度目。 二度目。 そして、間延びした三度目。 耳の奥で、その音は今も鳴っている。骨に響くような、鈍い衝撃音。あれが何だったのか、グンソは考えないようにしていた。考えれば、想像してしまう。 想像すれば、たぶん壊れる。 その数を、指の関節で数えていた。爪が掌に食い込んでいることに、しばらく気づかなかった。 「……何を数えてる」 ヘジュの声だった。掠れて、疲れきっている。 グンソは答えなかった。 「音か」 ヘジュは、それ以上聞かなかった。聞いても、答えが誰の救いにもならないことを知っていた。 暗闇の中で、五人はそれぞれの姿勢を保っていた。ソンミンは扉に背をつけ、刃物の柄に手をかけたまま動かない。ドンチョルは膝に顔を伏せ、時折、喉の奥で押し殺した音を漏らした。泣いているのか、それとも吐き気を堪えているのか、誰も確かめなかった。テジュンは記録片を握ったまま、指の皮が擦り切れるほど強く握り続けていた。 誰も、故郷の話をしなかった。 話せば、戻りたくなる。 戻れば、今度は自分の番になる。 だから、誰も口を開かなかった。沈黙は五人を守る最後の壁だった。 「……テジュン」 長い沈黙の後、ドンチョルが言った。声に張りがなかった。 「その紙、まだ持ってるのか」 テジュンは答える代わりに、握った拳を少しだけ開いた。 焼け焦げた記録片。端は炭化し、触れるだけで崩れそうだった。かろうじて読めるのは、消えかけた「ソナ」という二文字だけ。それ以外の文字は、熱で歪んで判読できない。 「捨てろとは言わない」 ドンチョルが目を伏せた。 「ただ、それを見るたび、俺たちがまだ何かを背負ってるんだと分かる」 「重いか」 「軽い方が、おかしいだろう」 「軽くなったら、それこそ終わりだ」 テジュンが低く言った。 「忘れた瞬間、俺たちはあいつらと同じになる」 誰も、その言葉を否定しなかった。 船体が、大きく傾いた。 外洋に出たのだと、誰かが呟いた。壁を伝う振動が変わり、機関の音が一段低く沈んだ。それからどれほどの間、その振動が続いたのか、誰も正確には言えない。世界は、故郷の外へ出た者が思うより、はるかに大きかった。 グンソは膝の間に顔を埋めた。 無窮花の押し花は、外套の裏地に縫い付けてある。潰さないように。失わないように。指先で、その硬い感触を確かめる。花弁はとうに乾き、触れるたびに崩れそうな脆さを保っていた。それでも、まだそこにある。 「兄さん、これ、押し花にしたの」 「帰る場所を、忘れないように」 あの時のソナの声を、グンソはまだ覚えている。震えていて、それでも笑おうとしていた声。 だが今、故郷はもう帰る場所ではない。 帰れば、殺される。あるいは、殺されるより先に、存在ごと消される。 名簿には、五人分の特徴だけが載っていた。 顔写真もなく、名前もなく。ただ身長、瘦せ型、逃走経路の推定、目撃時の服装。 存在しなかったことにされた人間が、存在しなかったことにされた船で、地図にすら残らない街へ向かっている。 生きているのに、記録から消されている。 それは、死ぬことよりも静かで、死ぬことよりも長く続く消え方だった。 「……テジュン」 グンソが、初めて自分から口を開いた。声が掠れていた。 「アルトリウスって、本当にあるのか」 「積荷票にはあった」 「地図にはない」 「地図が古いだけかもしれない」 テジュンの声には、確信がなかった。それでも、その言葉にすがるしかなかった。縋る場所がなければ、この暗闇の中で、五人は自分たちが本当に存在しているのかすら疑い始めていた。 どれだけ進んだのか、誰にも分からなかった。 食料は幾度も尽きかけ、そのたびに甲板の誰かがどこかで調達してきた。水も、燃料も、同じだった。積荷票に記された行き先はひとつなのに、船は幾つもの港に立ち寄り、また離れた。地図にない土地、灯継ぎの噂だけが残る土地、名前すら伝わっていない土地。世界は、グンソが思っていたよりも遥かに広かった。故郷から一歩も出たことのなかった頃には、想像もできない広さだった。 船底の暗闇は、時間の感覚を等しく腐らせていく。日数を数えることを、いつからか誰もしなくなった。