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Ana Sayfaya Dön

日本の路上で愛国ソングを歌い、国旗を掲げる中国人が思ったより中国語圏で話題なので紹介。正直大したこともしてなく、無名なのでどうでもいいがこんなしょぼいことでウケるのがすごい。中国で同様のことを日本人がやれば逮捕されるだろうということで、向こうの人間からしたらすごいことなんだろう

240,067 görüntüleme • 2 yıl önce •via X (Twitter)

8 Yorum

ニャンニャン profil fotoğrafı
ニャンニャン2 yıl önce

大阪市ロイヤルヴィラ‼️ 5年で日本の永住権を取ると言ってます💢💢

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🎌紫雲れい2 yıl önce

今後こう言った迷惑行為をする外国人は入国禁止でお願いしたいですね

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GMT2 yıl önce

これで収益得てるなら在留資格を確認する必要がある

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🩷ロマンスのPink様🩷2 yıl önce

新手のパフォーマーかなってくらいで気にも留めないな。そもそもその歌が愛国とかもわからんし、、 嫌いなのになんで来るの? 私は興味ないし行かないよw

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いちか@のんびりFIREを目指して2 yıl önce

はい。でた、出たw

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Yu 🇺🇦2 yıl önce

又是一个傻逼,这种行为和随地大小便一样丢人。

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Lou2 yıl önce

これはしょぼくてもさヒアリみたいに大群でやられたらと思うと恐怖だよ。

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兀庵ゴタ大惑う師2 yıl önce

後ろでプーさんの写真掲げればいいんですね。

Benzer Videolar

デモが、一般人から見ると右寄りと「思われる」ことに気が付いていない人が大多数なのだろうか。 ・とにかく国旗の数が多い ・「日本を守ろう」、「日本を取り戻そう」、「愛国運動」というスローガン ・日の丸のうちわが配られている etc. 右や左が良い悪いかではなく、一般人から見るとそのように思われるということ。 普段の日常生活で日の丸をみることは、ほとんどない。これだけの数の日の丸が集まることは滅多にない。 自分は、コロナデモの規模が大きくなることは期待するが、少なくともこの雰囲気では到底参加できない。自分と同じように考える人もそれなりにいるだろう。 コロナ問題は、愛国心があるかどうかは別。愛国心があろうとなかろうと、マスクやワクチンに害があると思えば、拒絶する。 正直、自分は、日本人の多数派から悪者にされ、排除され、差別を受け、日本人嫌いになり、愛国心はほぼなくなった。 愛国心があるという人は、コロナ問題で、深刻な差別を受けていないのだろう。 何度も言っているが、多数派が同調精神で少数派を平気で弾圧する日本を壊したい。倫理観を失った日本人の多数派の行動を外国勢力のせいに責任転嫁することはできない。騙されたとかパニックになったという言い訳は通用しない。 今、残っているのは、愛国心と言えるかどうかわからないが、「日本食はいい。生まれた街がなつかしい」 その位である。 平気で差別や強制を行ってきた日本人は、恥ずかしい民族である。子供たちにも長い間マスクを強制し、ほぼ全国民が見て見ぬ振りした。 そんな国の国民であることを誇りに思うような、日本の旗などとんでもない。 日本に対する執着はない。お金さえあれば移住する。 いずれにしても、一般人からは、このデモは、右寄りだというレッテルを貼られても仕方ないだろう。