数えても意味がないほど、長かった。 ただ、機関の音だけが、暗闇の中でずっと鳴り続けていた。何日も、何十日も。 一度、遠くで何かが軋む音がした。ソンミンが刃物の柄を握り直し、全員が息を止めた。 それは船体の継ぎ目が軋んだだけだった。誰も、それを声に出して確かめようとはしなかった。 そんな夜が、何度も繰り返された後―― 甲板の上から、誰かの声が響いた。くぐもって、遠く、それでも確かに聞こえた。 「見えたぞ」 その一言に、五人は同時に顔を上げた。 「灯りだ……街の灯りが、見える」 グンソは、狭い隙間に顔を押し付けた。錆びた金属の縁が頬を切ったが、痛みは感じなかった。 黒く濁った空の下、遠くに、青紫の光が滲んでいた。 一つではない。 無数の灯りが、まるで水面に映る星のように、連なって光っていた。 それは、故郷にあったどの灯りとも違っていた。 故郷の灯りは、暖かく、生活の匂いがした。この灯りは違う。冷たく、静かで、まるで誰かが息を潜めて灯し続けているような、そんな光だった。 ネオンでも、松明でもない。 祈りに似た、灯りだった。 「あれが……」 ドンチョルが息を呑んだ。目の縁が赤く濡れていた。 テジュンが、震える声で言った。 「あれが、アルトリウスか」 誰も答えられなかった。 だが、その光を見た瞬間、グンソの中で何かが冷たく凝固した。 存在を消された自分たちが、それでも進んだ先に、灯りがあった。 名前を失っても、灯りは消えていない。 それが希望なのか、それとも次に消される場所なのか、グンソには判断できなかった。この世界では、優しく見えるものほど、後で牙を剥くことを、もう嫌というほど知っていた。 グンソは、狭い隙間の水たまりに映った自分の顔を見た。 何ヶ月も梳かれていない黒髪が、潮を吸って束になり、頬に張り付いている。無精髭が伸び、頬はこけ、目の下には濃い影が沈んでいた。故郷を出た時の自分とは、もう別人のようだった。 それでも―― グンソは、外套の内側の押し花にそっと触れた。乾いた花弁が、指先でわずかに崩れる感触があった。 「……着いたら」 グンソが呟いた。声に、初めて何かが戻っていた。怒りに似た、何か。 「ここで、また名前を取り戻す」 ソンミンが、初めて小さく笑った。乾いた、痛みを堪えるような笑い方だった。 「取り戻すためにここまで来たんだろう」 「ムジンの分も」 ドンチョルが呟いた。 誰も、それに答えなかった。答える必要はなかった。 船は、青紫の灯りへ向かって進み続けた。 暗い海の向こうに、まだ誰も知らない街が――五人がまだ知らない何かを内側に隠した街が――静かに待っていた。 機関の音が、一段と深く鳴った。 まるで、船そのものが、これから起きることを知っていて、それでも進むしかないと諦めたかのように。

Rain Konno | 境界の外側

42,776 views • 1 month ago

異世界アイドル☆パラレルパレード NEO AKIBA ARCHIVE LOG R-24 ―再構成― 時間が進んでも、船室の中は暗かった。 天蓋の向こうに朝はない。青紫の光が舷窓の外でゆっくりと明滅している。 船を岸につなぐ係留鎖が軋む。一度。二度。少し間を置いて、また一度。 まるで、船そのものが呼吸をしているようだった。 オルフェンは、机の上に三枚の紙を並べた。 「やりましょう」 「……朝から元気だな」 簡易ベッドに座ったグンソが、片眉を上げる。 「元気なわけではありません。腹を括っただけです」 オルフェンは紙を指で叩いた。 「ソナさんの移送時期。白い車の経路。三音が鳴った場所。この三つが揃わない限り、管理者さんは北方への相談に乗ってくれません」 「昨日も聞いた」 「昨日は聞いただけです。今日は取りに行きます」 オルフェンは、一枚目の紙を引き寄せた。 「まずは、時期から」 「なぜだ」 「一番、記憶が壊れていなさそうだからです」 グンソは鼻を鳴らした。 「壊れていない記憶なんて、あるのか」 「あります。壊れ方が浅いものが」 オルフェンは紙の中央に線を引いた。左に「連行される前」、右に「連行された後」。 「正確な日付はいりません。季節だけでも」 「雪はなかった」 「寒くは?」 「なかった」 「雨は」 「降っていない」 「昼か、夜か」 グンソの指が、膝の上でぴくりと動いた。 「夜だ」 「周りは明るかった?」 「白かった」 「車が?」 「違う」 グンソは目を閉じた。 「壁だ。壁が、白かった」 オルフェンの筆が止まる。 「建物の壁ですか」 「分からない」 「大きさは」 「大きかった」 「扉は」 「二つ」 「白い扉と、黒い扉――」 グンソが、勢いよく顔を上げた。 「なぜ知っている」 「昨夜、そう聞きました」 「……そうだったか」 「ソナさんは、その扉から出てきていない」 オルフェンは、確認するように続けた。 「車の後ろから、でしたね」 グンソの表情が、初めてはっきりと歪んだ。 「なぜ、そこまで覚えている」 「覚えているのは、あなたです。私は書いているだけです」 オルフェンは紙の上で、白い壁の位置を少しだけずらして書き直した。 白い車。白い壁。黒い扉。 「周囲に人は?」 「二人」 「護送員?」 「顔は覚えていない」 「声は」 グンソが、答えを止めた。 沈黙が長い。 ――サー……。 紙の上に、微かな音が乗った。 いや、乗ったように聞こえた。 空耳だと思った。 けれど、もう一度。 ――サー……。 今度は、はっきりと聞こえた。 音源は、通信機ではない。 紙そのものから聞こえている。 「……今、何か」 「気のせいだ」 グンソの声が、わずかに硬い。 オルフェンは紙を持ち上げ、裏返した。何もない。ただの紙だ。 そっと、机に戻す。 「続けましょう」 「……ああ」 グンソは、通信機のある壁際を、一度だけ見た。 そして、目を逸らした。 「声は」 「聞いていない」 「聞こえなかった、ではなく?」 「聞いていない」 グンソは、明確に言い直した。 「聞かないようにしていた」 「なぜですか」 「聞けば、覚えてしまう」 「覚えることの、何がいけないんですか」 グンソは答えなかった。 代わりに、彼の視線が、また通信機へ向いた。 オルフェンもつられて見る。 電源ランプは、消えている。 けれど―― ――ザザ、ザザ、ザ――。 砂粒を撒いたような音が、壁の向こうから滲み出てきた。 オルフェンの背筋を、冷たいものが這い上がる。 これは、遠くから届く音ではない。 すぐそこ、壁一枚の向こうで、誰かがざらざらとした布を擦り合わせているような、そういう近さの音だった。 「グンソさん」 「動くな」 グンソが低く言った。 「音がしても、動くな。見るな。数えるな」 「数える?」 言った瞬間、オルフェンは、自分がすでに数えていることに気づいた。 一つ。 二つ。 ――ノイズが止まった。 三つ目を数える前に。 船室が、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。 係留鎖の音すら、聞こえない。 オルフェンは、自分の心臓の音だけを聞いていた。 やけに大きく、やけに速い。 「……止まりましたね」 「止まったんじゃない」 グンソの声は、囁きより小さかった。 「待ってるんだ」 「何を」 「三つ目を、誰が数えるか」 その言葉が終わるより早く、通信機のランプが、真っ赤に灯った。 電源など、入っていないのに。 「――!」 オルフェンが振り向くのと、グンソが飛びついて通信機を掴むのは、ほぼ同時だった。 「止まれ! 消えろ!」 グンソが叫ぶ。素手で殴りつけるように機体を叩く。 火花も、電流も、何も走らない。 それでも、ランプは消えない。 ノイズが、悲鳴のように膨れ上がった。 ――ザザザザザザザ――。 その中に、声が混ざる。 複数。 いや、一つの声が、何重にも折り重なって聞こえているだけかもしれない。 ……しろ。 ……戻すな。 ……記録者。 ……見つけた。 最後の一言だけ、はっきりと、船室の空気を震わせて響いた。 オルフェンの手足から、力が抜けかけた。 恐怖ではない。 もっと生理的な、“見られている”という感覚だった。 「グンソさん、これは――」 「知らない!」 グンソが怒鳴った。振り返った顔は、汗と、それだけではない何かで濡れていた。 「知らないと言っている。