You

1,616,678 görüntüleme • 2 yıl önce

【大椿ゆうこ】 「私は連れ合いが外国人なんですね、スペイン国籍のカタルーニャ人、バルセロナ出身なんです。 本国会でとっても印象的だったのが、外国人に関する質問をする人たちがめちゃくちゃ多かったんです。 自民党の青山繁晴さんという方がいますね、あの人が、外国人ばかりが優遇され日本人が圧迫されている、と言われたんです。 どこで?って、 どこで?って思いません? 私は思うんです、外国人の家族がいるからとりわけ思うんです。 この国で、日本人以上に外国人が優遇されていることは何一つとしてありません、っていうことです。 ないんです、本当に。 例えば外国人同士で、国籍や人種によって、その違いによって、警察に職務質問されやすいとかされにくいとか、そういうことはあります。 うちの連れ合いは白人なので職質に一度もあったことがありません。 けれども別の友達、例えばアジア出身の友達などは職質に何度もあったことがある、 結局、レイシャルプロファイリングが行われているということなんです。 こういうふうに外国人同士での違いということはあれど、日本人と外国人を比較したときに、そこに外国人が優遇されている要素というのはありません。 ないということを皆さんにお知らせしたいです。 でもそれがあたかもあるかのように今国会では言われ、そしてこの選挙の中でも言われています。 外国人の人が私たちの暮らしを悪くしているんですか? マイノリティの人たちが私たちの暮らしをこんなにしんどくさせているんですか? 違うよねと、 さっきも労働の問題をお話ししました。 ひとえに、この国が約三十年間にわたって非正規雇用を増やして、そして低賃金を固定化し続けてきた、 いかに働く人たちを安く使い捨て可能な存在として扱ってきたか、その結果がこの貧困であり、この格差であり、この少子化なんだと、 地方から人口がいなくなる、こういう状況を生み出したんだと思うんです。 その怒りの言葉や憤りの言葉、不安というのは、私たち政治家に向けられるべき言葉なんです。 政治家が受けなきゃいけない批判なんです。 それを政治家が受け止める覚悟がないから新たな敵を作る、卑怯だと思いませんか? こういう政治は絶対に許しちゃいけない、私はそう思っているんです。」 #比例は大椿ゆうこ

水谷伸之

45,053 görüntüleme • 1 yıl önce

空港で撮影された、少し考えさせられる映像。 列に並んでいた中国人の小さな女の子が、突然不安そうな表情で母親を見上げ、こう話します。 「ママ、あの人たちから離れよう。悪い人たちだから」 では、女の子が怖がった「悪い人たち」とは誰だったのか。 動画内の字幕によると、後ろに並んでいたのは日本人観光客だったとのことです。 もちろん、この映像だけでは、女の子がなぜ日本人を「悪い人」だと思うようになったのか、その具体的な経緯までは分かりません。 ただ、まだ幼い子どもが、相手が何をしたのかではなく、「日本人だから」という国籍だけで「悪い人」と判断しているように見えることには、少し考えさせられます。 国家間には歴史や政治をめぐる対立があり、大人同士が互いに反感を持つこともあるでしょう。 しかし、そうした感情や偏見が子どもにまで伝わり、会ったこともない相手を国籍だけで「悪い人」と考えるようになってしまうとしたら、それは決して良いことではないと思います。 子どもは、生まれたときから特定の国の人を嫌っているわけではありません。 大人同士の対立や偏見を、子どもの世界にまで持ち込む必要はないはずです。 #中国 #日本 #中国人 #日本人観光客 #偏見