知らない、知らない――」 繰り返すたびに、声が小さくなっていく。 まるで、自分に言い聞かせて、記憶に蓋をしようとしているようだった。 甲板の上を、何かが駆け抜ける音がした。 一度。 二度。 ――そして、三度目。 その足音が、船室の扉の真ん前で、ぴたりと止まった。 オルフェンとグンソは、同時に扉を見た。 ノブが、ゆっくりと回る。 誰もいないはずの、廊下から。 「……開けるな」 グンソが、震える声で言った。 オルフェンは、答えられなかった。 ノブは、回り切ったところで――止まった。 扉は、開かなかった。 通信機のランプが、ふっと消える。 ノイズも、声も、一瞬で消えた。 まるで、最初から何もなかったかのように。 船室に、係留鎖の音が戻ってくる。 一度。 二度。 三度。 三つ目を数えたのが自分だと気づいたのは、音が消えてからだった。 グンソは、その場に崩れるように座り込んだ。 肩で息をしている。 「……グンソさん」 「悪い」 「なぜ、謝るんですか」 「巻き込んだ」 グンソは、床を見たまま言った。 「お前を、あっち側に近づけた」 「あっち側とは」 グンソは床を見たまま、震える指で、自分のこめかみを叩いた。 「ここに、何かが埋まってる」 「記憶、ではなく?」 「記憶なら、俺のものだ」 グンソは、初めて、まっすぐにオルフェンを見た。 「これは、俺のものじゃない」 その時だった。 机の上、三枚の紙のうち一枚だけが、風もないのに、ひとりでにめくれ上がった。 三音の警告音が鳴った場所を記す紙だった。 裏面に、見覚えのない筆跡で、一行だけ。 聞いた者を、記録者とする。 インクは、まだ乾いていないように見えた。 指で触れれば、滲むのではないかと思うほどに。 オルフェンは、触れなかった。 「……いつ、書かれたんでしょう」 返事はなかった。 オルフェンも、それ以上は訊けなかった。 紙にも、何も書けなかった。 船室の外で、係留鎖が鳴る。 今度は、数えなかった。 やがて、オルフェンが口を開いた。 「一つだけ、分かったことがあります」 「……何だ」 「今日の調査対象は、時期でも、車でも、音でもありませんでした」 オルフェンは、裏返った紙をそっと重ねた。 「あなたです、グンソさん」 グンソは、何も言わなかった。 否定も、しなかった。

Rain Konno | 境界の外側

18,386 views • 9 days ago

異世界アイドル☆パラレルパレード NEO AKIBA ARCHIVE LOG R-25 ―記録者― グンソは、否定もしなかった。 船室には、船を岸につなぐ係留鎖の音だけが残っている。 一度。 二度。 三度目の音が消えてからも、オルフェンは動かなかった。 机の上には、三枚の紙がある。 ソナの移送時期。 白い車の経路。 三音の警告音が鳴った場所。 そのうち一枚だけが、裏返ったままになっていた。 オルフェンは、紙へ手を伸ばした。 「管理者さんへ報告します」 「持っていくな」 グンソが言った。 迷いのない声だった。 「なぜですか」 「その紙を、船の外へ出すな」 「紙が危険なんですか」 「紙じゃない」 グンソは、裏返った紙を見た。 「書かれたものが、外へ出たがる」 オルフェンの指が止まった。 「分かりません」 「分からなくていい」 「分からないままでは、判断できません」 「判断するな」 グンソは、紙から目を逸らさなかった。 「選ぶな。書くな。名前を与えるな」 その瞬間、紙の上に文字が浮かんだ。 インクが染み出すように、ゆっくりと。 オルフェンは、管理者へ報告するために立ち上がった。 オルフェンは、まだ座っている。 グンソが息を呑んだ。 「……見たか」 「はい」 「まだ立っていない」 「はい」 紙の上で、文字が増えていく。 オルフェンは、紙を持った。 オルフェンは、扉へ向かった。 オルフェンは、名前を呼ばれた。 「読むな」 グンソが言った。 「もう読んでいます」 「読むな!」 グンソが紙を掴もうとする。 だが、指が触れる直前で止まった。 爪の先が、細かく震えている。 オルフェンは、紙を引き寄せた。 そこに、新しい文字が現れた。 《破る》 《燃やす》 《持ち出す》 まるで、選択肢のようだった。 オルフェンは、三つを見比べる。 「どれを選んでも、書かれた通りになるんでしょうか」 「選ぶな」 「では、何もできません」 「何もしない方がいい時もある」 オルフェンは、机の上から筆を取った。 「それは、昨日の管理者さんと同じですね」 グンソが顔を上げる。 「何が」 「分からないものを、分からないまま持って歩けと言われました」 「書くな」 「だから、選びません」 オルフェンは、三つの選択肢の下に筆を置いた。 《未確認》 筆を離した瞬間、船室の中で音がした。 ――サー……。 紙の上の《破る》が消えた。 《燃やす》が消えた。 《持ち出す》が消えた。 その下に、新しい文章が浮かぶ。 まだ、信じていない。 オルフェンは、紙を見つめた。 「誰が書いたんでしょう」 グンソは答えなかった。 「私ですか」 沈黙。 紙の端に、黒い染みが広がった。 書いた者ではない。 オルフェンの指先が止まる。 それ以上、文字は増えなかった。 グンソが、かすかに息を吐いた。 「もう訊くな」 「一つだけ、確認します」 「やめろ」 「記憶を掘り返す質問ではありません」 オルフェンは、白い車の経路を記した紙を見た。 「三音が鳴ったのは、車で移動している間ですか」 グンソの顔が強張った。 「……違う」 「車が止まった後ですか」 「分からない」 「どちらに近いですか」 グンソは目を閉じた。 白い壁。 二つの扉。 消毒薬の匂い。 長い鉄の音。 そして、三度の警告。 「車は、止まっていた」 「はい」 「扉が開いた」 「はい」 「ソナが、運ばれた」 グンソの呼吸が乱れる。 「その後だ」 オルフェンの筆が止まった。 「三音は、その後に鳴った」 「そうだ」 「施設へ着いた後」 「分からない」 「でも、車が止まった後です」 グンソは、こめかみを押さえた。 その時、紙の上に文字が浮かんだ。 三音は、移送の途中ではない。 オルフェンは、すぐには書き留めなかった。 「これは、事実ですか」 グンソは答えない。 文字の下に、さらに一行が浮かぶ。 まだ、未確認。 オルフェンは、ゆっくりと息を吐いた。 「訂正された」 「違う」 グンソが言った。 「訂正されたんじゃない」 「では?」 「選ばされたんだ」 船室の外で、誰かが歩いた。 一度。 二度。 オルフェンとグンソは、同時に扉を見た。 三度目の足音は、聞こえなかった。 けれど、扉の向こうから声がした。 「オルフェン」 管理者の声だった。 オルフェンは立ち上がる。 グンソが腕を掴んだ。 「その紙を持っていくな」 「管理者さんが呼んでいます」 「だからだ」 「なぜですか」 グンソは答えなかった。 オルフェンは、紙を折りたたんだ。 「これは、証拠ではありません」 「なら、なぜ持っていく」 「一人で持っていると、いつか信じてしまいそうなので」 グンソの手が、ゆっくり離れる。 オルフェンは、扉を開けた。 廊下には、管理者が立っていた。 いつからそこにいたのか、分からない。 管理者は、オルフェンの手元を見た。 「それを見せろ」 オルフェンは、紙を差し出した。 管理者は触れなかった。 ただ、文字だけを見た。 《未確認》 「三音は、移送中ではありませんでした」 オルフェンが言った。 「そう書かれているな」 「グンソさんの記憶と、紙の記録が一致しました」 「一致したから、正しいと思うのか」 「いいえ」 オルフェンは答えた。 「だから、確認したいんです」 管理者の視線が、紙からオルフェンへ移る。 「何を」 「三音が鳴った施設を」 「場所は分からない」 「はい」 「名前もない」 「はい」 「時期も曖昧だ」 「それでも、移送の途中ではない可能性が出ました」 管理者は、紙へ視線を戻した。 「可能性を、証拠にするな」 「分かっています」 「では、なぜ持ってきた」 「分からないものを、分からないまま見せるためです」 管理者は、しばらく黙っていた。 それから、古い記録庫の鍵を取り出した。 「三音が使われていた施設の記録を探す」 「調べていいんですか?」 「まだ、許可はしていない」 「では、これは」 「調査の入口だ」 管理者は、鍵をオルフェンへ渡した。 「ただし、紙には余計な名前を書くな」 「名前を書くと、どうなるんですか」 管理者は、船室の中にいるグンソへ視線を向けた。 「記録される」 それ以上は言わなかった。 オルフェンは鍵を握りしめた。 紙の裏面に、また一行、文字が浮かんでいる。 次に記録されるのは、誰か。 オルフェンは、それを管理者に見せなかった。 まだ、誰の名前も書かれていない。 だから、まだ戻れる。 そう思った。 その考えが、紙に記録されるまでは。