大翻訳運動

608,818 görüntüleme • 1 ay önce

R8.1.8 朝8 外国人高齢者23万人 10年で1.5倍 国民年金納付49% 日本保守党がレイシスト? 冗談じゃない。 ​日本を守るために「当たり前のこと」を言ってるだけ。それが差別になるなら、もうこの国では何も言えなくなる。 以下文字起こし 00:00〜 30年前にね、そうやって曖昧なままブラジル人をたくさん受け入れて、その人たちを、まあ言ってみれば企業の側は「安く使い捨てられる」と思ってきたわけですよ。 だけど、そうはいかないんです。そのまま日本社会に残ってしまったら、この人たち「年金もありません」「なんなら健康保険もないです」みたいな状態で、年老いてどうするんですかと。 で、これはもうね、あの「この人たちの人権を保障しろ」「生きる権利を保障しろ」と絶対になりますよ。 ​00:31〜 だから、何度も私言ってますけど、外国人を受け入れるのであれば、それ相応の制度設計が必要なんですよ。こういうことに陥らないために。 ですから、こういう人、今後本当たくさん出てきますよ。 だからこの、全く曖昧にして受け入れてた時代の人たちね。で、まあこれを一方的に被害者だと言ってしまうのも問題はあると思います。 おそらく日本の自治体は「国民年金を納めてください」「国民健康保険に入ってください」っていうこと言ってきたに違いありませんから。それはそうなんだけど、強制的に加入をさせてないから、こういうことになっているわけですね。 ​01:08〜 それで、半分以上の人を納めてないわけでしょ。これ大変なことですよ。 だから、曖昧にして、肝心のところを全くきちんと制度設計しないまま受け入れたからこんなことになっているし。 それからですね、やっぱり30年の間、日本人をどんどん働かせない方向に持っていって、「人手不足だ」と言っては外国人をじゃんじゃん入れてきた結果がこういうこと。もう明らかに間違っているんですですよ。 ​01:35〜 明らかに間違っているんだから、例えばね、今後どうしても特定分野にやっぱり人が足りないから入れざるを得ないというのであれば、デポジット方式。 つまり最初にですね、その外国人から居住の自治体などでですね、きちんとあのお金を前金として取る。 もしくは、これは会社で働いているわけですから、会社が負担すると。それから本人が給料から天引きする形で、きちんと年金なり、まあ厚生年金ですねそうすると、厚生年金なり、あるいはその健康保険ですね、をちゃんと取るということをしなかったら、日本の制度は全くもう立ち行かないことになります。 ​02:18〜 で、遡ってこの30年以上前からですね、こうして日本にいる人たち。これ実態をですね、きちんと洗い出して、この問題をどうやって解決するかということを早急に決めないといけないと思いますよ。 だって72歳でしょ。ということは、これからまあ何年ね、生きられるかわかりませんけれども、この人をもしかして日本の公金でずっと養うの? もちろんね、日本の社会で働いてくれて貢献された面もあるけれど、ちゃんと納めるものを納めてこなかったわけでしょ。 ​02:50〜 だけど、こういう人をね、じゃあ日本の社会で我々の税金なりなんなりで面倒を見るということになったらば、これは日本人、あるいはきちんと日本のそうした社会保障の負担分ですね、これを引き受けてきた外国人にとっても、大変不平等だということになるんですよ。不公平だということになるんですよ。 ​03:14〜 ですから、こういう問題をですね、もうなんとなく「見ない聞かない」みたいな話じゃなくて、ちゃんと表に出して俎上(そじょう)に上げて、今すでに発生してしまっているこういう人たちがどのぐらいいて、どういう状況なのかということも明らかにした上で、対策をはっきりさせないといけないと思います。

satoshi.k

59,425 görüntüleme • 8 ay önce

今日で、7人のWESTꓸが最後だ。 まだこの言葉を書くことにも、どこか現実味がない。 WESTꓸを好きになって、たくさん笑った。たくさん泣いた。 会える日を楽しみにして、チケットを握りしめ、何を着ていこう、何を持っていこうと考え、会いに行き。 ライブが終われば「やっぱ最高だな」と余韻に浸りながら友だちと本人不在打ち上げで乾杯。 何気ないブログの一言に救われたり、くだらないことで笑ったり、7人がわちゃわちゃしているだけで嬉しかったり。 そんな日々が、私の生活の中に当たり前みたいに存在してた。 WESTꓸがいることが当たり前で、7人でいることが当たり前で、またすぐ会えると思ってた。 だからこそ、今こうして「最後」という言葉を使わなきゃいけないことが、やっぱり寂しい。 もっと7人を見たかった。 もっと7人で笑っているところを見たかった。 もっとくだらないことで騒いでいるところも、ステージの上でふざけているところも、歌っているところも、7人にしか作れない空気を、まだまだ見ていたかった。 正直、全部を綺麗な思い出にできるほど、私は器用じゃないんだけども。 楽しかったことだけじゃない。嬉しかったことだけじゃない。悲しかったことも、悔しかったことも、どうしてって思ったことも、受け入れられなかったことも、たくさんあった。 それでも、振り返ってみれば、私の中に残っているのは、やっぱり7人と過ごした時間そのものなんだと思います。 7人がくれた言葉。 7人が歌ってくれた歌。 7人が見せてくれた景色。 7人の笑っていた顔。 会場いっぱいに響いた声。 自然に会場に広がる虹色。 広い夜空の下で一緒に見た花火。 一緒に笑った時間。 一緒に泣いた時間。 そのひとつひとつが、私の人生の中にちゃんと残っています。 WESTꓸを好きにならなかったら出会えなかった人も、行かなかった場所も、見なかった景色も、知らなかった感情も、きっとたくさんある。 WESTꓸを好きだったことで、私の日常は確かに変わりました。 しんどい日にも、WESTꓸがいた。 何もしたくない日にも、WESTꓸを見れば笑えた。 楽しみが欲しい日には、次に会える日を楽しみにできた。 「推し」という言葉だけでは片付けられないくらい、WESTꓸは私の生活の一部でした。 だから、今日で終わるからといって、その時間まで終わってしまうわけじゃないと思っています。 7人が7人でいた時間は、もう誰にも消せない。 どんな未来になっても、7人でWESTꓸとして歩いてきた時間がなくなることはない。 7人が出会ったことも、7人で始めたことも、7人で笑ったことも、7人で泣いたことも、7人でここまで来たことも。 全部、本当のことだから。 私はたぶん、これから先もふとした瞬間に「WESTꓸが7人だったらどうなってたんやろ」って思うんだと思う。 誰かの新しい曲を聴いたとき。どこかでWESTꓸの曲が流れたとき。昔の映像を見返したとき。7人の名前を見たとき。 虹を、見た時。 きっと何度でも、7人だった頃を思い出す。 忘れなくていい。綺麗に忘れなくていい。無理に前を向かなくてもいい。 大切だったものが終わるとき、寂しいと思うくらい大切にできたこと自体が、きっと幸せなことなんだなと思えます。