Rain Konno | 境界の外側

21,901 views • 2 days ago

【このリクエスト、かなりレベルが高い!】 本日の甲子園『阪神 vs. 広島』で、2塁の空過に関するリクエストがありました。 このリクエストには、正直かなり感心しました! これは単に『セーフかアウトか』ではなく、 『走者が2塁を通過したのか』 『戻る時に2塁を踏み直す必要があったのか』 ここを理解していないと、なかなか出てこないリクエストです。 ■ まず結論 映像を見る限り、佐藤輝明選手が最後まで2塁に触れていたかどうかは、正確には断定できません。 正直かなり微妙なプレイです。 このプレイで大事なのは、 『2塁を通過したのか』 『最後まで2塁に触れていたか』 という点です。 ■ ルール上の整理 飛球が捕られた場合、走者は元の塁へ戻る必要があります。 その時、もし次の塁を完全に通過していた場合は、戻る時にその塁も踏み直さなければいけません。 今回でいえば、1塁走者が2塁を通過していたのであれば、1塁へ戻る前に2塁を踏み直す必要があります。 踏み直さずに戻った場合、守備側のアピールがあればアウトになります。 ■ 画像で見ると分かりやすい 分かりやすいように画像を作成しました。 ①のように、走者が2塁を通過したと見られる位置(両足が完全に赤い箇所)まで進んでいれば、戻る時に2塁を踏み直す必要があります。 ②のように、2塁を少しでも踏んでいれば、踏み直す必要はありません。 今回でいえば、映像を見る限り帰塁の際に『右足の踵』がどこにあったかが重要になります! ■ 判定が難しい理由 この判定は、映像で止めて見ると簡単そうに感じるかもしれません。 でも、グラウンド上では正直かなり難しいです! 走者は全力で走っています。 ベース付近では土も上がります。 守備者、走者、ベースが一瞬重なります。 審判員は、その一瞬を『肉眼』で確認しなければいけません。 今回の映像でも、土の上がり方を見ると、もし触れていたとしても、踵がついているかどうか?くらいのかなり細かいレベルに見えます。 だからこそ、ここを見てリクエストにつなげた広島の二塁手の勝田選手の視点は、かなりレベルが高いと感じました! ■ 審判員が見ているポイント そして、もう一つ注目してほしいのが審判員の動きです。 1塁の長川審判は、佐藤選手の離塁、2塁付近での動き、そして帰塁の流れをしっかり確認しています! その為、おそらく佐藤選手は最後まで2塁に触れていたと思われます。 このような直接的に判定と関わらないプレイは、意外と見落とされがちです。 ただ、NPBの審判員はこうした走者の『離塁方法』『到達位置』『帰塁の仕方』を必ず確認するようにしています! 派手なアウト・セーフの判定ばかりがどうしても目立ちますが、こういう確認がとても重要であり、NPBの審判の査定としてチェックされています。 ■ 今回のリクエストのもう一つのポイント ちなみに、今回のリクエストは『アピールプレイ』に対するリクエストです。 そして今回のアピールプレイは『フォースプレイ』ではありません。 そのため、仮にリクエストが成功して3アウトになったとしても、『リクエスト前のアピールプレイより先に、三塁走者がホームインしていたか』ここが得点に関わるポイントになります。 今回のケースでは、仮にアピールが認められて3アウトになっていたとしても、三塁走者のホームインが先なので『得点は認められます』 ■ さいごに このプレイは、野球のルールの中でもかなり難しい部類に入ると思います! アマチュアで審判をされている方でも、混乱しやすいルールです。 ただ、こういうルールを知ると、走塁やリクエストの見方が大きく変わります! 守備側が何を見ていたのか。 審判員が何を確認していたのか。 走者はどこまで進んでいたのか。 皆さんはリアルタイムで、このポイントに気づきましたか? ※この映像は、ある方がDMで送ってきてくれ許諾をいただき使用しています。

坂井遼太郎

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異世界アイドル☆パラレルパレード NEO AKIBA ARCHIVE LOG R-19 ―港へ― 地下水路の奥で、五人の足音が重なっていた。 誰も振り返らなかった。 背後から追手の声は聞こえない。銃声も、怒号もない。 だが、それは安全を意味していなかった。 ムジンが作った時間が、まだ残っているだけだ。その時間が尽きれば、追手はここまで来る。 「止まるな」 先頭を歩くソンミンが言った。 グンソは返事をしなかった。 耳の奥では、あの音がまだ鳴っている。 一度目。 二度目。 そして、遠くなった三度目。 ムジンがまだ立っているのか。 倒れたのか。 生きているのか。 もう、確かめることはできない。 グンソの胸元には、テジュンが拾った記録片があった。焼け焦げた金属片。その表面には、消されかけた名前が残っている。 ソナ。 名前を守った者たちが、自分たちの名前を隠して逃げている。 その矛盾が、グンソの胸を締めつけていた。 「……ムジンは、俺たちに生きろと言った」 グンソが呟いた。 「だから生きる」 ソンミンは前を見たまま答えた。 「名前を隠してでもか」 「捨てるんじゃない」 暗い水路に、ソンミンの声が落ちる。 「取り戻すために隠すんだ」 その先に、薄い光が見えた。 風の音。 潮の匂い。 遠くで鳴る汽笛。 港が近い。 だが、出口の手前でヘジュが足を止めた。 「待って」 五人は崩れた配管の陰へ身を寄せた。 地上から、複数の靴音が聞こえる。 一定の間隔。 乱れのない歩幅。 人間が歩いているというより、決められた巡回手順そのものが通過しているようだった。 「地下側は?」 「異常なし。逃亡者は港へ向かった可能性が高い」 「船渠側の照合を強化しろ。未登録者の乗船を確認した場合、現場判断で拘束して構わない」 「危険度判定は?」 「保留。対象の身元が確定していない」 「身元がないのではなく、記録がないだけだ」 乾いた声が答えた。 「記録がない人間は、存在しないのと同じだ」 靴音が遠ざかっていく。 それでも五人は動かなかった。 やがて、港の汽笛が鳴った。 ソンミンが手を上げる。 「今だ」 地上へ出た瞬間、港の照合灯が一度だけ点滅した。 青紫の光が、五人の姿をなぞる。 顔。 衣服。 人数。 歩行速度。 灯りは人間を照らしているのではなかった。通過したものを、数字と判定へ変えている。 「見られたか」 ドンチョルが囁いた。 「違う」 ヘジュが港の柱を見た。 「照合された」 柱の表面に、淡い文字が浮かんだ。 《未登録集団の通過を確認》 《構成人数:五》 《危険度判定:保留》 警報は鳴らなかった。 追手も現れなかった。 それでも、五人はすでに港のどこかへ残されていた。 「走るな」 ソンミンが言った。 「走れば、逃亡行動として確定される」 五人は歩いた。 追われている人間ほど、追われていないふりをしなければならない。 港の作業員たちは、五人を見ても見ないふりをした。視線を合わせない。足を止めない。余計なことを尋ねない。 見ないこともまた、この場所で生きるための手順だった。 積み上げられた木箱。鉄籠。浄化用鉱石の袋。壁面に並ぶ管理番号。 荷物にも、人間にも、行き先と扱いが定められている。 番号を持たない者だけが、静かに消される。 「船が必要だ」 テジュンが言った。 「正規の船には乗れない」 ヘジュが答える。 「なら、正規ではない船を探す」 五人は貨物の影を縫うように、港の奥へ進んだ。 途中、グンソの足が止まった。 掲示板に、捜索指名の紙が貼られていた。 顔写真はない。 名前もない。 