ぴみ

94,577 görüntüleme • 4 gün önce

“同じ地球に住んでるのに、見えてるお金の桁が別世界だった。” 苫米地さんの話でいちばんゾッとするのは、 「お金持ちの世界って、僕らが思ってるよりずっと遠い場所にある」とハッキリ言っているところです。 ふつうの人は、 お金持ちっていっても 「会社が大きい人」 「高い家に住んでる人」 くらいを想像しますよね。 でも苫米地さんの話では、その上にまだ別の階層がある。 しかもそこでは、個人でとんでもない額のお金を持っている人たちがいて、 そのお金を「どう使えば世界に影響を出せるか」を考えていると言うんです。 たとえるなら、 町内会の貯金箱の話をしていたら、 急に“国をいくつも動かせる財布”の話が始まる感じです。 同じ「お金」の話なのに、スケールが違いすぎる。 さらに苫米地さんは、日本は今かなり貧乏だとはっきり言っています。 ここでいう貧乏は、「今日のごはんがない」という意味だけではありません。 国として余裕がなくて、だから税金を強く取ろうとしたり、国民の負担がどんどん重くなったりしている、という話です。 つまり、 見えにくいけれど、 国の体力そのものが落ちている、ということです。 これも中学生向けに言うと、 クラスで見た目は普通にしてるのに、 実は財布の中がずっとカツカツで、何かあるたびにみんなから細かく集金しないと回らない状態に近いです。 しかも苫米地さんが怖いのは、日本の「ふつう」と、 世界の超富裕層の「ふつう」は、もう同じものさしでは測れないと言っているところです。 僕らは日本の中だけを見て「これが当たり前」と思いがちです。でもその外には、戦争や国の対立よりもっと高い場所で、お金も人脈も動かしている人たちがいる。 しかもその人たちは、国どうしがケンカしていても、その上から全体を見ていることがある。 ここがちょっと不気味です。 なぜなら、ニュースでは国と国がぶつかっているように見えるのに、もっと上では「両方とつながっている人たち」がいるかもしれないからです。 つまり苫米地さんの話は、ただの金持ち自慢ではありません。 本当に怖いのは、自分たちが見ている世界地図の上に、 さらに“見えない地図”がもう1枚あるかもしれない、 と感じさせるところです。 国のルール。 税金。 戦争。 社会貢献。 お金持ち。 これらがバラバラじゃなくて、実はもっと大きなひとつの盤面で動いているかもしれない。そう思うと、急に世の中の見え方が変わってきます。 苫米地さんの話をひとことで言うと、「日本の常識だけで世界を見ていると、本当の大きさを見失う」ということなのかもしれません。 あなたはこの話を聞いて、「そんな別世界が本当にある」と思いますか? それとも「話を盛っているだけ」に聞こえますか? 気になったら保存して、あとでもう一度ゆっくり読み返してください。 あなたの考えをコメントでぜひ聞かせてください。

角由紀子のヤバイ帝国

347,040 görüntüleme • 5 ay önce