ただ、五人分の特徴だけが記されている。 《反国家活動の疑い》 《武装逃亡者》 《発見時、直ちに通報せよ》 その紙に、ムジンの名はなかった。 グンソはしばらく掲示板を見つめた。 存在しなかったことにされている。 だが、ムジンは確かにそこにいた。 銃声の前に立ち、五人を逃がすために時間を残した。 名前がないことは、何も残さなかったという意味ではない。 「グンソ」 ソンミンが呼んだ。 グンソは掲示板から目を離し、歩き出した。 港の一番奥。 照合灯の届かない古い船渠に、一隻の貨物船が係留されていた。 船体は黒く汚れ、塗装は剥がれている。 船名は削り取られ、側面には古い水質調査船の刻印だけが残っていた。登録番号も消されている。 それでも、船尾の機関室からは低い振動が伝わってきた。 古い機械が、苦しそうに息をしている。 「人の気配がない」 ドンチョルが船内を覗き込んだ。 「荷下ろしの途中で離れたのかもしれない」 テジュンが船体脇の木箱を調べた。 その隙間に、破れかけた積荷票が挟まっている。 テジュンが引き抜いた。 紙面には、かろうじて文字が残っていた。 《搬送先――アルトリウス》 「アルトリウス……?」 ドンチョルが呟いた。 「知っているか」 テジュンが尋ねる。 誰も答えなかった。 聞いたことのない名前だった。 それが都市なのか、港なのか、国なのかすら分からない。地図のどこにあるのか。どれほど遠いのか。そこに何があるのか。 何一つ、分からない。 「この船は、どこへ行くんだ」 グンソが言った。 ソンミンは積荷票を見つめた。 「分からない」 「分からない場所へ行くのか」 「分かる場所に残れば、捕まる」 ソンミンは船体の奥を見た。 「分からない場所なら、まだ追手も来ていない」 船体脇には、船底へ続く狭い整備扉があった。 錆びた鍵が掛かっている。 テジュンが工具を取り出し、音を立てないように鍵を外した。 扉の向こうから、湿った鉄と油の匂いが流れてくる。 人が五人、身を寄せれば隠れられる程度の空間だった。 「ここに入る」 ソンミンが言った。 グンソは動かなかった。 扉の向こうにあるのは、ただの暗闇ではない。 故郷を出ること。 名前を隠すこと。 ムジンを置いていくこと。 すべてが、その狭い船底の向こうにあった。 「グンソ」 テジュンが低く呼んだ。 「ムジンは、俺たちをここまで通した」 グンソは目を閉じた。 鉄扉の向こうから聞こえた、最後の衝撃音を思い出す。 胸元の記録片を強く握った。 「……入れ」 ソンミンが先に入った。 ヘジュ、ドンチョル、テジュンが続く。 最後にグンソが振り返った。 港の照合灯が、ひとつ点滅した。 《対象の移動を確認》 《危険度判定:保留》 警報は鳴らなかった。 だが、保留という言葉は許可ではない。 まだ処理されていないだけだ。 グンソは船底へ身を滑り込ませた。 扉が閉じる。 外の青紫の灯が細い線になり、やがて消えた。 狭い船底で、五人は息を殺した。 しばらくして、甲板の上から足音が響く。 「積み込みは終わったか」 「まもなくです」 「出港を急げ。今夜の潮を逃すな」 誰かが扉の近くを通り過ぎる。 足音が遠ざかる。 機関が低く唸った。 船体が震えた。 鉄板の隙間から差し込んでいた港の光が、ゆっくりと後ろへ流れていく。 船が岸を離れたのだ。 故郷が遠ざかっていく。 グンソは目を閉じた。 ムジンの声は、もう聞こえなかった。 それでも、胸の奥には残っている。 生きろ。 誰も知らない場所へ。 誰も知らない名前の街へ。 行先として残されていたのは、アルトリウスという文字だけだった。 それがどこにあるのか。 何が待っているのか。 五人には、何一つ分からない。 ただ、背後に残れば捕らえられる。 だから彼らは、行き先の分からない船の底で、初めて故郷の外へ出た。 記録の外側へ。 名前を失った者たちの、最初の航海へ。 機関の音が、暗闇の奥で深く鳴った。 五人を乗せた船は、未知の水路へ進み始めた。

Rain Konno | 境界の外側

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